第51話 もう忘れないで


「お、落ち着いた?」

「……はい。もう大丈夫です、私ではあなたに傷一つ付けることはできないと理解しました」


 理解するのに三十分もかけるとは……もっと早く気付いてほしかった。それまでの間、五条は近距離攻撃は自身の身が危ないと思ったのか、遠距離から石や枝。遂には倒木を持ち上げて僕に投げ付けるという、以前とは成長(?)した姿を見せつけるように攻撃してきた。しかし、僕は『攻撃』という概念に反応して"奇跡"が自動で発動するため、どう考えても無意味だった。


 五条が見晴らしのいい場所でゴロンと横なったのを見て、僕もその横に足を組んで座る。


「なぁ巴」

「なんですか?」

「今頃学校はどうなってんだろうね」

「ああ、新政府が独自の学校施設を作るそうですよ。徴兵制度も作られるようですし」


 さらっと五条が呟く。僕はテレビとかあまり見ないからなー。そういうの人に聞いて確認するタイプだし。


「なんか軍事国家みたいだね」

「みたいではなく、そうなります。アヴェンジャーも名前を変えて、異端審問部と名乗っていますし、もう安全な世の中ではないですよ」


 元々安全な世界なんてないですけどね、と五条は付け足す。


「学校は妖魔討伐の為の訓練施設にもなって、さらには世界に対抗するための武力として利用されるので、学力よりも身体的な強さが重要視されます。近代兵器から、妖魔に対しての知識など、さまざまな分野の事を学ぶそうですよ」

「なんかゲームで言うギルドとかもできそうだよね」

「そう言ったものはありませんが、警備のための傭兵とかの職業が増えるだろうと言われてますね」


 警備会社が儲かりそうな話だ。しかし、今までとは違って人以外のバケモノを相手にするのだから、大変だろう。


「赤自の方針って決まったの?」

「その呼び名は知ってるんですね。はい、異端審問部とは違い、私達は私達で自衛をして、闇の傭兵部隊として活動するつもりです。そこらへんは小夜さんが情報提供してくれてますからね。国内だけでなく、海外への派遣も考えているのだとか。今のうちに旧自衛隊と旧祓い人の家族や親せきなんかもこの場所に住めるように手配していくつもりです」


 さすが幸宗さんの孫だな。情報が豊富だ。単純に僕が知らな過ぎていることは否めないけど。


「じゃあもう学校のみんなとは会えないんだよね……」

「そうですね。寧ろ合わない方がいいですよ。彼らにとって私達はもはや不法滞在者みたいなものですから。さらに、異端審問部は私達を妖魔と同列レベルに思ってますから、黒霧たちのことは……もう敵だと思ってもらった方がいいのかもしれません」


 同級生が二三日で文字通りの敵になるなんて思ってもみなかったよ。


「せっかく助けたのにね……」

「ですが、千の宮だけは奴ら、町の住民ごと殲滅するつもりだったようなので、只人たちの不満は大きいそうですよ。ここに限って言えば、私達は彼らのヒーローですよ」


 そう言ってもらえると嬉しい。でも、所属的には敵であることには変わりない。なんだかんだ色々とあったけど、僕は黒霧たちとは友達でいたかったのに……


「千堂の方針はどうなんですか?」

「変わらないよ。でも、一堂だけは殺す。そうなってる」

「そうですか……」


 そうだ。もうそろそろ睡蓮という人が帰ってくる頃かもしれない。一度戻ってみよう。


「僕はちょっと行くところがあるから、ここで別れようか」

「そうですね。あ、私はまだあなたに対する復讐は終わってないので、その辺はあしからず」


 マジかよ。


 五条はそう言うと何事もなかったかのように山を下りていく。もう本当にすることがなくなったので、僕は少し千特区の風景を眺めた後、ゆっくりと立ち上がったところで……




 ドクン……




「…………!?」


 身体が熱い。いや、左手が熱いのだ。刻印が……真っ赤になって、燃えるように輝いている。


「な、なんだ…………?」


 熱い、熱い、熱い、熱い。段々とその熱さは酷くなっていく。いつ火がついてもわからない。そのくらいの温度まで達した時。不意に山の中から何かが高速で近づいてくる気配がする。


 敵……、なの……か……?


 瞬時に戦闘態勢が整えられる。僕の意識とは裏腹に、僕の体は自然とそうなった。つまり、千堂の力が敵の接近だと判断していることになる。


 ドォォォン!


 ものすごい着地をしながらそれはやってきた。青い服に右の首筋に青い刻印。千堂であるようだが……。のそのそとその男は無言でこちらの方へと歩いてくる。


「君は……異端審問部なのか……?」

「…………」


 男は答えない。しかし、その両手には二丁銃が握られている。という事は……?


「……睡蓮さん?」

「ご名答。しかし、身体は……だがな」

「!!」


 つまり、心は別物だということ。そして、僕の刻印が赤くなったという事は……


「一堂か」

「お久しぶりです、兄上。今のあなたは義理の兄、という感じだろうか? まぁ元々血がつながっているのかもあやふやだったが」


 何……を……言って……いる……?


「……お前が何を言っているのかはわからない。でも、そんなことはどうでもいい。安具楽さんやハンクさんの仇はここで……討つ!」

「仇討ちなんて言葉を本気で使うとは。千堂とは思えない発言だな。まぁ、お前のの刻印は俺が刻んだものだがな」

「なんだと……?」

「孤児院で私が初めに"奇跡"を与えたのはお前だという事だよ。その刻印をあたかも最初から自分の力だと信じ込んだお前は俺を見捨てて他の千堂と一緒に施設を抜け出した。俺を置いてな」


 そんな……事が……


「で、でもそんなことで……」

「そんなこと? そんなことだって? 俺が今までどのくらい苦しんだと思っている! 粛清隊の内部で日々妖魔を狩ることを義務付けられた俺の気持ちが! 仲間を殺して生き延びてきた俺の気持ちがわかるものか!」

「…………」

 

 粛清隊の内情なんかは知らない。でも、余程酷いことが行われていたらしい。ということは……


「僕が粛清隊に捕まっていた理由って……?」

「俺と同じ苦しみを味わってもらうためだ。もういい。無駄話はここまでだ。いい加減死んでもらわなければ俺の気が晴れない」


 と、ここでどこからか声が聞こえてきた。


(さぁ、俺を呼べ。一度限りの奇跡をここで起こしてやる)


「で、でも……」

 

 一度出てきてしまったら、後は影道が無くなってしまうという事。それは……僕が彼を殺してしまうようなものだ。


(いいから。もう仲間を呼んでも間に合わない。大丈夫だ。出てきた後はお前に体を返す)


 それがダメだってんだよ! 分かれよ! 僕は……お前なんだぜ……?


(一度死んだ身としてはもう思い残すことなんてないのさ。やり直しの機会が得られただけでも俺は幸せ者だ。ありがとう、そして、生きろ。元が千堂でなくたって、刻印が刻まれなくたって、お前はお前自身の手で刻印を生み出した奇跡の人なんだからさ)


 ああ……、わかったよ……、ありがとう……。


「……? 覚悟は決まったか?」

「…………千の道は果ての道。"異端狩りの千堂"。千堂影道。ごめんな、そして、これはケジメだ。俺と一緒に死ね」

「……!!」


 雰囲気が変わる。以前の、昔の、最果ての千堂に。それを悟った一堂も、覚悟を決める。


「全ての道が俺の道。"千堂を殺す千堂"。一堂影虎。お久しぶりです、兄上。ですが、亡霊は亡霊らしく、一人で死んでくれ」


 あ、あれ……意識は……少しはあるのか……?


 僕は体を動かしている感覚はないものの、不思議と視覚とかの感覚は残っているようだった。だから、なんだか自分が幽霊になったみたいでふわふわといた感じとなる。


 僕、いや、影道は一堂と相対したまま動かない。


「なぁ、その身体はどうなってるんだ?」

「答える義理はありませんよ。ただ一つ言える事は、この場で殺せるとしたら俺ではなく、この千堂だという事になるという事だ」


 実質傷つけずに制圧するしかないのだろう。しかし、一堂の能力は使えるのか?


「俺の能力も勿論使える。まぁ、俺の本体は今は無防備だがな。異端審問部に任せてあるからお前たちにはどうにもできないだろうから関係ないことではあるが」


 どこにあるのかもわからない本体なんか殺しようもない。もうここは睡蓮さんを……


「それでも俺はお前を殺す。もういいだろう、話すのは。ここでお別れだ」

「そうか……なら何も言うまい。では……」


 僕は構える。身体が構える。一堂も構える。冷静に構える。


 一瞬でトップスピードに至った二人は、猛スピードで衝突しようとするトラックのようにその距離を縮め……




「『死を悼む一撃』!」

「『生を否定する一撃』!」




いつか見た記憶の中の光景とは少し違った内容に疑問を浮かべながらも、僕はそこで意識を失ってしまったのである…………。














 揺れる 揺れる 揺れる


 地面が不規則に動く。潮の匂いと心地の良い風が顔に当たってこそばゆい。


 水の音。波の音。人の声。


 ビュービュー ザァーザァー 音がする。


 日の光を感じて僕は目をゆっくりと開ける。眩しい。普段浴びているものよりも体感もっと明るい気がする。しかし、僕の顔の右半分が何かで覆われている。ここでようやく僕は体を起こす。


「………………?」


 鉄のようなものが直接顔に埋め込まれている。鉄仮面? その半分バージョン? なんで?


「……あ、起きたのね!」


 綺麗な女の子が僕に気が付いて小走りでやってくる。ここはどうやら船の上らしい。木造で所々痛んでいる部分はあるものの、しっかりとした造りで大きさも十分あることから、大昔の海賊船みたいだった。帆とマスト。舵もある。それ以外はよく知らない。


「えへへへぇ、ビックリしたでしょ!」


 かわいい。じゃないや。


「ここは……ドコ?」

「見ての通り、海の上よ! 山賊の家系からしたら不満があるかもしれないけどね」

「山賊……え……何……?」


 ここでようやく女の子の様子が変わる。そこで、甲板の奥の方から眼鏡をかけた知的そうな執事服の男がこちらの方へとやってくる。


「お久しぶりです、ヒカリさん。ああ、あなたは覚えていないんでしたよね。でも一度学校の校門の方でもお見かけしたと思いますが……」

「え、ヒカリ? 誰それ?」


「「……!?」」


 驚いた様子の二人。それを見て僕はなんか悪いことをしてしまったような感覚に陥る。


「な、なに?」

「あ、あなた自分の名前は?」

「な、名前? そういえばわからないや……」


 思い出そうとすればするほどわからなくなる。ここに至るまでの記憶が、感情が、魂が。音を立てて崩れていく感覚だ。大切なものも、そうでないものも、全て丸ごと、暗闇に落ちていくような……そんな感覚。


「わ、私は一宮よ! 一宮アンリ! あなたと……同じ学校だった……」

「一宮さん……? ごめん、わからないや……」

「そんな……」


 口を開けて慄く一宮。たまらずもう一人の男も名前を連呼する。


「私はゼノですよ! ゼノ! 吸血鬼の主と一緒だった……」

「ゼノ? かっこいい名前だね。でも吸血鬼? そんなもの実在するの?」

「ば、バカな……」

「あなたのはもう一度は消されてるでしょ……」


 消される? 記憶がってことか?


「それよりも、この仮面? みたいの何さ」

「それは……取らない方がいいわ。あなたの顔、四分の一は無くなってるから……」

「なんで!?」


 無くなってるのに僕生きてるの!?


「それはこのゼノと私の研究の成果よ。彼の結界術と私の魔道具。それを組み合わせて本来あるべき筈の物を、仮定として一時的に仮想現実として実在させるっていうデタラメな代物なんだから」

「む、矛盾過ぎる……」

 

 ドヤ顔で説明しているところ悪いが、僕はその説明で納得するところが一つもない事に不安しかなかった。隣のゼノもなんか褒めてください!って感じだし。


「僕は……ヒカリって名前なの?」

「記憶がないんじゃわからないわよね……。でもこの際偽名を覚えさせましょうか。ヒカリだから……ライト。うん、ライトがいいわ!」 


本人の前で偽名とか言うなし。


「なんで偽名にするの……? もしかして何かヤバい組織に狙われてるとか……?」

「察しがいいですね。その通りです。あなたは国内では全国指名手配中でしたから。でももう安心です。顔を隠す仮面。偽名。ほら、すっかり別人です」

「すっかり狂人だよ! 顔を隠すために仮面してたら目立って仕方がないって!」


 シリアスなのかわからないな!おい!


「大丈夫よ。今から行くところはカメリア。個性が個性として全て認められるなんでもありの国。自由と異形が渦巻くデッドでハードな異端の地だもの」

「安心するとこあった?」

「楽しみね! 私、海外に行ったことなんて一度もなかったから……。第三次世界大戦が始まってからは全く別物になってるけど!」


 僕の話はもはや聞かれてすらいない。え、というか第三次世界戦って言った?


「戦争が起きてるの……?」

「その辺の知識もないようですね……。第二次までは人と人。この第三次世界大戦は人と人以外に、それ以外も入って来ています。もはや、国同士の戦いではなく、人外対戦といった感じでしょうか」

「大惨事じゃないかっ!!」

「あ、うまーーいっ!」


 二人はキャッキャいいながらはしゃいでいる。一宮さんはいいけどさ……ゼノさんはちょっと絵面酷いよ?


「そ、それで今はいつなんだ?」

「ああ、それね。年号が変わったからどうせライトは知らないか」


 ライトという偽名をもう既に使いこなしている一宮は未だに混乱しているライトに対してこう答えた。


「今は令和。令和二年。第三次世界大戦からちょうど二年経った頃ね」




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