第69話 我、忍ぶ④



 気が付いたら夜になっていた。 


 そのくらい、山の時間はあっという間に変わる。羅刹と真賀里は破村の隠れ家に向かって足を運んでいた。


「でもなぁ……。羅刹は結局どうするつもりなん?」


 どうする、とは白菊の事をどうするつもりなのか、という事だろう。気持ちを自覚したところで具体的な行動指針は決められてはいなかった。


「うん。でいくよ」

「そっかぁ」


 自分の伴侶は奪うもの。惚れさせるのがダメなら奪ってから自分のものにすればいい。それでもダメなら諦める。それが多くの千堂が伝統的に行っている求愛(?)である。


 この場合、白菊に会って、話をして、可能であれば白菊だけでもさらってしまおうという事。両親の説得とかは気にしない。あくまで、欲しいのは白菊本人のみ。


「でも、嬉しいなぁ……。僕の友達に彼女……、いや、もう色々飛ばして奥さんかな? ができるなんて、本当にめでたいなぁ」

「別にまだ何もしてはいないんだけど……」

「それはそうかもだけど、結果的には一緒のことさぁ。あの子も羅刹の事、完全に好意の目で見てたしぃ」

「…………そうだといいな」


 羅刹は自然と走る速度が上がっていた。それに、気づいた真賀里も楽しそうについて行く。


「でもなぁ、破村一門は完全に終わるんよねぇ」

「どういう事?」

「羅刹も聞いての通り、あそこには今大量の吸血鬼が襲撃の準備を進めてるんよ。ぶっちゃけ、もういつでも襲ってもいい頃ではあるんやけど、そうしていない。何でやと思う?」


 羅刹は色々な可能性を考える。吸血鬼の目的は破村の秘宝、"生命の雫"。それがあれば一生分の栄養源の確保ができる。一生分、というのが吸血鬼にとってどの程度モツのかはわからないが、時代が変わるにつれ、人の血液を摂取しにくくなっている昨今では喉から手が出るほど欲しいものだろう。


 だが、本当に目的は秘宝だけか?


「……普通に考えて秘宝は勿論の事、破村一門を襲って食料にしたいんだろうけど……、それだと別にいつ襲ってもいいよな」

「そうだねぇ。もう答えを言うけど、奴らは一人も残さずに破村を滅ぼしたいんよ。人の寿命は短いけど、吸血鬼の寿命は長い。破村は一時期多くの人の命を奪い、奪われる一族やったけど、同じくらい異端の存在を殺してはいたんよ」


 忍者、忍び、山に拠点を構える者達。山に住む以上、妖魔との縁は少なからずある。よって、異形の怪物相手の情報や戦闘も日常茶飯事ではあると推測できる。


「今の破村に覚えが無くても、昔から生き続ける吸血鬼どもには破村を襲う動機がしっかりある。だから、一人も残さずに滅ぼしたい。奴らはそう考えているんやねぇ」

「それが動機か……」

「だから、包囲網を完全にしたいんやろ。でもなぁ、そもそも、なんで今更になって吸血鬼が破村の隠れ家を突き止めたと思う? なんで秘宝の存在を知っていたとと思う? なんで破村は吸血鬼に秘宝の存在を知られた事を知っていると思う?」


 確かに、それはそうだ。秘宝というくらいだからその存在は極秘中の極秘の筈。それをこうも容易く敵に知られるのは不自然ではある。


 その考えに至った時、羅刹の中で確信のようなものが胸に宿った。


「……忍びが最も得意とする手法を、敵にされたって事かな」

「うん、そうやろうねぇ。ま、僕もあの辺りの調査をしていたから全部わかってはいたことなんやけど」


 まったく、親子そろってダメじゃないか。白菊は自分の家に潜んでいた仲間の存在に気づけていないし、親は親で敵にまんまと操られ、利用されている。救いようがないよ、本当に。


「……裏切者がいるんだな。それも、裏切者に裏切者と気づかせないまま。吸血鬼の中には"呪い"で魅了する奴が何体かいるらしいし」


 "呪い"。千堂の"奇跡"には及ばないものの、その異能は只人相手だとかなりの効果を発揮するだろう。防ぐ手段のない圧倒的な能力。いくら身体能力や戦闘技術を学んでいるとはいえ、スペックとして圧倒的な差がありすぎる。


「ま、僕も同じようなことが出来るんやけどねぇ。もしかしたら、吸血鬼に破村を襲わせるようにしたのは僕かもよ?」

「それならどれで構わないさ。そうするだけの確かな理由があるんだろうし。でも、そんなことしなくても、真賀里なら全員殺せるだろう? 敵意すら持たせずに」


 戦いというのは戦うべき相手がいて初めて成立するものである。だが、この真賀里は敵とすら認識させずに、相手を玩具のように弄ぶことができる。こんなまどろっこしい事をしなくても、彼なら簡単に殲滅できる。


 真賀里は舌をペロっと出しながら、いつかの羅刹のように悪戯っぽく呟いた。


「えへへ。曲がりなりにも千堂なんで」








 破村の隠れ家に着くと、そこはもはや地獄絵図だった。


 吸血鬼に襲われていた? 違う。 破村たちはもう引っ越していた? 違う。 


 彼らは皆一様に……自害していた。


「……敵にやられるくらいなら、って感じかなぁ。忍者っぽいよねぇ」

「ああ。だが、どちらにせよ、吸血鬼は生き血にこだわる必要はない筈だ。死んでから二三日くらいなら普通に死体からでも血を摂取する。文字通りの無駄死にだよ」


 自身の首を斬っている者。お互いがお互いの腹に刀を突きさしている者。外傷がない者は毒でも服用したのだろう。泡を吐いて既に息絶えていた。


 この光景を目にしていながらも、羅刹はまだ平静を保てていた。何故ならば、この先にいる白菊の反応が確かに確認できたからである。


「……白菊は無事だ。例の弁天もいる。それに、乱菊も。それと……」

「うん。いるなぁ、奴ら」


 白菊の家から百メートル圏内を百五十体くらいの吸血鬼が包囲している。きっと、最後の破村の生存者が三人だけだからだろう。三人が自害したのを確認したのち、ここ一帯の死体から血を摂取する算段だと予想できる。


「間に合うかな……。なぁ、真賀里。吸血鬼の相手は任せてもいい?」

「当然。羅刹の頼みなら断る理由がないさぁ」


 二人は速度を上げて白菊の元へと急ぐ。その途中、包囲している吸血鬼の一角と遭遇した。


 黒い大きな蝙蝠のような羽。鋭い牙。空を舞う異端の怪物。吸血鬼。その禍々しささえ感じさせる存在感は、只人には決して出せない強者のオーラ。

 彼らは二人を視認すると、行く手を阻むように地上へと降りてくる。


「おいおい、こんなガキどもがまだ……」

「ひっさしぶりぃー! 俺だよ、俺存在不確定! 見ない間に立派になったね!」

「あ、あれ……。お前は……誰だっけ?」

「忘れちゃったのぉ? まぁいいや、とにかくボスの命令でこの子を中に入れて欲しいんだ。なんせ、ボスの親戚なんだから存在誤認

「そ、そうか。それなら別に構わんぞ」


 真賀里の目配せで羅刹は頷き、白菊の元へと向かう。


「そうだそうだ。君達全員に連絡してほしいんだけど……」


 後ろの方から真賀里が吸血鬼たちを説得してくれているうちに家の中へと急ぐ。玄関をぶち破り、靴も脱がずに居間へと向かう。そこには、今まさに首元に小刀を突きつけようとしている白菊、乱菊の二人の姿がそこにあった。


「…………あ」


 白菊と目が合う。複雑そうな顔をしながらも、今にも泣きそうな表情で羅刹の事を見つめている。羅刹は我慢できなくなって、白菊と乱菊から小刀を奪い取ると、白菊に向き直ってため息を吐く。


「……なんで君は俺に助けを求めないんだ?」

「け、結構前に私、羅刹について行きたいって言ったじゃん……」

「ああ」

「あの時、冗談っぽく言ってたけど、本当は……本当に羅刹と一緒に行きたかった……」

「うん」

「だから、日に日にみんながいがみ合って……、みんな揃って自害するってなった時も、羅刹について行きたいって言ったところで変わらないって、そう思ってた……」

「そうか、それなら俺が悪いな」

「え……?」


 羅刹は頭をポリポリと恥ずかしそうに掻きながら、照れ臭そうに想いを伝える。


「あの時の事……謝る。俺と一緒についてきて欲しい。この先も、ずっと」

「……それは本音? 冗談とかじゃない……?」

「ああ。どうかな?」

「嬉しい……。はい、私でよければ……あなたと共に……」


 白菊は目に大粒の涙を浮かべながら、羅刹の手を取る。羅刹も羅刹でそれに応え、これまでない以上の笑顔を作りながらはにかんだ。


「ら、羅刹さん……?」


 乱菊が羅刹をバケモノを見るかのような目で見つめる。だが、羅刹にとってそんなことはどうでもよかった。


「乱菊さん。まぁ、こういう事です。申し訳ありませんが、あなたの娘さんはいただいていきます」

「い、今更やってきてなんだというのですっ! もう……もうみんな死んでしまったっ! 助けるつもりならもっと最初から……」

「ああ、助けるよ。俺は俺の助けたい人を助ける。今回は白菊一人を助けたかった。あなたは知ってますよね? 俺って千堂……、山賊なんですよ」

「えっ!?」


 白菊だけが最後まで知らなかった。いや、知られたくなかった。そのことがどうしようもなく、好きだという感情だったのに、気づくのが遅いなぁ、と羅刹は自分で自分を嘲笑った。


「だから、そもそも親の許可とか求めてないんですよ。すいません、では」

「そ、そんなっ! 白菊! あなたはここに残りなさい! これは命令です!」


 白菊は羅刹と乱菊を交互に見合っていたが、やがて決心したのか。大きく息を吸う。


「お母様。今まで私を育ててくれてありがとうございました。ですが、私は私の道を……歩んでいこうと思います。親不孝な娘で申し訳ありませんでした」

「白菊……」


 乱菊は覚悟を決めた白菊に対し、もう何も言い返す事ができなかった。今まで掟、掟と、不自由な思いをさせている自覚もあった。人並みの幸せを満足に与えられず、本当はなりたくもない忍びの道を極めさせようと押し付けている事は乱菊自身がよくわかってはいたのだ。だから、娘の。娘が本当にしたいことをさせてあげるのが親として最後にしてあげられる事だと考えてしまったのである。


「……ならん」

「!!」


 突如、部屋の奥の方からこの家の家主。破村弁天が血まみれの刀を左右に携えながら、血走った目でこちらの方へとのそのそとやってきた。

 弁天自身に怪我がない事から、仲間の自害の手助けをしていたのだろう。これで、正真正銘、ここにいる者だけが破村の生き残りということになる。


「破村に生まれたからには破村として死んでもらう。それが、先祖代々続いてきた、忍びとしての定め。いくら娘であろうとも、それは変わらない。潔く、我らと死ぬがよい」


 羅刹はこの時点で気づいていた。確かに、上手く話してはいるものの、何者かに操られている独特の気配を感じる。身内にすら気取らせない程のものであるから、吸血鬼にしてはやるな、と感心させられるレベルだった。


「……弁天。娘の事を溺愛していたお前が……お前自身が娘を殺そうとするとは哀れだな。今、楽にしてやる」


 羅刹は手に隠し持っていた小刀の千武を構える。もう迷いはない。今はただ、己が目的の為だけに行動する。


「む、娘……我が娘よ……。白菊……白菊……。わ、私は……なぜ娘を……? 娘を殺す……? 私は……私は一族の為……、ああ、我らは滅ぶ……。それでも娘だけは……娘……ああ、お前だけは幸せに……」

「お父様……」


 壊れたロボットのように弁天は自問自答するように話す。それが逆に痛々しい。羅刹は手に力を込める。


「白菊……弁天はもうダメだ。ここで楽にさせておいた彼の為でもある。いいかい?」

「…………(コクリ)」


 弁天。吸血鬼に魅了されながらも、心の奥底では最後の自我を守り抜いた者よ。敬意を表し、一撃にて楽にしてやろう。


 千堂流 紫式 我流 千殺陣


 "奇跡"を用いない、純粋なる刀の切断、その千斬り。痛みさえ残さない千の刃は肉片さえ残さない。急所を突くのではなく、身体を消滅せる。これを凌ぐには高速で放たれる剣閃を受け止めるか、躱すか、間合いから出るしか道は無い。


「ああ……いや、我らは……我らは滅びなければならぬ……!!」

「……うぐぅ!」

「!」


 羅刹が仕掛けようとした刹那。突如、白菊が苦悶の声を上げる。一旦攻撃を中止した羅刹は倒れこもうとした白菊に駆け寄り体を支える。


「どうした!」

「か、体が……」


 白菊の体からは滝のように汗が絶え間なく吹き出している。この短時間で急激に体調が崩れるなんてことはあり得ない。状況から考えるに敵の攻撃と判断するのが自然な流れだ。

 しかし、いくら羅刹でも異常の原因がわからない。毒であればある程度の知識や対処の仕方はわかるものの万能ではないし、未知の攻撃に対しては正直どうすればいいのかわからない。


「死ねぇぇぇぇ!!」


 隙を見せた羅刹に弁天が飛びかかる。目を瞑っていても普段の羅刹なら余裕で躱せるものではあったが、今は白菊を抱きかかえているし、対処する暇はない。一刻も早く白菊の治療に専念せねばならないこの場では何より迅速な対応が求められる。

 よって、その反撃は速やかに行われる。


「ダマレ」

「……ガ……ガァ……」


 純粋なる殺気。本気で激怒した羅刹は威圧だけで弁天の動きを止め、戦意を喪失させる。白目を剥いて後ろに倒れこんだ弁天の事はもはや眼中にないとでもいうように羅刹は再び白菊に意識を向ける。


「何をされたかわかるか?」

「……(フルフル)」


 もはやマトモに話すことすらきつそうだ。このままじゃ本当にまずいと感じた羅刹はもう一人の仲間に助けを求める。


「真賀里ッ!」

「ほいさ」


 どこから侵入したのか。真賀里は音もなく羅刹の目の前に現れる。その所作はまさしく忍者そのものだった。


「頼む」

「了解」


 詳細を説明せずとも場の気配から一部始終を推察した真賀里は羅刹に抱かれている白菊を見ると、即座に診断を下す。


「……体の中に異物がおるねぇ。血液中にかなり広範囲に入り込んでる」

「治るか?」

「やってみる」


 『存在証明ABC』


 その多様性は実のところ羅刹でも全ては把握しきっていない。真賀里が全部を話していないことも理由の一つではあるのだが、聞いたところで理解できるのかがわからないという事も挙げられる。


「……知覚把握した完了。……確定捕まえた完了。……証明介入した完了」


 真賀里が持っていた小さく細い針を白菊の手の甲にプスっと刺すと、そこから黒い汁のようなものが血に混じって出てくる。羅刹はそれを凝視した。


「……か」

「うん。実物を見たことがないけど、おそらく死刻虫ってヤツ。見えたと思うけど、この水滴みたいな量で致死量になる」


 どす黒い色をした歪な形をした生物の大群。それらがウヨウヨと塊になってそこにいる。はっきりいって気持ちのいいものではない。


「白菊はもう大丈夫か?」

「……いや、あくまで僕がしたのは原因の対処だけ。既に壊されてしまった神経や細胞なんかは治すことができんのよ」

「そう……か……」


 苦しそうな表情が少し和らいだようだが、白菊は意識を失ってしまっている。後はこのまま体力の回復に専念させるしかない。


 それまでの出来事を呆気に取られていた乱菊がようやくここで口を開いた。


「あ、ああ……。私は一体どうすれば……」

「……?」


 真賀里は乱菊を不思議そうな目で見ている。それに気づいた羅刹は首を傾げた。


「どうした?」

「……いや、おかしいとは思ったんよ。外にいる奴らは全員殺し合ってもらったけど、どうも親玉がいないみたいやったしね。こういう場合、リーダーは状況を一番把握できるところか最前線にいるもんだ。そして、この場合は……」

「……な、何だというのです?」


 真賀里が乱菊に詰め寄る。


「こういう事さ」


 ドン!


 乱菊の髪を掴んで無理やり立たせた真賀里はそのまま腹に強烈な一撃を加える。そのまま後ろの壁まで吹っ飛んでいった乱菊は胃液を盛大に口から吐き出した。


「グへぇ!!」

「いくら魅了するっていったって、近くにいないと上手く操れないだろうしねぇ。それに、死刻虫をあらかじめこの子の体内に仕込んでおいたにしろ、発動させるタイミングは間近にいないと出来ない芸当。もういいよ、いい加減でてきな?」


 にゅるり。


 気絶した乱菊からが幽体離脱するかのように出てきた。それはとても美しい顔立ちで豊満な肉体を持つ、黒い翼が生えた吸血鬼そのものだった。


「……はぁ、お腹。とても痛かったわぁん……。でもそれより、どうしてわかったのぉん?」

「僕の"奇跡"の第一段階。存在証明A。それは、全ての生物。事象。存在。ありとあらゆるものを知覚する便利な能力なんよ。一つの魂と体に折り重なるようにもう一つがあるとするなら、それは……憑依。君の能力は魅了と憑依だね?」

「うふふ……。まぁまぁ、当たりも当たり、大当たりよぉん。私は神道。神道愛理。愛理って呼んでねぇん」

「きっつ」


 真賀里は思った通りの事を口に出した。


「……へぇ、そう。でも、もうあなた達に勝ち目はないのよぉん? いくら千堂とはいえ、死刻虫の排除は出来ても、侵入は感知できないみたいだしぃん。そして、それはもう終わってるわぁん?」

「そっか……。じゃあもういいね。千の道は鎌の道。"異端狩りの千堂"。"二十八の鎌"。千堂真賀里。僕の鎌は見えない鎌。あらゆる事象に鎌をかける実体のないの鎌に、知覚できない実体のある鎌を使い分ける二刀流の鎌の使い手なんよ」

「?」


 神道愛理は子供の千堂の言っている事がわからないでいた。だが、既に攻撃を完了させている神道は既に気を取り直し、勝利を確信して二人の敗北を嘲笑う。


「……あなた達の体内にはもう死刻虫が入っているわぁん。その子とは違う、特別製の死刻虫。発動から死に至るまでおよそ一秒。いくら千堂でも、そうなればどうしようもないわよねぇん?」

「うんうん、そうだね。

「何をさっきから……。もういいわぁん。無様に死になさぁい?」


 死刻虫を発動させる。しかし、数秒経っても羅刹と真賀里に変化が見受けられない。


「な、なんでぇ!?」

「言ったでしょ? 僕の鎌をかけたんだよ」

「へ!?」

「敵の次の行動を。千堂が相手であるならば普通の異形は撤退を選ぶ。だが、君はそうしなかった。それは、千堂でも勝てるっていう目算があったんだろう? そっして、その手段がこの場合死刻虫だろうって」

「で、でもそんな素振り、今までしていなかったじゃなぁい!!」

「そこで僕のもう一つの戦闘スタイルさぁ。僕は他の千堂と違って戦闘のほとんどを千武に頼る。多種多様な千武はほとんどが自立式。僕の意のままに動いてくれる優れものさ」


 部屋のあちこちからカサカサという音やダンダンという激しい音が響く。その数は未知数。とにかく、たくさんいるという事だけはわかる。


「み、見えないわよぉん!!」

「存在証明C。そこにいるという事を証明するために音だけ証明したのさ。でも、普段は音も、匂いも姿かたちも見えないから安心してね?」

「く、クソぉォぉォぉォぉ!!」


 気が狂ったように神道は真賀里に飛び掛かる。口からは鋭い犬歯が獲物をかみ砕こうとし、手から生えた鋭利な爪は敵を八つ裂きにするために鋭くとがっている。千堂の中でも自身の戦闘力が低い真賀里であるならば避けるのは五分五分という所。しかし、真賀里は仁王立ちで待ち構え、右手をグーにして頭上に上げる。


 その意味不明な行動に違和感を覚えたが、神道に他の選択肢はない。だから、真賀里が上に上げた右手を斜め下に降ろした時、体が真っ二つになったことを実感するのに時間を要した。


「ぎ、ギャァァァァァァァァ!?」

 

 上半身と下半身が分かれている。血がものすごい勢いで流れ出し、地面に大きな血だまりを作る。神道クラスの吸血鬼ともなれば、この状態でも身体の再生は可能だ。十秒もあれば完治してしまう。しかし、千堂の武器は特別製。再生阻害の概念付与はしっかりと為されている。


「ど、どうやっででででぇぇ!?」

「曲がりなりにも鎌使いだからさぁ。見えない千武っていったって鎌をもってないと恰好がつかないでしょう? 見えないし音もしないし匂いもしない。相手に絶対に気づかれない攻撃方法さ」

「だ、だがぁそれだどおばえにぼぉぉぉぉ!」

「僕にも扱えないって? 答えはさっきちゃんと言いました。おバカなその頭はもういらないね」


 グチャッ!


 気色の悪い音を立てながら神道愛理の頭部は破裂した。今度は真賀里は指一本動かさず。


「終わった……のか……?」

「うん。これにて吸血鬼の討伐は完了ってとこやねぇ。で、どうする?」


 真賀里は泡を吹いて気絶している破村弁天、乱菊の二人を見下ろす。どうする。とは殺すのか?という意味合いである。いくら正気を取り戻したところで弁天は他の破村を殺してしまっている。乱菊も夫が死ねば後を追うだろう。であるならば、気絶している今、息の根を止めてしまった方が楽に逝ける。そう思ったのである。


「……真賀里でなんとかできないか?」

「なんとかって?」

「全部なかった事にしてほしい。できるか?」


 真賀里は羅刹をじっと見る。確かにこの二人の意識に介入すればそれは可能ではある。だが、言いたいことはそれだけではないように感じた。


「……その白菊もかい?」

「ああ」


 羅刹は腕抱かれてすやすやと眠っている白菊の髪を撫でながら愛おしそうに顔を眺める。


「俺でもわかる。彼女はきっと目が覚めても満足に体を動かせないって。里に戻ってもきっとこれは治らない。だから、出来れば白菊にはここで、家族と一緒に平和に暮らして欲しいんだ」

「……いいの? 出来なくはないけど、その場合、羅刹の事も忘れさせないといけないけど」

「構わない。白菊の体を治す方法が見つかれば、その時またここに来て、彼女に気持ちを告白する。何年かかろうと」


 真賀里はそっか、と一言呟くと、懐から一つの瓶を取り出して白菊の口にそれを含ませた。


「それは……、ああ、真賀里がここに来た理由って」

「うん。僕の目的は初代千堂のメンバー。毒使いの破村の遺書とこの生命の雫なんよ。この生命の雫は他の異形に使われるよりは仁の里で保管した方がいいと思っとったけど、彼女がせめて餓死しないようにするにはちょうどいいかもだからね」


 心なしか白菊の頬に赤みが少し戻ったように感じる。これなら満足に食べ物を摂取しなくても生き永らえる。


「あ、三人の意識の変革は可能だけど、破村としての……。忍びとしての記憶はどうするん?」

「そうだな……。無くしてしまった方がいい。これ以上、掟で自害されても困るし」

「そうだね」


 結局のところ、破村は破村自身の掟で一族は滅んでしまった。位の高い者の命令は絶対という理不尽な掟のせいで。


「それで、羅刹は白菊の体を治す手がかりを見つけに旅に出るのかい?」

「ああ。それもあるけど、それともう一つ目的が出来たよ」

「どんな?」

「白菊は掟が嫌いだったけど、忍者は好きそうだったんだ。俺を仲間に誘おうとして事もあったからね。だから、俺は忍者になるよ」


 山賊が忍者になる。おかしな話ではあるが、初代千堂の毒使いが破村であったことを考えると変ではないのかな、と真賀里は心の中で思った。


「山賊で忍者かぁ。それならもっと忍者っぽくないとね。そうそう、小夜さんに色々聞けばいいよ。あの人詳しそうだしぃ」

「そうだな。いや、そうでござる、かな?」

「ははは、そうだね。形から入るのが大事だよねぇ。今度会うときは白菊に笑われないようにしないとね」


 今度会う時、か。それはいつの事になるのだろうか。数年先か、数十年先か。失った神経を再生する方法なんて簡単には見つからないだろう。国内、いや、世界規模で探さないと見つからないかもしれない。だが、見つけたその時は……。


「今度もいい返事が聞けるといいよねぇ」

「それまでは我、忍ぶでござるよ」

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紅い騎士の物語 麒麟山 @kirinzan

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