第6話 わけがわからないよ
千堂ヒカリは今日も坂道を上る。
ヒカリは普段からあまり時間を気にしない性格なので腕時計などはしておらず、ほとんど体内時計で生活をしている。それでも、学校に遅刻したり家に帰るのが遅くなったりしないのは規則正しく起きて寄り道などしないからだ。それに、空の様子や町の空気で大体の時間は普段から生活していると自然とわかってくるものである。だから昨日の魔女の屋敷探しは千堂にとって
「昨日の事は思い出せない……、でも教会の人は教えてくれない……、だからどうしようもない……」
ブツブツと、誰に聞かせることもない無意味な独り言を言いながらも歩く速さは落とさない。空はもうすっかり赤くなっており、この世の終わりを思わせるこの景色が何となくヒカリは気に入っていた。好きな色は?と聞かれたら赤、と答えるくらいに。
「赤が好きなのか、夕焼けが好きなのか。卵が先か鶏が先か。どっちなんだろう……」
「そりゃあ、どっちでもいいんじゃにゃいか?順番にゃんて些細な事にゃよ」
!?
どこからか声が聞こえた。その声は男性とも女性ともとれる中性的なもので、年齢も若いのか老いているのか判断がつかないようなものだった。辺りを見回すと、コンクリートの道路に土砂崩れ防止の壁。あとは坂道から見下ろせる街の風景しかない。
「観察力のない男にゃね。上をみにゃ?」
「上?」
空を見上げるが何もない。いつもと変わらない山火事のような空。
「はぁ……上にゃからって空だけを見るバカはお前くらいじゃにゃいか?」
「は、はぁ!?ば、バカって言った方がバカなんだぞ!」
「もういいにゃ……、壁の上の方を見にゃ?」
壁の上?
左にある土砂崩れ防止の壁の上を見ると草むらの陰に一匹の大きな蛇がいた。その大きさは人間の半分くらいの大きさで模様は焦げ茶色。そして、さらに特徴的なのはその大きな目だった。人間を思わせるその目つきは普通の蛇にはない感情の機微が感じられそうである。その蛇がヒカリを見下ろしていたのだ。
「………は?そこは喋り方的に猫じゃね?」
「じゃあ貴様は猫が普段からその猫語的な言葉で喋っている所を聞いたことがあるのかにゃ?」
「いや?にゃー、しか聞いたことがない」
「にゃろ?だったらそれは先入観にゃよ」
純粋にその喋り方は話しにくそうじゃないかと思ったのだが、この手のタイプは最終的に説教をしてくるのでヒカリは色々と言いたいことがあったのだが我慢した。
「てか、普通になんで蛇が喋ってんだよ」
「今更それをツッコむにょか。貴様鈍感すぎないか?」
にょかってなんだよ、にょかって。それに今最後普通に喋ってたじゃん。
「なんでだろうな。自分でもよくわからないけど蛇が喋ってても不思議に思えないんだ。最近、いや、昨日くらいからなんだけど自分の身の周りでわけのわからないことが起きていてさ、耐性が付いたのかもしれない」
実は、ヒカリは朝から心の中がもやもやとしており、何をしていても落ち着かなかったのである。それを表面上に出さないように努めていたのだが、とうとう我慢しきれなくなってしまった。やけに懐かしさを感じる鮮明な夢。思い出せない記憶。聞きなれない言葉に会ったことのない人。この短期間でよくもここまで詰め込めたという感じの不愉快な事件の連続。もう勘弁してくれという思いだ。
「だから違和感はあるんだけど、異常には思えないんだ。ひょっとしてさ、僕に話しかけたってことは何か知ってるの?僕に何が起こってるのか」
蛇に話しかけるなんて周りの人に言ったら精神科の病院を勧められるくらいにぶっ飛んでることなのだろうが、今のヒカリには自分の事を知る手がかりがあればなんでもしたい気持ちだったのだ。
「知っているにゃよ。俺は貴様のことにゃらなんでも知っている。この状況のことも、何が起こっているにょかも」
「へぇ……、じゃあ教えてくれない?知ってるってんなら話せるよね?」
イライラしているヒカリは気に食わないといったような声音で蛇に問いかける。ダメ元で会ったばかりの蛇に聞いてみたものの、全部知っていると言われればなんかカチンときてしまったのだ。
「それはダメにゃよ。今は話すわけにはいかにゃい」
「なんだそれ。じゃあもういいよ」
やっぱり思わせぶりだったかー、とヒカリは蛇を無視して家に帰ろうとする。それに並行して蛇もヒカリの後を追いかけ始めた。
「………何?まだなんかあるの?」
「あるにゃ、俺は貴様の事が気に入ったにゃ。だから、しばらく貴様についていくにゃ」
「はぁ!?やめろよ!うちペット禁止なんだぞ!」
そんなルールは赤嶺の家には存在しないのだが、ヒカリはこのわけのわからない蛇に付きまとわれるのだけは勘弁してという感じだった。そもそも、こんな異様な蛇を誰かに見られたら色んな意味で騒ぎになる。
「大丈夫にゃ、他の人には見られないにゃ」
「そういう問題ではないんだけどな…」
「じゃあどういう問題にゃ?」
「………喋る蛇が普通に嫌だ。あとその話し方も。なんだよそれ、キャラ設定おかしくないか?」
すると、蛇は目を細め、悲しそうな表情をする。
「そうか……やはりそうだよな。うん、ならば普通に話そう。これでいいだろう?」
やっぱり普通に喋れんじゃんとヒカリは呆れ顔で蛇を見上げる。そして、どう足掻いてもついてきそうなこの蛇と、これから家に帰るのかと思うと憂鬱になるのであった。
「まぁいいよ。なんでか知らないけど今は話せないってんならいつかは話してくれるんだろ?とりあえず名前を聞いておこうか。なんて名前?蛇でいい?」
蛇に蛇って名前は安直かなー、と自分でも思うが、蛇に人権なんかないから別にいいよね、と思うヒカリだった。しかし、意外にもこの蛇にはいっちょ前に名前があるようで。
「そう
どうして僕の周りの人間はこうも下の名前を呼び捨てにするのかと思ったが、そもそもこいつは人間ですらない。ヒカリはもうどうにでもなれー、という投げやりな気持ちになった。
「はいはい、よろしくー、ゆーぜん」
相も変わらず空は赤いまんま。日が落ちる気配もなく、太陽は頑として地平線の近くにとどまっている。けれど、吹き付ける風が夜を思わせる冷たいものに変わりつつあることをヒカリは感じ取っていた。
もうじき教会につく。教会に通っているわけではないのだが、この日ばかりは神様にこの不遇を
「ただいまー」
「おかーーー!」
「えりーーー!」
今日の朝の空気は何だったのかと思わせるほど元気な声でレインとジュリーの二人がとてとてと廊下の向こうから走ってくる。話し方も声質も似ているから双子ならではの呼吸だよなーといつも思う。
「今日はいつも通り帰ってきたよ。まぁ昨日くらいだったんだけどね、遅かったのは」
「そうだよー、昨日は本当に心配したんだからー」
「そうだねー、本当に怖かったんだからー」
怖い?僕が事故にあってないかとか心配したのだろうか。普段とは違う行動はするもんじゃないなー、と改めて反省する千堂だった。
「うん?後ろがどうかしたのー?」
「のー?」
「いや、なんでもないよ。誰かにつけられているような気がしただけさ」
「何それこわーい」
「わーい」
たまにこの双子は目が笑ってないんじゃないかと思うことが多々ある。普段は純粋無垢な女の子なのに……。僕の心が歪んでいるのだろうか。
それはともかく、後ろを気になっているのは、さっきの蛇がついてきていないか気になっているだけなのだ。教会付近までは一緒だったのに家の玄関につくと、気づけばいなくなっていた。
「神父様は?」
「神父様はいつものとこー」
「きょうかーい」
「ゆかりも一緒ー」
「仲良く一緒ー」
さっきの蛇のこともあり、この双子も本当は普通に喋れるのではないか?と疑いの目で見ようとしたが、中学生の女の子にそんな
だが、何もしないのもアレだったので双子に対して
「そっかぁ……じゃあ夕飯までは時間があるからちょっと遊ぼうか」
「! 遊ぶー!」
「ぶー!」
「じゃあかくれんぼをしよう。僕が鬼で時間は……一時間くらいでいいかな?場所は教会付近で」
「いいよー」
「わかったー」
「負けた方はなんでも一つ言うことを聞いてもらうけど…いいよね?」
なんでも一つ。この言葉の怖さがこのちんちくりん共にはまだわからないだろう。
「うーん、まぁいいかー。勝ったら何をしてもらいたいのー?」
「それは内緒だよ。ここで言ったらつまらないだろう?」
「そうだね、それじゃあその条件でいいよ!じゃあ一分したら探し始めてね!」
そういうと二人はキャー、という黄色い声を上げながらも玄関に向かい靴を履き、外へ出かけて行ってしまった。そりゃあ、室内だったら
「それで?貴様は何を聞くんだ?」
後ろを振り向くと蛇の友禅がチョロチョロと舌を出しながら見上げるような体勢でそこに佇んでいた。一体今までどこにいたのやら。それに、さっきより心なしか小さくなっているように見える。
「お前なんか縮んでね?」
「体の大きさは自由自在だからな。このくらいはわけない」
この不思議生物をどこかの研究所に渡せばそこそこの額をもらえるのでは?という
無論、楽に捕まえれるのであれば冗談抜きにそれなりの所にもっていくつもりではあったのだが。
「ふーん、そうなんだ」
「なんだ?普通はビビるとこじゃないのか?」
「あれれー?僕の事はなんでも知ってるんでしょ?じゃあこの反応もわかってたんじゃないのー?」
「やけにつっかかるな、貴様」
蛇は呆れ顔でこちらを見ている。昔から嫌いなんだよ、上から目線で色々と話す奴が。
「……はぁ。蛇に喧嘩売っても仕方がないし、
「貴様まさか俺の事を下に見てるんじゃないだろうなぁ?」
「は?当たり前じゃん。蛇と人間じゃあ能力的にはどう考えても人間が上だろ?」
この下等生物が!と言いたくなる衝動を抑えながらヒカリは投げやりに言い放つ。
「種族で考えるんじゃない。目の前の現実で判断しろよ。俺はただの蛇か?俺は体の大きさを自由に変えれるし言葉だって話せる世界一の蛇だ。それに引き換えお前はなんだ?自分一人では何もできない。食事は誰かに作ってもらったことしかないし、その服や鞄、学校への費用や生活費も完全に誰かに頼りっぱなし。自分で何かを得た経験なんて数えるほどしかないだろう?それに親だっていな……」
「親の事はいいだろ!」
ヒカリはその先を意地でも言わせまいと激高する。その声は家中に響くほどの叫びに近い音量だった。生まれて初めてこんな声を出したのではないだろうかと自分自身が思っているくらいのものだったのだが、今はそれよりも目の前の蛇に対する怒りの方が圧倒的に勝っていた。
「……お前が何を知っているのかは知らない。誰かに聞いたことを断片的に知っているだけなのか、それともあてずっぽうで言っているのかもわからない。それでも僕の親の事についてそれ以上何か言おうものなら問答無用で僕の敵だ」
「………わかったよ」
蛇はその無駄に感情豊かな顔で少しうなだれるような仕草をした後に、気を取り直したのか、再度ヒカリに話しかける。
「……じゃあさっきも聞いたがかくれんぼに勝ったら何を要求するんだ?」
「……別にたいしたことじゃないよ。昨日のことについて知っていることを聞きたいだけだ」
ヒカリは感情的になったばかりなので、むくれながらも律義に蛇に話しかける。
「それはやめておいた方がいい」
「どうして?」
「いいか?ここは教会の勢力圏内だ。ここにいる奴は全員教会の人間であり、お前の敵だ」
「なんで敵になるんだよ。僕の家族だぞ?」
「だが、隠し事をしているだろう?」
うぅ、とヒカリは言葉を詰まらせる。それを図星を受け取った蛇は尚も続ける。
「確かに貴様にとってはこの家の人間は家族だろうよ。でも、血のつながりもなければ五年間の付き合いしかないだろう?」
「え? 五年間?」
そんな筈はない。小さいころから僕は孤児院で過ごしてきたし、その記憶だって…あれ?確かにそのことは言える。説明できる。誰がいてどんなことをしていたのかも。でも………
「でも思い出せないだろう?顔とか思い出までは」
「……なん……で……僕は……」
「……やっと気づきだしたようだな。元のお前からは考えられねーよ。こんな
「消される…? 誰に…?」
頭を抱えながらもヒカリは蛇に問い返す。気づけば得体のしれない恐怖が体からじわじわと泉のように湧き出してくる。
「それは言えない。出来るならここで言ってしまいたいのが本音なんだがな。この記憶を読まれちまったらお前と今後接触できなくなる」
「な、なんだよそれ……、結局何もわからないままじゃないか!」
でも、何のために?
「お前が自分ですべて思い出したら、その時は俺の事も思い出すかもな。だが、その時は昔のお前でいられるのかね」
「……昔?僕に蛇の友達なんかいたのか?」
「ああ、古くからの付き合いさ。腐れ縁ってやつよ……」
蛇は目を皿のように細めて遠くを見つめるような顔をする。この蛇と僕に一体何があったのだろうか?昔の僕とこいつは一体どんな関係なのだろう。
「……やっぱり聞いちゃいけないのか」
「さっきも言ったがな。言いたくないんじゃない、言えないんだよ。その辺は察してくれ。これはお互いの為なんだ…」
「……わかったよ。でも、いつかは教えてくれるんだろ?」
「勿論。この調子だと貴様が記憶を取り戻す日もそう遠くなさそうだしな」
「? なんでわかるんだよ?」
ヒカリが不思議そうに蛇に聞くと、蛇はとんでもない事実をヒカリにつきつけた。
「実は初めてじゃないからな、今のお前と話すのは」
「………は?」
絶句だった。初めてじゃない?こうして話していることが?それって……
「そうだ。毎度消されてる。これで十三回目だ」
「………なんでそんなにも……」
「そりゃあ、度々思い出そうとしてるからだろ?その度に貴様は忘れてる。最初に消された時はビビったもんさ。『わぁ!蛇が喋ってる!』だっけか?それに比べりゃ今回は酷かったな。不思議に思えない?そうだろうな。こんなに記憶をいじられてたら異常に慣れるだろうよ」
蛇はそう語るが、実際はかなりきついことなのでは?とヒカリは思った。話すたびに消されてしまう会話。何度も何度も話しかけては同じことをいつ取り戻すかわからない記憶の為に繰り返す。尋常な精神ではないだろう。
「……なぁ、どういう関係だったんだ?僕たち」
「その辺は推測してくれ。これは話せるが話したくないって奴さ。じゃあ俺は行くよ」
そういうと蛇はシュルシュルとものすごい速さで外に向かって移動していく。
「おい!待てよ!」
「また会おう、親友」
返事を待たずして蛇はどこかへ消えてしまった。去り際に正解を答えてくれる辺りそんなに意地悪な性格ではないようだ。
ヒカリは色々なことを考えながら、ボーっとしばらく佇んだ後に、玄関から靴を履き、外に出る。
もうすぐ日が暮れてしまう。時間にして十分くらいだろう。鬼ごっこの残り時間はあと五十分くらい。早く見つけなければ双子が暗い場所で怯える可能性がある。さっきの会話が気になりつつもヒカリは二人の安否を心配して外を駆け始めた。
教会付近を探し始めて三十分。双子の姿はどこにもない。残りが三十分くらいだというのに太陽はもうすっかり隠れてしまった。このままではまずい。あの二人的にも僕的にも。
「勝つ気しかなかったしなぁ…あの二人くらいの歳のなんでもって何を要求してくるんだろう…」
中学生くらいの女の子だから玩具が欲しいとか携帯が欲しいとかだろうか。だが、月のお小遣いが三千円という
「孤児院の出だからな…もらえるだけありがたいもんだけど…」
しかし、記憶操作の件もあり、本当に孤児だったのか?という思いがふつふつと膨らんでくる。親の事については教会から聞かされているのだが、それすら怪しくなってきた現状、信じられるものはそう多くない。
「……とりあえず、今は二人を探さないとな…。こんなに探してもいないなんて、まさか森の中に入ったのか?」
町全体が森に囲まれている以上、その外縁部に位置する丘の上の教会は必然的に森に一番近い位置にある。もっと言うと、森の中に教会があると言っても
「でも、森の中に入るかなぁ…、僕だって入ったことなんて数回しかないのに…」
赤嶺の人からの数少ない禁忌事項は森の中に入るな、だ。昔、なんとなしに入ろうとしてゆかりさんに見つかって死ぬほどしぼられた経験があってからは入ったことはない。その時はまだゆかりさんの事が少し好きだった時期もあってかなりショックな出来事だった。
そんなことを考えていると、教会の入り口の方から数人の人影が近づいてくるのが見えた。
それは、いかにも教会の人間ですといった服装の男女のペア。
「おや?こんなところで何をしているのです?」
勿論、神父とシスターである。
「珍しいですね。ヒカリ君がこの時間に外にいるなんて」
「神父様」
背筋がピンと張っていて
「実は、レインとジュリーを探しているんですよ。かくれんぼをしているんですが、なかなか見つからなくて。でももうこんな暗くなってるでしょう?勝負は関係なしに大丈夫かなって」
「うーん、あの二人なら暗いところは大丈夫じゃない?」
「なんでそう言い切れるんです?まだ中学生でしょう?」
「は?あの二人が中学生?そんな……」
「ゆかり君」
神父は重苦しい声音でシスターのその先の言葉を遮った。それはまるで僕に聞かれてはまずいことであるかのように。
「………え?あの二人は中学生でしょう?」
「はい。間違いなく中学生ですよ」
今度は神父がヒカリの質問に答えた。なんだろう。もう教会に住んでいる人が全く信用できなくなってきた。
すると、遠くの方から高い声がかすかに聞こえた気がした。
「え? ………レイン?」
「? どうかしましたか?」
神父がヒカリの様子が変わったことに気づいて話しかけるが、ヒカリにはもはやその言葉が耳に入らなかった。だって、かすかに聞こえたその声はあの幼い少女の叫び声に聞こえたからだ。
「この方向は……森か!」
「あ、ちょっと!!」
ゆかりさんが止めようとするが、僕は森の中に向かって一直線に走り出す。
ザザザザザザザっ!
管理のされていない背の丈まで生い茂っている草むらの中を無我夢中で強引に走る!
いくつもの名前のわからない植物の葉が服で覆われていない千堂の素肌を傷つける。足元が見えないが、不思議とどこをどう行けば楽に移動できるのか、直感でわかる。
確かに標高が町より高いところで生活しているが、森の中を颯爽と走れるなんてことがあるのだろうか?
そうは思いながらも今は声のした方へ全力で駆け抜ける。
キン! キン! キン!
未だに何を言っているのかわからないが、金属同士がぶつかる音も聞こえだした。
まさか、戦っているのか!? でも誰と? どんな武器で?
気づけばもう十分以上は全力で走っている。森なので平地とは勝手が違う。平地と森の十分間の距離は違う筈だが、それにしてもよくこんな遠い距離の音が聞こえたな、と自分でも不思議に思うヒカリだった。
本来、ヒカリは運動神経が抜群にいいわけではない。一般的な学力と運動能力を持った普通の高校生なのだ。しかし、今は明らかに身体能力が普段より上がっている。それは調子がいいとかいうレベルでは無くて倍レベルで身体機能が上昇しているのだ。
「い、今はそんなことを考えている場合じゃない!」
異常を異常と思いつつも、ヒカリは走るスピードを落とさない。いくら教会の人間が怪しいとはいえ、中学生くらいの女の子の悲鳴を聞いたとなれば助けなければならない。
そんな本能レベルでの衝動でヒカリは動いたのだ。まるで、そうしなければならないとでもいうように。
もう疑いようもない感じの戦闘音がすぐそこまで迫っている。最後のラストスパートとばかしに木をよけ、草を掻き分けながら進むとそこには想像も絶する光景が広がっていた。
「………は?これどういう状況?」
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