第56話 魂の研究


 コールマン研究施設。名前からしてあのコールマンシティと同じ人が取り仕切っているのだろうが、そもそもなんの研究をしているのかを僕は知らない。しかし、僕らの依頼はあくまで護衛任務。何が運ばれているのだとか、何をしているのだとかは知らなくていい事。しかし


「…………でっか」


 あのうっそうとした森のような場所を抜けた先には、これまた広い荒野が広がっており、その真ん中には円柱状のものすごく大きい施設が建っていた。その横幅は勿論の事、高さは天に届きそうなほど高く、研究施設というよりは塔のようである。


「凄いでしょう? 僕らもあの施設で何をしているのかはわからないんですけど、とても崇高な研究をしていると聞いてます」

「へぇー」


 運び人も何も知らされていないのか。でも、崇高な研究って何さ。


 程なくして、僕らはその研究施設の出入り口に着き、検問を受けてから中に入る。中は中で近代施設さながらの雰囲気を醸し出しており、白色の単調な色合いと、無機質で清潔な感じがどこかの宇宙施設のようで僕は緊張した。


 僕らは護衛だけなので、荷物の受け渡しや確認なんかはあのレンドさん率いる隊が全部やってくれるそうだ。研究員の一人と思われる人が僕らを客室へと案内してくれる。


「どうもどうも。この度は護衛任務を引き受けてくださってありがとうなぁ~」


 全身白い服を着こんだヴォルグさんという男の人は見た目とは裏腹に軽いノリで話しかける。名前はかっこいいが、この人チャラいな。


「いえいえ、僕らにとっても割のいい仕事でしたから」

「そうですなぁ~。割はいいかもしれんけど、結構危ない仕事なんよ? 道中いくら敵が出てこようと、それを無制限に敵を倒さんといけんし、報酬は変わらんのやしなぁ~」


 そういう見方もあるのか。


「バケモノも出るし、盗賊も出るし、ホンマ困ったもんですわ。でもまぁ、あんた達は強い聞きましたんで、問題ないみたいでよかったわぁ~」


 僕は苦笑いを浮かべる。ライドンを対処したのはフーライさんだし、僕は子供の盗賊を脅しただけだ。そういえばフーライさんはどこに行ったんだろう?アンリとゼノはここにいるけど……


 入り組んだ道を進むと、僕らの居室と思われる場所に到着する。


「ここがお部屋になりますぅ~。基本、ここに全て揃っておりますので、今夜はここからなるべく出ないように。明日の八時に私が迎えに行きますんで、それまでに準備をしといてくださいね~」

「うん、わかった」

「わかったわ」

「わかりました」


 ヴォルグさんはそう言うとどこかへ行ってしまった。僕らは部屋に入ろうとドアを開ける。そこにはダブルベッドが一つと大きなソファが一つ。シャワー室にキッチンや冷蔵庫、タンスや机などの家具がホテル以上に揃っていたのだが……


「え……もしかして一部屋だけだったりするのかしら?」


 アンリが今更になって気づく。


「そう……みたいだね。まぁ、いいじゃん。ベッドは僕とゼノさんが使うから」

「は、はぁ!? 普通男がソファと床でしょう? ベッドは私よ!」


 なるほど。君は旧世代の常識を持っているんだね?じゃあ教えてあげよう。この世の真実を。


「アンリ」

「な、何よ」

「アンリは女の子だからベッドを使いたいの?」

「そ、そうよ」

「なんで?」

「な、なんでって……」


 アンリはライトのその真剣そのものの顔に気圧される。


「いいかい。もうこの世は弱肉強食なんだ。男女の貞操観念とか、そういうのは無意味だよ」

「で、でも私はか弱い……」

「ゼノより強いじゃん」

「…………」


 ハッ! この程度かよ。僕は女の方が態度がでかいみたいな風潮は嫌いなんだ。これで大人しく……


「私がソファでいいですよ?」

「「!?」」


 ゼノのその一言でその場の時空が乱れた。


「な、何を言ってるのよ」

「そ、そうだよ!ゼノさんがソファで寝る事なんてないさ!」


 僕らが説得するが、ゼノは首を横に振る。


「私は今回何もしていませんからね。それに、今回だけでなく、今後も役に立つことはほとんどないでしょう。直接的な戦闘は私には荷が重い。それをお二人が担当することになることを思えば当然の事」

「ぜ、ゼノさん……」


 登録証に記載された強さの事を気にしてるのだろうか。そんな事、僕は何も思っていないのに……。あ、でも色々思ってはいたな。ごめんね?


「で、でも私とライトが一緒に寝るなんて……」

「ここは赤陸とは違います。カメリアでは傭兵団同士であれば男女を一々分けたりすることは一般的ではないみたいです。郷に入っては郷に従え。アンリもこの際慣れてみては?」

「う、うぅ……。そうね、もうゆっくり寝られる環境なんてないのだろうし……」


 アンリは不承不承という感じではあったが納得したようだ。え?僕?勿論抵抗はないよ。


「じゃあ今日はもう寝ますか。どうする?アンリは僕と一緒にシャワー浴びる?」

「!! 浴びるわけないじゃない! この変態人間!」


 ボフン!


 枕を投げつけられちゃった。変態人間って……ミリアネートかよ。実は君達って気が合ってたりしたのかな。












 そんなこんなで僕らは食事をして、シャワーを浴びた後は素直に寝ることにした。本当にゼノはソファで寝るようで、気づいたら毛布を被って寝息を立てていた。思い切りがいい。それを見たアンリはしぶしぶベッドに横になる。僕もアンリの横に寝る。


「…………襲わないでね?」

「襲わないよ。この部屋にはゼノさんだっているんだ。そんなバカな真似はしないさ」

「ゼノがいなかったら?」


 アンリが僕の方を向いてそう訊ねる。これは試されているのか?


「それでもだよ。第一、僕はアンリの事もゼノさんの事も知らない。僕自身の事だって。いくら君がかわいいからって見ず知らずの子を襲おうとは思わないよ」

「か、かわいい……?」

「どっちかと言うと美人な部類だけどね」


 急に顔を真っ赤にするアンリ。意外とウブらしい。僕はこの際聞けることは聞くことにした。


「ねぇ。千堂ってどんな一族なの?」

「ああ、そういえば何も話してないようなものよね。千堂ってのは最強の一族ってことしか言ってないか。千堂にはね、まず数種類の人間がいるの」

「派閥みたいな?」

「うーん、まぁそんなにギスギスしてないけどね。色で別れているのよ。ほら、あなたの左手にある刻印の色。赤でしょ?」


 確かに赤色だ。でも、それだと別の色もあるのか?


「赤は刀剣。緑は鎌。黄色は斧。弓は青。紫は毒。白は槍。黒はその他ってとこかしら。それぞれに関係した"奇跡"を使えるわ」

「"奇跡"?」

「ええ。刀なら何でも切断することができる能力とか、槍ならどんな物でも貫けるとかね。絶対ではないらしいけど。ほら、あなただって赤だけど剣に関係したものでもないじゃない?」

「そんなこと言われても……あ、もしかして声で物を壊すとか、殺すしたりしたのとか?」

「それが"奇跡"ね。おそらく、あなたの"奇跡"は対象に破滅をもたらす声を出せるってところかしら。物も壊せて、人も殺せるなんてもうなんでもいいって感じだし。それに、もしかしたら声を出さなくても意識すれば可能かもよ?」


 アンリが深刻そうに僕に語る。確かにそれが本当だとしたら危ない能力だとは思う。寝ている最中に寝言で人を殺すことだってあり得てしまうのだから。


「試してみるべきかな」

「うーん。でも、それが無くてもあなたは十分強いわ。それはあなたが一番わかっているんじゃない?」

「そうだね」


 これまでの戦闘で"奇跡"は必ずと言っていいほど必要なわけではなかった。あくまでこの身体能力と危機察知能力があればこそなのだ。寧ろ、使わない方が僕としてもやりやすい。


「千堂の武器も凄くてね。千武っていうのだけど、黒色の刻印の千堂が作っているの」

「ってことは黒は生産職ってこと?」

「そうね。戦ってもそこら辺の強い人でも敵わないでしょうけどね」


 そこら辺の強い人って何だよ。


「地面から棘を出したり、無際限に武器を作られちゃあ敵わないわよ。戦闘力で言えば千堂最弱だけど、力だけで見れば脅威そのものね」

「へぇ……。僕も千武欲しいなぁ……」

「黒の千堂に頼むしかないわね。第三次世界大戦から千武が世界に少し出回っているらしいけど、かなりの高額だから手には入らないでしょうし」

「どのくらいするの?」

「そうねぇ……。大富豪五人分の全財産を支払うくらい?それで一つ手に入るわ」

「!?」


 一生遊んで暮らせるとかのレベルじゃない。何百人が一生遊べるくらいの値段だ。いや、もっとかもしれない。


「闇のオークションとかで取引されているって噂よ。表だったら本物の千堂がぶち壊しに来るからって」

「でもさぁ、千堂が売るって事はないの?」

「ないわ」


 アンリは迷いなく断言した。でも、それはわからないでしょ?


「疑っているのもわかるけどね。千堂に悪人はいないの。それは絶対」

「それは……どうして?」

「彼らは家族を絶対に裏切らない。仲間同士の絆がかなり強いの。千堂は基本、何をしてもいいし、何もしなくてもいい、自由な一族。でも、彼らは仲間を裏切ることなんて一度もしてこなかった。一度もね」


 今まで、というのがいつからなのかわからないが、きっと世界に名を馳せるくらいの時間が経つくらいだからかなり昔からなのだろう。


「一度も、とは違うかもだけど。第三次世界大戦の引き金となった一堂影虎は千堂だって言われてるし」

「!? 赤陸の独裁者が?」

「ええ。千堂を殺す千堂っていうくらいだし、千堂なのでしょう。おかげで本家の千堂は一堂の抹殺を計画していたらしいけど、一堂が強すぎて失敗したって話よ。数名の千堂が亡くなって、一堂の配下の千殺隊も半分が死んだって話」

「千殺隊?」


 アンリが僕の手を握ってくる。心臓の音が早くなる。何かとてつもないものに包まれている気分だ。


「あなたには言わないといけないわね……。一堂は千堂を人為的に作ることができるらしいの。千殺隊は特殊部隊。千堂の力を有した超常の人。本家とは違い、精神性は異常な人が多い。だから、いくら刻印があって千堂だからといっても油断してはいけないの」


 ああ、なんとなくわかるよ。話の流れで。世界最強の一族である僕をこんな目に遭わせられるのなんて、そうとしか考えられないし、今言うってことはそれもあり得るってことだというのことも。


 アンリの手を握り返す。アンリは驚いた顔を一瞬したが、再度真剣な顔で僕を見つめる。


「……昔ね、私はあなたに助けられたことがあるの」

「それは……以前の僕?」

「以前、といってもあなたは記憶を失うのはこれが初めてではないのだけどね」

「!?」

「色々あったのよ。またいつか話すわ。それでね、私は家族から裏切られて殺されそうになっていた時、あなたが助けに来てくれた。魔女である私を、一人の人として扱ってくれた……」


 アンリは魔女ではあるが、魔女が嫌いだと言っていた。そして、母親を殺したとも。きっとその辺の事情なのだろう。


「ゼノもね、最初はあなたと敵対していたみたいなんだけど、他の千堂に殺されそうになった時にあなたに庇われたそうよ?だから、あなたに少なからず恩を感じている……」

「…………」


 そんなことを言われても、今の僕にはわからない。わからないことだらけだ。


「記憶が無くても、魂は変わらない。思い出が無くても、感情は残り続ける。だから、私はあなたと……共にありたい」

「なんか……重いよ……」

「重い女は嫌い?」


 いたずらっぽくアンリが微笑む。不覚にも、僕はそれにたじろいでしまった。


「そんなことはないよ。それに、重かろうが軽かろうが、アンリとゼノさんと一緒にいる今の関係が僕は好きだから」

「……そこは私と、じゃないの?」

「僕は仲間を差別したりしないからね」

「……意気地なし」


 そうは言いますけどね。僕の察知能力はゼノが僕らの話に聞き耳を立てていることを教えてくれていたのだ。それがなければ……どう答えていたのだろうか、僕は……。












「…………眠れない」


 あれからどのくらい時間が経ったのだろうか。アンリは僕の手を握ったまま熟睡しているようだし、ゼノももう完全に寝てしまっている。寝る時間が早かったから、夜明けまではまだまだかかるだろう。時間を潰すにしてもこの部屋じゃ何もできないし……。外を散歩してみますか。


「……うーん。もうどこ触ってんのよぉ……」

「…………」


 アンリが寝相で僕の頬をペチペチしてくる。こんなに寝相悪かったっけ?なんかすごい体勢になってきてるんだけど……双子みたいだな……。


 うん?双子?


 双子=寝相が悪いなんてどうして思ったのだろう。昔見たドラマとかの影響かなぁ……。


 ひとまず僕は二人を起こさないように気配を殺しながら扉の方へ歩き、廊下へと出る。夜だというのに電気はつけっぱなしのようだ。遅くまで研究をしているのか、それともそんなに意味はないのか、どうなんだろう。


 僕らの部屋は一階の端っこのようで、一番上は五十階まであるようだ。案内図を確認しながら僕は現在位置を把握する。一応気配察知能力を使って施設の全体像も確認しておく。


「…………!?」


 凄い人数だった。百人とかそういうレベルじゃない。何千人もの職員が働いている。その中には、その場で寝そべっている者もいることから、交代制で働いているんだろう。その中に、人とは違う反応。バケモノ達の存在も把握する。


「…………研究施設。何の研究かって、そりゃあそうだよなぁ……」


 こんな世界になって、こんな規模の施設を立ち上げ、何をしているのか外部に伝えられない研究。絶対に碌な研究ではないだろう。


「うーん……僕には関係ない事なんだけど、ちょっと見てみたいな……。覗いてみるか」


 一際広い空間があった場所へと向かうことにした。スタッフ専用の通路や隠し通路のような場所を忍者のように気配を殺しながら抜け、ついに目的の場所へとつく。


 『第六研究実験場』のというプレートが書かれた扉を抜けると、そこは編み目の非常通路が目の前に蜘蛛の巣状に広がっていた。どうやらここは実験場の天井付近らしい。その眼下に広がるのは、いくつもの培養液に使っているバケモノ達。中には昼間倒したあのライドンとかいうバケモノもそこにはあった。


 広さはこの研究所の二階分の広さをふんだんに使っているようで、何かの爆発事故が起こったとしても余裕があるくらいの広さだ。施設の職員も何百人という数がせわしなく動き回っており、現在進行形で働いている。ちょっと気持ち悪い。その中のリーダーと思しき人の張り上げるような声が上まで届く。


「はいはい! もっと作業ペースを上げる! これじゃあ何十年経っても私の研究が終わらないじゃない!」

「…………」


 見た目は子供。中身は……どうなんだ? どう見ても金髪の幼女が頑張って背伸びしているようにしか見えない。ちょっと面白いな。


 金髪の幼女はしばらく現場を俯瞰した後、大きくため息をついてどこかの部屋へと入っていった。休憩だろうか。後をつけてみよっと。


 どこぞの蜘蛛男のように壁と壁を跳躍で移動しながら下へと降りていく。そして、他の研究員の目を盗んで部屋へと入り込む。


 ガチャ……


 中はそんなに広くはなかった。僕らが今泊っている部屋の三倍くらいだろう。ちょっとした図書館のようにずらりと本が棚に並べられており、その中央部分にぽつんと机と椅子があるだけで、お世辞にもおしゃれな部屋とは呼べなかった。


 今その金髪の幼女は机に置いてある大量の本に夢中なようで、入ってきた僕に気づいている様子がない。僕の気配を殺す技術はかなり高いとはいえ、こんな部屋で堂々と入って来れば流石にわかる筈だが……。研究者の集中力というものだろうか。

 なんか悔しいので話しかけてみることにする。


「……ねぇねぇ。何を読んでるの?」

「……なるほど。でも、それだと魂の発生方法と消滅に関してはこの論文との見解が違ってくる。しかし、実験データ的にはどちらの主張も間違っているとは思えないし、判断するにはやはり私自身が……」

「もしもーし」

「そうね。結局は自分で試してみるしかない。これは第六千七十実験として取り組むとして、その材料と……」

「聞けや」


 机を脚で蹴る。その衝撃でやっと金髪の幼女が僕の方を振り向く。


「きゃっ……! あ、あなたは誰?」

「誰でもいいでしょ。それよりも何しているの?」

「半分仮面で顔を隠しておいて誰でもないって……。まぁいいわ。今考えているのは魂の研究よ」

「魂?」

「うん。例えばあなた千堂って一族は知ってるでしょ?」

「うん。凄く知ってる」


 僕です。


「? あの一族の"奇跡"って生まれながらにあるものなの。能力が発現するには条件があるみたいだけど、結局はその血筋にしか現れない。でも、これっておかしくない?」

「どこがだよ」

「それまで身体機能は只人と同じ。でもある日突然発現する。一気に身体構造が変わってしまうの。今までこれを血によるものだと考えてきたのだけれど、それだと説明がつかない。だから、魂によるものだと私は考えているの」


 金髪幼女は人形遊びをしているかのようなテンションで話す。この子は一体いくつなんだ?


「魂ねぇ……。でも、確かめようがなくない?」

「そうね。でも、魂の研究って実は結構いろんなところで行われているのよ? そして、私はその中の一つの研究を成功させた」

「成功? どんな研究?」

「人から魂を取り出す実験」


 …………え?


「どんな生物にも魂はある。魔物から魂を取り出すのはまだできていないけど、人間からなら取り出せたわ」

「た、魂を抜かれた人間はどうなるの……?」


 ヤバい。この子の研究は絶対にヤバい。何が崇高な研究だ。この町で起こっている事。ゾンビや夜には死霊が出るという噂。コールマンシティとこの研究所。全ての因果がここに収束しているような気がした。


「当然死ぬわ。歩く屍になってね。抜けた魂は霊となって現世をさまよう。というかあなたは誰?」


 金髪幼女はこのタイミングで僕の事に興味を持ったようだ。ここでバカ正直に話しても仕方ない。ここは話を逸らすか。


「僕はライトだよ。君の名前は?」

「ライト……? この施設にいる研究員の名前は大抵知っているけど、あなたの事は知らないわ……。私はコールマンよ」

「へ?」


 コールマンってこの子が!? ずっと中年の男の人を想像してたよ!


「町の方を担当しているのは姉だけどね。私はこの研究施設を仕切っているの。凄いでしょ!」


 やっと年相応の笑顔を見せる。でももう遅いよ。


「君は……人体実験をしているの……?」

「そうよ。悪い?」

「なんで……」


 僕の悲痛そうな声音に気づいていないようなコールマンは笑顔で尚も続ける。


「なんでって、私は魔女だもの」

「!?」

「私ね、夢があるの。いつか千堂の始祖様に会ってみたいんだ!」

「始祖って……その人死んでるんじゃないの?」


 コールマンは「いい質問ね!」と胸を弾ませながら答える。


「私の予想では死んでない。いえ、死ぬ、というのをどう定義するかによるけれど、魂は現世にあると思うわ」

「?」

「私は昔から千堂について研究をしているの。その上で、世界各地に伝わっている始まりの千堂を調べていたのだけれど、彼の"奇跡"は結界系みたいね」

「結界?」


 ゼノが使えるというアレだろうか。そんなに強そうなイメージじゃないけど……


「詳細は省くわ。長くなるもの。それでね、千堂が住む里。通称仁の里だけれど、そこには強力な結界が張られているって話でね。一部は千堂仁が張っていて、今も残っているようなの」


 仁というのか、始祖は。


「でもおかしいのよ。いくら千堂とはいえ、死んだら"奇跡"は無くなってしまう。黒の千堂の『概念付与』ならまだしも、赤の刻印を持っている始祖様の結界が残ってるのは妙だわ」


 知らない単語がちょくちょく出てくるが、まぁニュアンスで察する。しかし、赤の刻印なのに剣関係ないな……。僕もだけど。


「だから仁は死んでないって思ってるの?」

「ええ! 初代千堂にして、最果てに至る能力を秘めた謎の人! そんな人が今も世界のどこかで生きていたとしたら、ロマンチックだとは思わない?」


 ぐぃっと僕に近寄るコールマン。近い。でもそれよりも……


「……ダメだよ。人体実験なんか……」

「? なんで?」

「なんでって……」


 コールマンは純粋無垢といった感じで僕を見つめてくる。本当にこの子には倫理とか、そういうのはないらしい。親の顔が見てみたい。


「いいじゃない。二年前までは只人の方が魔女を殺しまわっていたのよ? 迫害され、追いやられ、細々と生活していた。歴史を見れば、酷いことをしているのは只人の方。それなのに、どうして私が人間の事を考えないといけないわけ?」

「それは……」


 魔女の歴史なんか知らない。でも、この子の言っていることが本当だとしたら、ただやり返しているだけとも取れなくもない。


「それに、この研究施設の職員の大半は只人。人が人同士で実験をしているとも言えるわ。笑えるわよ?最初は 話が違う!とか、こんな施設で働けるか!って言ってた人達が、数日でこの施設にまた戻ってくるんだもの。よっぽど外の世界は生きにくいんでしょうね」

「…………」

 

 ああ、そうだ。もはや世界は混沌としている。只人が安全に生きられる場所なんてそんなにはないだろう。でも……


「この町に脅威を晒しているのは君じゃないか」

「元々安全ではなかったわ」

「それでも!」

「あなたさっきから何? 研究員志望で潜り込んだと思っていたのだけれど、違うみたいね。どうしてここに居るの?」

「そ、それは……」


 僕は今護衛任務の真っ最中だった。ここで問題を起こすのはマズい。どう弁明しようか考えていたその時。


「…………やぁやぁ。これはこれはでござるな。拙者の探し人がこうもそろい踏みとは運がいい。三人共揃っているでござるね?」

「「!!」」


 どこから入ってきたのか、忍者服を着たあの男が僕らから離れた場所で小刀を手にしてゆっくりと近づいてくる。


「コールマンシティにコールマン研究所。その実態は、傭兵団と只人を陰から操り、非道な研究を行う悪の組織。姉妹の魔女が己の欲望のままに人の命を玩具にするなど言語同断。散っていった数多の命の思いを受け継ぎ、今ここに天誅を下す」

「あ、あなたは一体何者よ!」


 コールマンが忍者に声を張り上げる。


「ほぅ、いいのでござるか? 初めの挨拶は終わりの言葉。それ程までに死にたいのであれば、拙者は躊躇はしないでござるよ?」

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