第57話 ただいま


 小刀を前方に押し出すように構えた忍者男はコールマンを睨む。しかし、コールマンはそんな脅しには屈しないとでもいうように余裕の態度で忍者男を睨み返す。


「あらあら。賊が侵入したようね。ライトに敵意は無かったからも動かなかったようだけど、あなたは私に対して殺意がビンビンね」


 コールマンは尚も挑発するように忍者を見据える。


「ちょっと、君! なんでそうも煽るのさ! それにあんたも! この子のしていることは許せないけど、それでもやり方ってものが……」

「…………拙者はこれでも十分下調べをしてから任務に挑んでいるでござるよ? 何も行き当たりばったりで殺しに来るほど野暮ではないでござる」

「そ、それでも!」


 なぜか僕はコールマンを庇っていた。おそらく純粋によく知らない人間が殺されることに抵抗があるんだ。だから、ひとまず話し合いを……


「……あなたは傭兵団の一員じゃない。その選択は間違ってないじゃない?」

「!!」


 後方から物音を立てずにフーライが颯爽と上から落ちてきた。どこにいたの!?


「ふっふっふ。この施設の最重要人物が護衛を付けずに一人でいるとでも思ったのかしら、忍者さん?」


 なるほど。コールマンの余裕の態度はここから来ていたのか。しかし、フーライがいてくれるのはありがたい。これで数的には一体三だ。コールマンは戦闘できないっぽいけど。


「最初からわかっていたでござるよ。そこにいるフーライとやら。拙者の任務はコールマンとフーライの暗殺でござるからな」

「この子はともかく、私も殺す予定なんて物騒じゃない?」

「いやいや、なぜ殺されるのかはお主が一番知っているでござろう? 表向きは傭兵団に加入しておきながら、裏では赤陸に敵対する邪魔な存在を排除する特殊部隊、千殺隊のフーライ」

「え…………?」


 僕はフーライを見る。忍者男の言う事が本当であるならば、フーライと僕は……


「敵のいう事を真に受けたらダメじゃない? 相手は忍者。敵を殺す為ならなんでも利用する非道な集団。それに、さっきも言ったけどあなたの任務は護衛。守ってこそじゃない?」

「そ、それは……」


 傭兵団に加入している手前、依頼は裏切れない。きっと、ここで選択を間違えたら傭兵団には二度と戻れないだろう。でも……


「……夢幻様から話しは伺っているでござる。どうか拙者と共に赤陸へと戻っては来てくださらぬか?」

「む、夢幻……誰それ?」

「……やはりそうでござるか。顔の四分の一が欠けているあなたは以前のあなたとは別の者……。そういうワケでござるね……」

「!?」


 か、仮面の下が見えるのか?


「ならばここに"奇跡"をもって存在を証明しよう。千の道は毒の道。"異端狩りの千堂"。"十五の毒"。"千堂羅刹"。我が主に代わって敵を……」


 忍者男の言葉が言い終わらぬうちに、僕の横にいたコールマンが突如発狂したように悲鳴を上げる。


「きゃーーーーーーーー! 本家千堂キターーーーーーーー! 凄い! 本物の千堂凄い! 生千堂よ!生千堂! 略して生千! キャーーーーーーーー!!」

「「「…………」」」


 僕とフーライと千堂羅刹と名乗った忍者男はコールマンの豹変ぶりに呆気にとられてしまった。とても今から殺し殺される関係になるとは思えない。そういえば彼女は千堂のファンみたいなものでしたね。


「フーライ! 私、あの人の身体が欲しい!」

「で、でも相手は同じ"奇跡"を持った……」

「欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!」


 いくら熱狂的なファンでも身体を丸ごとねだるなんて正気の沙汰ではない。この子は……残念な子だな。


「…………羅刹さんでしたかね。僕そっちにつくよ……」


「だ、ダメじゃない!?」

「な、なんか複雑でござるな……」


 この際正義はどちらにあるとか、そんなものはどうでもいい。よく考えれば考えるだけ無駄だし。だって事の真偽とかわからないじゃん? そうなったらマトモそうな人につくべきだよねー。


「あ! ちょっと! あなたは傭兵団でしょう! フーライと一緒にその千堂を捕まえなさいよ!」

「……でも君は魔女であることに変わりない。人体実験を平気でするような人でなしだ。冷静に考えたけど、やっぱり君とは分かり合えないよ」


 僕はコールマンから離れ、千堂羅刹の横に並ぶ。


「…………私の恩を仇で返すつもりじゃない?」

「……フーライ。あなたには助けられた恩もある。情もある。それでも、人体実験をする魔女の護衛を担っているあなたを僕は信用できない」

「…………言うじゃない」


 さぁ、これで後には引けなくなった。コールマン&フーライ VS 僕&羅刹の態勢になる。コールマンはショットガンを構えていて、羅刹は小刀を。そして……ヤバい。僕何もないや。


「羅刹さん。僕に貸せる武器ある?」

「……何もないでござるか?」

「うん。部屋には剣があるけど、元々戦うつもりなんてなかったしね」

「……仕方ないでござるな。どんな時にも何らかの武器は携帯しておくべきでござるよ?」

「うん。ありがとう」


 羅刹から僕は小刀を受け取る。それを見ていたフーライは実質二対一の状況にも怯むことなく話し出す。


「……二人の"奇跡"を知らないけれど、あなた達も私の"奇跡"を知らないじゃない?どう?今なら話し合いで……」

「いいや、お主の事は見当がついているでござるよ」

「!!」


 フーライは一瞬たじろぐ。相手は千堂。戦いにおいてはなによりも優れている一族。その一人が前もって自分とコールマンの事を調べていたとさっき言っていた。だとしたら、。そう思うのも仕方のないことだ。


「な、何の見当がついてるって?」

「ボロが出ているでござるよ。フーライ。いや、神無月といった方がいいでござるかな?」

「…………なぁんだ。バレてたのか」


 ドォォォォォォォォォォ……


 突如。フーライの容姿が黒い霧に包まれていき、その姿形が粘土のようにぐちゃぐちゃになっていく。それはもはや人ではないバケモノの変化そのものだった。そして、中からパーカー姿の僕と同い年くらいの青年が姿を現した。


「やぁやぁ、改めまして。全ての道は悪の道。千堂を殺す千堂。千殺隊第三位。神無月英俊。短い間だけどよろしくね?」


 神無月は飄々とした態度で僕らに自己紹介をする。声が高い。まるで、女性のような声にも聞こえる。さっきまでのいかついオカマとは大違いだ。どういう種なんだ?


「……神無月。お主の"奇跡"は『同化』でござるね?」

「そこまでわかってるんだ。うんうん、そうだよ。ボクは自分の存在や他者の存在を同化させることができるんだ。あるいは空気。あるいは妖魔。あるいは……人なんかにね」


 人に……同化……? ということは……


「元のフーライは……同化されたものはどうなるでござるか?」


 羅刹が神無月に問いかける。


「わかってるでしょ? そんなこと。同化されたものはボクの一部になる。記憶や能力を奪ってね。そして、いらなくなれば……存在が消える。死ぬってことさ」


 淡々と神無月が話す。まるで教師が生徒に授業をしているように穏やかな口調で。こいつは自分のしている事がわかっているのか?人を殺してんだぞ?

 神無月の隣のコールマンは神無月を驚いた表情で見つめる。


「あ、あなたそれが本当の姿だったの……?」

「ごめんね、騙していて。でもね、君と会った時から既に同化していたわけだから、途中から入れ替わったとかじゃないんだ。その辺は信用して欲しいな」


 どういう意味だよ。信用とかそういう問題じゃないよ。


「そ、そうなのね……。で、でも今のあなたの方が素敵ね! 本家の千堂ではないけれど、気に入ったわ!」

「そう? それはよかった。君とはこれからもいい関係を築いていきたいからね。それで……君達はどうする?やっぱりやるのかい?」

「ああ、殺し合おう。お互いに名乗ったでござるからな」

「……僕は何も言ってないけど……じゃあもう始めるよ? いい? いいよね?」


 いい加減我慢の限界だ。そうだよ、僕には"奇跡"があるんだから、武器とかいらなかった。


「シネ」


 神無月に向けて"奇跡"を放つ。アンリのいう事が本当であるならば、僕がそれを相手に言うだけで一瞬で破滅を与えることができる必殺の一撃。しかし……


「…………驚いた。今のが君の"奇跡"かい? 無防備だったら瞬殺だったよ。ははは、即殺のフーライが瞬殺って、あはははははははは!」


 神無月が大声で笑う。ど、どういう事だ!?全く効いている様子がない……


「ライトでござったな。お主の"奇跡"は相性が悪いでござるよ」

「え、そうなんですか?」


 羅刹はどうして僕の"奇跡"が効いていないのかわかっているようだ。


「同化はどんなものとでも同化できるのでござろう。そして、取りこんだものを奪えると言っていた。という事は、今の奴は今まで同化してきた人や物の情報を取り込んでいる複数体。つまりはいっぱいいるでござる。お主のは任意の対象を一つ殺す、または壊すものと思うが、それでは奴の一部分しか殺せないでござる」

「そ、そんな……」


 要は、僕が相手の事を正しく認識できていないという事が問題であるらしい。見た目以上に中身がぐちゃぐちゃしているのだろう。その中の一つは殺せたようだが、本体はまだピンピンしている。


「いやいや。ボクの中の一人が死んだけど、まだまだストックはあるんだ。今のボクは『変幻する自我』を概念昇華して『多重存在の統合』になってるからね。かなり強いよ? ボクは」


 今までどのくらいの人と同化してきたのかわからない。だが、多分一人や二人の部類ではないようだ。しかも、同化した人物の能力を奪っているのであれば、能力は一つではないと見た方がいい。かなり厄介だなぁ。


「…………仕方ないでござるな。拙者はこの神無月を相手にしておくから、お主はコールマンを頼むでござるよ」

「え……あの子なら多分すぐに殺せるけど……」


 僕はコールマンを見る。彼女は未だに羅刹を物欲しそう……じゃないな。凄く研究者研究者してる目で見ながらハァハァしている。


「千堂……千堂……ハァ……ハァ……」


 ダメだこいつ早く何とかしないと。具体的には殺すんだけど。隙だらけ過ぎて逆にこっちが躊躇してしまうレベルでキモイ。


「ここは魔女の研究施設。要は魔女の工房でござる。一見何もない部屋かもしれぬが、侵入者に対する防備はしっかりとしているでござろう」

「ハァ……ハァ……、そうよ、この施設全体に私のハァ……魔術がハァ……張り巡らせてあるわハァ……ハァ……」


 ついに涎まで垂れ流し始めたコールマン。


「気持ちわるっ! シネ!」


 ついつい"奇跡"を発動させてしまった。まぁいい。どうせもう殺すつも……


「効かないわよ。あなたの種は割れているのだから、当然防御くらいするわ。要はあなたに正しく認識されなければあなたの能力は正常に機能しない。だから、この施設内における私の存在をブレさせる……。簡単に言えば、ぼやけさせたのよ」

「う、嘘だろ……? そんなことができるなんて……アンリとは大違いだ……」


 魔女の事を戦闘では全く使えない脳無し扱いしていただけに、今やってのけたことを考えるとその認識を改めなければならないようだ。というか、話し方が元に戻ったな。


「というか、あなたも千堂ね! 本家千堂ね! 欲しい! 千堂欲しい!」


 あっちもあっちで認識を改めたようだ。複雑だなぁ……。


「ライトだったかしら。大人しく私に従いなさい?」

「この状況で素直にハイって言うと思う?」

「そうね……何もなければね……」


 コールマンは含み笑いをしながら僕を見る。その姿が魔女そのものだったので僕は茫然としてしまった。


「魔女の工房内は魔女のハラワタの中にいるようなもの。三流の魔女ならまだしも、一流の魔女であるならば意識を集中させれば内部の事なんか丸わかり。例えば……あなたのお仲間さんであるあの二人の事なんかもね」

「!!」


 アンリとゼノ。あの二人はまだ部屋で寝ている。マズい。人質を取られた事になるのか。


「それに、羅刹だっけ? あなたの仲間かもしれないけど、子供が一人紛れ込んでるわね。あはは!なんか色々抱えて走り回っているわ!」

「…………」

 

 羅刹はコールマンのいう事を黙って聞いている。それにしても、コールマンは建物の中の様子を視覚的にも把握できるのか。これならば逃げたとしても、場所がわかってしまう。


 しかし、当のコールマンの様子が突如一変する。虚空を眺めて笑っていたかと思うと、次第に額から汗がポツポツと浮かび上がり、苦しそうな声を上げだす。


「どう……して……?」


 自身の身に何が起こっているのかわかっていない様子のコールマン。それとは対照的に笑みを浮かべる羅刹。僕には一体全体どういう状況なのかわからない。


「言ったでござろう? 拙者は千の道の毒使い。ここがお主の腹の中なら、拙者の毒はよく回るでござろう。すまぬな、ライト。お主に任せる筈の獲物は拙者達がいただいたでござる」

 

 傍観している神無月に、毒が回り始めたコールマン。最強の一族の千堂に、同じく千堂である記憶喪失の僕。もはやカオス。既にカオス。毒使いっていうけど、僕の知ってる毒とは違うんだよなぁ……。

 ここで不意に誰かの言葉を思い出す。




『千堂の中でも戦闘における攻撃のレパートリーが多いのが毒使い。少なくとも俺様はそう思ってる』




 懐かしさを感じるその声は、一体誰のものなんだろう。左手の刻印が疼く。その赤い逆十字が、僕に早く記憶を思い出せと言っているよう気がして胸が苦しくなってきた。


















「…………ッ! 危ないっ!」

「いい加減……ハァハァ……食らいなさいよ……ハァハァ……」


 あの場から飛び出した僕は顔面蒼白のコールマンから逃げ続けていた。その鬼気迫る雰囲気はさっきの彼女とは別人のようだ。よっぽど羅刹の毒が苦しいらしい。さっきとは違い、意味合いの違うハァハァを聞くのはなんかムズムズする。


 まず目指すのは当然アンリとゼノの居室。二人の安否が心配だ。感知能力を使いたいが、今そんな余裕はない。きっとまだ僕の能力の使い方が上手くないのだろう。経験を補うほどの技能があっても、使いこなすのとはまた別の問題。僕もまだまだだ。


 コールマンの足の速さはそんなに速いわけではない。見た目からしてそんなに運動ができるタイプではないし、そもそもデフォルトからして絶対に早く走れるはずがない。足の長さからして短いのだ。しかし、彼女は僕に追いつけないと判断したのか。宙に浮いて高速で追いかけてきた。


 ちらっと後ろを向く。地面から一メートルは浮いている。百歩譲って浮くのは構わないけれど、高速で移動するのはどうかと思う。


「……ッ! もうしつこいなぁ!」


 それに、地面から、壁から、天井から。様々な方向から棘が生えてきて、僕の体を射抜こうと突出してくる。食らえば大量出血は免れないだろう。いや、当たりどころが悪ければ即死だ。しかし、今の僕に感知能力は満足に使えなくとも、危機管理能力は健在だ。予兆のない攻撃を勘で、いや、体が勝手に動いてくれる。


「……千堂って……ハァハァ……自分勝手なんだから……ハァハァ……さっきも……いきなり……襲ってくるし……ハァハァ……」


 そうなのだ。さっきはいきなり羅刹が神無月に向かって突進し、小刀で襲いかかっていったので、僕はとにかくアンリとゼノの元へ向かうためにあの場を離脱したのだ。それをコールマンが追っているというわけ。女の子に追われるのはいいけど、殺しにくるんだもんなぁ……。さっきは身体が欲しいとか言ってたのに、矛盾してないだろうか?


 と、そこへ前方から銃を持った研究員が僕へ向かって銃口を突きつけてくる。


「と、止まりなさい! さもなくば……」

「シネ」


 目から光を失って倒れこむ研究員。ごめんね、一々構っている時間はないんだ。どんな理由であれ、殺意を向けてこられたものを気絶程度で抑えるなんて面倒なことはしたくないし。


「と、止まれぇぇぇ!」

「バケモノがぁぁぁ!」

「死ねぇぇぇぇぇぇ!」


 研究員が一人だけな筈もなく、前方からぞろぞろと銃を構えながら突進してくる。まるでゴキブリだな。


「覚悟しろ!」

「シネ」

「あ…………」


「もう逃げられないぞ!」

「シネ」

「へ…………」


「ここで逃げても、もうどこにも……」

「シネ」

「たす…………」


 何人もの白い服を着た研究員が僕の一言で倒れていく。幸いにも、死体で山隅になって前に進めないなんてことは回避できているが、それでも大量の死体を横目に進んでいくのは少し気が引ける。


「バケモノね……ハァハァ……あなたが歩くだけで人が死ぬ……ハァハァ……あなたは私に解剖された方が世界の為なのよ……ハァハァ……」

「シネ」


 コールマンの言葉にイラっとした僕は破滅の言葉を突きつける。しかし、やっぱり効果はないようで、コールマンは速度を落とさずに僕を追跡する。


 ああ、そうだね。僕が過去に何をしてきて、どんな罪を犯してきたのかもわからない。ここで死ぬのも一つの選択肢なのかもしれない。強大なる力はそれだけで他者の運命まで変えてしまうだろう。きっと僕のせいで不幸になった人がいて、死んだ人がいて、悲しむことになった人もいたと思う。


 それでも、僕は僕のエゴを貫き通したい。僕の人生は僕のものなんだ。僕の意思があって初めて僕は僕でいられる。人がどうとか、世界がどうとか、そんなものは僕は気にしない。考えない。感じない。僕が願うのは僕と僕の周りの幸せのみ。だから……


 ヴォルグさんがアンリとゼノを縄で縛って僕に歩いてくる姿が見えた。僕はその場で止まり、コールマンも動きを止める。


「こんな事態になって残念やわぁ……この二人がどうなってもいいのなら、別に暴れても構いませんで?」

「そうよ……ハァハァ……結局あなたは彼らがいる限り詰んでいるの……ハァハァ……大人しく……」


 頭が、いや、顔が熱い。左半分の無くなっているであろう四分の一の部分が熱を持つ。


 本来であればあり得ない。ない筈のものが熱いなんて。それでも、どうしようもなく熱いんだ。熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い……。


 僕は仮面を強引に剥がそうとする。顔にどうやって張り付けているのかわからないが、生半可な方法で縫い付けているわけではないだろう。ビクともしない。


「……? 何をしてる?」


 ヴォルグさんが僕の奇行に訝しむ。コールマンもどうしていいのかわからずに困惑したままだ。


「アンリ……手鏡見せて?」

「……? ……!!」


 意図が分からない様子のアンリだったが、何かに気づいたアンリはヴォルグの拘束の隙を突き、ポケットから手のひらサイズの手鏡を僕に向ける。


「こ、この女ぁぁ!」

「はい! これでいいでしょ!」


 ありがとう、アンリ。そして、ただいま、僕。目覚めの言葉が死の言葉なんて物騒極まりないけれど、僕は手鏡に映った僕に。いや、仮面に注意を向けてそれを言う。


「シネ」


 パリィィィィィィィィン…………


 鉄が砕ける音ではない。砕け方も日々が入って割れるわけでもなく、粉々の破片が宙を舞うようにして周囲に拡散していった。その光景に、周囲の者達は目を奪われて何もすることができなかった。


 アンリが恐る恐るライトに問いかける。


「ら、ライト……?」


 ああ、ライト。そうか、ライトか。今の僕はライトだった。どんだけ名前が増えるんだよ、まったく。でもいいや、これもこれで、面白い人生だしね。


「うん。お久しぶり、。なんか色々混ざってしまって僕も混乱してるんだけど……。とりあえず、落ち着くためにこいつらをどうにかしようか」

「あ、あなたは……」


 ゼノが驚愕で目を見開く。ライトの欠けていたはずの顔には、元の彼のものとも言える顔が復活しており、その右目には、真っ赤な逆十字の刻印が。千堂の刻印が光り輝いて浮かび上がっていた。


「千の道は剣の道ってね」

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