航海に至る物語
第52話 それでも僕は、僕らしく
海の上。ゆらゆらゆら。バシャンバシャンと波の音。
甲板の上で沈みゆく夕日を眺めながら僕は誰も見ていないというのに黄昏れる。海の青さに相まって、僕の心はブルーな気持ち。
最初はよかった。あの頃はよかった。昨日まではまだ楽しめた。でも……
「もう五日経ってんだよなー……」
一宮さんが言うには、航海してから今日で三十日目だそうだ。カメリアという国がどのくらい離れているのかわからないが、こんな木造の船でよく行こうと考えたものだよ。
「ねぇ、イッチー」
「誰がイッチーよ」
「なんでこの船には僕らしかいないの?」
「他に仲間がいないからよ」
はっきりと物をいう子だよ……。でも、そこははっきり言ってほしくなかった。
「最初から二人だったの?」
「そうねぇ。出会ったのはかなり前だったわ。その頃はゼノにもご主人様がいたんだけどね。赤陸国のあの一堂の配下に殺されてからは一人なのよ」
赤陸国。そこが僕らがいた国らしい。第三次世界大戦になってからは、一堂影虎という人が独裁ぶりを極めているようなのだが、世界の混沌ぶりと比較したら上手くまとめている方なのだとか。でも、彼のやり口は富国強兵らしく、合理的ではあるものの、自由がかなり制限されているのだという。
「神道美紀っていう名前の吸血鬼でね。一般的な吸血鬼よりは大人しめで、人を襲ってはいたんだけど、いつもギリギリの量しか食べなかったからそんなに害があるわけでもなかったし、私はそんなに気にしていなかったわ」
人を一人でも食べたらダメなんじゃないの……?
「うふふ、まぁ言いたいこともわかるけどね。でもね、吸血鬼が人を食べないと吸血鬼が死んでしまうでしょ? 食物連鎖の関係から言えば、何も悪いことはしていない。むしろ、世界規模で見れば人の方が害悪だわ」
「イッチーは何視点で世界を見てるのさ……」
「せめてアンリって呼んでよ……。前にも言ったでしょ? 私は魔女の家系よ。魔術はほとんど使えないし、魔道具を少し持ってるだけの弱い魔女だけどね」
魔女。人を贄として新たな生物を生み出したり、不老不死を目指す異端者集団。能力も見た目も千差万別。そんな魔女の家系でありながら、魔女を憎んでいるのがアンリであるようなのだ。魔女であって魔女の在り方が純粋に嫌いらしい。
「お母さんはどうしたのさ」
「……殺したわ」
……重いよ、やめてよ。
「どうでもいいけどさ……。あとどのくらいで着くんだよ……」
「そうねぇ。最短で三日。普通に行けば十日。確実性を期すなら二十日ってところかしらね」
「なんでそんなバラバラなのさ!?」
「海賊がいるのよ。それも凄腕のね。世界最強の一族にして山賊の家系、千堂一派。千堂に及ばないにしろ、海の上では常勝不敗の家系、荒金一味」
荒金? それがいるからこんなにゆっくりってこと?
「ちなみにこのルートってまさか遠回りしてるとか?」
「そうね。一番安全で遠回りなルート。だからいっぱい食料は持ってきてるでしょ?」
アンリは後ろを振り向く。そこには木箱に入った大量のサプリメントと缶詰が。それを見るたびに僕は吐き気に襲われる。
「飽きたよ……肉が欲しいよ……」
「あるわよ」
「!? どうして出さないのさ!!」
あるんなら出せ! 今すぐ出せ!
「こ、怖いわよ……それにそんな血走った目で近づかないで……」
「ご、ごめん……でもどこに?」
「海賊が持ってるわ」
「はぁぁあ?」
「あ、あはは!近い!近いって!」
顔を近づけたらなんか嬉しそうにするのはなんで?
「じゃあもういいよ。海賊襲って最短で行こうよ」
「え、いいの?」
「え?」
冗談で言ったつもりが、アンリは本気にしたようで、ゼノに大声で叫ぶ。
「ゼノォ! ライトが最短で行こうって!」
「!! りょーかい船長!」
ゼノは船首の方にいたので、すぐさま舵を握り、そして、船体に取り付けてある魔道具が作動する。木造船とはいっても、動力は風を利用した動力だけでなく、船体にはいくつもの推進剤となる魔道具が取り付けられており、いざとなったら無風であろうとも思うとおりに動かすことができるのだとか。
「飛ばしますよ!」
「うおっと! これヤバいって!」
地面が揺れる。足が地についていないみたいだ。いや、本当になんか浮いている気がするんですけど!?
ゴゴゴゴと船体が軋みを上げる。ゼノはこれが使える事がよっぽど嬉しいのか、ヒャッホー!と歓声を上げ、アンリは飛んだり跳ねたりして全身からあふれ出す衝動を恥ずかしげもなく表現している。そして、僕は…………
「もう降ろして……」
「なぁーに言ってんのよ! あなたが海賊を襲おうなんて言ってるんだから、あなたが興奮しないでどうするの!」
バシィ!と僕の背中を叩くアンリ。痛いよ……。
「三人で海賊なんて襲えるわけないじゃん……」
「三人じゃないわ」
「え?」
「あなた一人よ」
「誰かァァァァァァァァ! ここに犯罪者がいまァァァァァァァす! おまわりさァァァァァァァァん!」
絶叫した。心の底から。
「今のところ犯罪者はあなただけどね」
「ハッ!」
そういえば指名手配されてましたね……。でもなんで?
そうこうしているうちに、船は海面に浮かんでいるのか沈んでいるのかわからないくらい持ち上がり、物凄い速さで進みだす。進路もこれまでとは違い、大きく左に旋回していることから、本当に最短距離で行くようだ。
しかし、方角とかわかるのだろうか?
「アンリ。海賊の場所とか、カメリアまでの位置とかわかるの?」
「わかるわよ。もともと魔女って海外から来た家系だしね。航海に関しての知識は色々あるのよ」
「誰から教わったの?」
「家にあった書物から」
不安しかないっ!
そこへするべきことはした。という感じのゼノが一仕事やり遂げた職人のような笑顔を振りまきながらこちらへとやってくる。
「いやぁ~、なかなかいいものですね! 速さが違いますよ、速さが!」
「お疲れ、ゼノ。海賊の位置は……ここから近いわね」
アンリは懐から海図のようなものを取り出し、そこに浮かび上がっている赤い点に注意を向けながらそう言う。黒い点は自分たちの船の場所だろうか。どういう原理になっているのかは敢えて聞かない。だって絶対わからないし。その海図をゼノも上から見る。
「夜には衝突しそうですね」
「ええ。夜はゼノも得意だし、私も問題ないわ。それに、ライトも当然いけるし……」
「は、はぁ!? 僕も戦うの!?」
二人は何かおかしい?という顔をして僕を見る。さっきの僕一人だけ戦わせるという発言は、あながち全て間違っているわけではないようだ。
「当たり前です。寧ろあなた一人の方がいいくらいです」
「何を根拠に!?」
「最強の一族でしょ?」
「ただの記憶喪失だよ! なんでこんなことになってるのか今まで聞かなかったけどさ! そういう事なら話してもらいます!!」
僕はその場にドカッと座り、頑として説明するまで動かない意志をここに示す。それを見た二人はやっぱりぃ?という感じでしぶしぶ僕に倣って座る。
「そうねぇ。どこから話しましょうか」
「アンリの方が詳しいので、アンリがどうぞ」
「ゼノは関わり薄いからねぇ……。じゃあ私が話すけど、あなたを拾った、いえ、見つけたのは二年前。第三次世界大戦が起こった後の事よ」
「拾ったって……」
アンリはどこから取り出したのか。眼鏡をスチャっとかけていた。アンリは形から入る人らしい。
「ええ。山の中で顔の四分の一が無くなったあなたを見た時は驚いたものよ。それでも何故か生きていたあなたを保護するためにゼノを呼び出して、二人で私の隠れ家まで運んで、その仮面をつけさせてもらったわ」
なんで生きてるんだろう……。
「でも、処置を施しても一向にあなたは目覚めない。しばらく安静にしていたのだけれど、一年経っても目覚めない。そこであなたの指名手配の情報が全国に広まりだしたの。」
「なんで!?」
「知らないわ、そんなの。でも、あなたをここまで追い詰めて指名手配にまでするのだから、異端審問部がらみでしょうね」
異端審問部。赤陸国に存在する武装集団だっけ。独裁国家の武装集団ってヤバい感じしかしない。
「だから私達はあなたがもし目覚めたとしても、追手が来ないように海外へと逃げることにしたの。まさか船の上で気が付くなんて、意外だったわ」
「なんとなくわかった。でも肝心の話をしてなくない? 経緯はわかったけど、僕の話全くされてないんだけど……」
「それについては複雑なのよ。私達も全部知ってるわけじゃないし。簡潔に言うけど、あなたは千堂の家系ってこと」
「千堂?」
「そう。世界最強にして、山賊の一派。人でありながら人を越えた"奇跡"を起こす超常の人。それが千堂。あなたの左手にある刻印もその証」
「ああ、これか」
僕の左手には十字架……、いや、この向きは逆十字か。それが赤色でくっきりと刻まれてある。深い意味なんかないと思って今まで無視していたけど……
「でも僕強くないよ?」
「戦ってみないとわからないじゃない」
「実戦で試せと!?」
ああ、風が気持ちい……今夜が僕の命日なんだろうか。
「そういうものよ。千堂っていうのは。でも千堂であることは隠しておいた方がいいわ。この先わかると面倒だから」
「? なんで?」
「そりゃあ、千堂が海外にいるってわかったら赤陸国から追手がくるかもしれないし、強い人がいるってわかったら周囲の人間はあなたを避けるか仲間にしようと群がってくるからよ」
知名度が高いとそうなるのか。僕は……悲しい。
「だからあなたはライト。ただのライト。わかった?」
「うん……、え、というか今はぐらかしたよね? 結局どう戦えばいいかわからないんだけど……」
都合が悪そうに二人はプイっとそっぽを向く。結局有益な情報が一度もない。
「ま、まぁそうね……。武器ならあそこにある、あの剣を使うといいわ」
「まさか……あれ?」
「うん、それ」
この船のど真ん中。本当は最初から気づいていたけど、なんか「ここにありますけど、何か?」とでも言いたげな雰囲気がビンビンだったのでスルーしていたが、剣が刺さっているのだ。木の床に。赤い剣が。邪魔なところに。
色々聞きたいことはあったものの、僕はその剣の前に立つ。長さ的に刀身の半分程が埋まっているようで、力を入れないと抜けそうにない。絵本である大きな株を引き抜くようにして、僕は柄を握って力を込める。
「ふぅ…………とりゃ!」
スポっ!
そんな効果音は一切出てはいないのだが、感覚的にはそんな感じだろうか。案外あっさり抜けた。
「お、おぉ……まさか伝説の剣をお主が抜くとは……」
「ゼノさんや……こ、これは勇者の資格を得るものにしか抜けないというあのの……」
「やめてよ、そんな芝居じみた事されても反応に困るよ……」
どこのRPGだよ。マンガの見過ぎだよ。でも、そういう知識は僕の中に残っているらしい。人体の神秘だね。
「と、いうわけで。目標発見よ」
「は?」
アンリは突然後ろを向いたと思ったら、確かに遠くの方で明かりのついた光源ががほんのりと光っていた。敵、という事は十中八九海賊だろう。気づけば辺りは真っ暗になっており、日は地平線の彼方でほぼ沈んでいこうとしている最中。幸いにも、この船の魔道具はもう止まっており、明かりもつけていないので、敵からはこちらを補足できてはいないだろう。
だが、不思議なことに僕の目は暗闇でもはっきりと物を視認できていることから、その千堂という一族の力の恩恵は確かにあるようだ。二人も何故か暗闇でも平気なようだったが。
「じゃあライト。あなたの出番よ」
「は?」
「いっちょ泳いで奴らの資源をかっさらってきて」
「じ、冗談だよね……?」
「あ、わかるぅ?」
じ、冗談だったか……悪趣味だよ……。
「泳ぐのは冗談。下に小舟が取り付けてあるからよろしく」
「嘘つきぃぃぃぃぃ!」
僕はアンリに飛びつき、頭の側面をゲンコツでぐりぐりとねじくりまわす。
「痛い痛い! ご、ごめんって! ゆ、許してぇ~~!」
「君がっ! 泣いてもっ! 漏らすまでっ! やめないっ!」
「どんな基準よっ!」
失禁するまでは反省してないとみなす!
しかし、その時僕の中にある妙なセンサーらしきものが何者かの接近を感知する。夜の闇に紛れて何体かがこちらへと向かってくる……?
「アンリ……静かに……」
「…………ッ!」
僕が顔をアンリに近づけて小声で話す。何故か顔が赤くなっていたが、僕の真剣な表情から察したのか、アンリも真顔になる。
「ゼノさんはここで待機して……アンリはゼノさんを守ってほしい」
「あ、あなた……」
アンリは豹変ぶりに驚く。これが世界最強と言われた一族のなせる技なのかと。記憶を失っていても、その戦闘能力や状況分析は失われていない。アンリがゼノより強いという事も直感で気づいているようだ。
ライトはゆっくりと立ち上がり、剣を構えるわけでもなく腰の位置に持ってくる。
「敵は……船でこちらへ来ている……。数は……五隻……。それと……下から?」
敵を感覚で察知する。海と言えば水面から攻める以外ない筈。しかし、ライトの直感では下から、水面下からも潜ってきているようだ。数は不明だが、良くない気配を海の中から感じる。
「ゼノさん。アンリも。海の中からも敵が来る」
「「!!」」
「もしかしたらこの船ごと沈められるかもしれないから、その時は敵の船を奪うから」
「え、ええ」
「わ、わかったわ」
ああ、なんか普段とは違う感覚だ。思考がクリアに、意識は研ぎ澄まされて、目的が略奪という考えに染まっていく。殺して…… 奪って…… それで……
「戦闘開始」
僕はまず船の後方の方から登ってくる敵の排除から始める。
こんなに走れたのか?という超スピードで僕はその場へと向かい、敵の小舟と姿を視認する。数は三人。軽装な装備に手には一般的な剣。そして、今まさに上登ってこようと縄を放り投げようとしていたところだった。
「う、嘘だろ!?」
「何故分かった!?」
敵は明らかに動揺していた。なので僕はその剣を勢いよく目の前の一人に投げ付ける。
バシュ!!
剣は見事に敵の頭部に当たる。剣速+重力の威力。血が噴水のようにあふれ出し、敵の一人は踊り狂ったようにして絶命した。それを見た二人は恐怖を感じつつも、武器を構えて戦闘態勢を作る。
「おせぇ」
しかし、僕は一気に敵の小舟へ向かって飛び降り、敵が剣を頭上に構えようとしたところで掌底を二人の腹と頭に叩きつけた。くらった敵はグチャ!メキィ!という気色の悪い音を立ててその場で絶命する。
「…………下にもいるか。でもまずは残りの小舟だな」
頭部に刺さったままの剣をブッコ抜くと、跳躍だけで船の上へと帰還する。敵の反応的に、もう上へと上がってきているようだ。急がねば。
アンリ達の所へと戻ると、十人ちょっといる敵がアンリとゼノを包囲していた。しかし、敵は動いていない。いや、動けないのか?アンリの周囲にある光る線が敵の侵入を防いでいるようだ。魔女だというのは間違いではないということだろう。
敵はこちらに気づいていない。ならば。先手必勝。
最高速度の移動スピードで敵の背後を取り、敵が視認する前に絶命させる!
バシャ! バシュ! グシャ!
アンリからみたら敵が勝手に血しぶきをあげているだけに過ぎないだろう。だが、実際のところはライトが高速で動き、高速で剣を振っただけに過ぎない。もはや戦闘技術ではなく、圧倒的な力の差が死という現実を作り出していた。
でも、僕は戦闘姿勢を崩さない。僕の意識は真下へと注がれる。
「…………まだいるな」
「えっ?」
下にうごめく敵の気配が未だに消えないことにライトは焦りを感じていた。下の敵の動き次第ではこの船を放棄する必要がある。幸いにも、敵の残していった小舟が何隻もあるのだが、小舟では満足な戦闘はできないだろう。
「ゼノさん、アンリ。下の敵の正体はわかる?」
「わかりません……」
「私も……」
困った。敵の数も正体もわからないままだと、こちらからは迂闊に動けないし、このままずっと張り付かれたまんまだと精神的に身が持たない。水中の敵に対応する攻撃なんて……
「二人は水中の敵に対して有効な攻撃手段とかない?」
「ゼノは結界系だしねぇ……私は魔術だけど実戦向きじゃないし……」
「なるほど。つまり二人は本当に僕任せだったと……」
僕は怒りよりも呆れる方が勝っていた。長ったらしい航海の旅は戦力不足による厄介ごとの回避に当てられていたわけか。しかし、僕を助ける為にこんな大掛かりな……うん?なんで僕一人の為にここまでしてくれてるんだ?
ゴン!
「!!」
どうやら海中の敵が本格的に攻撃を始めてきたようだ。何か棒のようなもので船を叩く音が聞こえる。しかし、攻撃の手段がない。音からして船体の真下となれば泳いで攻撃するしかないのだろうが……
手にあるのは剣一本。泳げはするが、水中で戦うなんてことは土台無理な話だ。人はね、陸で生活する生き物なんです。
ゴン! ゴン! ゴン! ……………ドォォォォン!
ついに船底が壊されたらしい。海水が浸水してくる音が聞こえる。
「ら、ライトっ! あなた水中では……戦えるのかしら……?」
「戦えません」
「お、終わったわ……。ああ、肉に目が眩んだせいなのね……」
「ホントだよ」
戦闘中だというのにヤケに冷静な僕はなんでなんだろう。これも千堂とかいう血のせい?
グラグラと船が揺れだす。本格的にもうオシマイらしい。小舟があってもそれでどうこうできるものではないだろう。水中の敵からしたらいい的だ。しかし、船体の四分の三が沈んだ時点で、何故か敵が僕らの前に姿を現した。
それはとても美しい女性だった。しなやかな髪。透き通るような肌にくっきりとした目鼻立ち。女性特有の大きな胸はその長髪で大事な部分が隠されている。
「…………おいで?」
女性が話す。綺麗な容姿も相まってとても魅力的な声だ。上半身だけ出していて、下半身は未だに船で隠されてはいるが、どうしてこのタイミングで出てきたのだろうか。というかなんでこっちに誘ってる?
「…………おねぇさん。敵なんでしょ?」
「!?」
なぜか驚く女性。そして、似たような容姿の美しい女性は彼女だけでなく、この船を囲むように何人も顔を出してきた。
「……なぜ効かないの?」
「まさか玉無し?」
「そっち系?」
…………なんか失礼なことを考えていることはわかる。男としての大事な部分を汚された思いだ。絶対に生かしておけない。
「……シネ」
思わずそう口に出てしまった。すると、目が合っていたその女性は急に動かなくなり、そのまま後ろへ倒れこむようにして姿が見えなくなった。
バシャン!
海に落ちたようだ。実際は海に倒れこむ、といった表現の方が正しいのだろうが、それでも受け身も取らずに海に落ち込んでいくのはおかしい。それを見た謎の女性群は驚いたようにしてその仲間の元へと集っていった。
「う、嘘……死んでる……」
「カティア……カティアァァァ!」
「あ、あの男がしたというの……?」
どうやら今倒れこだ女性はカティアというらしい。やっぱり僕がしたのか?死ねって言っただけなのに……
後ろのゼノとアンリも驚いている声を出す。
「ま、まさか……あなたのは『弱点に至る一撃』ではなかったのですか!?」
「嘘……学校で一悶着あったのは知ってるけど、あなたの言葉だけで物を壊したのって今の事!?」
学校? 一悶着? 知らない。知る筈がない。自分の名前すら知らないのだから。でも知りたいとも思わない。僕は僕なんだから。不安な部分もあるけれど、僕は僕らしく在れればそれでいいような気がするんだよね、不思議と。
「か、カティアの仇ィィィィィ!」
女性の一人が奥の方から槍を片手に僕へと飛び込んで来る。もしかしたら女性の真っ裸でイケナイ部分が見えちゃうのでは?とも思ったが、そんなことはなく、下半身にはヒレがついていた。海に棲む魚の特徴である尾びれ、うろこ。下半身丸ごと魚である姿は、まるでおとぎ話に出てくる人魚そのものだった。
その人魚が船の上にまで出てきて僕を襲うなんてことは命がけであることの証。だから、僕も命がけの一撃を人魚に向かって放つ。
バシュゥゥゥゥゥゥ!
血しぶきが舞う。高速の三連撃を人魚の腹部に斬り裂く。当然の如く、人魚はその時点で絶命した。グチャグチャと人魚であったものの肉塊がそこら中に散らばる。
「ひ、ひぃぃ……」
「ば、バケモノ……」
「や、ヤバいよ、あいつ……」
バケモノ? ああ、そうだろうね。なんだか懐かしい響きがする。もしかしたら以前もそういう風に呼ばれていたのかもしれない。これまでに多くの生き物を今みたいに奪っていたのだろうか。だから指名手配とかされていた?だったら悪いのは僕なのかも……。僕の存在は世界にとって害悪なのだろうか……。
そう考えていると、人魚の集団は示し合わせたように撤退をしようとする。それを見た僕は思わずこんな言葉が出てしまった。
「……あ、動かない方がいい。君たちが逃げるのであれば、さっきみたいに殺すけど……それでもいい?」
ピタっと、その動きが止まる。離れたところから声だけで人魚を殺せる力の持ち主。それも、一度は目の前で体験しているのだ。疑う余地もない。
「あ、今下に潜りこんだ人魚がいるね。聞こえてるんだろ? こっち来な」
「「「「…………」」」」
それに加えてその感覚である。水の音すらさせずに逃亡を図った仲間のことまで見抜けるとあらば、もう逃げる事すらできない。その人魚は確かにその言葉を聞いていた為、観念したようにして戻ってきた。
僕とゼノとアンリは、もう膝の位置まで沈んでしまった船から小舟へと移り、人魚たちの軍勢を改めてみる。
数は十二。意外といたようだ。槍を僕らへと預けた人魚たちは戦意を失ったようにうなだれる。
「君達は……あの海賊と手を組んでいるの?」
未だに遠方にある船を見ながら僕は聞く。きっと彼らは僕らの船が沈んだことで今頃歓喜の最中ではないだろうか。こちらの方へとゆっくりと近づいてくるのがわかる。
「え、ええ……」
「なんで海賊と? お互いにメリットはあるの?」
「そ、それは……。私達の女王、ミリアネート様があいつらに捕まっているからなんです……」
ほうほう。つまり、人質か。大変だねぇ……。
「あいつら、私達を奴隷のように働かせて……」
「もし自分たちがやられそうになったら私らを使って船を沈めて、その資源を海中から奴らへと渡すことになってるんです」
なるほど。一斉に襲ってこなかったのはそういうことか。出来るなら船は沈ませない方がいい。資源もあるし、船ごと奪えるからだ。だが、自分達がやられてた時の為に、保険として人魚を使い、敵毎沈めた上で資源を奪う。なかなか合理的ではある。
「君達だけで海賊と戦えばいいんじゃない?」
「海の中からなら戦えますが……彼らには大砲もありますし、機雷のようなものも装備していますから……。それに、彼らの船は水中に潜ることもできるんです……」
何!?
敵の船はもう目と鼻の先まで来ている。複数人の声がちらほらと聞こえてきだした。
「…………わかった。だったらあの船を僕が制圧したら、君達も僕のいう事を聞いてほしい」
「で、出来るのですか?」
「やってはみる。君達のその女王とかいう人も人魚だろうから一目でわかると思うしね」
「人ではないですけどね……」
ツッコまないで。僕だってわかってるから。
本当はその女王とかいう人魚のことなんかどうでもいいんだけどね。どちらにせよ、僕らの船は沈んでしまった。結局のところ、僕らが生きるためには敵の船を奪う必要があるのだから。
「じゃあ人魚さん達。この二人をお願い」
「え、ええ……」
「あ、間違っても殺したり、敵に引き渡したりしないでね? そんなことをしたら……わかるよね?」
ブンブンと激しく首を縦に振る人魚たち。僕の顔ってそんな怖いかなぁ……。あ、顔の半分を仮面で隠してたらヤバい奴にしか見えないか。この見た目もどうかしたいなぁ……
僕は剣をベルトに差し込んで敵に船へと向かって跳躍する。ホント、確かにバケモノじみた身体能力だよ…………。
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