第59話 生きる者達




 ど、どういう事だ!? 安具楽さんがなんでここに……


 最短ルートで羅刹と神無月のところに戻った僕の目の前に現れたのは大鎌を持った安具楽さんだった。片腕が金属の義手になっている。それ以外は正真正銘、千堂安具楽、その人だった。


 偽物や幻覚なのかとも思ったが、僕の感知能力ではそういう反応はない。それに、羅刹も動揺していることから、きっとその線は薄いだろう。千堂の毒使いにそういったものが効くとは思えないし。


「あ、安具楽様……」


 羅刹が安具楽に悲痛そうな声を出しながら呼びかける。


「ああん? なに今にも死にそうな声出してんだぁ? 既に死んでるのは俺様だろうが!」

「「…………」」


 ライトと羅刹は微妙な空気になって何も言えなかった。尊敬する亡き千堂の一人が、仮初めの命だとはいえ、目の前に生きて喋っているのだ。言いたいことや聞きたいことはたくさんある。


「しかし……こいつもバカだよなぁ。同化するのはいいが、自分より圧倒的に強い奴に同化したら意識毎乗っ取られるに決まってんだろうが! それに、自分が追い込まれて弱ってる時にだぜ? あり得ねぇよなぁ?」


 ああ、やっぱり安具楽さんだ。


 僕は懐かしい声と雰囲気に心地よいものを感じる。


「あ、安具楽様は……神無月にやられたのでござるか?」

「ちげぇよ。こいつは俺の死体を奪っただけにすぎねぇ。殺したのは一堂だ。こんな雑魚にやられちまったら、他の千堂に対して申し訳が立たねぇぜ!」


 神無月を雑魚。と言い切るあたり安具楽の戦闘能力の高さを改めて実感する羅刹。戦ってみてわかることだが、"奇跡"も身体能力もかなり高い部類だ。


「あー、羅刹。千堂の状況はどうなってやがる?」

「あ、え、えっと……。第三次世界大戦があの後……」

「いや、一の位だけでいい。世界情勢がどうなってるのかを話してる時間はねぇ。俺様が話せる時間も長くねぇし、ヒカリの顔見れば、なんかそっちも時間ねぇことはわかるしな」


 さ、流石安具楽さん……。察しがいい……。


「わ、わかったでござる。まず、赤は千堂英治は一堂に殺害され、現在は千堂ヒカリ……、今はライトという名前ですが、一の位の剣の千堂として在籍していることになっているでござる。黄色は、ハンク様の後釜の千堂ドウマが一の位の斧の千堂で就任。水色は変わらずに千堂水城様ですが、里を抜け、行方不明の状態。紫は小夜様ですが、相変わらずでござる。槍は蓮也様で、なんでも旧祓い人の誰かと結婚したとの事。黒は修栄様で、そろそろ、後輩に一の位の称号を譲るつもりだと言ってるでござる」


 え、英治さんが死んだ!? というか僕一の位なの!?


「ほぅ……。で、緑はどうなってやがる?」

「…………」

「まさか……決まってねぇのか?」

「あ、安具楽様の後任が……重いと……、自分達には……無理だと……緑色の千堂が言って……決まらなかったで……ござる……」


 安具楽さん……違う色の千堂にも好かれてたぐらいだもんなぁ……。


「はっ! 情けねぇ! 俺様の代で一の位を欠番にするつもりかよっ! じゃあ、ウッドペッカーに任命するっ! ちゃんと伝えとけよっ!」


 ウッドペッカー?


真賀里まがりでござるか……?」

「おうよ! あいつは気分屋だが、任せられた仕事はしっかりやる奴だっ!」

「で、ですが……」

「あん? なんか問題あるか?」


 少しの間、逡巡した羅刹だったが、意を決したように頷いた。


「…………了解でござる。安具楽様の意思は確かに」

「うしっ! 決まったなっ! じゃあもう言う事はねぇっ!」


 そ、そんな……。せっかくまた会えたのに……。


「あ、安具楽さんは何か思い残した事とか、後悔はないですかっ?」


 僕は咄嗟に口に出してしまっていた。少しでも長く、安具楽さんと話していたかった。関わった期間はそれほど長くはなかったが、一つ一つの思い出が、鮮明に思い出される。


「ああぁ? 思い残した事? 後悔? ある筈がねぇよ。寧ろ、今までの人生。全ての時間が幸福だった。千堂に生まれ、自由に生き、そして死ぬ。何もねぇ。やり残した事なんか」

「で、でもっ! 安具楽さんの最期は……」


 殺されてるんだ。今なんか、死体を弄ばれてもいるんだ……なのに……。


「……ああ、お前は本当に優しい奴だなぁ。泣いてまで言う事かぁ?」


 な、泣いてる……?

 気づけば自然と涙が頬を伝って地面にボロボロと落ち続けていた。


「いいか? 死は結果でしかない。死を嘆いても仕方ねぇ。生を謳歌するんだ。生きてきた人生そのものを評価しろ。死んだら二階級特進するような只人にはなるな。いいな?」

「…………はい」


 そうだ。この人は……こういう人だったな……。


「まぁ、死んだ後の事を色々聞いてんだから、全く気にしていないわけではないんだがな。そうだ、夢幻は元気か?」

「……夢幻様は元気でござるよ。相変わらず小夜様にべったりでござる。それと、あの四人は『オニギリ小隊』の名前で活躍してるでござるよ」

「ああん? ああ、小竜たちか。夢幻、小竜、紅蓮、礼二だな。はぁ、あいつら……俺の千獣を貰ったんだな……」


 安具楽は嬉しそうな、気まずいような、複雑そうな顔で上を向く。


「安具楽さん千獣いたんですね……」

「ヒカリは里に来てないんだったな……。今はライトか? まぁいい。もう話すこともないだろう。俺は逝く。このクソったれた神無月と共にな。お前たちはもう行った方がいい」

「…………本当にもう最期なんですか……?」


 それでも僕は……名残惜しくてずっと話していたかった。思えば何度命を助けてもらったかわからない。粛清隊での森の事。吸血鬼に襲われたあの夜の事。うん?なんかおかしいような……吸血鬼に襲われたことなんかあったっけ?


「最期の挨拶はもう伝えてある。生きてる時にな。今の俺は仮初めの命、仮初めの時間、仮初めの存在。もう…十分だ。これ以上ないくらいの幸せ者だ、俺は。亡霊は亡霊らしく、ここで果てるのも悪くない」 

「「…………」」


 ……そうだよな。もう爆発までの時間もないんだ。体感的にあと一分ってところか。あれ、僕はともかく、羅刹さん大丈夫?


 そこへ、大きなリュックサックをかるった小さな子供がバン!と大きな音を立てて部屋に入ってきた。確か、地雷を仕掛けてたあの子供だな。


「に、忍者さん! ボクちゃんと仕事できたよっ!」

「セイル。よくやったでござるな。ここはもういい。脱出するでござるよ」


 セイルというのか。あー、ヤバい。死人が出そうな気がしてならない。


「じ、実はあと一分くらいでこの施設爆発するみたいなんですけど……」

「ほ、本当でござるか!?」

「嘘ぉ!? ボクたち死んじゃうっ!?」


 僕は死なないけどね。


「あー、そういう事かぁ……。まぁ、そんな感じはしてたけど、ここは俺の出番かねぇ……」


 安具楽が大鎌を右腕一本で構える。そして、最後の技を繰り出す。


 『飛翔する万物』。斬撃を飛ばす、安具楽の得意の技を。


 キュィィィィィン………  ゴォォォォォォ……


 ものすごく鋭い音が鳴る。と、同時に、壁の部分がズルズルと音を立てていき、四角く切り取られたところが地上へと向けて落ちていった。外から入り込む風が冷たい。


「「「…………」」」


 呆気にとられる僕と羅刹とセイル。なんでこの人死んだんだ?


「ここから逃げろ。後の事は……任せたぞ」

「はい」

「御意」


 僕は地上へと向けて大きく跳躍する。セイルを抱いた羅刹もそれに続く。後ろを振り向きたい気持ちもあったけど、それをしたら永遠に別れられない気がして、しなかった。


 生きてきた時間を大事にする。 僕は今、生きている。















 あとに残った安具楽は落ちていく三人を眺める。

 眼下に見えるのは、カプセルに入った大量の研究員が謎の浮力で流れるように地上に落ちていく奇妙な光景と、この施設を包囲するようにして悪霊と言うべき禍々しい気配が漂っている世紀末な状況。


 なんであいつらこんなところにいたんだ?と、心底疑問ではあるが、これから二度目の死を迎える自分にとっては関係ないな、と苦笑する。


(な、なんでボクがお前に乗っ取られてんだよ!)


 神無月の声にならない思念のようなものが脳内に響く。それを聞いて煩わしいような顔をする安具楽。


「さっきも言ったろうが。俺より弱いくせに俺を支配できるわけないだろ?」

(ば、バカ言うな! 普通、死体を利用すれば生きていた時よりも精神的に脆くなる! そんな状態であれば、ボクの意識はしっかりと保てる筈で……)

「ああ、だから弱体化した俺でもお前は俺より弱かった。そんだけの事だろ?」

(なっ!?)


 わかってはいたが、いざ口に出されると認めたくないものも認めざるを得ない。神無月にだってプライドというものがある。いくら、相手が千堂最強の鎌使いだとは言え、死体で弱体化した千堂に負けるなど、あってはならないことなのだ。


(ま、まぁいい。もうそろそろ体は返してもらうよ)

「はぁ? バカかてめぇ」

(え?)

「敵のいう事を素直に聞くワケねぇだろうが。お前もここで死ぬんだよ」

(は? う、嘘だろう? このボクが……こんな死に方で……? クソっ! なんで主導権が取り返せないんだっ!)

「はははははははははは! 返すかよ、このクソガキがよぉ! 死者に殺される気分ってのはどんな感じだぁ? それも、自分の能力でよぉ!」


 広い空間に安具楽の笑い声が響き渡る。そして、その声は外にまで広がり、脱出している研究員たちも、その声の異様さに気づいて何人かがこちらを見る。


「や、やべぇ……あの人笑ってる……」

「嘘でしょ!? 死ぬ気っ!?」

「見るな……あいつは……狂ってるんだ……」


 そんな言われてるとは露知らず、安具楽は尚も笑い続ける。


(か、返せよっ! ボクの体っ! こんなところで死ぬなんて馬鹿すぎるっ!)

「だからお前にバカって言ってんのだろうがっ! いいねぇ!いいねぇ! 余裕ぶってたお前の余裕がない所っ! こんなでっかい棺桶で死ねるんだから感謝しやがれっ!」

(ふざけるなぁぁぁぁ!)

 

 ドォォォォォォォォン!


 そして、ついに研究施設の爆破が始まる。下から順々に爆発しているようで、ここに到達するには少しの時間がありそうだ。しかし、建物自体は揺れに揺れ、不安定な傾きになりつつある。


(し、死にたくないっ! 死にたくないっ!)

「うるせぇなぁ。じゃあオラァ!」

(!?)


 ブシュ!


 安具楽は大鎌で自分の腹を刃の先端で突く。そして、盛大に大鎌を抜き、血しぶきが噴水のように飛び出てくる。


「ゴフッ……。あー、痛てぇ。なんだ、痛覚ってちゃんとあるんだな」

(お、お腹がっ! お腹が痛いっ! なんでお前は平気なんだっ!?)

「痛みなんか我慢すればいいだけだろ。それにもう死ぬんだ。治す必要なんかねぇ。思いっきり死ねる。はっはっは! 気分がいいぜぇ! ゴフッ!」


 口から血をまき散らす。それでも、安具楽は痛がったりへたり込んだりしない。


(ば、バケモノ……め……)

「何とでも呼べよ。お前はともかく、こいつを巻き込むのはなんか惜しい気がするなぁ……。じゃあいっちょ飛ばすか」


 安具楽が手に持った大鎌を見つめる。そして、"奇跡"で空に向かってものすごい速さで飛ばしていく。


 キュィィィィィィィィィン…………


 大鎌は一筋の光になって、点になり、そして、消えた。あのスピードであれば、大気圏を突入し、戻ってくる事はないだろう。満足そうに安具楽は笑う。


 徐々に近づいてくる爆発。迫りくる派手な死が一人……いや、二人に襲い掛かろうと真っ赤な火花を散らしながらやってくる。


 そこで安具楽は最初の死と同じような走馬灯を見る。


 大鎌を担いだ自分。斧を地面に突き刺し、目を閉じて笑う大男。身長の低さと反比例して、腕を組んで偉そうに踏ん反りかえっている紫色の着物の女の子。なんだかんだで、里では仲が良かった三人組。勿論、他の千堂とも仲がいいのではあるが、特にこいつらとは仲が良かったなぁ、と思いを馳せる。


「…………小夜。お前は生きて、人生楽しめよ」

(あ、ああ…………。もうダメだ……)


 安具楽の顔に巻き付けていた帯が解かれる。これでもないというくらいの満面の笑みでやり切ったような顔をし、その直後。爆炎が灰すら残さない勢いで安具楽を呑み込んだ。


 コールマン研究施設。人道に反した研究を行う悪魔のような研究所はたった数人の侵入者によって終わりを迎える。オレンジ色の明るい光が暗闇を照らし続け、その中から、人体実験されていた生物たちの魂が天へと昇って拡散していく。


 解放された魂と、肉体からの開放。その現象の一端を、脱出した研究員のほとんどが脱出艇のカプセルからただ黙って見つめていた。



 

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