第58話 歪みない
「千の道は剣の道ってね」
所々に記憶の欠損はあるものの、大体の流れは理解した。僕はヒカリでライト。二人で一つ、ではなくヒカリでライトだ。性格がいくら変わろうと、核となる人格は変わらない。まぁ、そんなに性格は変わってなかったみたいだけど。
目の前にはアンリとゼノ。それに、ヴォルグがいる。背後にはコールマンの息遣いが聞こえる。挟み撃ちになっている構図だけど、寧ろ僕は彼らに逃げられないかが心配だ。
「い、いきなり仮面が外れたみたいやけど……。はは、何も起こりませんなぁ?」
ヴォルグは僕は変わったことに気づいてないみたいだ。それも当然と言えば当然だろう。中身の変化なんかわかる筈もない。
「く、くぅ……。どうして……解毒が……効かないのよぉ……」
口ぶり的に解毒しようとしているのか、コールマンは。千堂の毒なんか解毒できるのか……?
もういいや。とにかく人質をどうにかしないとね。
「じゃあヴォルグさん。君の弱点を教えて欲しいな」
「? な、何を言っているんや……?」
理解不能の言葉にヴォルグは頭に疑問符を浮かべる。
『弱点に至る一撃』。それと、認識した相手を破滅に導く『破滅の一識』。二つの”奇跡”を合わせる『概念合成』。認識した相手に弱点を付与する新しい"奇跡"。
「『弱点を付与する一識』かな。君に対しての全ての攻撃は攻撃に転換される。"認めろ"」
「……ッ!?」
右目の刻印でヴォルグを睨む。すると、メデューサに睨まれた人間のように体が硬直したヴォルグは何が起こったのかを認識できずに自分の体のあちこちを触り始める。
しかし、身体的には何も変化がない。何かをされたようなのだが、実害が感じられない。
「……? 何をしたのかわからへんが、もういい加減に……」
「アンリ。もうそいつ防御力ゼロだからやっていいよ?」
僕は投げやりに言う。アンリは何を察したように顔を上げ、足でヴォルグを軽く蹴った。
ドゴォ!
「う、うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
軽く蹴った筈の蹴りはヴォルグの片脚を内部から爆発させたように爆ぜ、血は飛び散らなかったものの、一瞬で右足はぐちゃぐちゃになった。片脚を使いものにされなくなったヴォルグは地面をのたうち回って悲鳴をあげ続ける。
「何をしたこの小娘めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
アンリとゼノはこの現象をだいたい察することができた。それと同時に、拘束されていた縄からの脱出に専念する。
「アンリ……彼は……」
「ええ、戻ったみたいね。あの鉄の仮面に治癒の効果なんてないんだけど……。まぁいいわ。今はここからどうするのかを考えましょう」
「はい」
ヴォルグが行動不能になったことを確認した僕はコールマンに向き直る。
「あ、あなた……。"奇跡"が変わった……? 概念昇華……?」
「いいや、違うさ。概念合成、といったところかな。史上初だと思うから、良かったら論文でも書くと良いよ。そんな時間は……なさそうだし、ここで君は死ぬんだけどね」
「概念合成……ですって?」
コールマンの中の知的好奇心が爆発しそうになる。しかし、自身の命が危険に晒されそうになっているのに、そんな悠長なことは言ってられない。とにかく解毒をしない事にはどうしようもない。
今のコールマンはこの施設全体と同調している状態だ。だから、経緯は不明だが、施設に浸食された毒が自身の肉体に影響を及ぼしている。だったら単純だ。同調を解除すればいい。
「…………」
自分と施設との魔術リンクを破棄する。もう一度つなげる場合はかなり面倒な手順と時間を使うのだが、この際仕方がない。後ろ髪をひかれる思いで実行した。
「……ふんふん。この研究施設とのなんらかの繋がりを消したね?」
「……まぁ、当然わかるわよね……。ねぇ、考え直してもらえないかしら」
「何を?」
コールマンにとって既に決着はついているようなもの。相手は千堂。工房内で人質がいる状況であるなら勝ち目はあるかもと思ってはいたが、施設とのつながりも切り、人質も解放された今となっては勝ち目どころか逃げる事すら困難なのだ。
「このまま手を引いてほしいってことよ。あなたの言う通り、この研究所は破棄するわ。人体実験もやめるし、残りの職員には十分な報酬を与えて辞めさせる。どう?」
「なるほど……。確かにそれだと僕はもう君を殺す理由はなくなるね……」
こういうのは口約束で、普通の魔女であれば一旦は反省している素振りを見せた後に、どこか違う場所で研究を続ける、というのが魔女の本質。しかし、このコールマンはそういう事をするつもりはなかった。
魂の研究。結局のところ、千堂の始祖に憧れたことから始まった研究なのだが、自分でもこの研究の到達点が分からなくなっていた。こんな辺境の地で魂の研究をしたところで、誰に評価されるわけでもなく、ただ知りたいという知的好奇心を満たすためだけに研究している日々。それじゃダメな気はしていたのだ。
これからは世界を回り、実際に見て触れることで知見を広めていこう。そういう思いが彼女の中で芽吹いていた。
「で、でしょ? だから……」
「でも信用できないよ。魔女っていう存在の事はよくわからないけど、そんな簡単に諦めれるようなものじゃないんでしょ? 研究って」
「ほ、他の魔女はそうかもしれないけど……」
「他の魔女と君の違いがわからないってことさ。証明できるならやってみてよ。ほら、早く」
「…………」
コールマンはまだしも、アンリとゼノは思う。この人、鬼だと。
「結局のところ、君を殺す理由も、潰す理由も、極論すれば関係のない事なんだけどね。だって、傭兵団の依頼的には失敗どころか、依頼主を殺すっていうトンデモないことをするわけだから」
「…………」
「ただ命を弄ぶ行為が許せないってだけで自分の身を危険に晒すって傍から見たらバカなんだろうけど、僕の一族ってどういう行動倫理してるか……わかるよね?」
「……な、何をしてもいいし、な、何もしなくていい」
コールマンは若干震えながら答える。
「だよね。うん、わかってるならいいんだ」
「…………ふ」
「うん? どうかしたかい?」
コールマンはしばらく大人しくしていたが、うつむいたあと、突如。
「ふ、ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇん! ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁいいいいい!」
「うわっ! 何だ急に」
年相応の子供のように泣き出した。土砂降りのような涙と、恥と外聞を気にしないその様はまさに子供。こんなこと、大人ではできない芸当だろう。
「…………なるほど。こんなにも汚らしい子供の泣き顔は演技だとしてもそうそうできることではないね」
「ふ、ふえぇ……?」
「こんなにもクソで愚かでみっともない泣き方は並大抵の人にはできないだろうね」
「ひ、酷い…………グスッ」
涙と鼻水と何故か涎が出ているコールマンはそれはもう汚い。これでもかというほど汚い。これは……負けたな。
「仕方ない。命までは取らないよ」
「…………納得いかない…………グスッ」
「え? なんか言った?」
「言ってないわ…………グスッ」
そうだよなぁ? 普通殺されそうになった相手の事を泣くだけで許す仏のような存在って僕以外いないよぉ? もっと喜んだらぁ?
「ら、ライトエグイわね……」
「そうですね……なんか人格変わってません?」
アンリとゼノは呆れ顔で僕を見る。
「なんか変な感じだけど……二人とも久しぶり。一宮さんは知ってるけど、ゼノは校門で会った記憶しかないけど……。まぁ色々あったみたいだし、細かいところはどうでもいいよね」
「え、ええ……まぁ、そうね……」
「かっるぅ!」
あれれ~? 若干引かれてるぅ~?
「まぁいいや、コールマン。君には一応保険もかけさせてもらう」
「ふぇ?」
咄嗟に振り向いたからコールマンは変な声をあげていた。
「『弱点を付与する一識』は弱点を付与するものだけど、どれを弱点にするか決めることもできるんだ。水が弱点になれば、君は水に触れただけで体が溶けたり、生物を弱点にすれば君は空気中の微生物や蚊に触れられただけで皮膚が壊死したりするだろうね」
「…………(ブルブル)」
コールマンの体が震えだす。寒いのだろうか?
「鬼ね」
「鬼ですね」
元・千の宮の女王に言われるなんて傷つくなぁ……。学校の時にそんな絡みはなかったけど、あんたかなりヤバかったからね?(噂でしか知らないけど)
「外野は無視しておいて……。ねぇ、僕は何を弱点にしたらいいかなぁ?」
「鬼ね。普通、それ相手に聞くかしら」
「鬼ですね。普通、それはいい落としどころを決めてあげるものでしょう」
普通とは……? 永遠の議題だね。というか、もういいよ。普通の人生歩んでないんだから、普通とか知らないし。
「じ、じゃあ……人……は?」
「え? 僕たちに触れたくないってこと? いや、違うか。僕を人として認識してないって意味かな。ははは…………、はぁ……」
「あ、ち、違うっ! 違うっ! ええっと……じゃあ、薬品っ! 薬品はどう?」
薬品? ああ、研究できなくなるってことかな。なるほど。まぁそんなところだろうな。僕の弱点は概念に干渉するものだから、そんな抽象的なものでも付与することができる。
「本当にいいんだね?」
「え、もしかして許して……」
「"薬品を弱点に"」
「!?」
よーし、これでいいね。
「……鬼畜ね」
「……鬼畜ですね」
アンリとゼノのジト目がキツイ。行為的には間違ったことはしていない筈なんだけどなぁ……。
「う、うぅ…………」
そこへ呻き声を上げるヴォルグ。片脚がダメになったところで死んでいるわけではない。このままだと苦しみながら死ぬんじゃないか?片脚だけだろうと、そこが壊死したら何も処置しないと普通に死ぬからね。楽にしてあげよう(真顔)。
「シネ」
「う…………」
これでいいだろう。いい筈なのに、今度はコールマンもひきつった目で僕を見てくる。おかしい。僕は苦しみを取り除いただけなのに……(真顔)。
「ライト……あなたもうちょっと何か思わない?」
「これは酷い。もしかして、新しい人格が……?」
「わ、私が言えることではないかもだけど……あなたもよっぽどじゃないかしら……」
金髪幼女の敵でさえよっぽどとか言われるのか……。悲しいなぁ……。
「あ、そういえば」
「うん? どうしたの?」
コールマンが何かを思い出したように話す。
「この施設って私の魔術工房なんだけど、もし私が敵に捕まったら施設毎爆発するように設定してあったのよ」
「へぇ~…………へ?」
「いやぁ、だってもし自分が死ぬってことになったら、研究データを他人に見られちゃうかもしれないじゃない? そんなの我慢できないもん。普通に爆発させるわよね」
普通とは……?(二回目)。え、てか普通にヤバくない?
「敵に捕まったらって、私がそう思ったら自動的に発動するようになってるから、もう自分ではどうしようもないんだけどね。うふふふ……」
「アンリー。ゼノー。もう殺していい?」
「だ、ダメよっ! この子が言ったことが本当なら、殺しても解決しないわっ!」
「そうですよっ! この子を生かしておいたらまだ傭兵団に戻れるかもしれないじゃないですかっ!」
ゼノはまだ傭兵団に未練があるらしい。わかりやすい奴め。
「とにかく脱出しないとだよね……。多分爆発までは猶予があるんだろ?」
「そうよ。あと五分くらいかしら。下から順番に爆発していくから、上に逃げるよりはこのまま脱出した方が早いかしらね」
確かに、ここからなら地上からの距離の方が圧倒的に近い。いや、でも普通に上に逃げても退路がないじゃん。
あ、でも…………。
「…………ごめん。僕は上に行くよ」
「!? どうしてよ!」
「そうですよ! 登録証とかの忘れ物なら私が持ってますから!」
ゼノはやっぱり傭兵団に未練があるらしい(二回目)。
「いや、羅刹さんに知らせないといけないから……それに、まだ研究員もたくさんいるしね」
「ら、羅刹って誰よ!」
「千堂羅刹。あの忍者の人だよ」
「え! あの人千堂だったの?」
「うん。だから、僕は助ける義務がある。いや、助けたいんだ」
家族だからね。それに、夢幻の事も色々知っていたみたいだし、聞きたいことはたくさんあるんだ。
「…………わかったわ。ゼノ、行くわよ」
「……そうですね。私にできる事はもうありませんし……」
ごめん。僕は高いところから落ちても平気だけど、二人はそうじゃないから……。
「私はライトについていくわ」
「え? 一緒に来るの?」
「ええ。研究員の誘導とかは私に任せなさい。万が一の為に、脱出するための避難装置やら、避難誘導とかは研究員たちに仕込んでいるから。あなたは羅刹のとこにいけばいいわ」
…………この子も研究員に対しては思うところがあるのだろうか。とても人の命を軽々しく扱っていた子供には見えない。
「ふっふっふ。ここでポイント稼いでおけば後々何かしらの……」
「弱点増やすぞ」
「!? い、行ってきますっ!」
足から何かを噴射しながら跳ねるように飛んで行ってしまった。宙を飛ぶ以外にあんなこともできるのか。魔女ってすごいな。アンリとは大違いだ。
「じゃあ僕も行くから。二人はちゃんと脱出しておいてね」
「ええ、あなたも気を付けてっ!」
「死なないでくださいねっ!」
死ぬ? 僕が? まさか。僕が死ぬわけ…………ないのに、ホントなんでこうも不幸なんだろう。赤陸に帰ってみんなと会いたいな……。
「さぁて、お主の力量は大体掴めてきたでござるよ。諦めて降参するでござるか?」
「ハァ……ハァ……。嘘だろ、いくら千堂だとはいえ、ボクは千殺隊の第三位なんだぞ……?」
いくら本家の千堂とはいえ、十五の毒と千殺隊の第三位では明らかな序列の差というものがある。さらに、千堂の毒使いの戦闘力は、他の色と比べても低い、という事が千殺隊でも認知されており、本来、ここまで力の差はない筈なのだ。
手に持った太刀を構えながら神無月は息を整えながら問いかける。
「な、なんで君は十五なんだい……? 明らかにもっと上の序列じゃないか……」
神無月は第三次世界大戦から多くの千堂と戦う機会があった。何人かは殺すこともできたし、逆に、何度も殺されそうな機会も多々あった。しかし、目の前の千堂はどう考えても序列以上の力を持っている。明らかにおかしかった。
「……なるほど。お主は勘違いしているようでござるな」
「な、何……?」
「千堂の序列は強さでも決められるが、その真意は"奇跡"の扱い方でござる」
「あ、扱いかた……?」
「そう。上の者が下の者に"奇跡"を教わる。当然、上の者が有能でなければならない。そうでござろう? だが、千堂にとって体術や体力なんてものは最初から備わっているもの。極めることもできるでござろうが、結局は"奇跡"を鍛えた方が強くなれるでござるよ」
神無月は確かに、と納得する。子供でも強い千堂にとって、基本的な戦闘能力は最初から高い。只人のように基礎体力をつける段階というのは工程として大事ではないのだろう。
「よって、"奇跡"の扱いが上手い千堂の序列が高いのは当たり前でござる。強さではなく、"奇跡"を誰よりも熟知している千堂がでござる。まぁ、例外もあるでござるがな」
槍を構えた千堂を羅刹は思い出す。誰よりも"奇跡"を習得するのが遅くて、誰よりも上に上り詰めた努力の千堂。数々の教えを吸収し、"奇跡"に頼らずに全ての技術を学んだ尊敬する人物の一人。
「拙者の"奇跡"は他の千堂より弱いでござるよ。扱い方もまだまだでござるし、毒使いと名乗れる程ではないでござる。それでも、それ以外の戦術や戦闘技術はなかなかのものであるとは思うでござるよ?」
「……ふーん。そうなんだ。"奇跡"を使わないんじゃなくて、使いにくいってところか……おかしいと思ったんだよね。毒使いなのに毒使ってこないし。でも敵に話しちゃっていいの?」
神無月は早くも体力を取り戻す。本家ではないとはいえ、千堂であることに変わりない。かなりの力と体力は持ち合わせている。
「いいでござるよ。どうせお主はここで死ぬ運命。話して困ることもなければ、離れることもないでござるからな」
「そうなんだ。ふーん……。ふふ、ふふふ、あはははははははは!でも、ボクだって意地があるからねぇ!ここで死ぬわけにはいかないのさっ! 正直、この"奇跡"は一度きりだし、使いたくはないんだけど、もう使うことにするよっ!」
「…………」
ブラフとは思えない。何かをしてくることは予想できるが、意図が読めない。羅刹は戦闘に集中する。
「ボクの"奇跡"は同化っ!生きている存在と同化できる能力だけど、一度だけっ! 一度だけならその者の存在を短時間だけ再現することが出来るのさっ!さぁ!誰を再現した方がいいかなぁっ!」
「…………誰でもいいでござるよ」
神無月は羅刹の反応が気に食わず、一瞬面白くなさそうな顔をしたが、気を取り直して声を荒げる。
「じゃあご対面といってみようかっ! 君達にとって最も思い出深い相手だと思うけど、油断して瞬殺されないように気を付けなよっ!」
バン!
そのタイミングでライトがドアをぶち破るような音を立てながら部屋に入ってくる。そして、神無月が光を放ち始め、部屋全体が真っ白に染まり、そして…………。
「…………う、嘘でござろう?」
「…………え、あ、あなたは……」
真っ白な空間で、羅刹とライトはそれを見る。大鎌を携え、目は黒い帯で隠し、緑の服を着た大男の存在を。
「…………歪みねぇっ!」
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