第62話 ああ、コールマン
あれから二時間ほど早歩きで離脱した僕らはコールマンシティの道中にある羅刹の隠れ家へと来ていた。
そこはうっそうとした森の中にあるちょっとしたセーフティーゾーンのような場所だった。背後には高さが三十メートルはあろうかというほどの巨大な崖があり、横にはサラサラと川が心地よい音を奏でながら流れている。そして、木と葉で作られた家は狭いながらも眠るにはちょうどいい大きさと利便性を備えていた。
羅刹がそばに立てていた木のたいまつに火をつける。
「ここが我が隠れ家でござるよ」
「へぇ……。まぁ二人だけなら生活するには問題ないって感じかな」
人数が増えた今となってはこの広さは少々心もとない。だが、今はその辺で野宿をするよりはマシだろう。それに、もうじき夜が明ける。
「もっとちゃんとした小屋を作れればよかったでござるが、拙者はどんな状況であろうとも眠れるでござるから、こんな感じでなのでござる」
「休めるところがあるだけでありがたいですよ。ねぇ、みんな?」
「そうね。千堂がいるだけで安心して休めるわ」
「元々こういう事は覚悟してましたから」
「えー、私ベッドじゃないと眠れない派なんだけどー?」
若干一名金髪幼女が調子に乗ってるから後で説教してやる。
「今日一日はゆっくりして、明日の朝コールマンシティに行こうかと思うでござるが……」
「僕もそれでいいですよ。なんかお腹減りましたね……」
夕食は食べてはいたものの、やっぱり動いたからね。その分お腹がすくよ。今となっては研究所の客室にあった食べ物が懐かしい。これから缶詰生活課と思うと萎えてくる。
と、羅刹が家から鍋やら箸なんかの調理器具を取り出してくる。これから作るのだろうか。でも、材料が……。
「セイル。この間教えたところから野菜を取ってきて欲しいでござる」
「うん、わかった」
セイルが森の奥へと消える。一人で大丈夫だろうか。
「今から料理を作るつもりですか? 僕らは缶詰があるんですが……」
「それもいいでござるが、拙者は食事は摂れる時に摂りたい主義でござるからなぁ……。勿論、作ったものは全員に配るでござるよ」
「はぁ……」
キャンプ用品みたいな器具とか調味料とかの必要最低限なものはあるようなのだが、肝心の食料がない。セイルが野菜を持ってきたとしても、よくて味噌汁ぐらいしか作れないのではないだろうか。それでも十分だけどさ……。
羅刹が鍋に水を入れ、案の定味噌みたいなやつを放り込むといい匂いが立ち込めてきた。他にも何か色々と入れているようだが、何なのかさっぱりだ。
「いい匂いね……」
アンリも気になって火にあたりながらボーっとしだす。ゼノとコールマンもそれに倣って惚けた顔をし始めた。焚火ってなんか落ち着くよね。
「具材は何にするんです?」
「セイルの持ってくる野菜と肉でござるな」
「!! 肉があるんですか!?」
「今は無いでござるがな」
「?」
今はない? それは今から取りに行ってくるという事か? そんな都合よく……。
バササッ!
…………空から二羽の野鳥が落ちてきた。
「羅刹さーん! 持ってきたよー!」
そこへセイルが森の中から野菜を手に走ってくる。
「うむ。ご苦労でござるよ」
「え、なんで空から鳥が落ちてきたんです……?」
「……? 勿論、拙者が飛んでる鳥を仕留めたからでござるが」
「どうやって!?」
「ナイフで」
「!?」
確かに、落ちてきた二羽の野鳥は胸の所にナイフが刺さっている。おかしい。投げた瞬間が全く感知できなかった。同じ千堂だというのにこの差は一体……。
「わからなかったでござるか。ふむ、拙者は他の千堂に比べて暗殺技術は高いでござるからなぁ……。ライト殿は自身の身を守ることに関しては得意分野でござろうが、他者の命に関しては少々億劫なところがありそうでござるよ」
「うぅ……確かに」
羅刹は話しながらも丁寧に鳥を捌き、鍋にぶち込んでいく。セイルも自前のナイフで野菜を洗ったり切ったりしていて、とても子供のようには見えなかった。しっかりしてるなぁ……。
「何か手伝えることはありませんか?」
「うーむ、ではライト殿は箸やお椀を作ってもらいたいでござる」
「? どうやって?」
「小刀で」
うそん。
「記憶が無いという話でござったな。昔のあなたならそのくらい数秒でできたでござるが……。試しにやってみたらどうでござろうか?」
「やったことないから出来ないって決めつけるのも悪いですしね……。やってみるよ」
その辺の枝……は小さいな。倒木もあるけど、ああいうのって大体虫がうじゃうじゃいるんだよなー。昔、教会近くの森の中にでっかい倒木があったんだけど、その倒木をほじくりまわしてたら腐った木から大量の……これ以上はやめておこう。
まず、そこそこの大きさの木を選んで下の方から真横に小刀で斬る。倒れてきた木を加工して箸の形状に整えていき、残った木の材料でお椀型に成形すれば完成っと。ふぅ……。
「あ、相変わらず凄い技術ね……」
「小刀で木を斬るっておかしくないですか?」
「千堂ってやっぱり凄いわぁ……」
どうやら観客がいたようだな。この人達何もしてないから暇なんだろう。解せぬ。
「こっちは出来たでござるよ」
「こっちもできましたー」
不格好ながらも、人数分の箸とお椀を持っていく。
「ふむ……、やはり影道殿とは違うようでござるな」
「え、会ったことがあるんですか?」
「数回見ただけでござるが。拙者もまだ幼い頃ゆえそんなに覚えてはござらんが、あの方は木に触れただけで色々な道具を作っておったでござるよ」
「!?」
木に触れただけで……? 『弱点に至る一撃』でどうやって……。
「『万物には例外なく弱みというのがある。俺は相手の弱みにつけ込んで、自身の強みを活かすように心掛けている』って言っておったでござるなぁ」
「うーん、相手の弱みにつけ込むって言い方が悪いから素直にかっこいいとは思えない……。というか恥ずかしい」
「狩りにおいてそれは美徳でござるよ。では、食事にするでござるか」
いつの間にか人数分の箸とお椀が全員に行き届いていた。お椀の中から肉と野菜が味噌でいい感じに煮込まれていい香りを放っている。これは期待できそうだ。
「では、いただくでござる」
「「「「「いただきます」」」」」
う、うまいっ! やっぱり肉があると別格だなぁ。それに、味噌があると故郷を思い出すよ。急に赤陸に帰りたくなってきた……。
「お、おいしいっ!」
「おいしいですね!」
「お、おいしいのだけど……箸って使いにくわね……」
コールマンはカメリア出身だもんなー。セイルは……器用に使いこなしてる。見習えよ、金髪幼女。
「そういえばさ、フーライはどうなったのかしら?」
「ああ。千殺隊だったよ。神無月って奴が化けてただけだった。当然、死んだけど……」
「やっぱりそうだったのね……。というか、フーライってもろ赤陸出身って名前だし」
「た、確かに言われてみれば……。だから一宮さんとゼノは警戒してたのか」
「そうね……。というか、アンリでいいわよ」
そうなんだけどさぁ……。今となっては学校時代の記憶もあるし……ねぇ?
「い、一宮さん昔はかなり怖かったじゃん? ほら、今はなんか活き活きしてるけど……」
「ああ、それは……悩みの種は解消されたからかしら」
「悩みって?」
「母親」
おっと、これ以上は踏み込めない。確か実の母親を殺したんだっけ?人の家庭事情ってシビアだからなぁ。魔女ともなれば只人以上だろう。
「何があったのよ?」
コーーーーールマーーーーーーーーン!
「大したことはないわ。私の母親は自分の娘を人体実験の材料にしようとした。それを阻止してくれたのが影道さん。色々あって影道さんは教会に囚われて記憶喪失になったってことをユーゼリウスから聞いてはいたの。でも、私じゃ何もできなくてね」
ユーゼリウス? まさか……友禅!?
「い、一宮さん友禅と面識あるの!?」
「ええ。まぁ色々あってね。それでヒカリ……ライトの学校に魔女やら粛清隊の部隊が来た時に母親もいてね。その時に私はもうどうしようもなくって殺したの。ただそれだけ」
「それだけって……」
家族を殺すのか……、そういえば僕もしっかり殺してはいるんだよなぁ。血がつながってはいないんだけど。
「まぁ人に歴史ありでござるよ」
適当に流すなぁー、羅刹は。
「とにかくアンリって呼んでよ」
「いやぁ……それでも昔の噂も凄かったからなぁ……」
「へぇ、どんなのがあるんですか?」
ゼノは知らないのか。いい機会だ。教えておいてやろう。
「不良十人からナンパされそうになって病院送りにして返り討ちにしたとか、黒のか……盗撮していた生徒を土に埋めたとか、横暴な教師を退職まで追いやったとか」
「わ、若気の至りだったのよぉ! もぅ!」
若気の至り……? そんなレベルじゃないでしょ。まだまだ言おうと思えば色々あるよ?
「元気が良くていいでござるな」
「私には色々言うくせに、学校ではそんな感じだったんですか」
「魔女のくせに学校生活楽しんでたのね。変わってるわぁー」
色々各自言いたいことはあるみたいだけど、君らも十分ヤバい存在だからね?
「学校……いいなぁ……」
セイルが小さくぼやく。そういえば、この子は学校どころじゃなかったか……。
「拙者は任務が終われば里に帰るつもりでござるが……どうするでござるか?」
「あ……そうか。任務が終わるまでって約束だった……」
どうやら契約して一緒に行動しているらしい。普通に仲間かと思ったが、そうでもないようだ。
「ぼ、ボク……強くなりたんだ。おとうさんとおかあさんに誇れるような……強い人になりたい。だから……羅刹さんについて行きたい……」
「契約更新を望むでござるか。では、今度は対価に何をいただくでござるかな」
「え……対価ってなんなの?」
こんな子供に対価って……。家族以外にはホント厳しい。
「セイルは拙者に情報をくれたでござるよ。セイルの町が全滅した経緯。それらをこの子は町全体を走り回って調査したでござる。中々優秀な仕事ぶりだったでござるよ」
「うん……。初めて会った時、羅刹さんは目的があってあの町に来たような気がしたから、ボクは羅刹さんが欲しそうな情報を集めるだけ集めていたんだ」
実は、最初から知っていた情報ではあったし、セイルが探し回っている姿を陰から見守っていた羅刹ではあったのだが、知らないふりしていた。
気まぐれで観察していたつもりが、セイルの行動の意図と勇気に少し感化されていたからでもあるが。
「こんな幼いのに……頑張ったんだね」
「えへへ……」
「羅刹。この子……」
「甘えは良くないでござるよ? この先、どんな困難が待ち受けているかわからないでござるからなぁ。拙者はまだ未熟。で、あればこの子を守りながら任務に挑むのはお互いの為にならないでござるよ」
考えがあってそう言っているのか。うーん、これは難しい問題だ。
「対価は……そうでござるなぁ。今日一日は休息日でござるから、昼食と夕食の素材の確保と調理。それを任せるでござるよ」
「ぼ、ボク一人で……?」
「何も一から揃えろ、とは言わないでござるよ。器具も調味料も武器も好きに使えばいいでござる。だが、それ以外は全部自分でこなすでござる。勿論、味も評価するでござるからな。総合評価で全員の合格が出ればついて来てもいいでござる」
これ……かなり厳しいぞ? さっき見えたんだけど、羅刹の舌には紫色の刻印があった。絶対ではないんだけど、刻印の場所は本人が意識しやすい部分に出るらしい。という事はかなり味に厳しい筈だ。要はグルメなんだ。
ふるまってくれた料理にもそれが表れてる。とても子供にできるとは思えない。
「……やる。やるよ」
「やらせてください、でござるよ」
「や、やらせてください」
厳しいっ!
「では今から開始でござるよ。時間はたっぷりあるでござるからな。食器の後片付けは拙者がやっておくから、もう動いていいでござる」
「!! 行ってきますっ!」
ナイフやリュックを装備したセイルが森の中へと消えていく。ああ、まだ暗いのに……。
「さ、流石にやり過ぎなんじゃ……」
「これから先は拙者にもどうなるかわからない世界でござる。もし、拙者達とはぐれてしまったら。もし、拙者達が死んでしまったら。あの子は自分で生きる術を持たないまま死んでいくでござるよ」
「で、でも……」
理屈はわかる。でも、あんな幼い子供に狩りとかできるのか……?
「人を助ける。それは聞こえはいいでござるが、それだと助けられた本人の成長を奪う行為に値するでござる。ここが赤陸で、仁の里の近くであればまだ考えようはあったでござるが、ここは異境の地。そうもいかないでござるよ」
「そう……だね」
そういえば言われたなぁ。人を助けるって事は、一時の援助じゃダメだと。槍を担いだ白い千堂を思い出す。
「では拙者はちょっと出かけてくるでござる」
「? どこに行くんですか?」
「食後の運動でござるよ。昼までには帰ってくるでござる」
シュンっ!
姿が消えた。まさしく忍者そのものだった。だがわかる。セイルが心配でついて行ってるんだな……。
「……羅刹さんって厳しいけど、実はめちゃくちゃ優しいわよね……」
「まったくです。昔は恐怖の対象でしたが、こうしてみると彼らにも彼らの矜持があるんですね」
この二人にも羅刹の行動がわかったらしい。しかし……。
「只人の子供を助けるなんて自殺行為じゃない? 見捨てた方があなた達のためよ」
「おっと、コールマン。君にはまだ説教したいことがたくさんあるんだ……。ちょっと向こうでOHANASHIしようか?」
「え、遠慮しておくわ(ガクガク)」
元はと言えばこいつのせいだ。お前が変な研究してたから事態が悪化している事を忘れるなよ?
コールマンの足を掴んで森の奥へと引きずり込む。こいつホント軽いなぁ。
「た、助けてっ! 二人ともぉ! こ、殺されちゃうっ!」
「コールマンちゃん……ごめんなさい。霊素缶の件で私はあなたには地獄へ落ちて欲しいと思っているの」
「!?」
「同じく。そもそも、ライトに私とアンリが敵う筈ないでしょう? 大丈夫です。精神はともかく、体はきっと五体満足だから安心してください」
「!?」
そうだね。これから君には僕の"奇跡"に実験台になってもらうんだ。さぁて、何の弱点を付与しようかなぁ。
数分後。森から女の子の絶叫が聞こえてきた。アンリとゼノは鍋や食器を片付けながら、無表情で作業をする。
羅刹の簡易的な家では全員分の寝床は確保できない。ならばと、自分達の寝床を作成しているのだ。ライトが倒した木を有効活用しながら二人は思う。コールマンの分は果たして作る必要があるのか、と。
「キャァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「あの子の分も作る?」
「まさか。いらないでしょ」
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