第32話 千堂狩り②



 昼休み。それは学校生活におけるひと時のオアシス。食事という生物にとって欠かせない栄養補給の時間であり、朝からつまらない授業を聞き続けた功労者たちに贈られるご褒美のような時間。だというのに僕は両脇を黒霧と鈴木に取り押さえられながら屋上へ向かって歩いていた。


「へいへい、兄ちゃーん。覚悟はいいかぁ?朝はよくもやってくれたなぁー?」

「センドー……短い付き合いだったが、お前の事は忘れない……。潔く死んでくれやぁ!」

「…………」


 二人とも見事にキャラが崩壊しきっている。もう何なのこれ。


「ふ、二人とも……お、落ち着いてはどうです?まだ、ヒカリが小雪さんと……」


「あぁ? なんか言った?五条サンよぉ?」

「センドーをかばうってこたぁ……五条サンも裁かれたいってことかぁ?あんたにも風紀委員の女子とイチャイチャしてるって疑惑がかかってんの忘れんなよぉ?」


 五条が二人の問題児に押されまくってる……こんなことあるんだな……。というかそんな疑惑かかってんの?いいご身分だなぁ!五条!


 そんなこんなで唯一の救いは呆気なくも何の役にも立たなかった。品評会とは違い、黒の裁判は屋上で行われる。黒ずくめの集団が屋上への階段を後ろから登ってくるのは本当に怖かった。ヤバいだろ。これ他の生徒に見つかったら警察案件でしょ?なんで見つかんねーの?


 屋上へ着く。空はどんよりと曇っており、今の僕の心境にピッタリの天気ともいえる。このまま雨になってくれたらどんなにいいことか。まぁ、そんなことになっても刑が免れるわけでもないんだけどね……。


 どこから持ってきたのか、屋上には一脚の椅子と縄が。ホントにどっから持ってきたんだよ!?

 僕はその椅子に座らせられ、縄でグルグル巻きにされて身動きが取れないようにされる。そして、僕を中心に黒づくめの変態集団は黙って円を作り出す。


「えー、それでは、ただいまより千堂ヒカリの公開処け……ゴホン、ゴホン。黒の裁判を始める」

「…………今公開処刑って言わなかった?」

「罪状は千堂小雪と早朝に並んで登校したことである。被告、ヒカリ。これに間違いはないか?」


 どうやら僕にツッコむ権利は全くないようだ。せめてボケないで欲しいんだけど……、え?ボケだよね?


「…………間違いはないけど、僕には事情……」

「被告、死刑」


 僕まだ何も言ってないんですけど!?


「ちょっと待ってくれないか?」


 変態集団の中から手が上がる。この人はほんとに知らない。いや、顔が隠れてるからわかりようもないんだけどさ。


「千堂小雪とこいつが並んで歩いてたんだろ? で、こいつは千堂ヒカリ。もしかしたら血縁者じゃないのか?」

「そ、そうだ!最近わかったんだけど、小雪さんとは遠い親戚だってことがわかって、それで一緒に登校しただけなんだ!深い意味はない!」


 ありがとう!名前のわからない人!変態だろうけど一応感謝する!


「むぅ……鈴木氏。これについて何かありますかな?」


 黒霧は完全に裁判長になりきってんな。この変態野郎が!


「ふっふっふ。黒霧氏。ここに証拠がありますが、ちょっと見ていただけますか?」


 もうこいつら名前バレの危険性おかしまくってんな。すでに全員知ってるけど。

 鈴木は一枚の写真を黒霧に見せる。すると、黒霧は驚いた表情で写真と僕を交互に見る。え?何?


「センドー……これはどういう事かね?」

「え?…………なっ!?」


 そこには僕と小雪さんがアパートから出てくるところがはっきりと映し出されていた。偶然にも夢幻君はそこには映っていない。


「私は思うのですよ。いくら血縁者だとはいえ、同じアパートから二人が出てくる。それはつまり、同じ部屋に住んでいることに他ならないと。千堂サン……あなた、今更小雪さんが妹だとは言わないですよねぇ?」


 鈴木君が目をこれでもかと開いた状態で僕の顔を覗きこんでくる。ううぅ……そうだ、今更妹だと嘘をつくことはできない。というかこいつ、アパートから写真撮ってたの?完全にストーカーじゃん。こうなったら……


「じ、実はさ。僕って孤児なんだよね……」

「? いきなりどうしたのです?」


 もうこうなったらこの手しかない……本当は使いたくなかったけど……


「だから僕には本物の家族というものが小さい頃からいないんだ……。今まではさ、教会に住んでたんだけど、神父様やシスターが親代わりで、なんとか生きてはこれていたんだ……」

「「「「「…………」」」」」


 よしよし、いいぞー。流れはきてる。


「そしたらさ、最近、小雪さんが遠い親戚だってことがわかって……。ちょうど住んでいた赤嶺教会が潰れちゃったから、この機会に一緒に住まないかって言われたんだ。だから本当の家がない僕は仕方なく……」

「センドー……」


 う、嘘は言ってないぞぉー?赤嶺教会を潰したのは僕たち千堂なんだけど。


「別に小雪さんと二人だけで住んでるわけじゃないんだ。この写真だとわかりづらいけど、この他にも一緒に住んでる家族がいる。それこそ、神に誓ってもいい」


 引きこもりの少女が二名、未だに寝てるしね。


「「「「「…………」」」」」


 黒の会のメンバーは予想以上にヘビーな話に何も言えなくなっていた。この手の話は暗くなってしまうが、今はそれがありがたい。神様、ありがとう。


「だから、どうか認めてはくれないかな?いやらしい気持ちはまったくない。血筋が薄いとはいっても家族なんだ。僕に……居場所を……ください……」

「センドー……」


 これはもう俳優になれるレベルじゃないだろうか?誰か僕をスカウトしてほしい。


「…………ま、まぁ、黒霧氏。もう投票に入ってもいいんじゃないか?」

「そ、そうだな、鈴木氏。ではこれより千堂ヒカリに判決を下す。彼を無罪だと思う者。手を挙げてほしい」


 シーーーーーーーン…………


 あれ?


「では、彼を有罪と思う者。手を挙げてほしい」


 シュバババババ!


「なんでだよ!? この流れは無罪だろう!? てか、巴!なんで君まで挙げるんだ!?」


 そこには迷いのない瞳で手を挙げる五条の姿がそこにはあった。手をピーン!と伸ばしてんじゃねーよ!


「すまない、ヒカリ。これは仕方のないことなんだ…………」

「どうして……どうしてだよぉーーー!」


 僕はあまりにも意味不明過ぎて錯乱する。マジでナンデ!?


「ヒカリを有罪にしなければ……鈴木が……私を裁判にかけると……言って……」

「と、巴……」

「あと、普通に処刑されるヒカリが見たかったんで」


「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!裏切ったなぁぁぁぁぁぁぁ!」


 あれか!? 巫女会で五条を置いていったことの逆恨みか!? そんな昔のこと許してくれよぉぉぉぉぉ!


「ヒカリ君……」

「す、鈴木ぃ!てめぇ!」

「甘いのは君の方ですよ……。私はね。『疑わしきは極刑』をもとに行動しているのです。あなたにどんな事情があるのか、という理由は一切考慮しません」

「ほ、他のみんなは! みんなはなんで有罪なんだよ!」


 こうも揃って有罪はおかしすぎる!こんなの間違ってるよ!


「だってなぁ……ある日いきなり美少女と一緒に暮らすんだろ?遠い親戚とはいえなぁ……」

「結婚できるくらいには血縁関係薄いんだろ?話的に。じゃあ同棲じゃん。ヤバいじゃん。憎いじゃん?」

「孤児だったのはつらいよな……。でもな、俺たちもつらいんだ……。高校のアイドルがこんな冴えない男と一緒に住むことになるなんて……俺はもう耐えられない……気が狂ってしまいそうだ!!」


 うっそだろぉ!? 孤児アピールでも通用しないの!? もう何やってもダメじゃん!!


 鈴木を見る。そこには邪悪な笑みを浮かべた悪魔の姿がそこにはあった。


「ニクイ ニクイ ニクイ ニクイ ニクイ …………」


 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い!


「じゃあ、センドー。悪いが俺はお前を裁かねばならない。全員一致で有罪が決まったのでこれより刑を…………」

「…………」


 こうなっては仕方がない。奥の手の奥の手。僕の頼れる守護神。きっとこの惨劇を見ているであろうその人に助けてもらう以外道はない。僕は精一杯の力をお腹に込めて、そして叫ぶ。



「むげぇぇぇぇぇぇぇん!助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」



「意図理解。行動開始」


 その声は黒ずくめの集団の中から聞こえた。すると、その中から一人の小柄な人物が、懐からディナーベルを取り出すと、チリンチリンと音を鳴らす。


「…………眠れ」


 バタバタバタバタッ!


 急に僕以外の生徒はみんな一斉に力が抜けたように倒れ始めた。凄いなこれ。どういう仕組みだ? というか黒の会に紛れてたんだね……


 タッタッタとその人物が近づくと、その黒ずくめの一人。千堂夢幻は黒いコートと黒い仮面を外し、相変わらずの無表情のまま言った。


「任務完了」

「ふぅ……ありがとう、夢幻君。助かったよ」


 僕は目の前の頭をなでる。それが気に入ったのか、夢幻君もそれを抵抗する素振りを見せずに受け入れる。でも、この人僕の年上なんだよなー。


 みんな穏やかな……じゃない、おぞましい表情をしながら眠ってしまった現状を見て、改めてヤバい組織だと認識させられる。早く何とかしなければ……こいつらいずれ警察の厄介になりそうだぜ、マジで。


 とりあえず、この後始末をどうするべきか考えていたところ、屋上の隅の物陰から二人組の男がひょこっと顔を出す。


「…………ヒカリ。君の学校生活は一体どうなっているんですか?」


 千堂水城だった。横には小竜君もいる。どうしてそんなとこにいるんですか……


「いやぁ……ははは。悪友というやつでして……。大抵は知らない変態なんですけど」

「面白い集団であることはさっきから見ていたのでわかりますよ。下界はこんなにもすさんでいるのですね……。私もしばらくこの町に住んでみましょうか」


 その結論の出し方はどう考えてもおかしい。というかヤメテ。最悪、死人が出そうで怖いです。


「でも、二人はどうしてここにいるんですか?昨日、やっぱり小竜君に何かあったとか?」

「ええ、実は……おやおや。これはおかしな状況になってますね……」

「?」


 水城さんは学校の校庭の方を向いている。それにならって夢幻君と小竜君もその方角を向いていぶかし気な表情を浮かべた。


「どうしたんですか?」

「……侵入されています。妖魔の集団に。それも数えきれないくらい」

「え?」

「これは……妖魔だけではなく、粛清隊もいます。しかも、どうやらここだけではない。町全体がバケモノの集団に襲われています」


 は? …………嘘でしょ?


「……目標確認」

「……そうですね。なんらかの手段で認識阻害していますが、確実にいます。主に工業区、商店街、住宅街、そして、この学校に戦力が集中しているようです」


 夢幻君と小竜君も把握しているようだ。僕にはさっぱりわからない。


「ヒカリは索敵に関してはまだまだ未熟ですからね。能力的にも向いてないことなので仕方がありませんが」


 ええーっと、水城さんと小竜君はアーチャーだから目が良くて、夢幻君は毒使いだけど、薬関係も扱えるから身体強化に使ったってことなのかな。僕の『弱点に至る一撃』は確かに索敵というよりは、戦闘に特化したものだから向いてないのかも。


「で、でも何で……誰がこんなことを……?」

「……考えられるとしたら、『アヴェンジャー』の仕業でしょうか」

「『アヴェンジャー』?彼らは祓い人を襲っているって話ですよね?」

「はい。昨日、小竜たちが百鬼夜行の調査を行っている途中にそのメンバーの一人と遭遇したようでして。百鬼夜行に関与している可能性が浮上しました。そして、『アヴェンジャー』を指揮している者は、千堂を殺す千堂。一堂影虎と名乗っていたようです」


 千堂を殺す千堂……? 千堂が家族を狙うのか……?


「どちらにせよ、相手が千堂殺しを為そうとし、町の人間を無差別に襲おうとしているのは気にくわない。対処する必要がありそうですね……」

「……采配。配置」

「ええ。では、この学校をヒカリと小雪。そして、夢幻に守ってもらいましょう」

「…………まぁそうなりますよね」


 この学校の生徒だしなー。夢幻君は僕とワンセットって感じだし。


「私と小竜は住宅街を守ります。祓い人のお寺にいるであろうカイン、紅蓮、礼二には私が矢文で連絡しておきます。彼らにはそれぞれの場所を守ってもらいましょう。では、夢幻。ヒカリたちを任せましたよ」

「了解。任務受諾」

「あ!安具楽さんは?」


 あの人『アヴェンジャー』そのものを調べてたよね?


「安具楽は安具楽で勝手に動いているでしょうし、いないものとして考えた方がいいと思います。万が一会ったら適当に現状を教えておいてください。では」


 そう言うと水城さんと小竜君は屋上からバッと、飛び降りるとそのまま姿を消してしまった。教会の時から思ってたけど、あの人意外と大雑把だよねー。


「……じゃあ、水城さんも行ったし、夢幻君。行こうか」

「了承」


 黒づくめの集団を足で踏みつけながら、屋上からグラウンドに飛び降りようとすると、バン!というドアを激しく開ける音が後ろから聞こえた。


「ひ、ヒカリ!こんなとこに居た!大変よ!学校にバケモノの集団が……って、ここもヤバいわね!?」


 僕と夢幻君は顔を見合わせ苦笑する。確かにこいつらの方がよっぽどバケモノじみてるんだよなー……。


「こいつらの事はこのままでもいいと思う」

「え?ま、まぁクズ共は寝てた方が都合いっか……」


 小雪さんも変態集団を踏みつけながらこちらの方へ歩いてくる。彼らも美女に踏まれて本望だろう。心なしか踏まれた変態どもは恍惚の表情を浮かべている。キモイ。


「……敵は『アヴェンジャー』。百鬼夜行にも彼らが絡んでいて、指揮している人は千堂を殺す千堂。一堂影虎を名乗ってるって。さっきまで水城さんがいたんだけど、学校は僕らが守ることになったから」

「は?千堂を殺す千堂? ……まぁ今は詳しく聞いてる時間はないし、この学校の防衛が先ね……。わかったわ、やるわよ。ヒカリ、夢幻」


 小雪さんが真っ先に屋上からグラウンドに向けて飛び降りる。それに続いて僕と夢幻君が後に続く。

 なんかバイオハザードっぽくなってきたな……。いや、妖怪大戦争か?なんにせよ、もはや人目を気にせずに町の人を襲うっていうのは相手が本気になったってことだろう。僕たちもなりふり構ってなられないかもしれない。


 ドン! という激しい着地をしながら僕らはグラウンドに降り立つ。昼休みとはいえ、高校生にもなると外で遊ぶような人はほとんどいない。それが今は幸いしている。だってこんなにも……


「……何?あんたら。私らの事が見えてんの?もしかして、噂の千堂?」


「ええ、私達は千堂。あなた達、一体こんなところに何しに来たの?」


 もう隠れる必要はないと思ったのか。そのバケモノ集団はその姿を現す。


「何って……見てわかんだろ?この町の殲滅。それが目的に決まってんでしょ?」

 

 千堂とわかってもその女性はまったく怖気づかない。寧ろ、挑発するような態度だ。その女は黒い帽子に黒いマントを被っていて、まるで魔女のような姿だった。


「ようやくこの日が来たわ……。もうあなた達の時代は終わり。これからは私達魔女の時代がやってくる……」


 魔女? ここにきて初めてその存在を拝むことになろうとは。


 その女性の後ろには異形の存在。普通の生物の形を取っていないキメラのようなバケモノの集団がそこにはあった。


「…………それはいただけませんね。これからは魔女ではなく、粛清隊がこの国を統べるのです。魔女はせいぜい裏方に徹していればいい」


 別の人物が話し出す。その発言通りに、身なりは粛清隊そのもので、後ろに控えている粛清隊と思われる各々が特徴のある武器を持っている。


「…………そのくらいにしておけ。この場の指揮は『アヴェンジャー』であるこの私に任されている。くだらない論争は後にしろ」


「はいはい」

「……わかりました」


 見たところ、『アヴェンジャー』の方が立場としては上のようだ。しかし、この組み合わせはどう考えても異様だ。魔女に粛清隊に『アヴェンジャー』。水城さんが言っていたようにこの三つのグループが今回の騒動の主犯だろう。


「では、改めて。私は『アヴェンジャー』。千堂に仇名す者。全ての道は悪の道。千堂を殺す千堂。海藤宗吾かいどうそうご。これよりこの町に対する復讐を始める」


「「「!!」」」


 そう言うと、海藤という男はその右手に構えている剣を構えながら、右手の甲にある刻印を。を僕らに見せつけながら戦いの開始を告げる宣言をする。


「もう十分楽しんだだろう?上から人を見下すのは。今日をもって"異端狩りの千堂"はここに潰える。そして、これからは"千堂を殺す千堂"が世界を支配する。最後の挨拶はしておくか?最期の言葉は聞いてやろう





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