第49話 最後の煌き


「…………い、おい。聞いてるのか」

「う……うん? 誰かいるの?」


 全身が気だるい。眠気が半端なく襲ってるし、呼吸をするのすらしたくない気分に駆られてしまう。しかし、誰かが自分を呼んでいる。起きなければ。


「誰だよまったく……あれ、ああ。これ夢か」


 目を開けると真っ白な空間にいた。上下左右の感覚がつかめないが、目を開けた時点で自分は立っていたようだ。そりゃあ立ったまま寝てるんだから気だるい筈だと思って、聞こえてくる声の主を探す。


「こっちだ」

「後ろだったのか。っと、君は誰?」


 後ろを振り返る。そこには黒いTシャツを着たガタイのいい男が立っていた。見た目が若いのに随分大人びた声をしている。


「俺は俺だよ。で、お前はお前」

「そんな当たり前のこと言われても……僕が聞きたいのは名前とかそういうものだよ。まぁ、夢の中の謎の人物に言ったところでどうでもいいんだけどさ」


 再度周囲を見渡す。やっぱり何もない。ため息をついて地面に座る。感触はないけど。


「お前はここを夢の中だと思っているのか……。でも確かに夢の中だろうと同じことだな……。じゃあ忠告として聞いておけ。これから俺が言う事を」


 目の前の人物も僕に合わせてあぐらをかく。ラフな格好をしているが、性格もそんな感じなのだろうか。


「なんなのさ」

「影虎にはもう会うな」

「影虎って……一堂影虎?」


 謎の男は頷く。


「ああ、奴はこれから弱肉強食の世界を作り上げるつもりだろう。今までの世界はなんだかんだでバランスが取れていたんだ。しかし、今回の事件で世界中の秩序が崩壊しつつある。あいつの目的はな、世界に対する復讐なんだ。俺に対しても、国に対しても、世界に対しても復讐をすること。それが本当の意味での復讐。あいつの行動理念なんだ」

「なんてはた迷惑な」


 とんだクソ野郎じゃないか。みんな仲良くでいいじゃない。


「だからきっと戦争が起きて、また平和になったところであいつは戦争の引き金を作るだろう。あいつがいる限りこの世界に平和は訪れない」

「ふーん……でもなんでそんなことがわかるの?普通に怪しいんだけど」


 ジロジロと僕が見ている事に対して、不快感を表すように謎の男は両手で自分の体を抱きしめる。その仕草が見た目と行動のギャップで更に気持ち悪く思えた。


「お、俺はホントのことしか言ってないぞ!」

「キモイよ……。そういうツンデレは女の子がするもんだよ……」

「フン、まぁいいだろう。そういうワケだから、お前は一堂に近づくなよ」

「どういうワケだよ。そこは止めに行けとかいうんじゃねーのかよ」


 こいつは何がしたいんだ? 忠告するにしてもあやふやだ。


「お前は一堂に敵わない。だから、他の千堂総出で一堂を殺せっていってるんだ」

「敵わないって……僕には『死に至る一撃』があるのに……。それに、一堂暗殺なら水城さんとハンクさんと睡蓮さんが行ったから大丈夫だよ」

「は?あいつらが行ったのか? これまたなんという豪勢なメンバーで……。だが、あいつらだけじゃダメだ。一の位全員で殺しにいかないと勝算がないぞ」


 あの三人でも勝てないのか? 安具楽さん以外の事よく知らないけどさ。


「そんなに強いのか? 一堂って」

「強いも何も、現段階でいえば千堂最強だからな。俺が保証する」


 あんた誰だよ。


「でももう行っちゃったよ? 一堂暗殺メンバー」

「じゃあ応援を呼べ。出来るだけ強い奴を」

「そんな無茶な……。僕にそんな権限は……あるのか」

「あるさ。全ての千堂に権限はあるし、無いともいえる。ここで重要なのは一堂暗殺がこのままでは上手くいかないという事をどう伝えるかだな」


 夢の中の男の人に言われましたー。じゃあダメだよな……。それでも行ってくれそうな千堂もいそうだけど。


「そもそもね。僕もあんたの事を信用できないんだけど」

「俺もお前の事はよく知らんけどな。知っていることと言えば……ほら、これだよ」


 謎の男が右手の手のひらを見せてくる。赤の逆十字。千堂の証だ。


「僕だってあるし。ここに……あれ?」


 おかしい。左手にしか刻印がない。右手にもある筈なのに……。


「そういうことだ」

「どういう事だよ。説明しろよ」

「わからないのか?」

「わからない……と、言いたいとこだけど、なんとなくわかってきた。多分、お前は僕だろ?」

「わかるよなぁ、流石に。お前は俺だし」


 正直、仁さんの教えてくれたことが無ければわからなかったかもしれない。刻印が複数ある意味と、僕の現状が。


「敵の能力は?」

「両目の刻印。『王の眼』と『刻む一撃』。王の眼は対生物に対して万能の能力を発揮する。刻む一撃は刻印を刻んだりできる。要は千堂を疑似的に増やせるんだ」


 え、ちょっと待って。勝ち目なくない?


「どうすれば勝てるんだよ……」

「そこはわからん。俺は一度失敗してるからな。それに、奴は不死身だ」

「は?なんで?」

「俺と奴が戦った時、俺は奴に『死に至る一撃』を打ち込んで、奴は『生を否定する一撃』を放った。お互いの”奇跡”が干渉し合った結果、俺は若返って、奴は不死身になった。俺は若返っただけだから歳をとるが、奴は若返って更に不死身となっている。俺が知り得るのはそのくらいだ」


 生を否定する一撃か……死に至る一撃とどう違うのだろう。でも、お互いに同じ奇跡を打ち合ったたらどうなるのか。千堂同士が殺しあったら地獄絵図だよな。


「不死身の相手にどうしろと?」

「殺しは出来なくとも殺し続けることはできるだろうし、封印することだってできる筈だ。そういう千堂がいても不思議じゃない。だが、暗殺に行った安具楽とハンクは攻撃力は最強だが、変化球的な能力は持ってないだろ?だから、多分負ける」


 確かに一度安具楽さんは負けている。腕一本失った代償はデカいだろう。三人の千堂が行けば問題ないと思ったのは間違いだったか。


「誰を誘えばいいんだ……」

「いつ暗殺を決行するんだ?」

「わかんない。でも、すぐにやると思う。睡蓮って人は二の弓らしいし、早ければもう……」


 それを聞いた謎の男。影道は焦りだす。


「睡蓮って青の刻印なのか!?」

「う、うん……」

「じゃあもう動いててもおかしくない。クソ!弓使いはそういうの得意だからなぁ……。奴らが本気を出せば標的の居場所なんかすぐにわかっちまう」


 睡蓮という千堂を知らなかったのだろう。まだ余裕があると思ってたら大誤算という感じだろうか。


「最悪もう手遅れ?」

「もしかしなくても手遅れだな。決着が長引くことはないだろう。千堂同士の殺し合いはすぐについちまうだろうさ。そのくらい、お前でもわかるだろ?」

「うん」


 わかるとも。能力の桁が基本的に違うのだから。


「お前が助っ人を呼ぶ時間。影虎を探す時間。移動時間。それがどのくらいかかるかわからないが、暗殺メンバーは動き出してから時間が結構経ってるだろう。間に合う可能性は……低い」

「そんな……」


 安具楽さんが負ける……死ぬ……。実感が持てない。あんなに強い人がやられる光景なんて想像できるわけないじゃないか。


「運よく逃げられれば生き残る可能性はあるだろうがな」

「…………どのくらい?」

「わかるわけないだろ。俺はずっとここにいるんだから」


 そういえばここは結局どこなんだ?そして、なんで今頃影道は出てきて、僕に話しかけた?


「言いたいことはわかる。ここはな、お前が一度死んだ場所だ」

「死んだ場所……、それって……海藤と戦ったところ?」

「流石に覚えてるだろ?こんな場所、他にないからな」


 微妙に感じは違うが、ほとんど一緒か。でも、そういう事だったのか。僕が死んで影道が出てきて海藤を殺した。そんなところか。


「ありがとう、影道」

「そうだな。図らずも俺はお前の仇をとったことになる。お前が死んだおかげで今の俺があるんだから、礼を言うのはこっちもだけどな」


 元は同じ存在だというのにお互いに礼を言うのはなんか気恥ずかしかった。影道もなんか照れ臭そうだし。


「まだまだ話したいことはあるんだがな。もう時間みたいだ」

「うん……そうみたいだね……」


 身体が謎の光に包まれてくる。いや、違う。正しくは光になっているんだ。目覚めの時は近い。


「これだけは言っておく。一度は最果てに至った俺だから一度だけお前を助けることができる。現実世界で俺は甦ることができるんだ」

「!! 僕を助けてくれるの?」

「ああ。俺はお前だからな。だが、本当に一度だけだ」

「え……なんで一度だけなの?」


 影道は少し悲しそうな顔をして、そして言う。


「俺が表に出てきたら、お前はどうなるんだ?」

「あ」


 魂と身体は一つでも、ここに居るのは確かに二人なんだ。一つの体に二人は入れない。


「俺がずっとお前の体を借りておくことはできないさ」

「で、でも……影道だって僕じゃないか! お前にだって権利が……」


 フルフルと首を振る。


「権利なんてないさ。いつだって、何にだってな。俺は一度負けて、お前に苦労を掛けたバカ野郎だ。何も知らないお前は俺の負債を受け続けてきたんだ。何度も苦しんで、何度も辛い目に遭ったんだろう?自分が自分でわからなくなるほどに。だから、お前は刻印が二つではなく、三つあるんだ」

「そんな……」


 僕の刻印は三つ。僕と、彼と、そしてもう一つ。この一つはきっと、今の僕だ。記憶は何度も消されてたんだから、その影響によるものなんだろう。だからもう一つ増えたんだ。


「大丈夫だ。お前には仲間がいる。家族がいる。俺がいる必要はない。ここから先はお前の人生だ。どんな不幸も幸福も、もれなく全部お前の物。だから俺もお前の物だ」

「でも……」


 光がどんどん収束してくる。もはや一刻の猶予もない。


「でもじゃない。いい加減しっかりしろ。不幸を楽しめ、幸福を感じろ、そして、最後のその時が来たら満足して死ね。俺に出来なかったことはお前ならできる。信じてるぞ」


 そう言うと、影道は満面の笑みで僕を見た。見た目とは裏腹に、子供のようなくしゃくしゃの、嘘偽りのない彼の誠意がそこにはあった。












 朝日がまぶしい。部屋から差し込む光が身体を、顔面を直撃して暑い。なんだかんだいって夏だからなー。カーテンをしてなかったのは間違いだったか。


 上半身を起こす。よし、確かに覚えてる。夢であったことなんてすぐに忘れそうなものだけど、全部正確に覚えられてる。まだ間に合うかどうかわからないけど、急がねば。


「うぅ……眠い……」

「でも暑い……」


 微量にシンクロして寝言を言う二人が左右にいた。なんか暑いなー、と思ってたらお前らのせいか。くっつきすぎだ。


「こら、二十五歳と二十六歳。起きろ」

「私達はぁ……」

「永遠に子供だよぉ……」


 もう起きてるんじゃないのか、こいつら。シンクロ率百パーいってんな、これ。


「『弱点に至る一撃』を二人に食らわせちゃおうかなぁー」

「千堂レイン!起きましたっ!」

「千堂ジュリー!起きてますっ!」


 なるほど。こいつら確信犯だったわけか。こうなると過去の全ての行動に疑問が出てくる。こいつらは真正の……めんどくさがりだ。


「はぁ……。僕はこれから忙しくなるんだから、二人はちゃんとしてよね」

「忙しい?何するのー?」

「千堂にすることなんてもうほとんどないんじゃないー?」


 大変な仕事は昨日の時点でほとんど終わっている。祓い人たちはそうもいかないだろうが、僕たちにできる事はもう無くなってしまった。だが……


「一堂がいる。そいつを殺す」

「「え?」」

「千堂会議だ。今からメンバーを招集する」












「はぁ~い!千堂小夜でぇ~す☆」

「お、おはようございます、小夜さん……」


 千堂会議はこの家の一階で行われることとなった。小雪さんに伝えたら色々と手配してくれてニ十分もしないうちにメンバーが集まったのだ。本来、千堂会議は一の位の千堂が無条件で行えるもので、それ以外だとしっかりとした説明をしてから行うものらしいが、僕は元は一の位だからいいのだとか。適当だな、おい。


「正直、理由はわからないけど、集められるだけ集めてきましたぁ~。この会議の様子はこの千特区にいる千堂に伝えられるようにスマホで動画を共有できるので、安心してもらっていいわよぉ~」


 ありがたい。それは僕としては好都合だ。


 一応ここに居るメンバーは千堂水城。千堂蓮也。千堂小雪。千堂夢幻。僕と小夜さんの六人だ。安具楽さんとハンクさんは一堂暗殺の為いないし、修栄さんと英治さんは里にいるから勿論いない。


「議長はいらないんですか?」

「緊急なんでしょ~?今回は省略~。というか、寧ろヒカリが議長ねぇ~」


 適当を通りこしてなんでもアリだな。それでいいのか、最強の一族。


「え、ええっと、じゃあまずは……うーん……」

「…………失敬」

「え?」


 夢幻君が手を握ってくる。すると、なんだか気が楽になってきた。まさか夢幻君の手には癒しの効果が!?


「…………薬」

「ですよね、わかってました」

「?」


 キョトンとした顔がかわいい。じゃない、会議に集中しなければ。僕には仲間がいるし、みんな家族なんだ。話せばわかるさ。


「今日の朝、夢の中で影道さんと会話してわかったんですが……」

「夢幻、まさか今の毒だったの?」

「!!(ブンブン)」


 めっちゃ首振ってる。かわいい。じゃないわ!小雪さん酷くない!?いきなり躓いたんだけど!!


「まぁまぁ~。ヒカリだって悪戯で千堂会議をしようと思ったわけでも無いんでしょ~?じゃあ遠慮なく言ってもいいのよぉ~。私達はあなたに誠意がある限り、全力で聞いてあげるからっ☆」


 小夜さん……。みんなの顔を見渡す。みんな優しい目で頷いてくれる。本当にいい家族だよ……千堂って……。


「ご存知の通り、僕は昔影道でした。そして、今朝になってやっと彼にコンタクトが取れたのですが、その中に一堂の能力が出てきまして」

「ふんふん、それでぇ~?」

「『王の眼』と『刻む一撃』。『王の眼』は対生物に対して万能の攻撃ができ、『刻む一撃』は刻印を刻むことができるそうです」


 水城が手を挙げる。


「彼に刻印を刻むことができるのはわかっていましたが、『王の眼』ですか。それはマズいですね」

「知ってるんですか?」

「はい」


 水城は重苦しい声で話す。


「これは言い伝えのようなもので知っているのですが、過去にその"奇跡"を持った千堂がいたようなのです。名前は千堂清四郎。最果てに至った青の刻印の千堂です」

「えっ、清四郎様ってそんな能力だったの?」

「詳細な能力はよくわかんなかったからなぁ……」

「初耳っ☆」


 ざわざわしだした。というか、みんな知らなかったの?


「『王の眼』は万能の"奇跡"。最果てに至らずとも、既に一の位を名乗れる程最強の能力だったらしいです。この世のありとあらゆる生物を意のままに操れるので当然ですが」

「僕も影道から簡単に聞いただけなので詳しくはわかりませんでしたが、このままだと安具楽さんたちはほとんどの確率で負けるだろうと……言ってました」

「彼はこういう時に冗談を言うタイプではありませんからね。彼がそう言うならそうなのでしょう。小夜、どうします?」

「うぅーん。とりあえず、千通版で聞いてみようかしら……。『今どこにいるの?』っと」


 聞き方が軽い。


「あら、返信が早い。流石あっちゃん。『交戦中』。マズいわね~……、え、これマズくない?」

「すっごくマズいですよっ!何急に焦ってるんですかっ!」


 小夜さんに全力でツッコんでしまった。でも今はそれどころではない。


「う、うん、そうよね。『緊急事態発生。至急撤退せよ』っと……。あ…………」

「ど、どうしたんですか?」

 

 小夜さんの顔が青ざめる。


「は、ハンクさんが……死んだ……」

「なっ!?」

「か、彼が……!?」

「う、嘘でしょ!?」

「……驚愕」


 ハンクさんが死んだ!? あのハンマー背負ってた人が!?


「い、今動画にするわ……」


 すると、千通版から謎の光と共に拡大した画面が浮かびあがる。交戦中と思しき安具楽の姿がそこにはあった。


「……悪い、ハンクが死んだ」

「そ、そんなことよりも逃げなさいよっ!」


 小夜さんが声を荒げる。しかし、安具楽さんは首を振る。


「逃げられん。既に結界を張られた。破ろうとすれば隙ができるから一瞬でやられる」

「そんな……。今どこにいるのよ!」


 安具楽さんは複数の敵に追われているようだ。そこはどこかの廃墟のような場所で、金属音と爆発音が絶え間なく響いている。


「……国会だ」

「ま、間に合わない……」


 小夜は力なくうなだれる。国会は既に廃墟となってるのか。画面を見る限り、もはや建物の原形を保ってない。瓦礫の山だらけだ。


「睡蓮はなんとか逃がした。詳しくは睡蓮に聞いてくれ」

「や、やめてよ! あっくんまで死んだら私……」

「悪いな、小夜。同期が二人もいなくなって。これからは水城と仲良くしてくれ。まぁ元から仲いいか」

「別れの挨拶みたいなこと言ってんじゃないわよ!水城!あんたも……」


 水城はフルフルと首を振る。


「安具楽はもはや逃げられないでしょう。他ならぬ彼自身がそう言うのです」

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 ついに小夜が泣き崩れていしまった。それを何もできない僕らは見守ることしかできなかった。


「クソっ!しつけーなぁ!おらぁ!っと。おい、この映像はオンラインか?」

「はい。録画もしてる筈です」

「よし!じゃあお前らよく聞いとけよ!最期の言葉って奴だ!一字一句聞き逃すな!」


 戦闘中だというのに、安具楽は叫びながら大鎌を振るう。…………生涯最後の戦いをしながら。


「まずは俺を育ててくれた師匠の方々!わりぃ!俺はここまでみてぇだ!ハンクも……無理だった。あいつは俺を庇って死んだ。ふがいねぇ。ホントに……ふがいねぇ……」

「あっくん……」

「だが、睡蓮は逃がせた。後輩の為に死ねるなら先輩として本望!そう言ってたよな!今なら実感できるぜ!」


 安具楽さんの師匠。そうだよな……安具楽さんにだって師匠はいるし、親だっている。安具楽さんについて、僕は本当に何も知らなかったんだ……


「次に一の位!多いから一度に言うぜ!今までありがとう!これは正真正銘俺の本意だ!それ以外……何もいう事はねぇ!」

「ほんと……バカなんだから……」


 安具楽の腕が飛ぶ。血しぶきが舞う。


「あと、俺の弟子たちには……、すまん。俺が最後まで面倒みるって言ったこと。守れねぇ。ホントにごめんな。だが、お前らはまだまだ強くなれる!俺よりもずっと! 歪みは正せ!魂を震わせろ!奇跡を信じろ! そして……家族を大事にな……」

「…………了承。永遠に」


 安具楽はもう片脚しか残ってない。それでもまだ動いているのは、彼の"奇跡"によるもの。


「そして、ヒカリ! いや、影道! お前がどんな存在であろうとも、俺はお前を認める!いや、俺だけじゃねぇ!千堂が千堂足り得るのはその……」



「………………刻む」




 バチィ!



 そこで動画は再生しなくなった。いや、正確には……


「……安具楽さん」

「あっくん……」

「……師匠」


僕らは俯く。しかし、水城さんだけは今のガラス窓から外へ出ようとする。その手には弓矢が。


「み、水城さん……今行っても……」

「……これは弔いの弓です。映像は国会に彼らがいるという事を教えてくれました。では、今矢を放てば……嫌がらせくらいにはなるでしょう?」


 弓矢を構える。いつもと違うのは、その矢だった。赤と黒。二つの色が螺旋のような模様を描いている。


「……千の道は弓の道。"異端狩りの千堂"。"一の弓"。千堂水城。我が友人に最期の煌きを」


 『千堂流青式 奥伝 天を撃ち落とす流星』


 『突き刺す』という概念付与が幾重にも連続付与された水城の虎の子の矢。矢が突き刺すのではなく、剣が突き刺すほうの突き刺すを概念付与されたその矢は威力が段違い。それが一つではなく、何個も付与されているためその威力は最大最強。当たれば町一つが簡単に終わる威力を兼ね備えている。



 キュイーーーーーン!



 弦に力がこもり、それだけで物凄いエネルギーを周囲に放つ。風が巻き起こり、草木が揺れる。



 シュっ!      ドぉォぉォぉォぉォぉォぉォぉォぉォぉォぉォぉォ!



 音を置き去りにした一閃は空高く打ちあがる。目指すは仇のいる国会議事堂、その廃墟。復讐を誓った一筋の光は悲しみと放心を抱いた僕らを置き去りにして目標へと向かう。


 夏の青空が青色の弓と重なり合って風景に溶け込んでいく。後ろから少し見えた水城さんの頬には透明の光が縦に細長く、亀裂のように入っていた。

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