第65話 体現者②


 千堂でも敵わない敵がいる。それは確かに強い敵ではあるのだろう。だが、今までだって命の危険が無かったわけではない。だから今更、そんなことを言われても危機感が出てくる筈もない。


 しかし、体現者というくらいなのだから何かを体現しているのだろうか。粛清隊の"祝福"は見境ない能力ばかりだったが、体現者は統一性があるのだろうか。それとも、個々の能力が何かに突出しているのだろうか。気になるところは色々ある。


「なぁ、その体現者ってのはどんな奴らなんだ?」

「うーん……。まぁ戦うような状況もなかったし、寧ろ味方の部類だったからそんなに知らないのよね」

「はぁ? じゃあなんで強いってわかるんだよ」

「ランクね。EXらしいわ、全員。それにココ……ああ、姉の本当の名前はココって言うんだけど、ココの近衛兵的なポジションなの。おそらく千堂対策ね。万が一の保険って事」


 どうやら、そのココって魔女は体現者を護衛につける事で千堂を抑え込めると思っているようだ。それ程までに体現者を信頼しているのだろう。そうか……それなら戦争するしかないね(白目)。


 しかし、羅刹が言い淀むくらいの相手ともなればやはり不安が残る。彼は十五の毒。せめて一桁台の千堂がいればまだ……あ、僕そういえば一の剣でしたね。なぜ今まで本人が知らなかったのでしょう。不思議です。


「……さて、時にライト殿」

「え……? は、はい」


 急にどうした。


「もし敵の立場になって考えた場合、遠方の自分の研究所が破壊されたとすれば……如何する?」

「え、えーっと……。まぁ、傭兵団を乗っ取ってますからね。傭兵を派遣して、研究所とコールマンシティの間の捜索から入りますかね。あれ……?」


 い、嫌な予感が……。


 すると、突然ゼノがビクっと震え、大地震が来たかのような慌てぶりで叫びだす。


「!? 敵の反応です! これは……数えきれない程来ています!!」

「でござろうな。研究所を破壊する相手ともなれば、軍隊レベルの傭兵を向かわせるでござろう」

「な、なんで落ち着いているんです!?」


 羅刹以外はてんやわんやになってその場で立ち上がりつつもどうしていいのかわからずに地団太を踏みまくる。そして、羅刹ものっそりと立ち上がったかと思うと、冷静に指示をだした。


「……こうなることは読めていたでござるよ。だが、それにしても敵の動きが早すぎるでござるな……。仕方あるまい。ここは二手に分かれるでござる」

「い、一緒に行動しないんですか!?」

「これは好機。敵は大規模な軍勢でこちらを強襲するのでござるから本陣は手薄になる筈」

「本隊がこっちに来ることは……ああ、可能性は低いのか」

「でござる。では……拙者とセイルはここで敵をかく乱。ライト殿とその他はコールマンシティを制圧して欲しいでござるよ」


 その他って……。でも、二人だけで大丈夫だろうか。僕も僕で結構危ないけど、そっちはセイルもいるし……。


 僕の不安がわかったのか。羅刹は笑顔を作って頷く。


「大丈夫でござるよ。セイル一人であれば守りきることは可能でござる。では……千の道は毒の道。"異端狩りの千堂"。"十五の毒"。千堂羅刹。これより任務の遂行に励むでござる」


 そう言われてしまえば、もはや何もいう事はできないだろう。最悪、アンリとゼノはコールマンシティのどこかに置いていけばいいし。魔女からみても誰が敵で誰が味方なのかははっきりしてない筈だ。だったら僕が務めを果たせばいいだけ。ならば……。


「千の道は剣の道。"異端狩りの千堂"。"一の剣"。千堂ライト。手薄になった敵本陣の強襲に向かいます」

「……任せるでござるよ。それでは御免」

「うわぁぁぁ!」


 セイルを抱えた羅刹はその場から姿を消す。その直後、紫色の剣閃と多くの断末魔が森の中から聞こえてきた。容赦ない……。


「じゃあ行くよ。アンリとゼノは申し訳ないけど全力で僕について来てね。コールマンは僕の背中に」

「ええ」

「わかりました」

「……そうね」


 おんぶの態勢になると、コールマンの重さが背中に伝わる。よし、それじゃあ行きますかね……。あ、そうだ。


「なぁ、コールマン。お前の本当の名前って何なんだ?」

「今更? どうでもいいのかと思ってたけど……」

「どうでもいいさ。でも、敵もコールマンなら変な気分になるし」


 どうでもいい、と言ったタイミングで頬を強くつねられた。ごめんって。でも、本当に興味なかったから(真顔)。


「ルマンよ。変な名前でしょう?」


 敵がココでこの子がルマン……。二人でコールマンか。なるほど。全然上手くないね。












 コールマンシティへの道はルマンが教えてくれたおかげで迷わずに来ることができた。別に案内してもらわなくても大体の道はわかってたけど、本人が背中から指示を出してきたので無言を貫く事にしたのだ。


 しかし、スピードを落としたとはいえアンリとゼノが休憩なしについてこれるとは。二人もなんだかんだで体力がついたのかな。


「ぜぇ……ぜぇ……、もう置いていかれるのは嫌よ……」

「はぁ……はぁ……、はぐれたらとんでもない事になりそうですからね……」


「…………」


 昨夜の悪霊騒動のトラウマを引きずっているだけか。体力じゃなくて気力が上がってんのね。あの時はごめんよ……。


 荒い息遣いを聞きながらも僕たちはコールマンシティが目に見える位置にたどり着くことができた。これまでの道中、敵に遭遇しなかったのは僕の感知スキルによって敵を避けてきたからだ。

 すれ違うだけで十組以上。人数も五人から八人くらいだったからかなりの人数だ。それに、人ではない妖魔のようなものや、機械で作られた兵士みたいなのもいたし、構成人数や兵種も様々といったところ。もうなんでもアリだな。


 砦のような壁の前には案の定、門番のような兵士がいる。あれは……マシンガンだろうか。それに、アサルトライフルを持っている兵士もいるし簡単には突破できそうにない。


「うーん……。素直に登録証を見せたら通してくれるかな?」

「八割方疑われるでしょうね。研究所の行き帰りの護衛依頼だったわけだし、無傷でここに来れてること自体が怪しいわ。運が良くても取り調べくらいは受けるでしょうけど……」


 そんな時間はないだろう。せっかく羅刹が敵の注意を引き受けているんだ。じゃあここは……。


「……私とゼノで騒ぎを起こすしかないわね」

「だ、ダメだよっ!もしもの事があったら……」


 いくら力や体力があったって敵は飛び道具を持っているんだ。一人ならまだしも、見た範囲だけでも十人以上はいる。それに、奥にはもっといるだろう。とてもじゃないが勝てるとは思えない。


「大丈夫よ。別に私達だけで攻め込むワケじゃない。あくまで敵の注意を集めるだけ。危なくなったらすぐに逃げるわ」

「でも……」

「これでも魔女の端くれですから。銃に対する備えも少しはあるし、ゼノだって結界術は使えるのだし、こういうのは向いているのよ」


 そうは言いますけど……。ゼノの結界はさっき破られてたじゃん。どさくさに紛れて誤魔化そうとしても僕は騙されないよ?


 でも……それしかないか。アンリの言う通り、二人は攻め込む必要はない。僕は行くんだから。速攻でカタを付けることが二人の安全に繋がるというのなら……。


「……わかった。じゃあ僕は離れたところから壁を乗り越えて侵入するよ。五分後に騒ぎを起こして」

「ええ。後は任せたわよ」

「ご健闘をお祈りします」


 そうして、僕たちはまたも二手に分かれた。その移動中、今まで黙っていたルマンが背中から「……よくよく考えるとあなたが一番大変じゃない?」という言葉で僕は気が付いた。確かにそうだ。人の心配ばかりしていたけど、絶対的に僕の役割が大変だし、危険だ。


 羅刹達もアンリ達も撤退するという選択肢はあるけれど、僕の場合は総大将を討つ以外に選択肢はない。それもなるべく早く。最悪なのは、魔女を倒しても傭兵団の動きを止める手段がなかった時の事もある。ヤバい。今からでも引き返して他の手を……。


 ドォォォォォォン……………


 遠くの方から開戦の狼煙があがった。そのタイミングで近くにいた兵士たちも慌ただしくなって爆発音の方へと一気に注意が集まった。

 今しかない。


「あーあ。もう手遅れね」

「ルマン……君は僕に恨みでもあるのかい?」

「憧れが半分。怨恨が半分ってとこね」


 千堂に対しての憧れがあるのだろうけど、僕自身に対しての恨みも半分あるという事だろうか。つまり、僕という人間に対しては百パーセント恨みで埋まっているワケですね。あれ、これ後ろから殺されるパターン?


 もうどうにでもなれと、半ば投げやりになりながらも僕は気配を殺してコールマンシティへと侵入する。『弱点に至る一撃』の防御性能が発揮されることを心から祈りながら……。











 ~ ホルマン(森の中) ~




 千堂羅刹は地面に転がりまくった人や妖魔を見下ろしながらふぅ、と一息つく。数を数えていたわけではないが、総勢百名くらいはいただろうか。機械で武装した傭兵が多く見受けられたが、羅刹の敵ではない。

 特に、森は千堂にとってホームグラウンドのような場所だ。たとえ木の裏に隠れようとも居場所は察知できるし、乱戦になればこちらのもの。混乱した敵の不意を突くのは朝飯前といったところだろうか。リアルに目を瞑っていても余裕で勝てるレベルである。


「うぅ……お、お前は……何者だ……?」


 倒れこんだ傭兵の一人が羅刹を見て問いかける。


「……忍者でござるよ」

「ふ、ふざけんな……」


 恰好を見れば誰でも想像はつく。赤陸国の忍者といえば世界的にも知名度は高い。戦闘スタイルや風貌が独特過ぎる事からも、コスプレとして人気があるくらいなのだ。


「あ……あり得ねぇんだよ……。忍者は……!」

「…………」


 羅刹は無言を決め込む。しかし、そのあふれ出るどす黒いオーラだけは抑えがきかないかのように垂れ流しにする。背中に背負われているセイルも恐怖で口を開く事すらできなかった。


「……う……、もういい……。どうせ俺は死ぬんだ……」

「……お主は知らないようだが、その辺に倒れこんでいる方々はまだ息があるでござるよ」

「ほ、本当か……?なら……」

「だが、お主はダメだ。忍者の事情を知っていそうでござるからな。生かしては置けない」

「な、なん……」

「御免」


 バシュッ!


 血しぶきが舞う。これまでは『概念毒』で敵を無力化してはいたのだが、今の斬撃はただ斬り捨てただけ。当然、即死である。ゴロゴロと男のものだった球が地面を転がる。


「ら、羅刹さん……?」

「すまんでござるな、セイル。これは拙者の事情。出来れば……他の者には首を突っ込んで欲しくはないのでござるよ」

「う、うん……」


 セイルは頷くことしかできない。いや、そうするしかなかった。でなければ、首と胴が泣き別れになる。本能でそう感じた。


 もう追っては来ていないと判断した羅刹はライト達を追うことにした。時間稼ぎのつもりが、案外敵が弱かったのですぐに制圧することができたからだ。予想では体現者の一人くらいは現れるものだと思っていただけに拍子抜けした。


 しかし、その予想は外れたかと思いきや、すぐに間違いではなかったと羅刹は直感した。この森の出口付近。荒野の地点に何者かの気配を感じたからだ。数は二人。しかし、纏っているオーラが常人の何倍も異質に感じられた。強者のみが纏える独特の反応。羅刹は覚悟を決める。


「……セイル。少し先に何者かがいる。奴は強い。お主は出来るだけ早く森の中のベース基地に戻るでござるよ」

「え……羅刹さんは……?」


 羅刹は返答しない。その代わりに穏やかな笑顔を見せる。


「そ、そんなの嫌だよ! 別に戦う事なんか……」

「向こうもこちらの気配に気づいているでござるよ。セイルを背負ったままだと拙者も勝てる見込みが薄くなる。だから……生きるでござるよ」

「も、もし負けたら……?」

「……何のために試験をしたのか。忘れたわけでもないでござろう?」

「…………」


 無言でセイルは羅刹の背中から降りる。羅刹は背中から重さが無くなったことでそれを感じ、そのまま敵の所へ歩みを進めていく。


「……待ってるから」


 セイルにとってそれは精一杯の一言だった。羅刹の行動を、意思を、邪魔するわけにもいかない。ならばせめて、と。一言くらいは何か言わないと自分自身に納得できなかったから。


「……善処する」


 そして、羅刹は消えた。立つ鳥が跡を濁さないように音も気配も消して。










 その男は服の上からわかるほどに黒い模様で何かが刻まれていた。顔から腕に至るまで隙間が無いくらいに奇妙な文字のようなものがあり、理解はできないものの何かしらの宗教的な意味があるような、そんな模様だった。


 それ以上に目を引いたのがその服装である。一体どこから逃げ出したのかと言いたくなるような程に服装が囚人だった。シマシマの。白と黒の。


 今時の囚人服というのがどんな服なのかは知らないが、そんな服の囚人服がこの現代に存在するのか?と、頭の中が疑問符で埋め尽くされていた羅刹は敵だと認識しながらも困惑してその場でただ立ち尽くしていた。


「……悲しいなぁ」

「…………」


 そんな恰好をしているからでは?と、喉まで出かかった言葉を必死に抑える羅刹。しかし、油断は一切していない。戦闘において、いかなる場面であろうとも手は抜かないし、全力で事に当たる。羅刹は訝し気に思いながらもしっかりと目の前の男を注視していた。


「……我が名は囚われの悪夢。げんげん。あなたの思う通り、私は体現者である……」

「……でござるか。お主は拙者を殺しにきたでござるか?」

「……殺さない。私は誰も殺さない。私は神に反逆する千堂共に罰を下す体現者の一人……。容易に殺しては罰にはならない……。で、あるからして、お前には悪夢で永遠の時を過ごしてもらう……。悲しいなぁ……」

「…………」


 今から相手を攻撃しようとしている割には悲しむという意味不明な言動に羅刹は悲しくなった。この敵の哀れな頭に。

 それはともかく、これ以上の対話は無用だと判断した羅刹は"奇跡"の準備に入る。経緯はどうあれ、目の前の男には敵意があることに変わりはないのだ。千堂に対しても執着があるようなので、ここで逃がす事は他の千堂が襲われる可能性もあり得るという事にもなる。絶対に逃がすわけにはいかない。


 幻・幻も羅刹の殺意に反応するように目つきが鋭くなる。しかし、棒立ちスタイルは相変わらずで、反撃体勢を取っているようには見えない。


「……お前は私に勝てない。お前が攻撃した時、それがお前の最後である。悲しいなぁ……」

「どうしてそう思う? お主は拙者の事を知らぬだろうし、勝てる、などと断言することはできないでござろう?」


 小刀に紫色の"奇跡"を纏わせた羅刹は攻撃寸前で刃を止める。たとえ、相手の虚勢だとしても無防備な体勢でいられると明らかな罠を感じずにはいられなかった。


「要因は二つ。一つはお前が千堂だという事。そして、二つ目。お前が千堂の毒使いであり、"奇跡"の扱いが不得手だという事であるがゆえに。悲しいなぁ……」

「……確かに拙者は里では未熟者ではござった。だが、お主に言われる必要はないでござるよ。千の道は毒の道。"異端狩りの千堂"。"十五の毒"。千堂羅刹。異端は殺す」


 目に見えるほどにまで膨れ上がった"奇跡"は武器のみでなく、体全体からあふれ出るようにして羅刹の周囲を侵食していく。有機物だけでなく、無機物でさえ羅刹の"奇跡"に包まれただけで紫色の毒々しい色に変わっていく。

 殺意の波動。明確な死のオーラ。それらが空間そのものを毒に変えていく。


 こうなれば羅刹の攻撃から逃れる事はできないどころか、羅刹に近づく事さえ不可能に近い。流石の幻・幻もこの光景に圧倒されたように後ろへと足が自然と動く。


「……おお、これはこれは……。なんと禍々しい事か……」

「……お覚悟」


 羅刹は巨大な毒と体に纏わせたまま小刀を構え、そして、敵に向かって高速で距離を詰めていき、そして……。





 数分後、紫色に染まった空間が元の色を思い出したように自然な色に落ち着いていく。後に残るは一人の男。静寂さを取り戻した森はたった今起きたことを忘れるように元の形へと戻っていく。



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