第33話 千堂狩り③


 海藤宗吾かいどうそうごという男は見るからに剣道部という恰好をしていた。


 黒い道着に黒い袴。高校生の剣道部をそのまんま体現したかのような服装は、防御力に不安がありそうな感じではあったが、おそらく動きやすさを重視した装備となっているのだろう。しかし、手に持っているのは竹刀や刀ではなく、黒い刀身の両手剣。そのアンバランスさが一層異様な雰囲気を醸し出す。


「……どうした?名乗りはあげないのか?」


 男のくせに髪をポニーテールで結んでいる海藤は挑発するかのように僕らに語りかける。刻印がある以上、この男は"奇跡"を使える筈だ。千堂同士の戦いなんて予想がつかない。激しい戦いになりそうだ。


「あなた千堂なの? なんで千堂が千堂を殺すのよ」


「……理由は簡単だ。我らは復讐者。この世の全ての理不尽を拒絶するもの。この町の人間に対する復讐は勿論のこと、千堂などという理不尽の権化を抹殺するのも『アヴェンジャー』の目的でもある」


「そう……。あなたははぐれ千堂?」


「はぐれ千堂? そんなものではない。私のこの力は全て影虎様にいただいたもの。つまり、生粋の千堂ではない私達にはお前たちの道理など知ったことではない」


「「「!!」」」


 千堂の力を……もらった……? 影虎という人に……?


「そ、そんな……嘘よ! 刻印は千堂の血筋しか現れない筈!」


「だから言ったろう?お前たちのルールに私達は従わないと。もういい、これ以上は時間の無駄だ。アンネとユリウスは校内にいる生徒の抹殺に動け。私はこいつらを足止めする」

「仕方がないわね」

「わかりました」


 !!


「そうはさせないわ! 私と夢幻があいつらの排除に当たるから、ヒカリはこいつの相手をしてて!」

「了解」

「わかった!」


 魔女のアンネ、粛清隊のユリウスたちは戦闘範囲を校内に移動していった。僕は僕でこいつを足止め……いや、倒さないと!


「ヒカリというのか……。片目を眼帯で隠した状態で私と戦うとはいい度胸だ。丸腰でどこまでやれるかな?」


 そう言うと海藤は再び剣を上段に構える。この人は本当に武道をかじっているのかもしれない。気を引き締めないと。


 後ろからは外の様子に気づいたのか。生徒たちのキャーという悲鳴や、ドタドタと走り回っている音。そして、小雪さんと夢幻君の激しい戦闘音が響き始める。キーンコーンと昼休みの時間が終わるチャイムが学校中に鳴り響く。五時限目はとんだ時間になりそうだ。












 千堂小雪は焦っていた。


 本来、一対一であれば千堂は負けることはない。しかし、こんなにも敵の数が多いとどれから対処すべきか迷ってしまう。


 夢幻とははぐれてしまった。いや、正確には別れるように分断された。当然といえば当然だ。敵は何も二人だけを攻撃する必要が無い。目的が人間の抹殺である以上、千堂だけに固執せずに数の暴力で制圧した方がいいに決まっている。よって、二人しかいない現状では、離れて防衛した方が効率はいい。


 今は、校内にいる生徒を守るため、形状変化で建物を要塞化しているところだ。こんな時に五条がいれば生徒の誘導を手伝ってもらえるのだが、五条は夢幻が眠らせてしまったため、屋上で日向ぼっこをしている。


「キャーー!」


「もう!みんな一か所に逃げといてよ!」


 校内に入り込んだ妖魔と妖魔の合成体。妖魔キメラが一階の廊下に取り残されている女子生徒を今まさに襲おうとしていた。


『千堂流黒式 修栄直伝 破裂槍』


 学校の壁の素材から一本の槍を作り出した小雪はその槍をキメラに向かって力いっぱい投げる。


 シュッ!  ドシュ!


 身体の中心に刺さったであろうその槍は妖魔キメラを殺すには至らず、痛覚がないのか。痛がる素振りさえ見せずに、目の前の女子生徒を襲おうとする。

 女子生徒はもはや悲鳴でさえあげることができない。そのまま襲われるかと思いきや……


 ドン!  バシュ!


「グガァァァァ!?」


 突如、その刺さった槍が形状を変化し、妖魔キメラの腹の中からいくつもの棘が飛び出る。流石に痛覚がなくとも、体の中から串刺しにされてはたまらないのか。雄たけびを上げる。


「邪魔!」


「グ」


 小雪は教室のドアを形状変化させ、即興の斧を作り出すと、妖魔キメラの頭と思しき場所を斧で叩き斬る。妖魔キメラは最期の断末魔さえマトモにあげることが出来ずにそのまま絶命した。


「ヒィィ……」


 女子生徒はその血しぶきを間近で大量に浴びてしまい、そのまま白目を剥いて気絶してしまった。小雪はそれを見ると、ため息をついてその女子生徒を背負い、すぐ近くにある教室の隅に隠し、教室を形状変化させて外から侵入できないように改造する。


「…………おそらく他の生徒は屋上の方へ向かったわね。外に逃げようとしてももうすでに囲まれちゃってるから仕方がないんだけど」


 窓から見える景色には、妖魔キメラに食いつくされたであろう生徒の死体が何体か転がっている。妖魔キメラの死体が無いことから一方的に虐殺されたのだろう。いくら千堂が只人に対してそこまで興味がないとはいえ、この光景は目に余るものがあった。この虐殺に粛清隊が絡んでいるというのも解せない。


「…………許せない。何が復讐者よ!絶対にぶっ殺してやるわ!」


 手に持った斧に力を込めて屋上への階段を上ろうとした時、不意にピンポンパンポーン、と校内放送が流れる。


「…………みんな!見ての通り、校内にバケモノの集団が出現しているの!一刻も早く屋上へ上がってきて!」


 その声は小雪も聞いたことがある声だった。以前、近藤美咲をいじめていた生徒の一人だったような……


「屋上に逃げ込めば、このバケモノたちを倒してくれる人達が守りやすくなる筈だから!お願いだから屋上に上がって来て!」


 確か……上川って子だったかしら……?


 何故、彼女が積極的に呼びかけをしているのだろうか。小雪が不思議に思っていると、校内のいたるところから生徒たちの不満声があがる。


「……あいつ上川だろ?適当なこと言ってんじゃねーよ!」

「あの子確か近藤さんをいじめてた人だよね……」

「もしかしてこの騒動に何か関係があるとか……?」


 口々に上川に対して疑惑の声が向けられる。


「……どちらにせよ、このままじゃ生徒たちがバラバラになってしまう。そしたら守れるものも守れないわ」


 小雪はさっきと同じ要領で、効率は悪いが片っ端から助けていく方針に切り替えようとする。しかし、校内放送は終わってはいなかった。


「……お願い……、みんな……。いう事を……聞いて……?」


 それは、上川にいじめられていた女子生徒。近藤美咲だった。彼女がこんな人前で話せる性格だったことに小雪は驚く。


「……この学校には……陰で町の安全を守ってくれる人たちが……いるの……。その人たちは……、今も……戦っている……。みんなバラバラだと……みんなを助けられない……」


「「「…………」」」


 校内の生徒たちは黙って近藤の話に耳を傾け始めている。上川との対比で近藤の話を聞いてみようと思っているのかもしれない。


「その人たちに……私達も……助けられたの……だから……今はお願い……!」


「……でもなぁ、簡単には信じらんねーよ」

「お願いって言われてもねぇ……?」

「そもそもなんであの子たちが呼びかけてんの?意味がわからないわ」


 近藤の呼びかけでもこの事態に対する不信感は拭えないようだ。少なくとも何名かの犠牲が出た以上、自分の身は自分で守った方がいい。そう考えてしまうのも仕方がないのかもしれない。だが、彼女たちは諦めない。


「……私は……私は今まで人を利用して生きてきた」


「は?どうしたんだ?」

「急にそんなこと言って何のつもり?」


 突然の告白に生徒たちは困惑する。しかし、それでも上川は話を止めない。


「お金で得た地位を当然の権利だと思い、自分が為すことは事は全て正しいのだと、この世のシステムだと思ってたの。それがたとえ親のお金だろうと、権力だろうと、自分が使える物だったら、自分の物だと思ってた」


「「「…………」」」


「でもね、ちょっと前にそれが上手くいかなくなって、死にかけることがあったの。その時に、やっとわかったわ。自分が間違えてたって。自分はみんなと同じ高校生で、特別な力なんて最初からなかったんだって」

「優菜……ちゃん……」

「ええ、美咲。その時に間違いを間違いだって全力で教えてくれたのが彼らだった……。名前を言わない約束だから言えないけれど、彼らならこの事態をきっと救ってくれる筈。だから……だからお願い!人にどうこう言える立場じゃないけど……、それでも今だけは!今だけは信じてほしい!お願い……お願いだから……!」


 顔は見えないが、その声だけで上川が涙ぐんでいることがわかる。しかし、生徒達の様子はそれでも変わらず。


「反省したから信じろって事?」

「都合よすぎな気も……」

「結局、自分で考えて行動した方がよくない?」


 ああ、もうダメかも、と小雪は諦めようとした。その時、


「……もっと人を信じてよ!」

「み、美咲?」

「こんな時ぐらいもっと人を頼ってよ!人を信じてよ!わけがわかんないこの状況で混乱するのもわかるけど、助けてくれる人達が、味方が!この学校にはいるの!あなた達は自分の見たことしか信じられないのっ!?」

「美咲……」

「私も昔はそうだったわよ!自分の殻に引きこもって、周りの人のいう事を無視してきた!自分はダメだって、間違えてるって、だからいじめられても仕方がないんだって」

 

 それは、少し前の彼女の話。自分が耐えていればいつかは終わる。いじめられるのはしょうがないと考えていた時の過去の出来事。


「でもね!それは間違いだった!冷静に考えたら周りのみんなは少なからず助けようとしてくれてた!心からの本意ではないかもしれないけれど、確かに手を差し伸べてくれたことには間違いなかった!それを拒んだから行くところまで行った!心が!体が!ボロボロになった!」

「…………」


 仲直りしたとはいえ、上川は何もいう事ができない。どんなに反省しても、やったことは取り返しがつかないのだ。どんな償いをしたところで、彼女の罪は消えない。


「だから……大人しく助けられなさいよ!助けてくれる人がいるっていうんだからさぁ!どうせ自分達じゃ何もできないくせに、いちいち否定ばっかしてんじゃねーよ!」

「み、美咲!?」


 突然、近藤の口調が変わったことに上川が焦る。いや、上川だけでなく、近藤を知らない生徒までその変化に混乱する。


「高校生にもなって恥ずかしくないの?人の揚げ足ばっかとって、批判して、責め立てる!上手くいかなかったら全部人のせい!あの時にもっとこうしてくれればよかったのにって!バカじゃない?いい加減自分を!周りを!信じれることから信じなさいよ!」


「「「…………」」」


「いいわ、それでも人が信じれないっていうのなら、私に全部責任を押し付ければいいじゃない!走って転ぶのも私のせい!バケモノに襲われるのも私のせい!みんなを混乱させる放送も私のせい!みんな私のせいでいいでしょ!」

「み、美咲。お、落ち着いて、ね?」


 上川が近藤をなだめるが彼女は賽は投げられたとばかりに言葉が、罵倒が止まらない。


「このチキンで陰湿で意気地なしのお前らなんか!人を信じる心なんか最初からある筈もなかったわ!もういいわよ!自分で好きに動けばいいじゃない!そして、運よく生き残ったら全部私のせいにすればいいわ!変な放送するからみんな死んだって!いい気味よ!じゃあね!このへっぴり腰のアホたんチン!」

「ちょ、ちょっと、美咲!そ……」


 ブチィ! とそこで放送は途切れた。校内に一時の静寂が訪れる。そして、ワァァ!と生徒たちの声が学校中に響き渡る。


「……言われっぱなしは性に合わねぇ…、女子に情けない所見られるわけにはいかねぇしな!」

「……気に食わないわね……。気に食わないから生き残って文句を言ってやるわ!」

「な、なんだろう。なんかちょっと感動しちゃった……。とりあえず、信じてみましょう!みんな!」


 彼らは口々にそう言うと、一斉に屋上への階段を上り始めた。生徒たちの歩く音が上へと向かっているのがわかる。


「……へぇ、あの子達、やるわね。素直にありがたいわ」


 小雪も屋上への階段を進み始める。途中、近くの教室に入り、窓にかかっている黒のカーテンを形状変化させると、黒のコートと仮面を作り出す。屋上に大勢集まるという事は、多くの人に自分の事を見られる可能性は高い。今更かもしれないが、身バレ防止をしていた方がいいだろう。


 ピンポンパンポーン!


「へ?」


 なぜか再度、放送室のアナウンスが流れる。何かあったのだろうか?


「…………たは誰?」


 近藤の声が聞こえる。感じ的に、思わず放送のスイッチが入ってしまったようだった。


「…………急務。屋上。誘導」


「夢幻!?」


 どうやら放送室に夢幻がいるようだ。


「な、なに?あ、あなたこの高校の人ではないですよね?」


 夢幻は千の宮高校の制服など持っている筈もないので、生徒からみたら部外者に見えるだろう。そして、この状況下では襲撃者の一味と思われても仕方がないわけで……


「た、たすけて……!」

「問答無用」


 ドサドサっ!という二人分の体が床に倒れる音が聞こえる。小雪にはその音が気絶させただけだとわかるが、何も知らない人にとっては殺されたと思われても仕方がないだろう。


「う、嘘……近藤さん!?」

「い、いやぁぁぁぁぁ!」

「た、助けに行かないと……!みんなで二人を救いに行くわよ!」


「む、むげぇぇぇぇぇん!何やってんのよぉぉぉぉぉぉ!」


 小雪はもはや一刻の猶予はないと思い、窓を突き破って外から放送室の方へと向かうことにする。放送室は三階にある。ここからなら最短距離で五十メートル程の所だ。形状変化で足場を作りながら学校の外壁を上り、窓を突き破って放送室の部屋の所へ侵入する。


 バリィィィィン!


「? 小雪。迷子?」

「違うわよぉ!もう!あなたは……悪気はないんでしょうけど今はマズいの!」

「??」

 

 夢幻は小雪に言われていることが全くわかっていない様子だ。そこへ放送を聞きつけた生徒たちがわらわらと集まってくる。


「あ、あそこだ!あの二人組がそうだぜ、きっと!」

「女は度胸よ!かかれー!」


 大勢の生徒たちがこちらへ向かってくる。助けるつもりが敵認定され、小雪と夢幻は一時撤退することにする。夢幻はともかく、小雪の方は全身黒の装備をしているため、疑われるのも仕方がないが。


「うぅ……こんなはずじゃなかったのにぃ……」

「……無念」

「まぁこれは好機よ。こいつらを屋上へと一気に誘導するから、私達は屋上までのルートを確保しましょ」

「了解」


 こうして、なんだかんだで生徒の誘導に成功した二人は目の前に立ちふさがる妖魔キメラを倒しながら進んでいく。しかし、小雪は校内に入り込んでいる妖魔キメラの少なさから、校内の包囲網が作られつつあることを推測していた。奴らは一人たりとも逃がさないつもりなのだろう。こうなってはどちらかが死ぬまでこの戦闘は終わらない。大将戦ではなく、殲滅戦というわけだ。


「……いいわ、やってやるわよ!」


 粛清隊の姿や魔女の姿が見えない事が気になりつつも、今は生徒の安全を最優先にする。今頃ヒカリは上手くやっているかなと思いながら。







 




 







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