第64話 体現者
昼食を摂り終えた僕はこれからどうすべきか考える。アンリはコールマンに魔術の講義を受けており、ゼノはどこかへ行ってしまった。そして案の定、羅刹は「トイレに行ってくるでござる」と言ってセイルの後を追っていった。もう隠す必要なくない?
そもそも、子供一人に押し付けすぎではないだろうか。生きる力を育てる為とはいえ、人数分の食事を用意するって大変だよ。全員審査員的なポジションだけど、お前ら同じことできんの?って話。
でもまぁ、狩りの時間は羅刹もついてることだし僕が行くのは無粋というものだろう。することないし、コールマン先生の授業でも拝聴しましょうかね。
川辺の近くで青空教室をしている二人の元へと向かう。大きな石に座りながら向かい合って何やら話し込んでいる。魔道具らしきものがその辺には置かれており、歪な形をしているものもあることから、不用意に触らない方がいいだろう。爆発とかしたら怖いしね。
「…………と、いうワケでそもそも魔法陣なんて文化は古くて実用的じゃないのよ」
「へぇ……。言われてみれば目からウロコね。どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいよ」
「でしょう? というか、魔女が他の魔女に教えるなんて文化が無い方が非効率的なのだけど。魔女の魔術の腕は親から子に受け継がれるか、書物から学ぶかの二択しかないって、そりゃあ廃れていくわよね……」
「コールマンちゃんは誰から教わったの?」
「ほぼ独学よ」
説得力ねぇーーー。
「あら、ライト。あなたもコールマンちゃんの講義を受けたくなったの?」
やけに上機嫌のアンリ。僕の目がおかしくなければ普段より三割テンションが高い。微妙な違いだけど、長く一緒に過ごしてたからわかるよ。
「ふっふっふ。私の素晴らしい抗議にあなたも誘われて来たのね?」
「は? 弱点増やすぞ」
「!?」
役に立つから生かしておいてやってるのを忘れないで欲しい。本来であれば、殺されて当たり前の事はしているんだから。
「ちょっとぉ! コールマンちゃんをいじめたらダメでしょう?」
「ら、ライトがいじめるぅ……」
お互いに身を寄せ合う二人。仲がいい姉妹にも見えなくもないが、本気になれば人を何人も殺せることを忘れてはいけない。アンリもゼノよりはずっと強いのだから。
「はぁ……。ごめんって。暇だから来たんだけど、いいかな?」
「まぁ……いいわよ。じゃあ、せっかくだし魔術の講義は一旦中止してライトに対する考察をしましょうか」
「ええー、コールマンちゃんの魔術もっと知りたーい……」
なるほど。アンリはコールマンの事が好きなのか。僕じゃなくてもわかるレベルで興奮しているのがわかる。ははん、さてはさっき抱き着いたからだな?トンダ変態娘だよ。
「まぁまぁ。まだ時間はあるのだし。じゃあライトもその辺に座って」
「はいよ」
「では改めて……。せっかく本物の千堂がいるのだし、千堂を研究し続けた私の考察を言っていくから、何か疑問とかあったら遠慮なく言っていってね」
「はぁーい!」
「はいはい」
小さい子に教えを乞うってなんか新鮮だなぁ……。ちょっと犯罪臭がするんだけど、気のせいだよね?
「ライトは知っているけど、私の主な研究は魂の研究。人に魂が宿るとしたらどこに宿るのか。魂だけを分離することはできないのか。いつ、どのタイミングで存在するに至るのか。それを主に研究していたの」
そのために多くの命が奪われ、弄ばれた。やっぱりこの子危ないなぁ……。
「その魂を変質させ、現実にも影響させているのが千堂だと私は考えているのだけど、そもそも、只人達の物理法則では考えられない超常の力を扱う生物についてどこまで知っているのかしら?」
「ええっと……。粛清隊の祝福。吸血鬼の呪い。荒金一族の
「そう。妖魔に関してはそれぞれが違う生物で単体毎に格差もあるから今回は除外しておくわね。主にその四つの勢力が超常の力を扱う事ができるの」
荒金一族か……海能って言うのか。初耳だな。
「その物理法則を超越した力は表の歴史の中では存在しないことになっている。それはどうしてだと思う?」
「ええっと……証明できないからかしら? ほら、証明できないものって只人は理解できないから」
「そうね。まぁそれもあるし、異能を持った連中が目撃者を口封じをしたり抹殺したりしてるってのもあるわ。でも、一番の要因は歴史が浅いってことかしらね」
僕とアンリは首をかしげる。
「あー……。要は、長い歴史の中でみると最近発生したって事よ。ざっと三百年くらい?」
「ざ、ざっと……?」
三百年って結構よ?
「いくらそれが現実であろうとも、文化や常識が世界に広まるのって長い年月がかかるものなのよ。写真や動画があってもそれは変わらない。加工だとか、編集だとか言われて難癖付ける人も多いでしょう?だから、現実離れした現実は受け入れられるまでに時間がかかるの」
そう言われると……そうなのか……?
僕はアンリと顔を見合わせて納得したようなしていないような顔をし合う。実感とかそういうのが得られないからかもしれない。そもそも、僕とかアンリは世間の情勢に疎い節があるし。
「一堂の件は例外ね。国が総出で世界の裏側の事情を発信したんだもの。そして、世界各地でその事実を証明するように騒乱が起きた。認めたくなくても認めざるを得ない状況になったってワケね」
「うん。それはわかったけど、結局何が言いたいわけ?」
要領を得ない内容に僕はコールマンに突っかかるような物言いをしてしまった。でも、ホントにわからないから仕方がない。
「あー、つまり、四つの主な異能って誰が何のために与えたものなのかって事」
「…………は?」
「…………」
僕はポカーンと口を開けるだけだったが、アンリは思案顔で口に手を当て始めた。どこか思うところがあるのだろうか。
「……四つの能力をそれぞれに与えた者がいるってわけ?」
「それはわからないわ。でも、異能を手にした者達がほぼ同時期に存在する。それは、そういう仮説に行きつくのが当然じゃない?」
「……そうね。寧ろ、今までそういう結論にたどり着かない方がおかしいレベルだわ」
コールマンは自分の仮説を人に聞いてもらって嬉しそうにしている。もう魔女を名乗るより学者を名乗った方がいいと思う。
「僕にはよくわからないんだけどさ。要は神様みたいな人がいて、その人が異能を与えたって事?」
「そうね。神、という表現でいいのかわからないけれど、それに近い何者かが分け与えたって感じかな」
なるほど。一気に現実味が無くなってきた。あなたは紙を信じますか?って宗教関係の人に言われた気分だよ。"奇跡"を使うやつが何言ってんだって思うかもだけどさ。
「でも、仮説は仮設でしょ?憶測の域を出ないじゃん」
「ライト……あなた身も蓋もない事を……」
「そうね。でも、この件に関しては私よりもっと詳しい事を知っている人がいるわ」
「「!!」」
僕とアンリの反応がよっぽど嬉しいのか。これを言いたかったと言わんばかしにコールマンは言い放つ。
「コールマンシティの現市長。私の姉にして『体現者』を従える一癖も二癖もある『叡智の魔女』。名をココって言うの」
ついに夕食の時間になった。まだ日は落ちてはいないが、もう一時間位すれば空が赤から黒に染まっていくだろう。夕焼けマニア(自称)が言うんだから間違いないね。
セイルは本当に頑張ったと思う。つい今しがた帰ってきて、六人分の調理を始めていたのだから。でも、動物は仕留められなかったのだろう。調理台には野菜しか置かれていなかった。これではアンリとゼノは不合格を出すに違いない。
「「「…………」」」
居たたまれない表情で僕らはセイルを見る。セイルもセイルで今にも泣きそうだ。キャベツっぽいものや玉ねぎっぽいものもあるが、それだけで何かを作れるとは到底思えない。
そういえば羅刹は別に手伝うなとは言わなかったな。ここは僕らの出番だろう。
「ねぇ、アンリにゼノ。あと、そこの金髪幼女」
「ええ。言わなくても大体わかるわよ」
「私も同じことを考えていたところです」
「ね、ねぇ……普通にコールマンって呼んではくれないの?」
偽名でも呼んで欲しいのか?こいつはマジわからんな。普通にスルーするけど。
「羅刹は手伝ってもいいって言ってたんだ。だから、僕らに出来る事はしたい。いや、するべきだよ」
「そうよね。やっぱりあんな小さい子に何もかも押し付けてばかりじゃいられないし」
「でも、肝心の材料をどうにかしないといけませんが……。もうこの時間では……」
僕らが落ち込んでいるのにコールマンは寧ろ嬉しそうにニヤニヤとこちらを見つめていた。殺気が……溢れる殺気が止まらない……!
「おい、コールマン」
「ふっふっふ。どうせあんな子供じゃ碌なものは作れないって思ってたから、有能な私は馬を狩っていたのっ!」
えっ? という僕らの素っ頓狂な声をスルーして、コールマンの背後の岩陰から岩の巨人が馬の死体を持ってドシドシとやってきた。状態を見るに、今日仕留めたものだろう。材料としては申し分ない。
「な、なんで馬……?」
「なんでって……。そこにいたからよ」
まぁそうっすね。でも今は……。
「でかしたっ! 流石コールマンだなっ! お前を拾っておいて正解だっ!」
「えへへへへ……。だ、だから私の事を名前で……」
「じゃあこれを使って早速料理するぞーーー!」
「…………うぅ。いいもん、私は出来る子だもん……」
どうして今まで岩の巨人を出せることを言わなかったのかを責めないだけでありがたいを思ってほしい。
僕らはセイルの所へ馬の死体を持っていく。
「セイル。僕らも手伝うよ」
「……え? というか、岩の巨人!?」
だよね。普通そこに驚くよね。
「じゃあ私は馬を捌くわね」
「では、僭越ながら私も手伝いましょう。ふふふ。これでも主の料理番を勤めていた事もあるんですよ?」
アンリとゼノはノリノリだ。やっぱり肉の効果だろうか。手伝うというよりは、自分達がただ食べたいだけに思えるよ。
僕も僕でセイルと一緒に野菜を刻みましょうかね。
「み、みなさん……。これはボクの問題だから……」
セイルは申し訳なさそうにあたふたとし始めた。うんうん、わかる。わかるから一旦ナイフは置きましょうね?
ブンブンとナイフが空中を行ったり来たりしていたので、僕はセイルの腕をガシっと掴んで真剣な顔をして話す。
「いいかい?確かに前より世界は厳しくなったし、生きづらくもなったけど、それでも常に苦しみ続ける必要はないんだ」
「で、でも……」
「それにね、これは君が作り出した結果でもある」
「ぼ、ボクが……?」
「うん。見てみなよ」
アンリは手慣れた手つきで馬の脚の方の肉を削ぎ始め、ゼノは謎の二刀流で腹の方の肉をしたり顔で刻み始めている。コールマンは小型の岩の人形に指示を出し、調理道具のセッティングや火の管理をして、なんだかんだで手伝ってはいる。
「初めの内はみんな食べるだけだったけどさ。セイルの努力に感化されて手伝っているんだ。だから、結果的にはセイル自身がつかみ取った結果だよ」
「そ、それでもボクがしないと羅刹さんが……」
シュタっ!
そこで今までどこにいたのか不明な羅刹が空から突然降ってきた。本当にどこにいたんだよ。
「ライト殿の言う通りでござるな。この光景はセイル自身の努力の賜物。手伝いたいと思わせたという面では立派な結果でござる」
「い、いいんですか……?」
尚もセイルはおどおどしながら羅刹を見上げる。羅刹は羅刹で笑顔を見せながら返事をする。
「拙者は過程よりも結果を優先するでござるよ。結果的に全員から合格が出れば文句はないでござる」
「あ、ありがとうございますっ!」
「まだ受かったわけではござらんからな。最後までしっかりするでござるよ」
「は、はいっ!」
意気揚々とセイルは調理にかかる。
そうして、なんだかんだありながらも完成した料理を僕らは円を囲んで食べる。自分が手伝ったというのもあって中々いい出来のようにも感じた。どうして自分で作った料理っておいしく感じるのかねぇ。
「うん! いい仕上がりだね!」
「そうね! やっぱり私が肉を担当しただけあるわ!」
「アンリは捌いただけですよ。私は火を通したりしたので、ゼノポイントが加算されてます」
謎のポイント制度がそこにはあった。
「セイル君。どう?」
「う、うん……おいしいよ。でも……」
セイルは羅刹の方が気になっているのか。味に集中できていないようだ。羅刹はモクモクと箸で料理を食べている。全部食べ終わってから言うのかな?
「じゃあ僕の判定から言うよ……。文句無しに合格だね」
「私もよ」
「私もです」
「うん……まぁ、昼よりはよくできているんじゃないかしら」
アンリとゼノとコールマンは合格にするだろう。不合格なら自分たちのミスになりかねないからな。下手なことは言えないだろう。だが、問題は羅刹だ。全員の合格がいるという条件なので、羅刹が不合格を出せば全ておしまいだ。どうだ……?
「…………」
全員が固唾をのんで羅刹の言動を見守る。羅刹はうん、と何かに納得したように頷いて、そして口を開いた。
「……合格でござるな。まぁ、ここまでできれば十分でござろう」
「あーーーー……、よかったぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
セイルは心の底から安堵の声を漏らす。歓喜する余裕すらなさそうだ。でも……本当に良かったよ。
「おめでとう、セイル。これからもよろしくね」
「はい……ライトさん。それにみなさんもありがとうございました」
「いいのよ。私も嬉しいわ」
「そうですよ。みんなでつかみ取った結果です」
「千堂が言うのならこれは正しい判断なのでしょうね。でも、この先大丈夫かしら」
コールマンは複雑そうにしているが、足をぶらぶらさせているので実際は嬉しいのだろう。素直じゃないなぁ。
「ふむ。では正式にセイルがついて行くことになったという事で……今後の計画を話そうと思うでござるが……。そもそもライト殿はコールマンシティ、いや、傭兵団の設立が千堂によってなされた事は知っていたでござるか?」
「え……マジすか……?」
アンリとゼノを見ると、首を横に振るだけだった。コールマンはあーやっぱり知らないのねぇ、という顔をしている事から知ってはいたのだろう。じゃあ早く言えよ。
「第三次世界大戦から小夜殿は世界情勢を把握するために傭兵団を設立。各支部に代表を据え置き、支部長と密接に連携を取ることで関りを持ってきたでござるが……。ある時、急にこのホルマンの支部長が変わったでござる」
「へぇ……それはなんかマズいの?」
「マズくはなかった。だから、こんな異常が今まで気づかれなかったでござるよ」
「?」
羅刹は深刻そうな顔をしている。
「前任者は温厚で誠実そうなホルマンの町長自身が請け負っていたのでござるが、コールマンと名乗る魔女が傭兵団を乗っ取っているのでござるからな。セイルが持ってきた情報を合わせると……奴らは早い段階で前任者を殺害。自分たちに不必要な人間たちを壁の外に追いやり、弾圧したのでござろう」
「そ、そんな……」
じゃあ、セイルの両親たちが死んだことにも何かしら絡んでいるという事か?という事はこっちのコールマンも当然知っていたという事になる。
コールマンを見る。僕の視線に気づいた彼女は申し訳なさそうな顔をして謝罪を述べ始めた。
「……ごめんなさい。私は詳細を知らなかった……。姉から自由に研究できる施設を作るから遠慮なく使えばいいって言われていて……。それで……」
嘘ではないのだろう。でも、それが人の命。いや、その他多くの命を弄んだ事実は変わらないのだ。悪い事は悪い。しっかり反省していただきたい。
「お主の謝罪などどうでもいい。まぁ、拙者は定期的に各支部を巡回して小夜殿に報告する任務を帯びていたから今回の事態が発覚した。という流れでござるな」
「なるほど……だから、コールマンシティを襲撃するんですね?魔女を倒し、元の傭兵団に戻すために」
「うむ。だが、一筋縄ではいかないのでござる……」
「え?」
要は乗っ取った魔女を倒すだけ。僕、いや、羅刹一人でも問題ないように思えるけど……
そこで、コールマンが意を決したような声でその元凶について話しだす。
「『体現者』ね……」
「た、たいげんしゃ……? さっき言ったヤツ?」
「『体現者』。そうね……あなた達にわかりやすく言うのであれば、粛清隊の外国版。元は同じ教会に属していた者達ではあるのだけれど、"祝福"を極めきった彼らは独自の思想を抱いて活動している。それが『体現者』と呼ばれる者の集団」
祝福を極める……それってつまり……。
「あなた達の知っている粛清隊よりもかなり強いって事よ。覚悟した方がいいわ。彼らは単体でも脅威なのだけど、徒党を組んだらいくら千堂といえども死ぬ可能性も十分あり得るから」
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