第34話 千堂狩り④
千堂ヒカリは何も武器が無い状態ではあるが、この戦いに負けることはないと思っていた。
『弱点に至る一撃』はどんな攻撃であれ、ヒカリにとっての弱点になってしまう。更にこちらの攻撃はただのパンチや蹴りでさえ致命傷へとなりえるのだ。逆に負けようとすることの方が難しいだろう。
それに、海藤宗吾は剣を握っている。あの剣にどんな効果があるのかわからないが、おおよそヒカリを傷つけられるものとは到底思えない。
海藤はヒカリの様子を観察し、その余裕の態度に違和感を覚えたのか。剣を構えるのをやめ、ヒカリに話しかける。
「お前……何か特殊な”奇跡”があるな?」
「!」
よく考えれば当たり前の事ではある。剣を持った相手に対し、丸腰で挑んでおきながら焦らないというのは不自然極まりない。何かあると考えるのは当然といえば当然だ。
「……いいだろう。お前の”奇跡”がわからない以上、こちらも"奇跡"を使わせてもらう」
「!! なんだ!?」
ゴゴゴゴゴゴゴ…………
突如として、周囲の景色が真っ白に染まる。空が消え、グラウンドの地面だけが取り残され、ここに存在するのは海藤とヒカリのみになってしまった。真っ白に染まってしまったせいでこの空間の広さがわからない。間合いもわかりづらくなっている。
「これは私の"奇跡"。『白い剣戟』。この空間では刃物だけしか相手を傷つけることはできないし、俺が解除するか、どちらかが死ぬまではこの世界は終わらない。剣術だけが俺の取り柄である以上、俺に向いた"奇跡"と言える。さぁ、どうだ。これでお前の"奇跡"は役に立たないだろう?」
「け、剣って僕は丸腰じゃないか!」
「はぁ?当たり前だろう、そんなこと。用意してないお前が悪い」
し、初見殺しにもほどがある!じゃあこの世界って僕の『弱点に至る一撃』って使えないのか!?
「……ちなみに僕の"奇跡"って本当に使えないの?」
「当たり前だ。どんな物かは知らんが、剣に関係する"奇跡"でなければ使えないに決まってるだろうが。仮にあっても何もないお前なにもできん。大人しく斬られろ」
…………嘘だぁ。
もはや会話の必要はないと判断したのか。海藤は剣を下に構えながらヒカリに突っ込んでくる。ヒカリはとりあえず逃げるしかないと思い、背中を見せないようにしながら後ろ向きに走る。
「……器用な奴め。しかし、同じ千堂である以上、私とお前の身体能力に大きな違いはない筈。そのままでは前から斬られるのがオチよ」
海藤の言う通り、二人の距離はどんどん縮まっていく。ヒカリの方が逃げる態勢が悪い分、両者のスピードに差が出るのは必然だ。そして今まさに海藤の剣がヒカリを捉える。
「……セィ!」
「うぉっと!」
下からの斬り上げを体を横にして躱す。避けられた海藤は追撃とばかりに今度は上から斬り捨てようと剣を振り下ろすがまたもヒカリは体をかがめて剣を躱す。
その一方的な攻撃に対し、ヒカリは器用に紙一重で躱す。身体能力に差はないとはいえ、剣術を習ってないヒカリの方が圧倒的に不利ではあるが、なぜか考えるよりも体が反応してヒカリは避ける。
「……やるな。素人でないのか?」
「素人だよ!バリっバリの! 自分でも不思議だよコンチクショウ!」
避けれてはいるものの、ヒカリには依然として攻撃手段がない。海藤のいう事が正しければ、たとえ、ヒカリが体術で海藤を攻撃したとしても効果はない筈だ。刃物を持ってないヒカリにとってこの時点で詰んでいる。
「……ええぃ!まどろっこしぃ!二刀流でどうだ!」
「はぁ!?」
海藤を正面からしか見ていないヒカリにはわからないかったが、海藤の背中には更にもう一本の剣が装備されていたようで、それを取り出した海藤は二刀流の構えをとる。
「……おら!おら!おら!」
「やっ!めっ!てっ!」
手数が二倍になった分、ヒカリは完全に躱すことが難しくなる。足が、手が、胸が。剣に軽く斬られそこから血が滴り始める。
「クソ!本当に僕の"奇跡"は使えないのか!」
上に、下に、右に、左に。
様々な方向へ体を動かして躱そうとするが、二本の剣相手だとどうしても食らってしまう攻撃が出てくる。ついに頭に対しての斬撃がヒカリに繰り出される。
シュン!
「あっぶなっ!」
何とか致命傷は避けることが出来たが、ヒカリの眼帯の紐が斬られ、右目の眼帯が外れてしまった。
はらりはらりと眼帯が地面に落ちる。僕からは見えないが、当然、海藤からは僕の赤い刻印が見えるわけで……
「! 貴様!刻印が目にあるのか!」
「あるけど……それがどうかした?」
「…………よく考えたら何もなかった。珍しいってだけだ」
なんじゃそれ…………
「しかし、影虎様と同じ目の刻印とは……、赤なのが気になるが……、うん?赤?じゃあ刀剣の赤じゃないのか?」
「うん。そうだよ」
「? ではなぜ武器を持ってない?」
「ああ、僕そういうの関係ないから」
「??」
混乱するのもわかる。僕も説明された時にちょっと意味わからなかったし。でも、仕方ないじゃん?そういうもんなんだから。
「いい加減な奴め……、しかし、どちらにせよお前に勝ち目はない!」
再度、海藤は僕に向かって剣を振るう。わかっている。このままじゃやられるってことは。でも、どうしようもないじゃないか。武器がないんだから……
『ないなら奪え』
!?
突如としてヒカリの脳内に誰かの声が響く。今まで聞いたことがないその声は、幻聴ではあるものの、確かにはっきりと聞こえたような気がした。今の記憶にないという事は、昔の。記憶を消される前の出来事なのかもしれない。おそらくはシスターに消されなかった封印された記憶。自分が自分でなかった時の思い出の余韻。
心を静める。
そうだ。この場に剣は二本ある。相手が二本持っているのであれば、僕にできる事は奪うことだけ。相手の剣を躱すだけでなく、その剣を奪いとるのは並大抵の技術ではできない。しかし、この場ではそんな泣き言は通用しない。実戦はいつだって本番で、本番はどんな時も命がけだ。それは変わることのないこの世のルール。勝たなければ全てが終わる。
繰り出される剣の軌道を予測する。
動きは単調。フェイントもない。こっちが丸腰だからであろうが、剣は大振りで当たれば必殺。小細工無しの真剣勝負。反撃されることがないのでこんな攻撃でも策としては悪くはない。思い切りのいい太刀筋だ。
攻撃のタイミングを予測する。
大振りであろうが、剣速は最速。油断したら一瞬であの世に行く。今まで避けられていたのは勘によるところが大きい。けれど、その勘もいつまで続くのかわからない。向こうもこちらのよけ方を学習してきているのでいずれは斬られてしまうだろう。
相手の呼吸を自分の呼吸と同調させる。
避けるだけではない。剣を奪い取る。その為には相手と動きを合わせる必要がある。相手の行動の模倣。相手の思考の同調。相手の性格の掌握。それらすべてをこの一瞬で行う。
相手の間合いの外に逃げるのではなく、こちらから攻め込む。剣を突き出されたところを紙一重の差でよけながら体の内に入り込み、そのまま相手の剣を握っているところへ自分の手を差し込みながら剣を奪う。海藤の驚いた表情を尻目に、僕は腹に蹴りを放つ。しかし、僕のキックは相手に何のダメージも入らずに、巨大な岩を蹴っている感覚しか感じられなかった。仕方ないので、蹴りの威力を利用して僕は海藤から大きく距離を取る。
「…………ふぅ」
「き、貴様! 私の武器を奪い取ったなぁ!」
今起こった出来事が信じられないというように海藤はヒカリに向かって叫ぶ。圧倒的に優位な状況から途端に形勢が五分五分になったことに対する焦燥感がそうさせているのだろう。それに、素人だと侮っていた相手から自分の武器を取られたことが何よりも海藤のプライドを傷つけていた。
「僕ってさ、昔の記憶が無いんだよね」
「はぁ?」
「だから、今の僕の記憶では剣術を習ってたことは絶対にないんだけど、多分、昔の僕は剣術は習っていたんじゃないかな」
記憶は無くても感情や経験は体に残っている筈だ。そうでなければ今のように体が自然と動くことなどあり得ない。一度身についた技術というものは簡単に無くなったりしないだろう。
海藤はふぅ、と息を吐くと剣を正中に構え、足を前後に開き、ヒカリを殺気たっぷりの目で睨めつける。きっとそれが海藤にとっての本当の意味での真剣勝負なのだろう。舐めていた相手から一気に油断ならない相手と判断したのかもしれない。
ならばこちらもと、ヒカリも腰を落とし、剣を腰の後ろに回すことで剣筋や間合いを見せない構えに持ち替える。向こうが剣道の構えで来るなら、こちらはそれ以外の構えで相手を翻弄するしかない。
勝負は一瞬。刹那の時間。二人の剣士は瞬きすら忘れてその時に備える…………
学校の職員室。昼休みの時間帯は基本的にすべての職員がそこで昼食を摂るようにしていた。
多忙な毎日を極めている教師たちにとって、昼休みはひと時の休息であり、次の授業の準備の時間でもある。その時間がたったの四十五分しかないというのはヘビーな話であり、外出して昼食を摂る時間などある筈もない。よって、持ってきたカップ麺や弁当をもそもそと食べることしかできないのは必然といえるだろう。
そして、ヒカリたちのクラスの担任である
生徒達からは『善じぃ』というあだ名で陰から呼ばれている通り、三十七歳という年齢の割には老けている相貌をしている久米島は何をするにもダルそうな声音で話す。
学校の先生に就任した当初は希望に満ち溢れ、生徒たちと仲良く交流を深めながら、ともに問題に立ち向かい、正しい道を諭すような教師にあこがれていたものの、実際に働いてみると真っ黒な部分ばかりが目に付く。
いくら真剣に授業を行っていたとしても、半分くらいの生徒は授業に集中できていないし、優しく注意をしようが注意されることに対する嫌悪というのが生徒達にもあるわけで、当然、その日以降から不機嫌な態度をとられることが多い。
生徒たちと仲良く話そうと努めてみても、高校生ともなると、先生という立場だけで逃げていかれることも多々ある為、そもそも交流の機会すらないのが現状だった。
問題は生徒だけではない。生徒の家庭にもまたドロドロとしたものが出来上がっている。生徒間同士の家族で不倫があったり、母子家庭や父子家庭、再婚、離婚のオンパレード。それに伴い、生徒がグレたり、非行に走ったり、最悪なのが警察の厄介になったりすることもある。これを日々のブラック業務の中でこなしていかなければならないので本当に辛い。そして、毎週行っている小テストがなんらかの用事で中止になると、生徒達からは拍手で喜ばれるので教師としては複雑極まりないのだ。
そんなこんなで、長年教師を勤めていると就任当初にあった熱いものがなくなるのは当然のことで、今では日々何も問題が起きずに平穏な毎日を送れるように願うばかりになってしまった。幸い、今担当している二年五組はごく普通の生徒達ばかりで安心している。しかし、それでも自分が教師として真っ当に勤め上げられているとは口が裂けても言えないわけで……
「あー、教師やめてぇー……」
教師らしからぬ言葉がつい出てしまった。すると、隣に座っていた一年三組の女性教師、
「……久米島さん、そういう事は思っていても言わないでもらえるかしら?」
「はい、すいません……」
松永という女性教師は正確な年齢はわからないが、四十は越えているということで、一応先輩に当たる教師なのだ。髪をきれいに結っており、眼鏡をかけたその表情からは一切の不義理は許さないといった信条が見え隠れするほどキツめの印象を受ける。これで家庭を持っているというのだから、世の中何が起こるのかわかったものではない。家庭では旦那が肩身を狭い思いをしながら生活しているのが目に見えてわかる。
そういえば、一年生の間でいじめ騒動が囁かれており、その問題が最近解決したとのことで、二年生である自分にもその情報が流れてきた。
かなり陰湿ないじめだったようなのだが、教師が現場を見ていないことと、いじめの主犯格の親がかなりの権力者であることから手を出せないという話だった。こんな時、生徒にとって教師しか助けられる存在はいないのだが、その教師にも立場というものがある。仮に助けられたとしても、教職を失うことを考えたら下手に動くことはできない。
並大抵の努力では教師という職業はなれないことから、ほとんどの教師は
その問題のクラスの担任の教師も、若いながらに頑張って解決しようとしていたようだが、結局のところ何もできずにいたようで、周りの先輩教師から飲みに誘われて愚痴をこぼしていたそうだ。でもそんなことしても問題は解決しないし、寧ろ、周りの先輩教師が助けてやれよと思わなくもないが、自分がその立場だとそうしていたかと言われると、断言できないので、結局我が身が一番大事なのだと痛感してしまう。
だから、この事件が解決したのが生徒達の努力によるものだと聞いた時には納得してしまったものだ。生徒たちの問題は生徒たちで解決する。聞こえはいいが、教師は無能だと言われても仕方がないことでもある。実際、教師は無力な部分が多い。
しかし、驚いたのは、その解決したのが自分のクラスの生徒である五条巴と千堂ヒカリだというのだ。正確には一年の千堂小雪も関わったそうだが、それでもうちのクラスの生徒が解決するというのは意外だった。特に、千堂ヒカリは普段目立たない性格であるから、この件に関わる理由なんて特にない筈なので、少し見直した。
本当に自分は何もしていないんだけどなー。
学年やクラスを越えて生徒が生徒同士で問題に解決する。やっぱり、教師というのはただの事務員と変わらないのではないかと思ってしまうのである。
「はぁ……………」
「………………」
大きなため息をつくと、隣の松永先生に見られるが、この際どうでもいい。やる気を失った教師なんてこんなものだ。自分の事は放っておいて欲しい。
しかし、さっきから廊下の様子がおかしい。詳しくは騒がしいというのが適切だろうか。キャーという女生徒の叫び声がけたたましく響いている。困ったものだ。高校生にもなって昼休みをマトモに過ごすことができないなんて。ここはいっちょ教師の仕事をしてみましょうかね……
廊下のドアの方へ歩み寄る。周りの教師の視線もこちらに集まるが、自分が動いたことで他の教師はせっせと各々の作業に戻りつつあった。まぁ、叱る教師は一人でいいからね。
ガラララララララ
ドアを開けようとしたら廊下の方からドアが開けられる。目の前には魔女のコスプレをした女性と、神父のコスプレをした男性が立っていた。神父はともかく、魔女の方は絶対にコスプレだろう。というかこの人達誰?
「ええっと……どちら様ですか?」
「初めまして、私はアンネ。突然だけどこの学校を包囲したから」
「は?」
この女性は何を言っている?包囲?
「いけませんよ、アンネ。物事には順序というものがあります。初めまして、私は粛清隊の枢機卿。ユリウスと申すものです。突然ですが、この学校の制圧に参りました」
「???」
粛清隊?枢機卿? それに学校の制圧?意味が分からない。
「ええーっと……これは何かのドッキリでしょうか?それとも、何かの撮影……?」
それを聞くと、二人はクスクスと笑いながらこちらを見る。
「まぁ、信じられないか。もうめんどくさいからやってもいい?」
「ええ。では、私の部下にはこの学校の周囲を囲むように指示してありますので、あなたは手筈通りに内部の制圧を行ってください」
「?」
バリィィィィィィィィィン!
途端、職員室の窓から表現しきれないほどのバケモノ達が流れ込んできた。その音にびっくりした他の職員たちは一層パニックになる。
「キャーーーーーー!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「な、なんだお前らはぁぁぁ!!」
とりあえず、窓から離れ、廊下の方へと向かってくる職員たち。久米島も廊下に逃げようとするが、目の前のアンネとユリウスの二人組が邪魔して通れない。
「ちょ、ちょっと!どいてください!」
「お、いいの?どいても」
「は?」
久米島は二人の後ろにもそのバケモノが何体もいることに初めて気がついた。
「あわわわわ……」
驚き過ぎて腰を抜かす。それを滑稽そうに二人は見下ろしていた。
「所詮、一般人なんてこんなものよねぇ……。まぁ、この学校に千堂がいるのだから、人質として生かしておくか」
「千堂……千堂ってヒカリのことか……?」
「ヒカリ……?あんた千堂を知ってんの?。これは好都合。この男は人質として有効に活用しようか」
しまった!と久米島は思ったがもう遅い。一度口から出た言葉は戻ってこない。アンネという女性の後ろからバケモノがやってきて、久米島を拘束すると、今度は神父姿のユリウスが混乱している教師たちに向かって話す。
「いいですか?あなた達に危害を加えるつもりはありません。大人しくしていただけるのでしたらそれで結構。もし抵抗するのであればそれでも構いませんが、どうなるのかは……わかりますね?」
「「「「「…………」」」」」
「よろしい。それでは、みなさん大人しくしておいてください。今は……」
ユリウスが喋っている途中でピンポンパンポーンと校内放送の音が聞こえる。
「…………みんな!見ての通り、校内にバケモノの集団が出現しているの!一刻も早く屋上へ上がってきて!」
それは女子生徒の声だった。どうやら屋上への避難を促しているらしい。この状況下で行動できるとは。冷静な生徒がいたものだ。
「…………上川?」
それは例のクラスの若い教師の声だった。上川って……、あのいじめの主犯格の子じゃなかったか?そんな生徒がこんな非常時に動けるものだろうか?それに、まだ一年生だというのに……
しばらく放送が流れ、別の声も聞こえる。それはたどたどしい話し方だったが、勇気を振り絞っているような話し方だった。
「上川に近藤……二人がなんで……」
またも声が聞こえる。上川に近藤?いじめの加害者と被害者だったような。事件が解決したとはいえ、仲良すぎないか?本当にいじめはあったのか?
職員の混乱はともかく、アンネとユリウスは放送から屋上に生徒が集まっていると判断し、行動に移そうとする。
「どうやら屋上に行くようだね。ユリウス」
「そうですね。この場はこいつらに任せていきましょうか」
も、もしかしてこれはチャンスでは?
「あ、あんたら逃げようとしたらこいつらは問答無用であんたら殺すから。逃げないほうがいいよー」
!!
「じゃあねー」
アンネとユリウスが廊下の方へ進む。しかし、その二人の歩みが急に止まった。
「? あんた誰?」
姿は廊下の壁に阻まれて見えないが、誰かがそこにいるようだ。おそらく、混乱している生徒に違いない。教師を頼って職員室に来たのだろう。だが、ここはおそらく一番危ない場所。早く逃がさないと!
「……君ぃ!今この場所は危ないんだ!早く逃げなさい!」
バケモノに拘束されているとはいえ、話すことはできる。大人しくしていろと言われたが、こんな時でさえ保身に走ってはいけない。いや、保身なんてどうでもいい!人の命は平等なんだ!生徒だからとか教師だからとかではなく、人としての誇りの為に動かねば!
すると、そこにいるであろう人物から声が聞こえる。
「あらまぁ、只人の学校にも優しい先生がいるのね。これは意外だわ」
それは女性の声だった。声は高く、透き通るとうな美声であることから、高校生らしからぬトーンでもある。
「……あなたは誰なんです?」
ユリウスの声が聞こえる。その問いにクスクスと謎の女性の笑う。
「いいのかしら。そんなことを聞いても」
「……あんたこの学校の学生服着てるけど、二十代越えてないか?」
ピキィ!と何かにひびが入る音が聞こえる。
「……女性だからって女性に年齢を聞くのが失礼に当たらないなんて思わない方がいいわよ?」
「そうかい。でもどうでもいいや。これから死ぬ女のいう事なんか聞く気なんてないね」
「そうね。それは私も同意だわ」
なんだ?なんでそこにいる女性は逃げない?
「めんどくさい、この女を始末しな」
バケモノがゾゾゾとうごめく音が聞こえる。もはや、助けられない。そう諦めた時、不意にそのバケモノの動きが止まる。そして……
バシャァァァァァ!
そのバケモノと思しきものが破裂する音が聞こえた。
「…………は?」
「…………へ?」
アンネとユリウスの素っ頓狂な声が聞こえる。その様子を、見えないにしろ職員は全員黙って見つめている。何が起こっているのかわからないが、状況を見極める為に今は黙って動かないのが最善だと判断したのだろう。
再度、女性の声が聞こえる。
「……自己紹介がまだだったわね。千の道は毒の道。”異端狩りの千堂”。”一の毒”。千堂小夜。この度は私の愛弟子に会いたくて参りましたの」
こつん…こつん…こつん…、と千堂小夜がアンネとユリウスに歩みよる音が聞こえる。それに怖気づいているのか、二人が後ずさっている様子も気配でわかる。
「夢幻を驚かすつもりが妖魔もどきの集団に遭遇するなんて。まったくついてないわ。勿論、一番ついてないのはあなた達の方だけど」
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