第61話 死を悼む



 幽霊、亡霊、悪霊。言い方は人それぞれではあるが、つまり、それらは物理的な体を持たない魂だけの存在だという事らしい。


 通説では、人の未練が現世に執着してー、とか、魂の強さが現実にも影響を与えてー、とかあるらしいが、コールマンによると、そういうものとは少し違うのだという。


「私の考えでは、霊が発生するためには二つの要素が無ければいけないの。一言で言えば、力と指向性ね。人の思いという指向性だけでは彼らは現実に干渉しえない。では、悪霊の元になる力とは何か。それは、この世界に漂う霊素というものが関係している。それが研究の過程で導きだした私の考察」

「ふぅん……、で、それが僕らを一旦引き留めるに値するものなの?」


 僕らが悪霊討伐に向かおうとしたところで、コールマンがちょっと話があるというものだから、燃え盛る研究施設の前で輪になって話し合うことになった。

 施設の研究員たちは怯えまくっていて、叫び声が絶え間なく響いてくるというのに、僕らの落ち着きようは異常なのかもしれない。


「まぁ、聞きなさいよ。その霊素が何なのかはわからないけれど、私はその謎のエネルギーを確保することに成功したの。どういう経緯で集めたのかは省略するけれど」

「うん、それで?」


 アンリや羅刹なんかは、だからなんだ?とでも言いたげな顔をしている。早くしないと君が霊になっちゃうよ?


「つまりね、その霊素を拡散させればあいつらは消える。物理攻撃も厳密には効かないわけではなく、効果がものすごく薄いって話なの。だから、もしあいつらを一掃するのであれば、私の集めた霊素の塊をぶつけてしまえば、衝撃で拡散していくわ」

「あー、それでその問題の霊素ってのは?」

「これよ」


 コールマンはポケットからゴキブリ用の殺虫剤のような缶を三つほど取り出した。どう考えてもポケットと取り出した缶の大きさが合わないので、きっと魔術によるものだろう。四次元ポケットみたい。欲しい。


「三つしかないのだけれど……誰が持つ?」

「僕は"奇跡"があるから問題ないよ。他の人が持ったら?」

「拙者も"奇跡"があるから問題ないでござる」


 と、いう事はアンリ、ゼノ、セイルが持つべきかな。

 

 コールマンから奪い取るようにして僕は霊素の缶を取り、三人に渡す。すると、コールマンは慌てたようにして僕にしがみつく。


「え、わ、私の霊素缶はっ!?」

「ネーミングセンスが安直だね……。え、いるの?」

「いるわよっ! 一つは私に頂戴よっ!」

「は? 魔術でなんとかしろよ」

「た、対霊に関しての魔術は創作中だったのよっ! お願いよぉ! かーえーしーてー!」


 アンリとゼノとセイルから奪い取ろうとする金髪幼女。こういうところは本当に子供らしい。


「ごめんなさい……私は魔術すら未熟だから……」

「私もです。そもそも、戦闘力は皆無ですから」

「お前のせいでこんなことになったんだ。ボクはいい気味だと思うな」


「ひ、酷いっ! やっぱり千堂以外はみんなクソ野郎だわっ!」


 千堂も家族以外には結構辛辣だよ? 


「まぁ仕方ないか……。コールマンは僕の背中にのりなよ」

「…………え? いいの…………?」

「一緒について来るんだろ? じゃあこの方法が手っ取り早い」

「う、うん……ありがと……」

 

 やけに素直なコールマンに僕は首を傾げながらも戦闘態勢は整った。横を見ると、羅刹も僕と同様にセイルをおぶっていた。あれ、それだとセイルに霊素缶いらなくない?


「まぁいいや……。方針としては、コールマンシティに向けて移動するって事でいいですよね?」

「そうでござるなぁ。道中、拙者の隠れ家があるでござるから、そこを目標にして移動するでござるよ。よって、悪霊は殲滅する必要はないでござる」


 そこで、アンリとゼノが「えっ?」と声をあげる。


「け、研究員の方々は救わないんですか……?」

「……? なんで救う必要があるでござるか……?」

「え……。そ、そういえばそうね……」


 甘いなぁ、二人は。この世は弱肉強食だよ? 悪霊を生み出したこの人達が悪霊にやられる心配なんてする必要ないよ。諸悪の根源は何故か背中に張り付いてるけどさ。


「じゃあ……行きますか!」

「了解でござる」


 先頭は羅刹。後続に僕。最後尾にアンリとゼノ。縦一列になって僕らは走り出す。明かりは背後の炎が周囲を明るくしているおかげで、見やすくなっていた。僕と羅刹は別に無くてもいいんだけどね。ああ、でもアンリとゼノも暗闇は大丈夫って言ってたか。


 混乱する研究員たちの群れを抜けると、宙に浮いてる人の群れが蛍のように微かな光を発しながら漂っていた。幽霊には足がない、という話もあるのだがバッチリある。完全なる人の形のまま彼らは存在していた。


 あ、あぁぁぁぁ…………   うぉぉぉぉぉ…………


 うめき声のようなものを上げて生者に襲い掛かっていく悪霊。老若男女、様々な霊が小走り程度の速さで移動している。僕からしてみれば止まっているくらい遅いのだが、こちらの攻撃が効かないのであれば、終わりのない追いかけっこだから、心理的にはかなりキツイだろう。


 というか、普通に見た目が怖い。戦闘態勢になった僕は恐怖とかは感じにくくなってはいるのだが、本来の僕は基本ビビりだ。映画でもホラーは絶対に見ない。不意打ちで驚かされたら漏らしてしまう。勘弁してほしい。


 と、まずは羅刹が攻撃を仕掛けるようだ。そういえば、彼の"奇跡"は一体なんなのだろう?


「セイル。気を付けるでござるよ」

「う、うんっ!」


 羅刹の掛け声と同時に、手に持った小刀が紫色のオーラを放つ。本能でわかる。あれは絶対に触れてはいけないやつだ。毒使いというくらいだから、きっとあれも毒なのだろう。


「悪霊退散」


 シュっ!


 鋭い音を立てながら、小刀は水平にその刀身を煌めかせる。しかし、小刀は小刀。本来であるならば、間合いはほぼ無いに等しいくらいに短い。だが、羅刹が小刀を振るったその瞬間だけその刀身が伸びた。そういう千武なのだろう。


「……凄い」


 おそらく、僕にしか見えなかっただろうが、一撃で五体もの悪霊を胴体から綺麗に薙ぎ払っていた。コールマンの話では、物理攻撃は効果が薄い筈。だが、斬られた悪霊は効果が抜群だったようで、悲鳴にも似た声を周囲に轟かせる。


 うがぁぁぁぁぁぁぁ!!   ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 生きていた頃の痛覚が戻ったかのような絶叫。程なくして悪霊は消滅した。


「い、一体どういう仕組みなんですか?」


 我慢しきれずに僕は羅刹に聞く。喋ってくれないかもなー、と思ってはいたのだが、案外すんなり教えてくれた。


「拙者の毒は『概念毒』なのでござるよ」

「概念毒……?」

「うむ。毒という概念。実体のない"奇跡"。効果も作用も人それぞれな概念としての毒。『形の無い千毒』。それが我が"奇跡"なれば」

「効果も作用も人それぞれ……? なんか使いにくそうですね」


 僕がそう言うと、羅刹は悲しそうな顔をして俯く。しかし、それでも前方の悪霊をバッサバッサと斬り捨てているので技量が凄い。


「拙者はまだ未熟者でござるよ……。里でも"奇跡"の扱いは下手な部類でござったからなぁ……。いやぁ、お恥ずかしい」

「そんなことはないですよ。十分強いと思いますよ?」


 という事は……。コールマンに食らわせた毒は概念的な毒だったわけか。道理で施設に直接毒を食らわすなんてことができるわけだよ。夢幻だったら流石にそこまでは出来なかっただろうね。


 と、後ろのコールマンから不穏なオーラが出ている事を感じる。ああ、この子は面白くないだろうね。


「うぅ……。千堂の毒にも興味があるのだけれど、自分が苦しめられた毒だと思うと好きにはなれないわ……」

「毒とかも研究してたの?」

「うーん……。研究って言うほどじゃないかな。対魔物とかに対する対処方法として調べたり開発してたりはしたのだけれど」

「具体的にはどんなの?」

「そうねぇ……。ライドンとかいう魔物に対する毒とか、魔物全般が嫌がる匂いなんかを作っていたわ」

「へぇ……。高く売れそうだね」

「そうね。試作品ならできてはいたのだけど、研究所は燃えちゃったし……。もう終わったことよ」


 心なしか元気がなさそうだ。口ぶり的にもう少しだったのだろう。あながち全ての研究が悪ってわけではなさそうだ。


 と、そこで僕がある異変に気付く。異変、というか気配を感じなくなったというべきか。


「……一宮さんとゼノがめっちゃ後ろにいる」

「あーあ。あなた達が早すぎるのよ。というか、千堂の足で走ったらそりゃあ置いていかれるわよね」


 ズザザァ、と足を止める。それに倣って前方の羅刹も止まってくれた。


「……あの二人が来てないでござるな。これは失敬。ここまで遅いとは思わなかったでござる」

「いやいや、僕も前にしか意識を向けてなかったですから……。最初の方はちゃんと来ていたので、おそらくスタミナの問題かもですね」


 感知能力で二人を探す。距離にして二百メートルくらいだろうか。かなり引き離されたな……。単純に僕らの速度と体力が異常だったとも言える。


「とりあえず迎えに行くでござるか」

「ですね」

 

 来た道を引き返す。ものの数十秒で合流できたのだが、大量の悪霊に囲まれていた。

 霊素缶からプシューという小気味よい音を出しながら淡い発光体が周囲に散りばめられていく。食らった霊はまるで消しゴムで消されたかのように、その部分が消え、体の四分の一くらいが無くなると拡散して消えていった。


「なるほど、射程は短いけれど、効果は抜群みたいだね」

「でしょっ! 使ったことはなかったけれど、問題はないみたいねっ!」

「これも試供品かよ」


 でもそうか。完成品ができていれば、あの研究員たちも武装している筈だもんな。だけど、今のままなら実用的ではないだろう。


 確かに、二人の射出する霊素缶の効果は抜群ではあった。有効範囲はともかく、きちんと理論通り作用しているように見える。だが、拡散された霊素は周囲を漂い、他の霊にとってのエネルギーとなるのだろう。それはもう目の前に餌をぶら下げられた魚のように寄ってきている。


 あ、あぁぁぁぁ…………   うぉぉぉぉぉ…………


「な、なんでこっちに集まってくるのよぉー!」

「き、キリがないっ!」


 アンリとゼノの焦ったような声が響く。倒せば倒すだけ悪霊は近寄ってくるのだ。ゾンビゲーで追い詰められたヒロイン達の末路をリアルで見ている気分。

 背中のコールマンに問いかける。


「これで……問題ないの?」

「も、問題は……、ゴホン。改良の余地はあるかもねっ!」


 あくまで自分の否は認めないらしい。科学者としてどうなのだろうか。あ、魔女だったね。


「つ、次会ったら絶対に説教してやるわよぉー!」

「あの小娘ぇ! 不良品渡しやがってぇ!」


「ひ、ヒィィ……」


 コールマンが怯えてしがみつくのを感じる。はいはい、助けてあげるから大人しくしておいてよ。


「シネ」


 悪霊たちに向けて『破滅の一識』を発動する。しかし、悪霊にはなんの効果もないようだ。あれれ?


「ライト殿。相手は悪霊でござるよ? 詳細はわかりかねないでござるが、対霊向きではないのではないでござるか?」

「……あ」


 なるほど。確かに相手は悪霊だ。霊だ。既に破滅した存在である彼らに破滅を与えることなどできないだろう。で、あれば『死に至る一撃』も効果は薄いとみるべきだ。だとすれば……


「『弱点を付与する一識』かな。『認めろ』」


 あ、う、うがぁ!?


 突如、悪霊たちが苦しみだし、そして、消滅していく。『弱点を付与する一識』。付与した弱点は『現世』。この世に存在する限り、彼らは弱点を受け続ける。成仏とは違うのかもしれないが、今度生まれてくる時はいい人生を送ってほしい。


 アンリとゼノがこちらに気づき、憔悴しきった顔で足早に駆けてくる。


「た、助かったわ……。でも、色々言いたいことがあるのだけどっ!」

「自分たちが千堂だという事を少しはわかってるんですかっ! 助けられておいて言うのもなんですけどっ! あと、そこのコールマンは後で絞めます」


「ヒィィ!」

 

 申し訳ないとは思う。でも、起きてしまった事は仕方がない。


「反省してまーす」

「許すでござる」


「「…………(イライラ)」」


 あ、これ本当に怒ってるやつですね。でも、普通わかんなくない? 遅れそうなら待ってとか言うべきだよ。あ、言った?ごめん、聞いてなかった。


 隣の羅刹も同じことを考えていたようで目が合った。お互いに頷いた後に手を握り合う。ああ、やっぱり家族ですね。


「うぅー、ツッコめないぃー!」

「もういいですよ……早く行きましょう。まだまだ悪霊が集まって来ている事ですし」


 近くの悪霊は消滅できたが、周辺からドンドン悪霊たちは湧いてきている。ここは撤退一択だろう。


「そうだね。じゃあ……」


「え……? おとうさん……? おかあさん……?」


 セイルが羅刹の背中からそう言った。

 お父さんに……お母さん……?


「……セイルの両親でござるか」

「え……この子の親って……」

「亡くなっているでござるよ。少し前に」

「……そっか」


 この子もこの子で色々とあったのだろう。事情は知らないが、最近亡くなったというのであれば、まだ傷は癒えていないのかもしれない。いや、まだこんなに幼いのだ。一生トラウマとして引きずることだってあり得る。


 セイルが羅刹の背中から飛び降り、そして、両親と思しき霊に近づいていく。


「……それ以上進んだら、拙者はもう知らないでござるよ」

「え……」


 セイルが足を止める。羅刹は真剣な目でセイルを見据え、そして、厳かに話し出す。


「一時の幸福に身をゆだねるか、これからの過酷な人生を選択するかはお主の自由。選んだ道がお主にとっての最善であるのであれば、拙者達はただ見守るだけでござるよ」

「…………え、あ、っと……」


 セイルは目前で悠々と漂う父と母を見る。姿かたちは紛れもなく生きていた頃の二人だった。今でも鮮明に思い出す。世界がどう変わろうと、厳しい現実に直面しようと、家族三人で暮らしていた日々は幸福と呼べるものだった。

 かっこいい父に、優しい母。自分の理想とする大人を体現したかのような素晴らしい二人。それさえあれば、何もいらなかったのだ。だというのに……。


「せ、セイ……ル……」

「セ……イル……」


「おとうさん……おかあさん……」


 二体の霊が止まる。錯覚かもしれないが、二対の霊は表情を取り戻したかのように落ち着いたような顔つきになった。それを見たセイルは、目から大粒の涙を出しながら心境を吐露しだす。


「ぼ、ボクね……? あれから色々頑張ったんだよ……? 一人で生きていけなくて、もう守ってもらう事もできなくて、死にたくて……。でも、その勇気さえボクにはまだ無くて……」

「「…………」」


 まずい。他の悪霊が近づいて来てる。とりあえず『弱点を付与する一識』で成仏(?)させないと。


「そこに羅刹さんが声をかけてくれて……『死にたいなら死ねばいい』って言ったんだ……。今思い返すしてもビックリだったよ……」


「「「こっちもビックリだよ」」」


 アンリとゼノと僕の声がハモる。こんな子供に自殺を勧める状況ってどんな状況よ。というか、コールマンは何も思わないの? 何か考え込んでるっぽいし。


「だからね……ボクは生きるって決めたんだ……。生きて……生きておとうさんやおかあさんみたいな、誰かを守れるような立派な大人になりたい……。だから……、今までありがとう。育ててくれてありがとう。そして、さようなら……」


 セイルが霊素缶を構える。

 と、そこで僕の左手と右目の刻印が反応し始めた。今こそこれを使えと。そう言っているような気がした。


「…………『死を悼む一識』」


 ああ、そういう事か。死を悼む。これは、死者に対する本当の意味での成仏なんだ。死後の安寧と、魂の浄化。死に対する最大限の祈り。これはそういうものだ。

 あの時、僕の中の影道が一堂に放った最期の攻撃。『死を悼む一撃』。これは、不死である一堂の不死性を解除するために行った一撃だったのだ。彼はあのままでは勝てないと判断し、そして、僕に託してくれたんだろう。後はお前に任せると。お前が決めろと。


 いずれ決着はつけないといけない。過去に何があったかはわからないが、僕を殺し、家族を殺した罪は贖ってもらわなければならないだろう。


 セイルの霊素缶の効果なのか、僕の"奇跡"によるものなのかはわからないが、二対の霊は淡い光になって周囲に散りばめれていった。最後に二人は、笑っていたように見えた。


「……うん、頑張っていくよ……これからも……」

「何か言われたでござるか?」


 羅刹の目には、二人が消える寸前にセイルに何か話しかけていたように見えたのだ。

 セイルは頷いて、腫れあがった目に力を入れながら答える。


「『安心した』と……『元気でね』って……」

「…………ござるか」


 欠けて小さくなった月の光が、細かい粒子状になった霊素をほのかに照らす。

 どうか、二人の魂に安らぎがありますように。僕はそう思いながら大人になったセイルの後ろ姿を眺め続けていた。







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