第63話 変わらないもの


 結局、コールマンには『刃物』の弱点を付与することにした。理由は単純。他に思いつかなかったからである。厳しめに付与すると軽く死んでしまうだろうし、優しく付与しても効果はない。だったら元から危険な刃物が致命傷になるくらいの方がいいかなと、温厚な僕は考えたわけである。


「……ライト、あなた絶対それ違うから」

「そう? これでも考えた方なんだけどなー」

「そうね……。付与する内容を考える為に私を空中に放り投げさえしなければそう思う余地はあったのだけど……」


 要は高い高いである。


「子供は好きでしょ? こういうの」

「子供じゃないわよっ! それに、高度が百メートルは越えてたわよっ!」

「ちゃんとキャッチしたでしょ?」

「そういう問題じゃないわよっ!」


 何を怒っているのだろうか……。怒りたいのはこっちの方なんだけど。


「そう言えば君何歳なの?」

「十五よ」

「それにしては身長低いね」

「……ッ!! いいのよっ! 需要はあるんだからっ!」


 本人が言うなよ。でもそうか。レインとジュリーのような合法ロリではなかったわけね。今頃二人はどうしてるだろうか。仁の里にいれば安全だと思うけど……。


「ふぅ……汗かいちゃったわ。ちょうど川があるし、一緒に入る?」

「そうだね。入ろうか」

「!? そこは『じゃあ僕は周囲を見張っておくよ』じゃないの!?」


 この子は何を言ってるのだろうか。自分から言い出しておいてそれはないよ。


「気にすんなよ。僕も気にしない」

「私が気にするっつーのっ!」


 コールマンが地面から手のひらサイズの石を拾って投げてくる。それを僕は踊るようにして最小限の動きで躱す。只人レベルだと危ない攻撃かもしれないけど、僕には躱す技術と当たっても防ぐ能力があるからね。微生物が巨人に体当たりしてるようなもんだよ。


「ほらほら。体を洗うんでしょ?」

「えっ!? なんで脱がしてくるのよっ! はぁーなぁーせぇー!」


 研究所にいただけあって、服装はかなりシンプルだ。これなら僕でもすぐに脱がせられる。ああ、保育士さんってこんな気持ちなのかもしれない。着替えを嫌がる子供を着替えさせる……。凄く……凄く……メンドクサイ。


「う、うぅ……。お嫁にいけない……」

「大丈夫だって。僕がいるんだし」

「え……? それって……」

「僕がいる限り絶対君には彼氏はできない。絶対にだ」

「!?」


 魔女なんて存在がこれ以上増えてたまるか。悪いけど君には家庭を持ってもらうわけにはいかないんだよ。ああ、同性同士なら構わないよ?

 僕も服をささっと脱いで川に浸かる。普通に冷たい。我慢できるぐらいの温度だけど、長時間は無理かもなー。


 諦めたようにしてコールマンも川に体を沈めていく。ブルブルと体を震わせていたようだが、次第に慣れていったようだ。

 これまで君は研究所の中でぬくぬくと過ごしていたようだけどね……。もう温水で体を洗う機会なんて滅多にないんだぜ?(ゲス顔)。


「こ、こっち見ないでよね!」

「君の裸見ても何も思わないよ。あと十年くらいしてからそういう事を言いな」

「うぅ……。もういいわよぉ……」


 わかってくれたようで何よりだ(にっこり)。


 しかし、ちゃんとした魔女に会うのって初めてなんだよねー。アンリは別として、本格的に遭遇したのはコールマンが最初なんだよなー。この際、魔女に魔女の事を聞いてみるのも悪くないのかもしれない。


「なぁ、金髪幼女」

「何よ、鬼畜千堂」

「他の魔女について何か知ってたりするの?」

「他の魔女ねぇ……。『夕闇の魔女』とか、『煉獄の魔女』とかなら知ってるけど……。ああ、千堂といえば『最果ての魔女』ね」


 最果て……? 魔女が?


「千堂に関係あるのか?」

「あるわよ。千堂仁の仲間の一人だもん。ああ、そういえばあなた達って自分たちの事全く知らないんだったのよね……」

「じ、仁さんの仲間って魔女いるのぉ!?」

「うるさいわよ……隣で大声上げないでよ……」


 コールマンは耳を塞いでうるさそうにしている。それでも僕は聞くのをやめない。


「ど、どんな人なの?」

「わかっているのは不老不死を手に入れた最初の魔女って事と、今はこの世の果てで隠居生活を送ってるって事だけ。この事実に気が付いてる魔女ってほとんどいないのよ? 凄いでしょ!」

「まぁ役には立ちそうだな……。他に何か知ってることないの?」

「そうねぇ……千堂の歴史は千堂に聞くよりは千堂が行ったことのある土地の伝承や伝説を調べることによってわかっていくからガセもたくさんあってね……。信憑性も薄いのだけど、それでもいい?」

「構わないよ」


 それを言い出したら何を信じていいのかわからないしね。


「千堂仁は山賊の家系。始まりの千堂にして、最強の千堂。彼は全国を旅して知見を広め、やがて海外に足を運ぶの。行く先々で数多の困難を自力で乗り越えながら仲間を集め、そして、故郷に帰って里を作った。そこまでは知ってる?」

「うん」


 本人に会いましたから。


「彼が仲間にした人は全部で六人。大鎌使いの灰寺無根はいでらむこん。槍使いの久松龍仙ひさまつりゅうせん。弓使いの一条閃いちじょうせん。斧使いのルーガウス。毒使いの破村仁三郎はむらじんざぶろう。そして、黒の魔女、最果ての魔女」

「え? 名前はわかってないの?」

「そうよ。唯一最果ての魔女だけは名前がわかってない。出自も経歴も何もかもが不明の千堂。彼らは仁が里を作った時に全員集合している筈なのだけど、最終的には彼女は里を飛び出した。わかっているのはそのくらい」


 す、凄い……千堂以上に千堂を知っているようだ……。ファンクラブがあれば一桁台に位置するレベルだよ。


「会ってみたいなぁ……」

「私もよ。でも、結局どういう経緯で"奇跡"を得るに至ったかは不明。最も知りたい情報の手がかりが全くないの」

「そっか……。でも、ここまで調べられるって凄いよ。研究所にいる時に調査したの?」

「基本的には研究所が出来る前からよ。まぁ研究所ができた後も調べてはいたんだけどね」


 勉強熱心だなぁ……。とても十五歳には見えない。倫理観はともかく、目的をもって行動できている事は素直に認めるべきかもしれない。

 流石に我慢の限界だったのか。コールマンは川から上がろうとする。


「もう出るの?」

「ええ。ここには石鹸もないし、タオルも……あ、タオルが無いわ」


 そういえばそうだったな。僕の方が考え無しだったのかもしれない。


「一宮さんにあるか聞いてくるからここで待ってなよ」

「う、うん……早くしてね?」


 裸で長時間待たせておくのも悪くない気がしたが、情報を話してくれた事もあるし、素直に手早く取って来よう。風邪でもひかれたら困るしね。













「だから一宮さん。タオルとか持ってない?あと、出来れば石鹸もあると嬉しいんだけど……」

「あ、あなた……、その恰好で恥ずかしくないの?」

「え? 大事なところは隠してるじゃん」


 男の象徴を隠しておけば大体オーケー。これが世の仕組みというヤツである。見た目がターザンみたいになってるけど、それはそれで味があっていいんじゃないかな。


「ライトがいいならいいんだけど……。はい、タオルと洗面用具ね。これ私専用のなんだから使い過ぎないでよ?」

「うん、ありがとう。ゼノは?」

「ゼノならこの周囲に結界を張るために出かけてるわ。気休め程度だろうけど、何もないよりはマシだろうからって」


 なるほど。僕らがいるとしても油断しない所は素晴らしいね。


「じゃあ行ってくるよ」

「ええ。あ、やっぱり今度からアンリって呼んでくれない? むず痒いわよ」

「うーん、じゃあ僕の事もヒカリでいいよ」

「それはダメよ。ヒカリって言ってたらあなたの事がバレちゃうじゃない。千殺隊もいるんだし、極力避けないと」


 確かになぁ……。僕そんな悪いことしたっけ? 正当防衛でしか動いたことないよね?


「もうわかったよ……。じゃあアンリ。今作ってるのは家?」

「そうよ。人数分眠れればいいから、見た目だけそれっぽくしておけばいいでしょ? どうせ明日には出るんだし」


 縄文時代の住居みたいなやつだ。正式名称は知らないが、三角屋根のシンプルなデザイン。高床式ではないが、虫とか鼠とかの生物は魔道具でどうにかするのだろうか。


 羅刹とは別に作ってるし、多分、僕とアンリとゼノとコールマン用だろう。一気に文明レベルが落ちたのを僕はひしひしと感じる。


「ベッドが恋しいね……」

「言わないで……意識したら負けよ」


 僕的にはこういうところで暮らすのは先祖を考えるとピッタリなんだけど、他の人の事を考えるとなぁ……。悲しい。


 と、そこへ結界を張り終えたであろうゼノが小刀を片手に植物をバッサバッサと切り分けながらやってきた。原住民のような迷いのない動きに僕は少し感銘した(?)。


「あのゴールデンクソガールの折檻は終わったんですか?」

「うん。今は水攻めの刑に処してるよ」

「ほぅ……ライトは優しいですね。私なら氷漬けの刑にしますよ」


 流石に死ぬ。というか氷なんか出せないし。


「ゼノは結界張れた?」

「はい。侵入者が入れば警告してくれるものと、この付近を無意識に意識できないような結界の二つを張りました」

「便利だね……。これから川に行くんだけど、二人は来る? 水浴びとかしない?」


 行けば裸の女の子が震えて待ってるけど。


「私はいいわ。なんかそんな気分じゃないし」

「同じく。明日の出発前にササっと汗を流しますよ」


 昨日の夜入ったばかりだしなー。出来ればこんなところで入りたくないか。それなら仕方ない。

 

 川に戻った僕は奥歯をガタガタいわしてるコールマンを再度川の中にぶっこんで無理やり石鹸で体中を洗うという、見る人が見れば犯罪行為(普通に犯罪)を楽しみつつ、二人仲良く震えながらアンリ達の元へと戻った。そこには羅刹とセイルもいて、セイルはとってきた野菜やら獲物なんかを真剣な目つきで睨んでいた。


「…………」


どう料理するのか考えているのだろうか。というか、頭が吹っ飛んでるけど、あれ鹿だよね……。一人で狩れたのか?


「セイル。これどうしたの?」

「……ああ、ライトさん。これは地雷を使って捕まえたんですよ」

「!?」


 一体どういう使い方をすればこういう結果になるのだろうか。地雷で頭を吹っ飛ばす? この子ヤベェ。


「一応、使える調味料と調理器具は用意したでござるからな。後は好きにするでござるよ」

「ありがとうございます、羅刹さん」

「うむ」


 そう言うと羅刹は崖の方で小刀やら得体のしれない用具を取り出して整理し始めた。そういえば、千武って小刀だけだろうか。気になる。でも、セイルの事も気がかりだし……。


 ちらっと周囲を見渡す。アンリとゼノは家の組み立て。骨組みは完成したっぽいから、後は外壁とかその辺だろう。まだまだ時間がかかりそうだ。コールマンは川のせせらぎを聞きながら穏やかに目を瞑っている。もう一度川に落としたい。


 うーん。今ならセイルに助言とは出来そうだけど、羅刹がなんていうかなぁ……。まぁ、夕食もあるし今回は何もしないでおこう。


 羅刹の方へと向かう。


「何やってるんですか?」

「千武の手入れでござるよ。本来、手入れはそこまで必要ではないでござるが、趣味のようなものでござるな」


 並べられた道具はどれもピカピカの新品のようだ。見る限り何もしなくてもいいようなものばかりだが、羅刹は一つ一つを布なんかで丁寧に拭いていっている。様になってるけど、あなた忍者じゃなくて山賊ですねよ?


「あ、これ千通版ですか?」

「そうでござるよ。第三次世界大戦以降、本物の千通版とはいかないでござるが、どこでも連絡できるくらいの機能を備えたものが千堂全員に配られたでござる」

「へぇ……。じゃあ赤陸の人とも連絡取れます?」

「勿論でござるよ。というか、既に連絡しあってるでござるが?」

「へ?」

「『千堂ヒカリ。現在はライトという偽名を名乗り、カメリアのホルマンに在留中』と送っておいたでござるよ」

「はぁ!?」


 5W1H!!


「拙者は小夜殿の頼みで世界を旅しているのでござるよ。その中に、行方不明中のライト殿を探し出す任務を請け負っていたでござる」

「小夜さんが……」


 懐かしい。そんなに話す機会はなかったけど、優しそうな人だったよなぁ……。会いたい。みんなに会いたいよ。


「夕食の時に詳しく話すでござるよ。みなにも聞いて欲しいでござるからな」

「みんなもういますけど……?」

「今セイルに話すのは酷というものでござるよ」

「ああ……なるほど」


 セイルを見る。必死に試行錯誤しながら集めた食材をなんとかおいしいものにしようと頑張っている。不格好だけど、かっこいいよ。矛盾してるけどさ。


「もし……もし不合格なら……あの子をどうするんですか?」

「…………見捨てるでござるよ。近くの町に置いていく。そのくらいの覚悟で拙者もいるでござる」


 横目で見ると、羅刹は目を細めながら辛そうにセイルを見つめている。きっと、本当はセイルを安全なところで過ごさせたいのだろう。でも、世界はそんなに優しくない。だから、無理やりにでも羅刹自身が厳しくなってるのだ。


「……辛いですね」

「未熟……ゆえに」


 時々何を考えているのかわからないこともあるが、この時だけは偽りのない本心が理解できた気がした。















「不合格でござる」

「…………」


 おかしい。僕は羅刹の事を読み違えていたのか? こうもはっきりと不合格宣言するとは……。もうちょっとあるでしょ?


 僕らはセイルが料理したものを前にして無言になるしかなかった。そもそも審査の一番目を羅刹にしたのは間違いだったのでは、と思ったのだが、時すでに遅し。やってしまった事と言ってしまった事はやり直せない。


 出されたものは鹿肉を炒めたものに、香草を加えられたもので、それに野菜スープがついている感じだ。子供が作るにしては悪くはない出来だと思うが、羅刹の舌は許さなかったようだ。この人料理人かなんか目指してるの?


「次はライトの番でござるよ」

「あー、まぁ普通においしかったよ。僕はいいと思うな」

「私もいいと思うわ。食べられればなんでもいいもの。私もゼノも肉があれば基本オッケーよ」

「そうですね。野菜オンリーならまだしも、肉があれば大抵の事は許せます」


 この二人の評価は極端すぎるよ……。まぁ子供に狩りから料理までさせておいて、普通は文句なんか言える筈もないんだけど。でもこのガキは……。


「只人の子供なんかこんなもんよね。私は不合格よ。料亭で十年修行してから出直しなさい」


 この子は自分の立場というものをわかっているのだろうか?もう一度川に沈めないとわからないみたいだな。


「ぼ、ボク……ここで置いていかれるんですか……?」


 今にも泣きそうな顔のセイル。もうコールマンを置いていけばいいと思う。等価交換ってヤツだよ。


「夕食まで、と言ったでござるからな。総合評価でござる。では、また夕食に作るでござるよ」

「ふぅ……」


 安堵したような顔をするセイル。だが、このままではまずいだろう。夕方までにこの子の料理の腕が上がるとも思えないし、また肉が取れるとも限らない。食材探しだって難易度が普通に高いのだ。この料理だって奇跡に近い産物だよ。


「あ、あの……何が悪かったんですか……?」

「そうでござるなぁ……。食材の活かし方。調味料の種類。手順。タイミング。色々あるでござるが、一番大事なのは食べる人の気持ちになることでござるよ」

「食べる人の……気持ち……?」

「うむ。誰が何を好きで、どんなものが喜ばれるのか。それを考えながら食材を集め、料理する。全ては調和。バランスでござる。もっとよく見て、よく考えるでござるよ」

「…………」


 眉をひそませながらも必死に考えている様子のセイル。頑張れ。


 セイルが川の方へ行ったのを確認した僕は羅刹に問い詰める。


「ちゃんと指摘するんですね」

「挫折から学ぶこともあるでござるからなぁ……。聞かれればなんでも教えるつもりではござるよ」

「でもやっぱり厳しくないですか?」

「蓮也殿はこれをずっとしていたでござるが?」


 れんや? レンヤ……。蓮也!?


「一の槍ですか!?」

「でござるよ。子供の頃、里を抜けた蓮也殿は失敗作の千武一つで狩りをして、住居も確保し、お金を稼いで勉学にも努めたでござるよ。刻印が出てなかったのにも関わらず」


 そういえば蓮也さん自身がそう言ってたな。それを自分の意志で貫いたのだから、鋼のメンタルと体の持ち主だよ。


「子供だからと甘く見るのは良くないでござるよ。人の可能性は限りがあるでござるが、限界まで極めた人は案外侮れないでござる」

「人の可能性か……」


 無限大。と言わないあたり現実味がある。そして、極めた人の事を僕はよく知っている。


「セイルに手助けしたそうでござったが、別にいいでござるよ」

「え、そうなんですか?」

「別に落とすために試験をしているわけではござらんからな。そういう事はクソみたいな只人社会で十分でござる」


 めっちゃ言うやん。


「我らは自由。何をしてもいいし、何もしなくてもいい。だが、仲間にはやっぱり思いやりをかけるべきでござるよ。嘘は優しく。罰は愛を持って。厳しさは状況に応じて。千の道は自身の信じる道のままに」

「…………」


 そうだよな。僕は僕の意志で行動しよう。羅刹がどうとか、他の人がどうとか、そんなのは関係ない。自由意思こそ僕らの誇り。この先何があろうとも、それは変わらない事実なんだから。











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