第34話 ケバブの味

 

 良いのか? こんな事があって本当に良いのか?

 夢にまで見た、いや、夢でしか見れなかったあやぽんとのデート……。

 それもフェスでデートとかって、もう青春その物じゃない? 俺ひょっとして、今……リア充?


 綾波と会える確約までしたし、明日は雪乃にも会えるし……なんだろう? 俺っていまイケメン過ぎない?


 ……なんて思えるわけもなく……緊張しながらあやぽんと向かい合っての食事。

 フードエリアで適当に買い、丁度良いタイミングで席が空いたのであやぽんと向かい合って座る。

 なんか色々と具材の入っている高そうな焼きそばを食べているのだけど……全く味がしない。


 そもそも、これはデートじゃない……あやぽんの仕事の付き添い、明日の雪乃は見るだけ……明後日の綾波とは本屋に行く約束をしただけ……。


 それを俺が勝手に脳内で良い方に考えている……でも良いだろう? それくらいの妄想は……。

 だから俺は今、あやぽんとデートしている。 そう決めたんだ。

 だから、この後、あやぽんが俺にあーーんとかしてくるなんて考えて勝手にドキドキしても……。


「うーーん、やっぱりケバブってさあ、なんか〇〇の匂いしない?」


「ぶふぉっ……あ、綾さんそれSNSとかに上げちゃだめっすよ? 炎上する……」


「ああ、大丈夫上げるのはいも……いも……いいものだけだから」


「良い物? まあ、とにかく、やばいですよそんな事言っちゃ」


「まあ、好きな人は好きなんだろうから、私には合わない、はい! 上げる」


「……えええええ!!」


「……あれ? 食べられない? やっぱり〇〇の匂いがするから?」


「た、食べます!食べるからもうそれ以上は言わないでください!!」

 周囲のケバブを食べている人が怪訝な顔でこっちを見ている……すんません、俺は食べます、食べますから!

 そう思いながらあやぽんの食べかけのケバブを手にする……俺はそのあやぽんの歯型の付いたケバブを眺めゴクリと唾を飲んだ。

 だって……こんな事……良いのか? 俺は躊躇いがちにそれを一口食べる。


「ああ……」

 つい言葉が漏れた……あやぽんとの間接キス……思わず想像してしまった。

 あの美しい唇と俺の唇が重なり合っている姿を……だから想像くらい良いだろ? 誰が糞童貞だ、本当にそうなんだから仕方ないだろ!


「美味しい?」


「……はい」


「そか、良かった良かった、じゃあ日下部君のと交換ねえ」

 あやぽんはそう言って俺の食べかけの焼きそばみたいな物を手に取ると、すぐにチルチルと食べ……

 う、うわああああああ!


「だ、ダメです! そんな汚い物、綾さんがあああ!」


「汚い? なんで? 美味しいよ?」


「いえ……俺の……あ、あううう……」

 もう時すでに遅し……あやぽんは俺の焼きそばもどきをドンドン食べていく。

 ダブル間接キス……俺の物があやぽんの体内に……うるせえ、ああそうさ、童貞だよ!


 それにしても、周りはどう思っているのだろうか? 大きなサングラスにスーツといういかにも怪しい恰好のあやぽん。

 ただ怪しすぎて彼女があやぽんだと気付く者はいない。そしてしょぼい俺がいる事で、もっと気付かれない……。こんな男とあやぽんが一緒にいるわけがない……そう思っているのだろう……。


 そう考えた途端俺は落ち込んだ……どう考えても釣り合うわけがない……そして……それは雪乃とも一緒だ。

 ラノベ好きな俺……ラノベの主人公に憧れて読んでいる。

 その理由は勿論雪乃だ。あれだけの美少女に惚れられるなんて、ラノベの主人公しかいない。

 隠された力とか、実は最強とか……そんな力もない俺は、幼馴染という事だけで惚れられるという理由が欲しかった。

 勿論現実にあるかも知れない。 でも実際中学になって疎遠になってしまった雪乃との関係。

 俺は物語に逃げたかった。平凡な主人公が美少女と出会う物語に逃げた。


 要するに、現実逃避をしたのだ。


 そんな事は物語だけの世界。現実に雪乃は俺をキモイと思っていて、目の前の女神は仕事の手伝いって思っているだけ。


 共に俺を利用するだけ……。


 でも、そう考えたら当たり前なのかと……。

 だって、それによって俺にも対価も発生しているのだから。


 雪乃の彼氏と言われるのはある意味ステイタスだ。

 それによってクラスの男子から疎外される、でもそれは逆に言えば妬まれている、羨ましがられているって事だ。

 羨ましがられるというのはある意味、気持ちが良い。


 そして今、俺はあやぽんに利用されている。

 でも、それに対して俺は嫌な気持ちは全くない、むしろ嬉しいって思っている。

 つまりはそういう事なのだ。


 相手がどう思っているのかはわからない。 ある意味己の美しさを鼻にかけているのかも知れない。

 わたしと付き合って一緒に居れて自慢になるでしょ? そんな考えなのかも知れない。

 でもそれはどうでも良い事。

 要するに俺がどう思うって事なんだ。


 俺は雪乃の彼氏と言われて、嬉しいって思ってた。今でもそういう気持ちは持っている。

 そして、俺の神でもあるあやぽんと一緒に居られて、俺は今、天にも昇る様な気持ちだ。


 そしてそう考えた時、俺はある気持ちが芽生えている事に気付く……。


 それは綾波だ……釣り合うなんて言ったらあいつに悪いけど、でも俺には綾波が合っている気がする。

 同じ趣味を持ち、緊張する事なく会話が出来る。

 逢いたい……、いま女神を前にしても、俺の中にそんな気持ちが芽生えている。

 早く逢いたい……綾波に……。


「なにニヤニヤしてるんだか?」


「え! そ、そりゃ綾さんと一緒にいるんだから……ニヤニヤするのは当たり前ですよ!」


「ふん、どうだか……」

 あやぽんは少し不機嫌そうにそう言ってオレンジジュースに口を付けた。

 そのジュース飲み方を見てまたデジャブが……。


 うーーん……でも……なんか似てるんだよな? 声とか仕草とか……あやぽんと綾波って……。



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