第50話 一生に一度のお願い
「ではヒカリ、今後はどうしますか?」
「……そうですよね。ここまで来たら本格的に全面戦争をするしかない。影道から言われたんですけど、彼は一度一堂にやられてるんです。そして、僕は粛清隊に送られた。確信は持てませんがおそらく間違いないでしょう。だから……僕は行くなと言われました。そして、一の位全員で行かないと勝てないとも」
水城さんの矢で一堂らが全滅したとは考えにくい。敵は一堂だけではない。彼が増やしたアヴェンジャー達もいる筈なのだから。
「敵は異能を使う。だったらオレの出番だろう?異能殺しのオレがいれば一堂を倒せる」
そうだ!蓮也さんは確かそういう"奇跡"だった!蓮也さんさえいれば……
「敵は最果てに至った千堂です。異なる異能が干渉しあった時。概念昇華の度合いによって結果が変わる筈です。蓮也、あなたはまだ最果てに至ってないでしょう?」
「う……それは……そうだな……」
水城の言葉で蓮也は意気消沈する。対異能特攻の"奇跡"。一堂に有効であれば問題はないのだが、確証は得られない。
「ともかく、揃えられる千堂を集めるべきでしょう。今現在いる一の位は私と蓮也、小夜、英治、修栄の五人です。戦闘に行くとしたら修栄以外の四人でしょう。しかし、これでもまだ足りないような気がします。他に有効となる"奇跡"を持ってそうな千堂を探すべきでしょう。小夜」
「そうね……。じゃあ探してみるわ……、ちょっと待ってて」
安具楽とハンクが死んで落ち込んではいるものの、もう悲しんではいられないとばかりに気を持ち直し、スマホを操作する。しばらくの間、小夜のカタカタカタという操作音だけが響き、そして
「…………ダメ、誰もいない。そもそも、万能の能力をもつ相手に対抗できそうな"奇跡"なんていないし、私だってすべての千堂の"奇跡"を把握してるわけじゃない。四人で行くしかないわ」
「そうですか……」
四人でも勝てそうな気もするが、敵は最強の千堂を二人も倒したのだ。勝率は上げれるだけ上げた方がいいだろう。
「そういえば睡蓮って人は逃げられてるんですよね?」
「……あの二人が助けた私の弟ですね。はい、今こちらに向かっているでしょう」
「関係ないかもしれませんが、その人の"奇跡"って何なんです?」
「『無限の宝物殿』です。彼は重火器を用いるのですが、あらかじめ弾倉を固有の結界内に内包しておけばノータイムで弾を撃ち続けられる戦闘タイプの弓ですね」
もはやツッコむ気力すら起きない。弓ってなんなのだろう……
「その睡蓮さんがここに到着するまで待つことにしませんか?今できる事と言えばそのくらいですし……」
「そうですね……。私の一矢がどのくらい効いているのかわかりませんが、今日は何も出来ないでしょう。弟がここに着くのは夕方くらいでしょうから、それまで解散ということにしましょうか」
全員が頷く。ここで話し合ったことや映像は里の千堂にも伝えられるようなので、実質全ての千堂が情報を共有したことになる。何か有用な情報を持ってきてくれる千堂がいるかもしれないし、英治さんもこの場に向かってきてくれるだろう。それに、一旦僕たちにも落ち着く時間が必要だった。同じ仲間を、家族を失うという事に対する心の整理をする時間が。
僕は千特区を見て回ることにした。なんだかんだで落ち着いて見て回ったことはなかった。この機会に僕の家以外の周りの施設を見学してもいいのかもしれない。…………本当は何かしていないと気が休まらないというものあるんだけど。
「これはこれは、また会ったなヒカリ様」
「てっへらー☆藤野ちゃんでーす!お久しぶりですね!」
祓い人の兵衛さんと藤野さんだ。気が付いたらボーっとしていて祓い人の区画に来ていたらしい。この二人とはなんかしばらく会っていないような気がする。
「お、お久しぶりです……。そういえば千の宮の祓い人の被害ってどのくらいだったんです?」
「そうだなぁ……三人死んだ。怪我人は何人か出たが大したことはないな。千堂様が来た後は実質死傷者なしだ」
水城さんやあの小竜君とかも向かったので当然と言えば当然の結果だろう。たとえアヴェンジャーがいたとしても、彼らの"奇跡"の前では練度が違うだろう。
「水城さんたちは凄いなぁ……」
「私もちょこっと戦闘シーンを見たんだけどね~。水城さん凄かったわー。あれは格が違いましたわー」
遠い目をして藤野さんはぼやく。そういえば藤野さんは水城さんに失禁させられてたんだよな。社会的に殺されたんだから何か思うところもあるのだろうが、戦闘力の違いに改めて圧倒させれたというところだろうか。
「あそこで勝ってれば水城さんは私のお婿さんだったのに……」
「…………」
違った。まだ諦めてなかっただけだ。的当ての報酬で水城さん結婚することを望んでいたのは本気だったらしい。
「それと訂正なんですがね。もう俺らは祓い人じゃないんですよ」
「? もしかして全国的に壊滅したから新しい名前になるとか?」
「流石千堂様。察しがいい。『
「自衛隊も加わるんですか?」
複雑そうな顔をしながら兵衛と藤野はお互いに見合わせる。
「今回の件で祓い人だけでなく、自衛隊も壊滅してしちまった。この国の武力といったらアヴェンジャーだけだからな。それに対抗するにはもうなりふり構っていられないんです」
「アヴェンジャーがいい国にしてくれる保証はどこにもないですからねー……。ここは体裁とかは無視してお互いに手を組むしかないということになりましてー……」
切羽詰まった状況なのだろう。自衛隊との結びつきは今まであったのかはわからないが、二つの武装勢力が合わさるということは簡単なことではない筈。それぞれに部署があり、ルールがあるのだ。それが主義主張が異なる組織であれば尚の事。
「大変みたいですね……」
「まぁそこは幸宗様がなんとかしてくれているからな。ここに本部を構える手前、幸宗様がトップになる。隊の編成とか基本方針とかを綾子様と一緒にやってるんだから大したもんだよ」
「今あの二人は余裕がないよね~」
余裕がない……? 綾子さんに限っては昨日五条を説教しに家まで来ていたというのに……。孫の説教がそれほどまでに重要だったのだろうか。
「これからどうなるんですかね……」
「千堂様は自由にしてくださるだけで結構ですよ。俺たちは敵対しないだけでも感謝してるくらいなんですから。それに、こんな立派な施設を提供してくださるなんて、夢のような話です」
仮設施設、という割にはもはや一つの都市化してるので、祓い人からしたら神の恩恵を得られたようなものだろか。あ、もう赤自特別防衛人民軍だったか。長いな。
「そういえば苅田町の区画から来た、ええっとぉ~……九寺さん?がヒカリ様に会いたがっていましたよ~?」
「? 普通に来ればいいのに……」
「そんな軽くは行けませんってぇ~。千堂様の区画なんて恐れ多すぎて余程の事が無ければ近寄ることすら憚られるますもん」
そういうもんかなぁ……。少なくとも、僕に対しては普通に接して欲しい。
「うん、わかったよ。僕の方から行ってみる」
「なんか催促したみたいですいません……」
「別にいいですよ。今少し時間があるんで、何かしていないと落ち着かないんです」
「…………何かあったんですかー?」
僕の神妙な面持ちに二人は察してくれたのか。申し訳ないと思いつつも好奇心が勝ったようで聞いてきた。僕は軽く事の経緯を説明した。
「安具楽様が……」
「一の位の千堂様が……無くなるなんて……」
千堂が死ぬ。それも最強の千堂が。その事実は今回の件の大きさが改めて実感できる出来事だったのだろう。二人は気の利いたことが言えなかったのか、別れの挨拶をしてどこかへと行ってしまった。僕の心境を察してそうしてくれたのだろう。確かに今は深くは聞いてほしくはなかったからありがたいことではあったのだが。
赤自特別防衛人民軍。長いので略して赤自とみんな呼んでいた。僕が見た限りでは、昨日までは自衛隊はいなかったのだが、今見てみると迷彩服のテントや服装を着た人たちが慌ただしく動きまわっていた。テントなのはきっと自衛隊が施設の提供を拒んだ為だろう。人民を守る我らが人民に助けられてはならないとか言いそうだし。
そのテントの密集地帯を抜け、今度は立派な二階建てや三階建ての白い建物の施設が見えてきた。ここが旧祓い人の施設なのだろうか。旧自衛隊の人たちも遠慮することないのに……
「あ、ヒカリさん!」
「安城さん。昨日ぶりだね」
「はい!なんか一日会えないだけで寂しく思えますね」
安城さんは明るい声で僕に話しかけてきた。出会った当初を思えば劇的ビフォーアフターである。何が彼女を変えたんですかね……答えはこのすぐあと。
「おう!ヒカリも来たのか!」
「蓮也さん……蓮也さんは安城さんの稽古をつけに来たんですか?」
「まぁな。あの後することもねぇから安城の稽古をつけることにしたんだ。オレも……安具楽みたいなことになるかもしれねぇからな」
「ち、ちょっと!あんたがそんなこと言わないでよ!」
「安城。この世は常に戦場なんだ。強い奴だろうとひょっこり死んでしまうこともある」
「で、でも……」
「オレの弟子になった以上は千堂流の極意を極めてもらう。安城は千堂じゃあねぇからこれは強制だ」
「うぅ……わかったわよ……じゃあ、私のいう事も聞いて」
「なんだ?」
「あかりって呼んで」
ナニコレ。いつからここはラブコメになったんだ?
「? まぁわかった。あかりもオレの呼び方なんか好きにしろ。千堂は名前の呼び方なんか誰も気にはしちゃいねぇ」
そういえば敬称とか呼び方とか誰も意識していないかった。呼び方とかどうでもいいとすら思っている節がある。一応ランクはあるものの、絶対ではないと言っていたし、あくまで指標だから偉いわけではないらしいし……。本当の意味での序列という概念がないのかもしれない。
「じゃあ……蓮也」
「なんだぁ? 顔を赤くするところじゃねぇだろ?」
「う、うっさい!黙れっ!バカ蓮也っ!」
ポカポカと安城は蓮也を叩く。しかし、たとえ本気で殴ったとしてもノーダメージである蓮也にとっては防ぐことも躱すことも無意味である。
「あかりはまず筋力をつけるところからだな……。で、ヒカリはなんでここに来たんだ?」
「最初は気まぐれだったんですけど、九寺さんが僕に会いたがってるって聞いて……」
「九寺なら観月と一緒にいるわ。あそこの家よ」
安城がそう言うと一つの小さい小屋のような家を指し示す。相変わらずの白い家ではあったものの、周囲の建物と違って一際小さいのでわかりやすい。逆に言えば他の家が大きいともいえるのだが。
「なんで少し小さいんですか?」
「三人しかいないからよ。他の地域の祓い人は他の地域同士で交流があったりするものだけど、私達は辺境だったし、唯一交流のある隊長や副隊長は……」
そうだった。本来であれば強い祓い人が生き残るものだが、弱い彼女らは守られて生き延びている。例外みたいなものだろう。
「…………ごめん」
「いいのよ。仕方のない事だし。ヒカリさんや蓮也が来なかったら全滅して終わリだったんだから」
「そうだぜ! 感謝しな!」
「蓮也は黙ってなさいよ!」
仲がよろしいことで……
「じゃあ私達はあの山の所で稽古をするから。ヒカリは九寺をよろしくね」
「うん、わかったよ」
よろしく、と言われたものの、何をよろしくするのかわからない。根本的になんで九寺さんに呼ばれたんだ?
二人と別れた後、僕は安城さんが教えてくれた家へと向かい、チャイムを鳴らす。電気設備やこういうチャイムなんかも千堂であれば作るのは造作もないのだろう。いったい何人の千堂が関わったのやら。
ピンポーン
「はーい、勝手に上がってきてくださーい」
奥の方から観月さんの声が聞こえる。勝手に入れって……何か忙しいのだろうか?
訳もなくそーっとドアを開け、靴を脱ぎ、そして、忍び足で廊下を歩く。すると、何やら前方の一室で二人の声と最近聞いたばかりの獣の声が。
「ほぉーら♡ いい子ですからにゃーんって言ってくださいねー♡」
「はぁぁぁぁ! かっわいぃぃぃぃぃぃ!」
女性の悶絶する声。い、一体中で何が!?
「貴様ら……俺を誰だと思っているんだ?」
「あー!喋っちゃだめですよぉー!」
「いいとこだったのにぃー!」
バン!
僕は目の前の襖を勢いよく開ける。そこには巫女姿の九寺さんと観月さんが四つん這いになりながら、茶色い子猫を名一杯愛でている光景がそこにはあった。
その子猫はどこからどう見ても子猫。絶対に子猫。必然的に子猫。で……あってほしかったのだが……
「何してんのさ、友禅」
「おうバカ道。遅かったな。一言だけ言う。助けろ」
「魅音、観月さん。こいつもらっちゃっていいっすよ」
僕に猫の知り合いなんかいない。これは幻聴で幻覚だ。
「お、おい! 冗談はシャレに……」
「キャーーー! やったわね!観月!」
「ええ! これで最強の従魔と癒しが手に入ったわ!」
二人は僕の発言を本気にしたようだ。目がマジだし、絶対に離さないという思いが行動で表されている。ごめん、友禅。君とはもう……ここでお別れだ。
「き、貴様! 本気で俺を見捨てるつもりだな! それにお前らも!いい加減離せ!」
「やっと……やっと私にも千堂様のおこぼれが!」
「九寺……あなた最近キャラ変わったわよね……でも今はそっちの方が私は好きよ!」
盛り上がってらっしゃる。僕はお邪魔みたいでしたね。
「じゃあ僕は帰るよ」
「あ、ちょっと待ってください。お話があるのです」
急に真面目モードになる九寺さん。しかし、正座した太ももの上に嫌がる猫(友禅)を抱いているため恰好がつかない。友禅も擬態解けばいいのに……
僕は一応部屋へと入り直し、礼儀として正座で二人に向かい合う。
「この度は……私達。いえ、祓い人全体の救助を申し出てくださって誠にありがとうございました。聞けばヒカリが千堂様方に提案してくださったのだとか」
千堂会議の事を言っているのだろうか。でもあれは衝動的なものも含まれているし、僕はただみんなにお願いしただけに過ぎない。僕が実際にしたことなんて苅田町の救助だけで、その後のアフターケアやこの施設だって他の千堂が用意したものだ。全体の祓い人を救ったなどとは口が裂けても言えない。
「僕は君達の手助けをしただけだよ。それに、ここまで大々的に動いてくれたのは他の千堂であって……」
「それでもです。それでもなのですよ。ヒカリがいなければこうまで大きく千堂様方が動いてくれるなんてことはあり得ないのです。ヒカリという千堂が一人でも助けたいと思ったから他の千堂様が動いた。少なくともそう私達は思っています」
確かに、僕が言わなければ祓い人なんか気にもしてない感じだった。それでも僕のおかげなんてことはやっぱり思えないけど……
「君たちがそう思っているのならありがたく感謝は受け取っておくよ」
「はい。これは昨日祓い人総出で話し合ったことなので。ヒカリにはみなさん感謝している筈ですよ。祓い人の歴史が終わるところを救った英雄だと」
「そうですよぉ。私達なんかヒカリさんに何か失礼なことをしなかったのかって責められまくって大変だったんですから」
失礼な……こと……?
「初対面で罵倒されたりとか、蓮也さんに料理を作らせたとか、仇討ちを手伝わせたとか、僕の千獣を奪い取ったりしたこととか?」
「う、うぅ……」
「隠すのは大変でした……、本当は隠しきれずにずっと尋問のようなことをされ続けてやっと落ち着いたのが今なんですけどね」
「観月さんは悪くないよ。悪いのは怒るベクトルを間違えた安城さんと、今現在僕の千獣を奪い取ってる魅音とかだもん」
「ガハッ!」
心に矢が直接刺さったかのように九寺はその場に倒れる。そのタイミングで友禅は擬態を解き、元の蛇の姿になる。
「祓い人の尋問が想像より過激だったから何かいう事を一つ聞いてやると言ったらこれだからな……お前ら本当は何も反省してないんじゃないか?」
そういう事だったのか。いくら何でも友禅が猫の姿になってくれだなんて言って素直に聞く筈がない。
「一宮といい、お前らと言い、女は猫が好きなのか?」
「うん?一宮?」
「なんでもない。気にするな」
そんな言い方されると気になるけど……。まぁいいや。
「じゃあ魅音の用事ってこれだけ?」
スクっと立ち直った九寺は再度正座で持ち直す。
「はい。それと友禅様もお返ししようかと」
「いいよ、君達にあげるよ」
「!?」
友禅が僕の方を信じられないものを見るような目で見る。だってなぁー。
「蓮也さんにも言われたしね。ただ助けるだけはダメだって。アフターケアもしっかりしないとって。だったら僕は君達を直接助けた身としてはこれくらいはしないと」
「き、貴様! 俺様を物かなんかだと思っているのか!」
憤慨したような友禅。怒りは最もだと思う。でも……
「魅音たちには完全な身内っていないみたいだし、三人だけでこの先やっていくのはキツイよ。僕が付きっ切りでいるわけにはいかないし、友禅ならいいかなって」
「だ、だが……」
「頼むよ、お願いだ。一生に一度の」
友禅はしばらく考え込む。
(一生に一度か……。昔のお前と今のお前が同じでないのなら、仕方がないか……)
「…………仕方ない。一度だけの頼みだからな。こやつらが強くなるか仲間を得られるまでそばにいてやろう」
「い、いいんですか?」
「私達なんかの為に……」
正直意外ではあった。友禅は僕が必死で頼み込んでも聞いてくれるわけはない。そう思ってダメ元で言ってみたのだが……案外うまくいくもんだ。
「友禅もいいって言ってるんだ。大切に育ててくれると嬉しい」
「おい、俺はペットじゃねぇぞ?」
「わかってるよ。でも、それならしばらくは別行動だね」
「元々そういう関係だったしな。今度は……もう自分を見失うなよ」
ガラにもなく友禅が僕に優しい目で優しい言葉を使う。僕の知らない僕の事を一番知っているのかもしれないから、思うところがあるのだろう。
「ああ。時々会いに来るよ」
「ああ。またな、相棒」
こうして僕は九寺邸(?)を後にする。さぁて、次はどこに行こうかな……
「う、裏切り者めぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ご、ごめんってぇぇぇぇぇぇ!」
さて問題です。僕は今誰に追いかけられているでしょう。
① 五条幸宗
② 五条綾子
③ 五条巴
④ 黒霧宗太
正解は……CMの後っ!
「何がCMですかっ! この恨み、あなたの失禁するまで許しませんからぁぁぁぁ!」
「本っ当にごめんっ!だから水城さんみたいなこと言わないでっ!」
全力疾走で襲撃者は追いかけてくる。この速度、学校で見せたあの俊敏な動き以上に鬼気迫るものがある。もう、お分かりですね?
「叔母さんに拷問されて今の今まで放置されてた気持ちがヒカリにわかりますかっ? 私は……私はあなたが憎いっ!」
「謝るからっ! 世界の果てまで謝るから許してっ! 巴っ!」
選択肢なんて最初からなかった。お前からしかこの場で憎まれるヤツなんかいないよな。
九寺邸を出た後に、僕は遠くから砂ぼこりとともに血走った目で走ってくる五条を目視し、一目で状況を察した僕は逃走に次ぐ逃走を繰り返し、とうとう山の中までその範囲を広げた。これ以上はヤバい(僕は余裕あるけど、五条が死ぬまで追いかけそうだった)ので、仕方なく捕まってあげることにする。
「も、もうやめに……しよう? 人と人が争うなんてことは……無益だよ……」
「お前が言うなァァァァァァァァ!」
おっしゃる通りで。五条は止まる気配すらなく僕に全力で殴りかかろうとする。
「あ、危ないっ!」
僕が五条に叫ぶ。逆じゃないかって? いやいや、僕に攻撃した時点でヤバいでしょ。
ドン!
五条に対し、僕は回し蹴りをお腹に食らわせる。どう見ても危ないのは僕の思考と行動なのだが、実際は僕は彼を救ったんだ。そこんとこを間違えないでもらいたい。
「う、うぅぅぅ……。蹴ったな……私を蹴ったなぁぁぁぁぁぁ!親にも蹴られたことはないのにぃぃぃ!」
「巴はさっき拷問という蹴り以上の苦痛を味わったんじゃないの……?」
もう頭までやられてしまったのかもしれない。かわいそうに。誰がこんなひどいことを……
あ、元凶は僕でしたねっ☆
「く、千堂はやはりバケモノか……」
「ごめんね……僕の"奇跡"が強すぎて……」
『弱点に至る一撃』。最強の矛にして最強の盾。そんな強い能力がありながら僕は不遇な運命をたどり続けている。強さ=幸せじゃないんだなって僕は思いました。丸。
僕は五条が落ち着くのを待つためにしばらく青空を見上げる。ここに来てからは時間を意識して行動することが減ったなぁー。そういえば、今ごろ学校とかはどうなっているのだろうか?
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