第35話 千堂狩り⑤
「それにしても、夢幻はどこにいるのかしら。放送的には屋上に向かっていると思うのだけれど……」
聞こえてくる声は相変わらず緊張感というものが無い。
千堂小夜と名乗ってはいるが、千堂ヒカリの血縁者なのだろうか? いや、ヒカリは孤児であり、赤嶺教会に住んでいると言っていた筈だから血縁者の線は薄い。
久米島善治はとりあえずこのバケモノの拘束を解こうともがくが、ビクともしないことにいら立っていた。それに気づいたのか、廊下から声が聞こえてくる。
「あら、妖魔もどきに捕まっているのね。かわいそうに。さっきのお礼よ。『離しなさい』」
バッ!
その小夜という女性の声で、バケモノの拘束が解かれる。久米島は混乱しながらも、バケモノは距離をとる。
「な、なんだ……?」
「こいつら邪魔ねぇ……めんどくさいからお仲間同士で争ってもらいましょうか。『殺しあえ』」
「キョェェェェェ!」
「ガバウォォォォ!」
「ガァァァァァァ!」
突如としてバケモノが悲鳴を上げ、近くのバケモノを襲い出す。それは姿かたちもおぞましいものではあったのだが、それらが奇声を上げながら殺しあっている様はもっとおぞましく感じた。辺りには緑色の血や赤色の血などが飛びまくり、若い女性の職員は顔面を蒼白にしながら気絶する者もいた。
「ちょ、安崎先生大丈夫ですか!」
「保健の先生はいませんか!」
「とりあえずこの場から離れるぞ!」
一気に職員室は慌ただしくなる。バタバタする雰囲気に気分を悪くしたのか。小夜と名乗る女性はいらだった声でこう言った。
「……ちょっとうるさいわねぇ。関係ない人を巻き込むのはあまりしたくはないし……、ちょっと眠ってもらいましょう。『眠れ』」
あ……れ……?
ただの言葉だというのに、聞くだけで意識が遠のいてくる。相変わらずバケモノ同士の殺し合いは続いているが、他の職員は例外なくバタバタと倒れはじめているようだ。本当に今日はツイてない。普通の毎日を送ろうとしただけなのに、いきなり非現実的なことが起こるなんて。日頃の行いが悪すぎたせいなのかもな…………
「さて、この程度の暗示が効かないってことは、当然その辺のチンピラよりはやるんでしょうけど、私に勝てる程かしら」
アンネとユリウスは今の今まで放心していた。この場に千堂がいるという事はわかっていた。校庭に三人いたのだから、もう一人くらいいてもおかしいことではない。しかし、この目の前の女性は一の毒だと言った。一のクラスの千堂はバケモノの中でもバケモノじみている。戦ったことはないにしても、そのくらいの理解はできるのだ。
「な、なんでこの学校にこんなにも千堂がいるの!」
アンネが叫ぶと、小夜はうるさそうに顔をしかめながらアンネの方を向く。
「だから言ったでしょう? 愛弟子の様子を見に来ただけよ。そしたら、なんか面白いことになってるじゃない?もともと学校に潜伏していたら、いきなり妖魔もどきがワラワラと出てくるんですもの。驚いちゃったっ☆」
身長は百五十あるかないかという小柄な体型ではあるが、アンネは直感で高校生ではないことを見抜いていた。それなのに、学校の制服を着て弟子の様子を見るために学校に侵入するなんて常軌を逸しているとしか思えない。
「そ、そんなことあるかね!それに、私の妖魔ちゃんたちに何しやがったの!」
「妖魔ちゃんって……センスないわね。まぁ、簡単よ。破裂されたのは毒。暗示も毒。だって、私毒使いだもんっ☆」
「……はぁ?アレが毒ですって?毒であんなことできる筈ないでしょ!」
毒が爆弾や洗脳のような作用をもたらすなんて聞いたことがない。それに、この女は触れてすらいないのだ!
「みんな毒ってものを誤解しすぎなのよ……。私達の毒っていうのはね。身体と精神、究極的には魂を侵すもの。それを毒というの。そして、その毒はあなた達が考えているようにじわじわと侵すものもあれば、一気に作用する毒もある。それだけよ」
「だ、だからってそんな毒があるわけが……」
「あるのよ。舐めないでもらえる? 私、戦闘は嫌いだけど、戦闘が苦手ってわけじゃないの。あんまり毒使いをコケにするようなら最もひどい死に方をするわよ?あなた」
キッと小夜がアンネを睨めつけると、それ以上何も言えなくなってしまった。もとより、この場では絶対に敵わない存在が目の前にいるのだ。これ以上話せることなど一つもない。
これまで静観していたユリウスがアンネに代わって話し始めた。
「で、ではあなたはそのお弟子さんに用があってここにいるのですね?」
「さっきも言ったでしょ? 何度言わせれば気が済むのかしら」
「い、いえいえ、確認ですよ。でしたら、私達のすることに関与はしないという事でよろしいでしょうか?」
ユリウスはもうプライドとか以前にこの状況から抜けだすことしか考えていなかった。戦ってどうにかなる物ではない。完全なる毒耐性の体があるとしても、同じことをしただろう。本能的に絶対に勝てない存在。小夜の事をそう分析したのだ。
「関与はしたくはないのだけどね……。めんどくさいし。でもあなた達全国的にこんな騒動を起こしているでしょう?」
「「!!」」
二人はその情報が洩れていることに驚愕する。そう。この襲撃は千の宮だけで起こっていることではないのだ。全国的に一斉に起きている。各地の『アヴェンジャー』が各地の妖魔や粛清隊、魔女と共同で至る所にある祓い人の要所や只人を襲っている。もはや、この国に安全と言える場所は存在しないだろう。仁の里以外は。
「私、ネット関係にも詳しくてね。リアルタイムで全国の情報が知れるのだけれど……。この国の自衛隊や国会議事堂なんかも既に陥落しているわね。情報機関も真っ先に潰されてるから、この国ももうおしまいかしら」
「…………で、でも千堂には関係のない話ではないですか?あなた方は基本的には俗世に無関心。いくら全国的に人が殺されようと……」
「関係あるわよ」
「え?」
「私にとってこの国の文化ってすごく魅力的なの。人に興味が無くても、人が作るものには興味がある。人を殺すってことは、文化が無くなるってことだからそれは困るわ」
つ、つまり……
「私は絶対にあなた達を許さない。今月号の週刊誌がストップしたらどうなるのよ!」
そんな理由で殺されたくない!
二人は心の中で以心伝心しながら叫ぶ。交渉は決裂。とあればこの場は離脱が最優先。アンネとユリウスは小夜の反対方向へと全力でダッシュする。
「逃がさないわ!」
『千堂流紫式 我流
小夜の足元から一本の紫色の毒の鎖が二人に迫る。鎖といってもその動きは蛇のように蛇行しながら不規則に動く。当然、その速さに逃げ切れる筈もなく、二人のうちの一方。ユリウスの足に絡みついた。
ドン!
「げへぇっぇえ!」
情けない声を上げながらユリウスは廊下に倒れこんでしまった。その隙にアンネはその場からの離脱に成功する。
「あーあ、逃げちゃったぁ」
「い、いいんですか。追わなくて……」
ユリウスは敵だというのに小夜にそう話しかける。あわよくば隙をついて逃げる算段を考える。ユリウスの"祝福"は『変化』。一見、何の変哲もない能力のようではあるが、この能力は体積さえ同じであればなんにでも変化することができるかなり優秀な能力なのだ。
枢機卿クラスというのは伊達ではなく、この能力で手を鋼鉄に変えたり、スライムのように形を変えて相手の攻撃を避けることで常勝無敗の記録を誇っている。よって、隙さえあれば、勝てないしろ、逃げることはできる。そう考えていたのだが……
「いいわよ。どうせあの人死ぬし」
「は?」
「あなた達はね、もう既に毒を盛られているのよ。だからどこに行こうともう助からない。寧ろ、逃げた分だけ苦しんで死ぬことになるわね。だから、あなたは幸運よ。あなたは楽に殺してあげるから」
ど、毒を既に盛られている……!?い、いつから……!?
「ふーん、あなたの能力って変化かぁ……単純だけど、強いわね」
「な、なぜそれを!?」
「企業秘密っ♡ でも、もう死んじゃうあなたに隠すことなんてないんだけどねー。それでもなんか言いたくないから言ーわないっ!」
「……あ……れ……なんか……眠く……」
おかしい。何もされてない筈なのにものすごく眠い。早く変化して毒が効かない身体に……
「残念でしたー。私の毒は魂を侵すこともできるのです!どんな姿形になろうと同じ。あなたは死にまーす。でも、いいじゃない?色んな人に聞くんだけど、一番いい死に方って寝ている時に死にたいって人が多いから。幸せ者ね。ばいばい、ユリウスぅ」
そもそも変化しようにもできない。きっと、そういう毒も盛られているのだろう。彼女と相対したときから既に自分の運命が決まっていたと思うと怒りすら浮かんでこなくなっていた。
そして、そのままユリウス・アスファルトはその生涯を安らかに終えた。戦いに負けた者とは思えない、穏やかな笑みのまま…………
「何だい! あのバケモノは!」
アンネは学校から逃げ出すべく全力で校舎を走り回る。基本、魔女というのは前線で戦うタイプではない。数多くの戦力を揃え、手駒を操作し、戦局を優位に運ぶ。それが一般的な魔女の戦い方というものだ。
だからこうして前線に来るということは滅多にないのだが、今回は大々的な作戦であるため、自分だけが姿も見せずに戦うというのは流石にまずいだろうということで前線に出ることになったのだ。この戦いの後、自身の報酬の取り分を横取りされないためでもあるのだが。
けれど、今となっては報酬なんてことは言ってられない。自分の命そのものが危うい。追ってくる気配がなくとも、逃げ切れたと断言できないのが何より恐ろしい。自分の隠れ家に逃げ帰って異物が体にないか確認できるまでは安心できない。
アンネは階段を降り、昇降口を駆け、校舎の外に出る。外に出ればこの学校から出ることはたやすい。アンネには妖魔キメラの他に様々な配下がいるのだ。その中には空中を飛ぶ者のいるため、ピィ!と合図を出し、その配下が来るのを今か今かと待ち続ける。しかし、十秒経ってもなかなか姿を現さない。おかしい。上空に待機させているし、いつもなら合図の二秒後くらいには見える位置に来ている筈なのだが。
タン…… タン…… タン……
不意に足音が聞こえてくる。バッと振り向くと、そこには自分の娘である少女がこちらに歩いてくる様子がアンネの目に映った。
「ああ、あんたもこの学校だったわね。よかった。今千堂に見つかってね。ちょっとピンチなのよ。今から隠れ家に行くからあんたも来な」
タン…… タン…… タン……
相変わらずその歩行速度は変わらない。ゆっくりであるようで、かといって遅いわけでも無い歩み。
アンネは無言のまま近づいてくる娘に対し不信感を抱く。
「……何で黙ってんだ?」
タン。とその少女は足を止める。
「……お母さん。なんでこんなことをしたの?」
「? なんでってあんた私に指図するつもり?出来損ないのあんたが?」
「…………」
「本当はね。あんたなんかすぐにでも人体実験して私の研究材料にする筈だったのよ。それをあの男が邪魔したせいで……。でも、今回の事でチャンスができた。上手くいけば数多くの魔女の悲願が達成される。私がその第一号になれるの」
「…………」
「けどまた邪魔が入った。ホント千堂って厄介。あんなバケモノ一生相手にしたくないわ。一旦出直すからあんたも……」
「うん、知ってたよ。私が人体実験される寸前だったってのは」
「!」
知っていた? そんなバカな。 やろうとしたが結局はしていないんだ。そんなことわかる筈が……
「あの人に会って、助けられて、それを知らないふりして今まで生きてきた。お母さんが私を娘ではなく、魔女としての道具としてでしか見てなかったことも含めて全部……」
「あ、あんたまさかあいつに……」
「いつも自分に言い聞かせてた。どんな人だろうとお母さんはお母さん。家族は家族だからって。でももう無理。こんなことまでしでかして、あなたを母とはもう呼べない」
「そ、育ての親に対して何てことを言うの!」
「感謝はしている。たとえ、毎日血を取られようが、毎日体をぶたれようがね」
「う……」
少女は片手を上に上げる。すると、アンネの地面から幾何学的な魔法陣が浮かび上がってきた。
「な、何!」
「私に魔術の才能はないのだけれど、自分の領地で、あらかじめ設置していた魔術くらいは人並みに発動できるわ」
「う、動けない……!?」
本来、魔女は魔術を戦闘では使わない。それはあまりにも実用的ではないからだ。発動する労力とそれに至るまでの準備や制限の採算が圧倒的に合わないことが関係している。この拘束の魔術も、準備に三ケ月。代償も自分の血液で、効果時間も一分しか持たないとなると、実用性が皆無なのは納得できるだろう。しかし、その少女はやり遂げた。そのバカげた魔術の行使を。このときのために。
「……本当は信じたくなかった。まさか本当に実行するなんて。ただの噂だと思ってた」
「や、やめなさい!今すぐこれを解くのよ!」
「でもあなたは一線を越えた。それは許せない。母親であろうとも」
少女は母の言葉をもはや聞いていない。隠していた短剣を握りしめ、アンネに近づいていく。
「だから今から行うのはただの殺人。いいえ、処刑。数人とはいえ死者が出たのだから、責任は取らないとね……」
アンネはどうしようもないと思ったのか。錯乱気味に目の前の少女に対し罵倒を繰り広げる。
「あ、あんたなんかね!最初から娘だと思ったことはないわよ!ただ、人より見た目が良かったから拾っただけの赤の……」
「さようなら」
グサ
アンネのお腹に短剣が刺さる。そこには、"千"という漢字の周りに紋様がついている。それは紛れもなく千武そのものだった。
「そ……それは……」
「ええ、あの人からもらったものです。まぁ、あの人は色々あって記憶喪失みたいだけど」
「……アン…リ……」
その言葉を最後にアンネは息絶える。その亡骸を抱きしめるように抱えたアンリ。一宮アンリは目に涙を浮かべながら地面に崩れ落ちた。
「おやすみ、母さん。たとえ血がつながってなくても、私にとっては母親だったよ……」
しばらくの間。一宮アンリは声を押し殺しながら泣き続ける。自分が最も覚えている昔の。笑いかけてくれた母に対する思い出を思い返しながら……
「…………来ないわね」
「…………肯定」
千堂小雪と千堂夢幻は屋上のドアの前で待ち構えていた。あの放送の後、一通りの生徒の誘導に成功し、屋上に連れてくることはできたのだが、敵の襲来の気配が全くしないのである。
生徒だけでなく、敵にもあの放送が聞こえている以上、敵も屋上に向かってくることは間違いない。だから、こうやって待ち構えているというのに、一向に来る気配がない。
「ま、まさかゆきちゃんが上川さんたちが言っていた人だったなんて……」
「ごめんなさい、雫。でもいくら友達だからってなんでも話せるってわけでもないでしょう?」
宮本雫。私の学校での数少ない友達と言える存在だ。だが、今はそのことについて言及している状況でもないだろう。
小雪は後ろを振り返る。そこには地面に横になった黒ずくめの集団が屋上の隅っこに置かれていた。ついに黒の会のメンバーが全員もれなく捕まるという生徒会や風紀委員の快挙と呼べる功績を上げているのだが、この場合は、ただ単に邪魔だから隅に寄せられているだけだろう。生徒会長や風紀委員長も苦笑いしながら運んでいたし。
屋上に着いた時にはどうしようかと思ったものだ。まず、夢幻が敵ではないことの説得をして、それからこの横たわっている変態たちの説明を軽く行い、そして、今の状況を軽く説明することでようやくひと段落したものの、敵が来ないことに混乱するという落ち着く暇のない時間を費やしていた。
これからどう動くのが最善なのか、小雪は考えるが、この数の生徒を動かそうにもできないというのが本音である為、結局どうすることもできないのだ。
「……夢幻はどう思う?」
「……待機」
「そうよねぇ……」
ヒカリのことは心配ではあるものの、能力的に逃げられることはあっても負けることはないと高を括っているため、急いで助けに行く必要もないだろう。寧ろ、ヒカリが早くこちらの方へ助けに来て欲しいくらいなのだ。
敵の人数は多く、さらにこちらには護衛対象も多いため、思うように動けない。仮に人質を取られても見殺しにするつもりではあるが、簡単に見捨てるわけではないのだ。救える命は最低限救う。それだけのこと。
「しっかし、小雪さんがバケモノ退治の専門家だったとは……」
「あの小さい子供もそうなんでしょー?」
「ヤバい、小雪さんがかっこよくてかわいいくて強いなんて惚れてしまう……」
そんな声が後ろから聞こえてくるが、身バレした以上、小雪にこの先この学校へ通うという選択肢はない。短い学校生活だったなーと、感慨深そうに思い出を振り返る。
「…………警告。敵接近」
「おっと、今は集中、集中……」
屋上のドアに再度注意を向ける。敵は得体のしれない能力を持っているに違いないのだ。『概念昇華』すらまともにできない自分にとっては、いくら相手が格下であろうとも油断はしてはいけない。どんな戦場であろうとも、気を抜くことはご法度なのだ。
「…………んふんふーん♪ 私の毒ぅーは千の毒ぅー♪ どんーな敵でも死に至るぅー♪」
「え、この物騒な歌って……」
「…………驚嘆」
その歌はだんだんと屋上へと近づくたびに大きくなる。小雪と夢幻は戦闘態勢を解く。
「魂までぇーも侵したらぁー♪ みんーな揃ってあの世行きぃー♪」
「ゆ、ゆきちゃん。絶対この歌うたってる人敵だよ?」
宮本雫はその歌声と歌詞が全然合ってないことからそう断言する。小雪はそれを聞いて確かに敵が歌いそうな歌詞だよねと苦笑しながら優しく
「大丈夫よ、雫。あの人は夢幻の師匠だから」
「え、その子供の?」
「我年上」
「えっ!?」
その場にいた生徒達もえっ!?と驚く。中学生くらいかなーと思ってたらまさかの年上だというのだからそういう反応をしてしまっても仕方がないだろう。歌声は更に大きさを増す。
「千の道ぃーは毒の道ぃー♪ 私の道ぃーも毒の道ぃー♪ 極めて至るは最果てのぉー♪ この世界すらもー支配するぅー♪」
歌いきると同時に屋上には身長が夢幻と同じくらいの女の子が現れる。その容姿はギリ高校生に見えなくないというもので、夢幻の姉だと言われてもおかしくないいでたちではあった。そして、なによりおかしいのは……
「……師匠。疑問。制服」
「ふふふ。あなたを驚かそうと思って着てみちゃったっ☆ どう?」
「……フン」
「夢幻!?」
およよ、とその場で小夜は泣きまねをしながら崩れ落ちる。それにたったったと近づいた夢幻は小夜を正面から抱きしめる。
「む、夢幻……?」
「……寂寥。師匠。歓喜」
「……わ、私も夢幻に会えなくて寂しかったわよぉぉぉぉ!」
その光景を生暖かい目で見ていた生徒たちは、何が起こっているのかわからない状態ではあるのだが、謎の感動を誘われ涙ぐむ者が多くいた。
「な、なんだろう……母を訪ねて三千里的な印象を受けたのだが……」
「そうね……この場合は立ち位置が逆だけど……」
「よかっだばねぇぇぇ!夢幻ぐぅぅぅぅんん!」
小雪はそれを微妙な表情で見守る。会えなかった期間って一週間もなかったのになぁーと思いながら。しかも、客観的に見たら、子供同士が抱き合って泣いているシーンにしか見えない。事情を知っている小雪からしてみれば、マザコンとショタコンがハグしあっているだけなのだ。
「……で、小夜さんは何でここに?」
「え? 決まってるじゃない。夢幻に会いに」
「なんか学校に変なの見かけませんでしたか?」
「いたわねー。学校の中の変なのは全部殺したし、取り囲んでいた粛清隊たちもついでに殺っちゃったっ☆」
そんな気軽に言えるところが"一の毒"らしいなーと苦笑する。やっぱり同じ千堂でも格が違うわと改めて認識する小雪だった。
「え……ということはもう学校内にバケモノは……」
「ええ、雫。もういないわ」
「や、やったーーーーーーー!」
「い、生きてるよぉォぉォぉ!」
「助かったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「こ、こら!みんな!まだ学校には殺された生徒の遺体とかあるんだから。後かたずけをするわよ!」
「あっ……」
自分たちは助かったとはいえ、殺された生徒も少なからずいる。そのいった遺体や、バケモノ達の死体は生徒達自身で処理しなければならないだろう。おそらく、この町は機能していない。警察などの公共の機関はアヴェンジャーの軍勢に今も襲われている筈なのだから。
「ヒカリは大丈夫かしら……水城さんや安具楽も……」
屋上から見える景色では町に煙が上がっている様子しかわからない。町の様子が心配ではあるものの、事後処理もしてから向かわないといけないだろうなーと小雪は決意を新たに気合を入れる。
「あ、そうそう、小雪」
「はい、何でしょう、小夜さん」
「なんか全国的に人が襲われてるみたいだからねー。とりあえず、千堂会議をこの学校で行うことにしたから」
「…………はい?」
千堂会議ってそれは里でするもんじゃ……
「多分、このアヴェンジャーって集団はこの国を潰すつもりね。だから今回私達千堂がこの事態に総力を持って当たろうと思うの。久しぶりだわー。もしかしたら千堂が徒党を組んで異端狩りをするかもよ?」
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