第60話 死せる者達



 ごぅごぅと、風を切る音がする。


 かなり高いところから落ちているせいで、お腹がきゅうっとなるような浮遊感をかなり感じる。バンジージャンプの紐がないタイプ。つまり、端的に言うとただ落下しているだけ。普通の人間なら自殺行為。でも、それを覆せる"奇跡"が僕にはある。


 地面が見えてくる。実際のところ、自分で任意に発動しなくても、自身の身が危険に晒されると自動で発動するのではあるが、なんとなく自分で能力を行使することにする。


「……っと。ってヤバっ!」


 僕が降り立った横で、羅刹が上から落ちてくる。彼はセイルという子供を抱えてどう着地するのかを見ていたのだが、研究施設のどこかに刺したであろうワイヤーを手に掴んでおり、流れるようなフォームで地面に着地していた。


「…………って、危ないでござるな。危機一髪でござるよ。あはははは……」

「し、死ぬかと思った……」


 二人が着地した瞬間。ワイヤーで支えていいた方であろう突起物が、施設の爆発により派手な音を立てて地面に落ちてきた。あと少し遅れていたら、二人は地球の重力をもろに受け、ぺちゃんこになっていたかもしれない。

 かもしれない、というのは千堂の着地技術がどのくらいなのか、計り知れないという面があるからなのだが。


 僕は空を見上げる。派手な爆発と共に研究施設は炎に包まれていく。そして、ちょうど今頂上付近のところまで爆発が行きわたり、完全な火災現場として完成しつつあった。


 周囲に燃え広がるものがなくてよかった。この分だと消火活動は必要ないだろう。消化しろとか言われても出来ないんだけどね。

 というか……、あのカプセルみたいなものは何? 研究員がたくさん空からそれに乗って降りてくるんだけど、魔女ってこんなことまでできるのか?


 そこへ、アンリとゼノが手を振ってこちらへやってくるのが見えた。無事に脱出できたらしい。


「おーい! ライトぉー!」

「無事で何よりですぅー!」


 二人は何やら大量の袋に入った荷物を抱えているようだ。何が入っているのか。大体想像はつくけどね。


「うん。何とかなったよ。二人は……戦利品かい?」

「そうよ! カニの缶詰にマグロの缶詰でしょ? あー……、あとサバばっか」

「え、選んでる余裕がなかったのが悔やまれますね……」


 うん、なんで缶詰? レパートリーが増えただけじゃん。他にももっとあったよね?

 

 と、そこへ、上から諸悪の根源であるコールマンが悠々と空からゆっくりと降ってくる。まるで、そこに翼があるかのような芸術的な降り方だった。なんかムカつく。


「ふっふっふ! みんな無事みたいねっ!」

「ああ? 弱点増やすぞ?」

「えっ!? なんで私睨まれてるの!?」


 おどおどしだすコールマン。いい気味だな。

 しかし……これからどうしましょう。


「拙者達はこれからコールマンシティを潰す目的があるでござるが……。ライト殿はどうする予定でござるか?」

「あー……。そうだよねぇ。故郷に帰りたいところではあるよねぇー。でもせっかくだし、羅刹についていきたいなぁ。い、いいかな?」


 アンリとゼノを見る。目を覚ましてからは僕が色々と戦ってきたけれど、それまで献身的に僕を支えてくれたのは間違いなく二人だ。出来れば一緒に行動していきたい。


「ええ、いいわ。というか、私達もその……羅刹さんについていっていい?」

「拙者は千堂の関係者、という事であれば異論はないでござるよ。セイルもよいでござるか?」

「せ、千堂羅刹っていうの……? 忍者さん、伝説の千堂一族?」


 え?と、その場にいた全員がそう思った。この子、名前知らなかったの?と。


「あはははは……ついにバレたでござるなぁ」

「う、嘘だっ! 千堂は山賊って聞いてたし、忍者なら他にも……」

「忍者を名乗るのには理由がござってなぁ……。まぁ今話すことではないでござるよ。じゃあ、拙者達にみんなついていく、という事でいいでござるか?」


 なんかそんな感じだよなぁ……。あ、あいつどうすんだ?


「コールマン。お前どうすんだ?」

「…………え?」


 凄い間があった。


「いやいや、これからは人体実験とかできそうにないし、させないんだけど、そしたら君は只人みたいなものでしょ? これからどうするのかなって」

「…………え、つ、ついていっちゃあ……ダメ?」

「は?」


 なんで? ついてくるの? 僕ら今から君の親族を潰しにいくんだよ?


「だ、だって……。私、あなた達の……そのぉ……ファンだし?」

「これから君の関係者や魔女を殺していったとしても?」

「関係ないわ。魔女って同族意識低いし。お互いに利用できるなら手を組むけど、それ以外では慣れ合わないわ」


 殺伐としてる……。アンリが親を殺したのってそういうところからきているのか?


「そ、それに!私魔術使えるしっ! 結構凄い部類なのよ? 魔術って科学に比べれば燃費が悪い代物なんだけど、私は違う! 他の魔女にはできないやり方で魔術を行使できるのだけれど、その方法が……」

「うん。もういいや。一宮さんの先生になるって言うなら文句はないよ」


 話が長くなりそうだし、適当な理由をつけて同行させることにした。しかし、アンリはその適当な理由がお気に召したようで。


「こ、コールマンちゃん? わ、私に魔術……教えてくれるの……?」

「コールマンでいいわ。どうせ偽名だし。私の事は先生って呼ぶことねっ!」


 偽名だったのかよ。


「キャーー! 見栄っ張り幼女かわいいっ! この子私がもらうねっ!」

「え、ちょっ! 抱き着くんじゃないわよっ!」


 アンリがコールマンに頬ずりしながらハァハァ言ってる。君達なんか気が合いそうだね。


「研究員たちはどうするのさ?」

「ああ、その辺は問題ないわよ。有事の際の為に地下に退職金とか物資が取り出せるようにしてあるから。私がいなくても大丈夫でしょう。というか……それ以外の問題がねぇ……」

「?」


 それ以外? 


「ほら、この周りって霊だらけじゃない? なんでなのかはご存知の通りなのだけど、普通の霊と違って彼らは悪霊。当然よね。恨みの元凶がこんなにもわかりやすく建っているのだもの」


 バチバチと燃え盛るコールマン研究施設。言いたいことがわかってきた。


「だから、この施設の周りには対悪霊用の結界を仕込んでいたのだけど……」

「あー……。うん、もういいや。言わなくても結果としてもう目の前に迫って来てるから」


 白衣を着た研究員たちが暗闇の向こうから何かから逃げてくるようにこちらの方へと走ってくる。顔面蒼白の彼らが何を見てきたのか、想像に難くない。


「キャーー―!」

「な、なんでこっちまで入ってこれんだよっ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」


「普通の霊と違って悪霊だからねー。実体はないんだけど、奴らに襲われたら精神に直接ダメージを食らうの。精神崩壊って奴? こっちの物理攻撃が効かないのに、反則よねー」

「うん。君には後でもう一つ弱点を付与することにしたからもう黙っておいてね?」

「ご無体なっ!?」


 無言で警戒態勢に入る僕たち。物理が効かないって言うのなら……うん。それこそ奇跡を起こすしかないよね。















 赤陸国:仁の里



 ブゥー ブゥー


 千堂小夜。千堂最強の毒使いは黒い板を片手にポチポチと何やら操作をし始める。


「あー、羅刹がヒカリを見つけただってぇ~。やっぱり生きていたのね……。行方不明になってからかなり経った後に一堂が急に全国に指名手配するんだもの。死人にそんなことはしないと思ってたけど、ビンゴねぇ~」

「…………安堵」


 木製の広い屋敷のような家屋に住んでいる小夜の自宅に、夢幻と二人きりで畳の上でゴロゴロと転がっていた。


 思えばこの二年間、色々なことがあった。千殺隊と名乗る者達が赤自の本拠地を襲ってきたり、千堂英治。千堂最強の剣の使い手が殺されたり、世界に向けて情報の手を伸ばそうと赤自の連中や千堂を送りこんでみたりと、忙しい事この上なかった。

 特に、小夜は総指揮と言っていいほど色々な方面に手を出していたこともあって、毎日が地獄のようなスケジュールで動いていたのだ。今となっては、このように仁の里に帰って来ては、ダラダラする毎日を過ごしてはいるものの、時折は赤自の様子を見に行ったりと、するべきことはしている。


「…………如何する?」

「そうねぇ~。小雪なんかは行きたがるでしょうけど……。関わりのある人っていえば、レンちゃんとか、赤自の、あのー……」

「…………九寺、安城、観月」

「それそれ~。あの子達かなり心配していたからねぇ~」


 ナチュラルに忘れられる親友(五条巴)。


「みっちゃんもどこに行ったのかわからないしねぇ~。夢幻は最近どうなのぉ~? オニギリ小隊だっけ? あっくんの千獣が由来にしてはかわいい名前よねぇ~」

「…………万事順調」

「そっかぁ~。夢幻はどうなん? ヒカリのとこに行きたい?」

「…………少し」

「そうよねぇ~……。海外に行きたいって最近ぼやいてたし、行きたい人を派遣しましょうかねぇ~」


 ポチポチと黒い板を操作する小夜。


「いやぁ~。作っておいてよかったわぁ~。『世界特別傭兵派遣事務所』。傭兵団でいいって言ったのに、只人って頭の固い人ばかりよねぇ~。結局みんな傭兵団って言ってるしぃ~」

「…………激しく同意」


 と、そこへ二人の訪問者がチャイムも鳴らさずに縁側の方からドタドタと屋敷の中へと侵入してきた。仲の良い双子。見た目はどう見ても子供だが、実年齢を知っている二人は外見と中身があってない事実に会うたびに違和感を覚える。

 実際はお互い様、というヤツなのだが、本人たちは全く気付いていない。お互いがお互いをそう思っている事を。


「おっじゃまぁ~!」

「おっひさぁ~!」


「はいはい、いらっしゃ~い。あ、そういえば、ヒカリ。見つかったみたいよぉ~」


「へぇ~、そうなんだぁ~…………へ?」

「ふぅ~ん、そうなんだねぇ~…………え?」


双子が金縛りを受けたかのように硬直する。そこへ、夢幻が懐からディナーベルを取り出し、チリンチリンと鳴らす。


「……っと、本当ですか?」

「どこにいるんです?」


 穏やかな表情から真剣な表情に変わる。そういえば、二人はヒカリと一番繋がりがあったな、と再認識した。


「カメリアよぉ~。羅刹もいるから、身の安全は保障するわぁ~」


「お願いです……私達をそこへ派遣してくれませんか?」

「なんでもします……私達の……恩人で……昔からの家族なんです……」


 今にも泣きそうな顔の双子。元より、今となっては千堂の家族である二人のお願いを無下にするつもりはない。ポチポチと小夜は寝そべりながら黒い板を操作する。


「そうねぇ~。もう誰が行くかはわからないけど、行きたい人は明日の昼に船を出すから、それに乗って頂戴ぃ~」


「!! ありがとうございます!」

「小夜さん大好きっ!」


 現金な子ねぇ~、と心の中で思う小夜。


「それにしても……荒金の一族が最近は大人しいのが気になるわねぇ~」

「…………海賊共」

「昔から私達に悪戯程度に仕掛けてきていた連中なんだけどぉ~……。私達が海に出てきだした当初はヤバかったわぁ~。艦隊を組んで突撃してくるんだものぉ~。驚いてぜぇーんぶ沈めちゃったわぁ~」

「…………南無三」


 夢幻は初耳だったので、そんなことがあったのか、と思う程度ではあったのだが、双子は絶句する程ビビっていた。


「え……小夜さんが全部沈めたんですか?」


 レインが恐る恐る聞く。聞いてはみたけど、なんかスケールが違い過ぎて怖い。そんな心境だった。ジュリーも固唾をのんで聞き耳を立てる。


「うーん。まぁ、みっちゃん……水城もいたんだけどねぇ~。つまらなそうにしてたから、私が全部沈めたのぉ~。『せめて潜水艦の一つくらいは奪えなかったんですか?』って怒られちゃったけどぉ~」

「「…………」」


 潜水艦もいた事実におののく。艦隊の規模がどの程度のものなのかが気になる二人だった。


「『ついに山賊共も海に逃げ出すようになったのか?』って挑発されたんだものぉ~。うっかり全員殺しちゃっても仕方ないわよねぇ~?」

「ははは……」

「あへへ……」


 苦笑いすることしかできなかった。夢幻は夢幻でうんうん、と頷くばかり。敵にならなくて本当に良かったと心の底から安堵する。


「カメリアとか色々な国の調査に出かけてたんだけど、クルマンドで水城とはぐれちゃったのよねぇ~。トイレに行ってくるって言ったっきり帰って来ないんだもん。よっぽどお腹の調子がおかしかったのねぇ~……」


「いやいや、絶対嘘でしょう……」

「え、というか探しに行かなかったの……?」


 小夜は寝そべりながらも、天井の木目を眺めながらだらんと大の字になって体を伸ばす。


「水城の『トイレに行ってくる』は『虫の居所が悪いからちょっと暴れてくる』って意味だからねぇ~……。昔からそうなのよぉ~……」

「ふ、普通にトイレに行きたいときは……?」

「そんなの勝手に行くもの。そもそも了承を得る必要あるぅ? 瞬間移動でもしない限り、見失うなんてことはないわぁ~。だから、黙って見送るのがマナーってものよねぇ~……」

「「…………」」


 マナーとは?と、本気で考え込む双子。夢幻は夢幻でうんうんと、頷くばかり。


「どちらにせよ、水城には死んだらわかるような"奇跡"を埋め込んであるから、生きている事は確かねぇ~。居場所がわからなくとも、生きている事が分かれば十分よぉ~」

「し、心配じゃないんですか……?」

「探したいとか思わないの……?」


 自分たちもヒカリが行方不明になったと聞いた時、かなりの期間探しまわったのだ。『弱点に至る一撃』がある限り、死ぬような事はないと思ってはいたのだが、せっかくこれから家族として再発進していこうとした時に離れ離れになるのはやっぱり嫌だったのだ。

 それに、敵に捕まってまた記憶を飛ばされている可能性もないとは言えない。この二年間、二人がヒカリの事を考えない時はなかった。


「そりゃあ、時々不安にはなるけれど、水城は自分の意思で行動したんだもの。尊重してあげるのは家族として当然よぉ~。それに、もし助けがいるんなら自分から助けを求めに来るわぁ~。水城は一見プライドが高そうだけど、実は頼ることも頼られることも好きだからねぇ~」

「「…………」」


 自分達とは違い、落ち着きのある言葉に少し感銘を受ける二人。夢幻もうんうんと、頷い…………てはいなかった。


「…………虚言。毎晩生存確認」

「!! ちょっとぉ~! それは言わない約束でしょう~!」

「…………?」


 そんな約束してませんけど?というような顔をする夢幻。二人はそれを見てクスクスと笑う。


「仲がいい……」

「羨ましい……」


 しばらく夢幻と小夜が取っ組み合いをしている様を微笑ましく眺めたレインとジュリーは明日の航海に向けて準備をしようと荷物をまとめに自宅へと向かった。目指す国はカメリア。自由と混沌が渦巻く異境の地。初めての海外に期待と不安が残るものの、魔人の双子は家族の為に決意を固める。



 

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