第16話 巫女会


「うん?何か始まるのか?」

「ああ、どうやら決闘を行うそうだぞ」

「的当て?面白そうね」


 周囲の観客は余興気分で広間に設置された弓道で使う的に注目している。この場にいるのは強い人ばかりなんだよね?ここお寺だよね?止めるべきじゃないかなー。


「あのさぁ、巴。用意してもらった手前悪いんだけどさ。やっぱやめた方が良くない?」

「え?なんでですか?」

「ここお寺でしょ?こんなことしたら罰当たりなんじゃ……」

「そうですか?神様を信仰するなら神社に行けばいいじゃないですか。このお寺に宗教とか関係ないですよ?」


 この友人は何を言っているのだろう。修行のし過ぎで頭がおかしくなったか?


「お寺なら仏教とかでしょ?何も祀ってないの?」

「ええ。お寺が住居という事なんで。そもそも私達が戦っている妖魔なんかは見方によっては神様です。そんなものを崇めてたらまともに戦えませんよ」


 そういうもんなのかなー。そういえばここに来る参拝客なんか聞いたことないや。来てしまったが最後、武装集団にあうから通報案件かもだけど。


「祓い人って何人いんのさ」

「千の宮支部は大体百人前後ですかね。全国的には四十七箇所支部があるので全体としての数はわかりません」


 めっちゃおるやん。僕が思っているよりもこの世は殺伐としていたらしい。


「そういえば上川さんこのお寺潰そうとしてたよね。いくら上川さんでもこの組織は潰せなかったんじゃない?」

「そうでもありません。私達の主な収入源は大企業や資産家からのものです。上川グループからの資金も半分以上を占めているのでそれが途絶えると簡単に潰れますよ。資金的に」


 世知辛い……。命を懸けて戦っているのに企業の下請けの立場になるのか。やってらんねーな。


「そういえば千堂の里もあるって言ってたな。小雪さん」

「はい。場所は不明ですが、そこは桃源郷と言われる程何もかもが充実しているという話です。なんでも、千堂の里は食糧難にもならず、住居も使い放題。戸籍が無くても一生暮らせるのだとかなんとか。争いもないそうですし、一度行ってみたいもんですね……」

「そんな凄いとこなのか。小雪さんから誘われたんだよね。行くかって。行ってみようかな」

「羨ましいですね」

「一緒にいく?」


 え?と五条は目を輝かせている。そんな喜ぶ?


「いいんですか?」

「あー、正直わかんない。小雪さんに聞かないと連れて行っていいのかわかんないし」

「そうですか……」


 めっちゃ落ち込みますやん。千堂ってつくづく規格外だな。


「あ、準備ができたみたいですよ」


 的から三十メートル程離れた位置に槍を持った来栖とクナイを持った兵衛が佇む。兵衛さんがクナイ持つのはわかるけど、来栖さんはおかしいでしょ。身長よりかなり長いよ?槍。


「勝負は一発勝負です。兵衛さんから始めてください」

「よっしゃ!いっちょ格の違いを見せてやりますかね!」


 巴の合図で兵衛はクナイを構える。その姿はまるで忍者のよう。とてもお寺に住んでる人には見えない。


「せいや!」

 

 勢いのいい掛け声とともにクナイは的の中心に向かって飛んでいく。トン!という気持ちのいい音と共に中心に当たる。


「まだまだ!」


 どこから取り出したのか。兵衛は更にクナイを二本投げる。その二本も的の中心を正確に射抜いていた。


「どうです?ヒカリ様!」

「す、すげぇ!本物の忍者みたいだ!」


 僕はガラにもなく興奮してしまった。やっぱり忍者にあこがれる時期ってあるよね、男なら。

 それを見た来栖は面白くない顔をする。頬が少しむくれちゃってるよ。かわいい。


「次。私。やる」


 ロボットのような口調で来栖はそう言うとやり投げの要領でその大きな槍を構える。そのあまりにも小さな体で、その余りある大きな槍を投げようというのは無理があることは誰の目から見ても明らかであった。しかし、一部の者はそうは思わなかったようで。


「おいおい来栖がマジっぽいぞ?」

「止めなくて大丈夫かしら……」

「的は大丈夫か?あれじゃすぐ壊れるだろう?」


 壊れる?的が? まずい予感がビンビンします。


「セイヤー」

 

 それはなんとも気の抜けた声だった。感情のないその掛け声は果たして言うべきだったのかどうかわからないものではあったものの、言葉通りに槍は投げられる。その槍はただの槍。一般的な只の槍であり、シンプルなデザインな槍だ。それがどういうことか。投げられた瞬間にものすごい熱を発しながら的に向かって飛んでいく。


 ドゴォォォォン!


 ものすごい音を立てながら。それはもはややり投げではない。一つの弾丸。一つのミサイル。一つのレーザービーム。それが的を射抜くと同時に的を破壊し、そのまま広間の戸を吹き飛ばしながら空の彼方へ飛んで行ってしまった。


「………………」


 全員がシーンと黙る。それを何とも思っていないのか。来栖は巴に向かって


「どう? 真ん中だったでしょ?」


 なんて呑気なことを言い出す。それを聞いた巴はため息をついて。


「………来栖さん。アウト」

「なんで?」

「なんでもクソもあるか!これは的当てだぞ!てめぇなに的事射抜いてんだよ!」


 兵衛の怒声で締めくくる。なるほど。あの子はそのバカ力で順位が高いんだな。絶対に怒らせないようにしよう。


 一部始終を見ていた幸宗は


「まぁ元気があっていいことじゃのう。それはともかく来栖。お前さんには修繕費をきっちり払ってもらうから覚悟しておくように。それでは余興も終わったようだし今日はここまでとする。後片付けはわしらがやっておくから各自部屋に帰るように。では解散!」


 えー、という来栖の感情のこもってない批判はスルーされ、各々は自分の部屋に帰っていく。僕はどうすればいいのん?


「ヒカリは私と同じ部屋にしましょう。では行きますよ?まずはお風呂に入らないと」

「う、うん。でも凄いね。幸宗さんが後片付けするの?」

「ええ。最近夜に酔い覚ましで妖魔を狩ることが叔母さんにバレたらしいからね。それでこういう雑用を押し付けられてるらしいよ」


 副隊長なのに雑用するなんてすごいと思ったが、理由は酷いものだった。ていうか酔い覚ましで妖魔倒すの?なんてジジイだよ。


 二人は風呂場へ向かう。今日は疲れた。もう何もしたくないね。








「で、なんで風呂場に兵衛さんと藤野さんがいんの?」

「まったくです。確かに私はまだ未熟なので狭い風呂しか使わせてもらってませんがね。あなた方が来るともっと狭くなるんですよ」


 ここはお寺の離れの風呂場。祓い人はその大所帯からか。一人前になると大浴場でいっぺんに入るものの、それまでは家族風呂のような小さい風呂でまとめて入るようだ。しかし、一人前以下は今まで五条しかいなかったらしく、かえって一人で独占できていたのだという。そこになぜか兵衛と藤野が来ていたのだ。


「いいじゃ~ん!私達家族みたいなもんでしょ?今更照れなくても~!」

「そうだぞ巴。今日は弟子が一人前になった記念でもあるからな!俺も来てやった!」


 この二人は恥ずかしくないのだろうか?特に藤野さん。あなた女ですよね?


「巴。この二人とは付き合い長いの?」

「修行開始当初からいる腐れ縁みたいなものですよ。こんな人たちだとは思いませんでした」


 巴の中の藤野と兵衛の幻想が音を立てて崩れていく。


「ああ~!おねぇちゃんに向かってそれは酷くなぁ~い?あ、もしかして私の体に見とれちゃった?」


 確かにその体つきは素晴らしいものがある。引き締まるところはしっかり引き締まっているし、出るとこはちゃんと出てる。でもなんか……違う……。


「見た目は正直最高です。しかし中身が最低です」

「巴ももう高校生だもんな……俺もそうだったからわかるぜぇ?でも俺たちは家族で兄弟みたいなもんだろ?今更照れんなよぉ」

「兵衛さんは黙っていてください。二股男のいう事なんか信じられませんよ」

「と、巴にそんな風に言われるとは……なんかショックだぜ……」


 二人はしょんぼりしながら湯舟に仲良く浸かる。うん、そこ帰る場所違うよね?


「はぁ……もうなんでもいいから入ろうよ、巴。僕らは先に体洗おう?」

「……そうですね。この困った人たちは体も洗わずに湯舟に浸かりやがりましたからね」


 辛辣な言葉を投げかけられたにもかかわらず二人は感動して泣いていた。


「巴……大きくなりましたね。おねぇちゃん、嬉しいです……」

「やっと反抗期がきたかぁ……。一皮むけたなぁ。俺ぁ嬉しいぜぇ!」


 祓い人ってこんな人ばかりなのだろうか?命がけの仕事をする人って頭おかしくなるの?


「そういえば巴。今回の鬼退治って報酬とかあんの?」

「残念ですがないですね。今回は依頼という形を取っていませんので。助けた彼女たちもまだ高校生なのでお金は取れませんしね」

「まぁこれも勉強だぜ?初めからお金貰おうと欲張ってたらいつか足元掬われ兼ねねぇからなぁ!そういえばどんな鬼だったんだ?」

「三十メートルくらいのでかい鬼だったよね。腕に『風鬼』って書いてあったし」

「風鬼?うーん、今日学校でなんかあったぁ~?でっかい事件とかぁ~?」


 事件?殺傷事件になったことか?まぁ口止めしたんだけどさ。


「一年生でいじめがあったんですよ。殺傷沙汰の」

「それだな。だから鬼が出たんだ」

「どういう事ですか?」

「あのねぇ~?妖魔って基本、人に影響されて出てくるもんなのよぉ~。人が死ねば霊がでるし、事件が起きたら鬼が出たりねぇ~」


 絶対じゃねぇがな、と兵衛が付け加える。


「だから『風鬼』なんですよ。学校の風紀を守る鬼、『風鬼』。だから鬼も彼女たちを襲ったんじゃないですか?」

「一緒に行動していたんでわかりませんよ。でもそうだったんですね。物理的な結界を張れる程大物でしたから結構手ごわかったですよ」


 巴の言葉に藤野と兵衛がピクっと反応する。


「物理結界?いくらなんでもその程度の鬼は張れねぇぞ?」

「そうよぉ~?それこそ三大妖魔くらいじゃないと張れないってぇ~」

「さんだいようま?」

「ああ、大蛇のユーゼリウス。大天狗のユーバッハ。そして、白狼のリンエイ。それが三大妖って言われているものだ。それ以外は精神結界レベルしか張れねぇ。巴、他に妖魔がいなかったか?」

「中くらいの鬼と小鬼はいましたがそれ以外はいませんでしたが……」

「そうか……考えられるのは三大妖魔のどれかがその学校に潜んでいたか、外部から誰かが張っていたかのどちらかだな」

「外部からって……なんです?」

「わかんねぇから外部なんだ。結界を張れるタイプの異形の者は何もこの国以外でもいるっちゃいるしよ。外国のやつらとか……魔女とかな」


 魔女かー。ここでもその名を聞くとはね。つくづく縁があるよ。会ったことはないけど。


「魔女ってどんな人達なんですか?」

「基本私達と同じ人間なのは変わりませんねぇ~。でも、不老不死や若返りなどを研究してるヤバい奴ららしいですよぉ?人体実験や錬金術なんかもかじってるとかぁ~。でも魔女によって様々だとは言われてますねぇ~」


 なるほど、つまりヤバい研究ばかりしてるヤバい人間だということか。気を付けておこう。


「それでこの後ヒカリ様はどうなさりますかぁ~?」

「へ?この後?」

「はい~。巫女会ってそもそもどんな会なのか知ってますかぁ~?」


 そういえば知らないや。語感でなんとなく女子会の巫女バージョンって思ってたけどどうなんだろう?


「知りませんね」

「要は巫女の若い者だけで色々話し合うんですよ。妖魔の事とか戦い方の事なんかを。あとは恋愛的なことも話しますねぇ~。誰が気になってるとか告白の仕方とか。大抵深夜にするんでよかったらどうですぅ?」


 こ、これはチャンスなのでは?そうだ。僕は何のためにここに来たのか。巴の護衛をし、鬼と戦い、お寺に泊まるのは全て今この時の為!

 もう僕は迷わない……男、千堂ヒカリ。ここでキメます。


「そ、そうだなぁー、せっかく来たんだからいきたいなぁー。いってみようかなぁ?巴ぇ、君も行くだろぅ?」

「ヒカリ……アホの顔になってますよ?まぁ行きますよ。ヒカリと一緒なら」


 だよね。じゃないと修行に付き合ってないっつーの。


「ではちゃっちゃと上がりましょうかぁ~!」

「あれ、兵衛さん。何でそんな顔をしてるんです?」


 兵衛が気難しい顔をしながら目を閉じている。巴はそれがなんだか気になった。


「巴、本当に行くのか?」

「? まぁはい」

「そうか。勇者だな」

「「??」」


 僕と巴は顔を見合わせる。巫女会って女子会みたいなもんでしょ?それも若い人だけの。なんかヤバいことある?


 とりあえず僕らは体を洗い終えたので藤野さんと兵衛さんの二人と場所を変わる。


 楽しみだなー。









「こういう事ね」

「こういう事でしたか」


 ここはお寺の本堂とは離れた少し広い一室。男と女で住む場所が明確に分かれているらしく、そこに僕と巴は躊躇なしに案内された。合法的に巫女ゾーンに入れるなんては興奮する。案内された場所も、修学旅行のような雰囲気のある広間に女子のジャージ姿というイメージ通りの光景だったのだが、問題はその人選にある。


「それでさぁ~。兵衛ちゃんってばなんて言ったと思う?『女のくせにそんなバクバク食いもん食ってんじゃねーよ』だってぇ~。酷くなぁ~い?」

「琴子はたまに男らしいもんねー。それは言えてるっしょ」

「いい加減付き合っちゃいな?あんた兵衛の事好きでしょ?」

「うーん、彼氏っていうよりは弟って感じかなぁ~。恋愛対象って感じは今は無理ぃ~」


 この感じは悪くないのだ。寧ろいい。最高だ。


 僕らは二人部屋の隅っこで正座をして巫女(ジャージ)の会話に耳を傾ける。ここに居るのは全部で二十人ほど。なかなかの人数である。


「そういえばちゃんくるは高三でしょ?彼氏できた?」

「できてない。興味ない」

「またまたー。あんた身長小っちゃいんだし需要あるでしょ?告白もかなりされんじゃない?」

「される」

「だったら……」

「でも無理。私より力ないもの」

「それいったらあんた一生独身だよ……」


 来栖は学校ではモテてるようだった。背の小さい子はモテるかんなー。今の時代。


「巴はそういうのないのぉ?」

「…………」

「? なんで黙ってんの?」

「ここに居るのって若い女性だけなんですよね?」

「見てわかるじゃない。なんかおかしいとこある?」


 二十人ほどの巫女(ジャージ)が首をかしげる。この子は何言ってんの?って感じだ。わかる、わかるよ、巴。ツッコみたいけどツッコめない。その心が、苦悩が!


「なんでもいいからおねぇさんたちに言ってみな?大丈夫だって!ここは今階級の事は言いっこなしだから。無礼講って奴だよ?」

「………本当に何でもいいんですか?」


 !! ま、待て!早まるな、巴!その先は地獄だぞ!!


「じゃあ言いますけど……なんでいるんですか?叔母さん」


 あーあ、言っちゃった。もうどうなっても知らねー。


「巴、私がいるのがおかしいですか?」

「……おかしいっていうか……まぁはい。おかしいでしょ。あなたいくつなんですか?」


 もはや後戻りできぬと思ったのか。巴も強気で話す。流石巴だな。あんた最高で大馬鹿だ。


「えー、巴ちゃん綾子さんがいたから緊張してんのー?」

「綾子さん美人だからなー。逆に言いにくい的な?」


 美人なのは認めても、若さは誤魔化せませんよ?


「ヒカリ様。何かおっしゃいましたか?」

「な、何も言ってないでござるよ?気のせいでござる」


 あの人心の中読めんの!? 魔眼にそんな力が!?


「巴ちゃんはシャイだかんねー。藤野ぉー。あんた教育方法間違えたんじゃない?」

「私は何もしてないってぇ~。主に教えてたのは兵衛ちゃんだしぃ~。巴もなんか言ってやんなぁ~?藤野さんは最高ですってぇ!」

「昨日までは明るくていい師匠でしたが、今はもう痴女にしか見えませんよ」

「巴? 藤野に向かって痴女とは言いすぎではないですか?」


 無礼講ではなかったんですか!?


「すいません……言い過ぎました……」

「あんたはもっと人を敬う心を身につけないとですね。正座して反省なさい」

「………もうしてます」


 さっきから自主的に僕ら正座してるんですが、それは……


「ヒカリ様は彼女いるんですか?」

「いないですよ……あとヒカリ様ってやめてくれないかな?ヒカリでいいよ」

「かしこまりぃ!じゃあレミとかどうです?この子高三ですし一個上ならありなんじゃないですか?」


 来栖さん?まぁかわいいけどね。でもこの子さっき槍を物凄い勢いで飛ばしてたよね?喧嘩したらあれでしょ?僕死んじゃう。


「私。千堂なら。付き合いたい」

「僕は恋愛とかよくわかんないから……まだいいかな……」

「じゃあいずれは良いってことぉー?」

「いずれは……ですけど……」

「よかったねレミ!いずれはだって!」


 楽観的過ぎじゃないかなぁ!?僕結構酷いこと言ったよね!?


「あのさ、千堂の男の人ってそんなに人気なの?僕初対面だよ?」

「千堂の人と結婚出来たらこの世で一番幸せになれるってことですからねー。そりゃあ人気ナンバーワンですよ」

「強いだけでしょ?千堂って」

「何をおっしゃいますかぁ!千堂の一族って里があるじゃないですかぁ。その里の事は知ってますよね?」

「さっき巴から聞きましたけど……」

「結婚すれば里に行けるようなんですよ。つまりですね、祓い人が嫌になったら里に行けばいいし、祓い人にならなくても千堂の奥さんとして何不自由なく過ごせるんです。何より千堂の人はみんな優しいみたいですよ?上下関係ってあるにはあるんですけどあくまで指標だから明確な命令権を持ってる人っていないみだいですし」

「血筋関係なく家族は家族って感じらしいんです。それに里には道徳って概念が無いらしいんですよ」

「あ、それ知ってるー。みんな当たり前に助け合いをしてるから改めて学ぶことが無いって話でしょ?」

「いいわよねー。嫁姑関係でこじれないって理想じゃない?」


 口々に賞賛の声が上がる。これは一度行ってみるしかないな。


「千堂の人ってどのくらいのペースで来るんですか?」

「半年に一回って感じかな。でも気まぐれだから一年に一回とかもあったねー」

「千武を届けにきたらすぐ帰っちゃうんだもん。この間は小雪様だったから一晩泊まったけど……」

「もうちょっといればいいのにねー。千武の代金とかもらってないんだよ?ただで千武くれるってもう神様だよ。千堂の方は」


 千堂は異常だな。何もかもうまくいってる人ってもうすることがボランティアしかないのか?


「影道って人も来たことあるの?」

「影道様があなた……ってのは混乱するんですよね……。まぁいいや。影道様は十年前の『魔人狩り』の時に私達を救ってくださった方なんです」

「『魔人狩り』?」


 はい、と頷くと巫女さんは話し始める。


「魔人って言うのは人の姿をしてるんですが、人を襲うバケモノなんですよ。弱点は日光なんで夜に活動するんです。彼らは人殺しの才能が半端なかったそうですよ。不意打ちにトラップ、騙し討ちにハニートラップまでできる事は何でもするって感じだったみたいです。ですよね、綾子さん」


 話を振られ、綾子さんはこちらに近づいて当時を思い出すように話し始める。


「そうですね。影道様は祓い人が続々と倒れている中、赤い騎士のような甲冑で現れ、『手を貸そうか?』と声をかけてくださったのです。私と幸宗は前線にいましてね。魔人の総大将に殺されそうなところを間一髪助けてくださったのです。あの時の事は一生忘れません。本当にありがとうございました……」

「そ、そんな!僕は何もしてないですよ……」


 記憶にないことを感謝されても困るって……あとそろそろ正座きついな……


「あなた様は全身甲冑で覆っていましたから結局顔はわからなかったのです。食事中も器用に食べてらしたので本当は女なのではという噂まであったほどです」


 食事中も兜被ってたの?変人じゃん。


「あの時に救われたのは私だけではありません。藤野の両親も傷こそ負って引退しましたが、命は助けていただきました。あと、来栖の姉もその時助けられているのですよ?」

「姉が?」

「ええ。ちょうどあなたと同じ年齢の時ですね。影道様がいなければ裕子も生きてはいないでしょう」


 来栖さん姉いんのか。てか十年前だよね?歳離れすぎてない?


「結局影道様が戦場に来られてからは十分程度で戦闘は終わりました。ほぼ影道様の独壇場でしたけれどね。『死に至る一撃』。あれは圧倒的でした」

「『弱点に至る一撃』じゃなかったっけ?」

「それは初期の"奇跡"ですね。『死に至る一撃』はその力が『概念昇華』で上がった力ですから。どんな敵でも瞬殺です」


 『概念昇華』か。名前の通りだな。でも弱点じゃなく死か。それは確かに瞬殺だ。攻撃がすべて即死攻撃だろ?チートだよ。


「記憶操作されてんのか……僕……よくわかんないや」

「何か思い当たることとかないんですかぁ?」

「ないなぁ。よくわかんないよ」


 うーん、と綾子さんは考え込む。


「記憶操作は記憶消去よりもかなり技術がいるんです。例えば今日会ったことをヒカリに忘れさせたい場合。今から一日分の記憶を消せばそれでいいんですよ」

「それはそうですね」

「でも操作となると簡単にはいきません。例えば私に関することを忘れさせたい場合はどうすると思います?」


 うん?綾子さんの事を忘れさせ……ああ、そうか


「そうです。まず今日一日の記憶から私とどのタイミングで会ったのかを把握しないといけません。さらにはその部分を完全に消してしまうとどこかで矛盾が生じてしまいます。記憶操作は相手に気づかれないように違和感なくするのが理想ですから。ですから、その矛盾の調整にも時間と技術がいるのです」


 要はテレビと同じか。テレビだって一時間の内容が一時間で作られたものではない。膨大な時間の中から必要な情報を切り取って編集して調節する。一日分の記憶を操作するだけでもかなりの神経を使うだろう。


「だからヒカリの記憶操作をした人はとんでもなくヤバい人です。こんな技術を極めてるなんてどうかしてますからね」


 僕ヤバい人に狙われてた?急に怖くなってきたよ…


「とりあえず今は何も考えない方がいいと思います。旦那がすぐに対応しなかったのは急ぐ問題だと判断しなかったからだと思いますから。しかし、一体どこでヒカリとあったのやら……」


 言い方的に影道時代ではなく最近の僕の事を知ってるっぽかったしなぁ…。千堂が学校にいるって巴に言ったのが最近だからそのころだろうか?


「ともかく巴。あなたはヒカリのことを守っていくのですよ?ヒカリと友達なのは五条の者として最大級の幸運ですから」

「はい、それはもう十分身に染みています。ですから正座を……やめてもいいですか……?」


 友よ、お前もか。


「まだまだ修行の足りてないあなたは………」

「綾子さん」


 説教が始まろうとする綾子さんを僕は止める。何故かって?僕も正座を崩しにくいからだよ!


「僕が影道だということはこの場で言ってもいいんですかね?」


 あ、とこの場にいるあの広間にいた人がしまったという顔をする。ここにはあの場にいなかった人もいるからねー。さっきから影道って何って顔してたし。


「このこと幸宗さんには言わない方が……いいですよね?」

「…………はい」

「貸し一ですね」

「…………ええ」


 やったぜぃ!この人に貸しを作れたのはでかい気がする。この先何かと役立つだろう。


「いいですか?この場で話したことは全て他言無用です。ではもう夜も更けてきましたしあなた方も寝てくださいね」


 そう言うと綾子さんはそそくさと部屋から出て行ってしまった。


 (逃げた?)   (逃げたね)   (絶対に逃げたよ)


 心の中で全員が一つになる。顔を向き合わせるとクスクスとみんなで笑いあった。


「じゃあもう寝ましょうか」

「そうですね。じゃあヒカリ、行きましょう」

「そうだね」

「巴ぇ~。それとヒカリもここで寝るよねぇ~?ていうか帰さないからぁ~」


 藤野さんのその言葉でジャージ姿の女性陣の目つきが変わる。何故なんでしょう。殺気に近いものを感じます。


「ふ、藤野さん。何故ですか?私には自分の部屋が……」

「巫女会ってのねぇ。みんなで最後に寝るのが慣例なのぉ」

「そう。みんなで。仲良く」

「お、叔母さんは自分の部屋に行きましたよ?」

「綾子さんはトイレが近いから遠慮してるだけだからぁ」


 何気に酷いよね!? この人達!?


「じ、実は私もなんですよ……あ、ヒカリは違いますよ?」

「あ、自分だけ助かろうって魂胆なのか!? 仲間を売るのか!?」

「ヒカリ、今までありがとうございました!!」


 そう言うと五条は僕を布団に押し倒す。汚ねぇ!


「………藤野さんに黒の会のこと言うぞ?」


 ピタッとその足が止まる。ふっふっふ。君の弱点は既に知り尽くしているのだよ?これぞまさに『弱点に至る一撃』!


「黒の会ってなにか知れないけどさぁ~。もうあきらめた方がいいよぉ~?」

「「………はい」」


 女性に囲まれて寝るというのは確かに夢みたいなことだと思う。でもね、槍を音速で投げてみたり、酒もないのに絡んできたりする人がいるんだぜ? さらには玉の輿を狙ってる肉食系の女性の中に放り込まれる草食動物を想像してみてほしい。結構地獄よ?


「じゃあ寝る。ヒカリ。こっち」

「………はい」

「巴はわたしの隣ねぇ~」

「………はい」


 僕らは一切の抵抗なくそれを受け入れた。もういいよ。どうにでもなれ。


 こうしていじめから始まった長い一日はハーレムエンドで終わる。本人たちの意思とは裏腹に。







「巫女会ってヤバい」


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