第15話 歓待

 そのお寺は一言で言うとめちゃくちゃでかかった。町の外れにあるその場所は何段もの長い階段を上ったところにある。周囲は木で覆われてはいるものの、お寺までの通り道は人の手によって整えられており、通り道にある提灯の光がその光景をより幻想的にしていた。

 

 さっきまで激しく戦っていたためか、五条が頂上に着くころにはヘトヘトになっており、息も絶え絶えとしていた。それを見た藤野は呆れたように声をかける。


「巴は情けないですねぇ~。この階段は毎日上り下りしてるでしょう?」

「それはそうですが……初めての戦闘でかなり疲れたんですよ……」

「それを言ったらヒカリさんもですよ?すいませんねぇ~。うちの弟子がこんなザマで」


 ヒカリは五条をみる。確かにかなり疲れている様子ではあった。しかし、あれだけ動けばそうなると思ってはいたが、当の自分も戦っていた身としては何も言えない。つくづく千堂という存在が異常だと思い知らされる。


「千堂が……バケモノなんですよ……」

「あぁ~! そんなこと言ったらだめでしょ~? 友達をバケモノ呼ばわりしたら失礼だってぇ~!」


 無駄に高い声を出しながら藤野は五条を叱る。ヒカリにとって五条が誰かに叱られている光景は滅多にない。口を出そうかと思ったが新鮮な感じがして何も言わなかった。


「それはそうとぉ!ヒカリさんには祓い人総出でおもてなしさせていただきますね!」

「いいですよ、そこまでしなくても。普通に泊まらせていただければなんでも。あと巫女会にも」


 つい本音が出てしまった。


「巫女会?興味があるんですかぁ~?」

「いえ!今のは忘れてください!」


 しまった。やはり僕も疲れているようだ。思わず本音が出てしまったぜぃ!


「そうですか?参加したいのなら歓迎しますけどぉ……」

「あ、やっぱり……」

「でも歴代の千堂の男性の方は誘っても来なかったんですよね。なんでも品を落とすような真似はしたくないのだとか。硬派で誠実で強いってもう理想の男性ですよねぇ~……憧れますぅ……」

「そう言っていただけると……光栄です……」


 なんでだ! なんで歴代の千堂の男はそんなに真面目なんだよ! これじゃあ僕が行きにくいじゃないかっ!


 目から血を流しながらヒカリは歯を食いしばる。千堂に対する人格のすばらしさが今は憎かった。


「それはともかくぅ。おもてなしは受けてもらえませんか?なんでも幸宗さんがそうしたいとのことで」

「叔父さんが?そういえばなんで千堂が私と同じ学校にいるとわかったんでしょう?」


 確か叔父さんはこの町で二番目に強いんじゃなかったっけ?そんな人が何でそんなこと知ってんの?


「それはわかりませんが……。ささ、広間へ参りましょう!どうしますか?まず着替えますか?」

「僕はいいですよ、このままで。そんな汚れてないし」

「私もこのままでいいです。ヒカリと同じ服の方がヒカリも落ち着くでしょうし」

「わっかりました~!それでは案内いたしますね!」

 

 無駄にテンション高い藤野さんは本堂と思しき場所へと向かっていく。途中、武装した恰好の人に何度かあった。全身甲冑に身を包んだ人や、巫女服を着た綺麗な女性たち。はたまた僧侶のような恰好をしたおじいちゃんもいたし、多種多様な人がここで暮らしていることが伺えた。


「さぁここが大広間です。どうぞおあがりください!」

「し、失礼します?」

「なんで疑問形なんですか?ヒカリ」


 戸を開け、中に入る。そこには四十名くらいの作務衣を着た男性たちと、巫女服を着た女性たちが中央を隔てて縦に座っており、その上座らしきところに一人の初老の男性と女性が仲良く座っていた。


「おお、やっと来たか。ささ、入れ入れ」


 その老人は髪は真っ白で長髪を後ろで束ねており、威厳のある顔つきをしていた。いかにも歴戦の戦士といった佇まいである。

 その横の女性は顔にしわがあるものの、その綺麗な顔立ちから昔はかなりの美人であったことが思わせられる。しかし、その目つきは鋭く、性格にきつさがありそうなことが感じられるものだった。


「そこに席が空いておろう?その座布団に座るがええ」

「え、ええ。では遠慮なく……」


 ヒカリは目の前にある座布団に座る。その横に五条。そのまたさらに横に藤野が座る。何人もの視線がヒカリに集まる。お寺の中という厳粛な雰囲気と、無言なこの空気がヒカリ神経をズタズタと削っていった。


「まぁ緊張するのもわかるがのぅ。そんなかしこまらんでもよいぞぅ?別に敵視しているわけでもない。寧ろ歓迎しておると同時に遠慮しておるのじゃ。お前さんに」

「はぁ……」


 そんなこと言われてもヒカリはピンとこない。千堂の人が色々したといってもヒカリ自身が何かしたわけでもないのだ。感謝されてもどう反応すればいいのか困るだけである。


「この感じは良くないのぅ。せっかく影道が来てくれたというのに……」

 

 その言葉にその場に座っていた全員の目つきが変わる。


「ゆ、幸宗様!それは本当でございますか!?」

「影道様!? こんなに若かったんですか?」

「まさかまた来ていただけるとは!! 光栄です!」


 祓い人がヒカリに向けて口々に歓声の声を上げる。ヒカリはさらに混乱してしまった。


「か、影道? そんな人は知りませんよ?」

「そうですよ、あなた。彼はまだ高校生ではありませんか。影道様は十年前もう大人ではありませんでしたか?」


 幸宗の横に座っている女性がなだめにかかる。その声でまた辺りはシーンと静まり返る。幸宗の次の言葉を今か今かと待っている様子だった。


「それには事情があるらしい。若返ったのか何なのかはわからんがな。今のあの子は記憶を操作されておるようでの。自分が分かっておらんようなのじゃ。だから追求をしないでくれんかの。あと、影道なのはわしが保証しよう。彼の"奇跡"を聞いてみるがええ」


 記憶操作されてる?僕が?そういえば小雪さんもそんなこと言っていたような……


「それでは影道様……。では混乱しますか。ヒカリ様の"奇跡"を差し支えなければ教えていただけませんか?」


 またもや幸宗の横の女性が聞く。それに対してヒカリは隠すこともないかと躊躇せずに答える。


「触れたものを壊す力です。まぁこの手で触ったもの限定ですが」


 カッカッカ、と幸宗は盛大に笑う。なんだ?なんかおかしなこと言った?


「それはお前さんの勘違いじゃよ。『弱点に至る一撃』じゃそれは。手で触らなくともよい筈じゃ。試しにほれ。まずその場で立ってみぃ?」


 立つのか? 何のために? とりあえずヒカリは座布団の上に立つ。そこへ幸宗がどこに忍び持っていたのか。懐の所から短刀を取り出す。


「動くなよ?ホレ!」


 その短刀をヒカリの足元に向かってものすごい速さで投げ付ける!ヒカリは反応すらできない!


「な、何するんですか!」

「カカっ!よく見てみぃ」

「あれ……短刀が粉々になってる?」


 短刀が足に当たったと思われる場所には粉々になった刀身や柄が散らばっていた。


「なん……で……?」

「お前さんの"奇跡"はの。全ての攻撃が相手にとっての弱点になるというものじゃ。それはお前さんが何でもいいから攻撃という目的をもって攻撃したのであれば、その攻撃は結果的に受けた方は弱点になるんじゃよ」

「なんだよそれ、最強じゃん」


 その返答も一字一句以前のものであったため、幸宗は面白そうに笑う。


「しかもそれは攻撃だけにおさまらん。防御にも転じる。お前さんに対するすべての攻撃はお前さんに向けられた瞬間、弱点になるから全て無効になるわけじゃ」


 そういえばこの能力について詳しく調べたことはない。いつも手で触れていたため、足などで試したことはなかった。そうだとすれば何とも馬鹿らしい話ではある。何が『万物破壊の手』だよ。めっちゃ恥ずかしいわっ!


「それはそうとお前さん、なんで眼帯なんぞしとるんじゃ?怪我でもしたのか?」


 そう自分で言いながらも幸宗はありえないと思っていた。その能力がある限り千堂に傷はつけられない。


「ああ、これですか?なんか今日色々ありまして……目にマークがついたんですよ」


 ヒカリは右目の眼帯を取る。そこには千堂の象徴ともいえる逆十字の刻印が赤色に染まっていた。


「おお!まさしく千堂の証!」

「それに赤なんて!影道様と同じですわ!」

「でも影道様は目に刻印なんかあったかしら……?」


 とりあえずヒカリは残りのマークもみんなに見えるように見せる。


「目だけじゃなく手の平にもあるんです。ほら、これ」


 そう言うと今まで近寄りもしなかったその場の面々がよく見ようと立ち上がって近づいてくる。


「歴代の千堂の方はみな一つだったぞ?」

「そんなに千堂の事は詳しくないのだけれど……。二つでもなく三つ?」

「誰か影道様の刻印の場所を知っておるものはおらんのか!」


 口々にヒカリの刻印について推測し始める。それを見ていた幸宗は声を張り上げて言う。


「まぁなんにせよ、その子が千堂であることは変わりないわい。今日はわしの孫の実戦に付き合ってくれたようだしの。感謝してもしたりんよ。それで巴。何かつかめたか?」


 巴は姿勢を正し、幸宗に向かって自信たっぷりに言う。


「はい。ヒカリのおかげで足りないものを見つけることが出来ました。私に足りないのは戦う覚悟。守る覚悟。そして、死なない覚悟でした。あの炎刀も太刀に変化させることが出来ました」


 それを聞いた幸宗とその場にいた祓い人たちは嬉しそうに声を上げる。


「そうか。よくやったのぉ」

「おめでとうございます。巴。やりましたね!」

「流石は五条ですな。初戦で千武の力を引き出すとは」

「はっはっは!これで五条の将来は明るいですな!副隊長!」


 五条は今まで家の人はみんな出来損ないの自分の事をよく思っていないのだと思っていた。いつまでたっても成長しない奴だと。だがよく応援してくれる人もいたということも五条は思い出す。自然と涙が込み上げてくる。


「やったじゃねぇか、巴」

「兵衛さん……」


 思えば兵衛が一番巴に厳しく、一番巴の特訓に付き合ってくれていた。今ならわかる。この人の優しさが。愛情が。


「初戦ってのはな。たとえ護衛を付けていようと死亡率がたけぇ。中途半端な特訓じゃあ簡単に死んじまう。それが祓い人っつーもんだ」

「はい」

「だがてめぇはやり遂げた。生き抜いた。聞いた話じゃ護衛対象も守り抜いたんだってぇ?だったらもう半人前以下じゃねぇ。一人前だ。これからは同じ祓い人同士。肩を並べていこうじゃねぇの」

「はい……ぐすん……」


 正確には小鬼からまでは守れてはいないのだが、命を守るという点でいえば守れている。五条はその場の雰囲気に流された。


「巴~。聞いてよぉ~。兵衛ちゃんって巴の事めっちゃ聞いてくるんよぉ~?怪我したのかだとかぁ~、どんな風だったのかってぇ~。自分で聞けってぇの!」

「こ、コラ!そんなことこいつの前でいうんじゃねぇ!」


 藤野がそう言うと兵衛は顔を赤くする。それを見ながら五条は兵衛に頭を下げる。


「今までご指導ありがとうございました!これからも精進いたします!」

「おうよ!じゃあこれは初戦突破祝いだ。とっとけ」


 それは一本の短刀だった。鞘には派手な装飾が施されており、実戦向きというよりは儀式用などに用いられる類の物。


「……いいんですか?こんな立派なものを」

「ああ、伝統でな。弟子を一人前と認めた時に短刀を送るのが祓い人の習わしなんだ。いつか巴も弟子が出来たら送ってやるんだぞ?」

「ありがとう……ございます……」

「おう、おめでとう」


 幸宗はその様子をしばらく見守っていたが、パンパン!と手を叩いて静かにさせる。


「いいか?とにかくここに居るのは祓い人でも階級が上の者ばかりしかおらん。ヒカリが影道だということは口外厳禁である。絶対に外に漏らすでないぞ?それと今日は巴の初戦突破記念と、千堂の方が祓い人のお寺に来てくださった記念でもある。もう夜も遅いが宴にしたい。藤野。厨房に行って食事をここに持ってこさせてくれんか?」

「わかりました、副隊長。すぐに持ってきます」

「では歓談というかの。惜しいのぅ。勇真がおれば盛り上がったじゃろうに」


 勇真?誰のことだ?


「第五番隊隊長です、ヒカリ。私の父でもありますけどね。今は遠方に出かけているので叔父がここを代理で取り仕切っているのですよ」


 なるほど。副隊長の割に上座に居るのはそういう事か。


「隣の女性は誰なの?」

「叔父さんの奥さん。つまりは私の叔母です。五条綾子。第四番隊隊長でもあります」

「へぇー。女性で隊長ってすごいね」

「はい。第五番隊は男性。第四番隊は女性で組織されています。要は巫女隊ですね」

「巫女隊かぁ……いい響きだね……」


 それを聞いた幸宗は目をキランと輝かせる。


「なんじゃお前さん。巫女に興味があるんか?」

「べ、別にそんなことはぁーないっすよぉー?」


 明らかに動揺してしまった。くそぅ!自分の素直さが裏目に出るとは!


「ここは綺麗どころがたくさんおるからのぅ。お前さんなら選び放題じゃぞ?さっき出ていった藤野なんかはどうじゃ?あの子は『魔人狩り』で両親が殺されかけてのう。それを昔のお前さんである影道が……」

「あなた?」


 それはもう例えるなら絶対零度の言葉だった。一瞬にして場の空気が凍る。幸宗はまたこれかぁ……と首を振って綾子に語りかける。


「あのなぁ、これは悪い話じゃないんじゃぞ?今まで千堂と祓い人が結婚したことは一度もないんじゃ。ヒカリが誰かとくっついてくれれば祓い人は安泰じゃ」

「相手はまだ高校生ですよ?影道様だとしてもそれは変わりません」

「しかしのぅ…ヒカリがそれを望んでおるようじゃし…」

「そうなのですか?ヒカリ様」


 え?こんな大衆の前で言わなきゃならないの?公開処刑ですか?


「どうなんですか?」

「僕は……泊めていただけるだけで……結構です……」

「ほら見なさい!!」


 くっ! 僕は……無力だ……


「ほんとにそうかのぅ……」

「忘れたのですか?『千堂の変』を。何十年か前に巫女の一人が権力目当てに千堂の方に言い寄った挙句、それを見破られた千堂の方が千武の提供をお止めになったのを。あの時は祓い人滅亡の危機とまで言われたのですよ?」


 そんなことあったの!? これはますます巫女会に行きづらい……。巫女会云々以前にまともに会話できるのかすら怪しくなってきた。


「なぁ、ヒカリよ。わしを助けてくれんか?お前さんは覚えておらんがわしを助ける義理がお前さんにはあると思うぞ?」

「え? 幸宗さんは僕に何かしてくれたんですか?」

「ああ、ここでは言えんがな。言ったらカミさんに叱られるからのう」

「あなた?またなんかやらかしたんですか?」


 突如、幸宗の体が金縛りを受けたように固まり、プルプルと震えだす。その顔はだんだんと青ざめていき、呼吸すら危ない様子だった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「いつものことです、ヒカリ。放っておいても大丈夫ですよ」

「で、でも巴!幸宗さんが……」

「あれは叔母さんの『魔眼』によるものですよ」

「まがん?」


 巴は頷く。


「叔母さんや強い祓い人は妖魔の血肉を取り込むことによって力を得ているのです。その一つが『魔眼』。視界に入るすべての意識あるものを拘束する最強格の異能です。妖魔のみならず霊的なもの相手でも通じますからね。これがあるから隊長なのですよ、あの人は」


 綾子さんの目を見ると確かに紫色に光っている。見られるだけで拘束されてしまうだなんて。そりゃあ最強だろう。でも人に使って大丈夫?


「た、助けてくれ……ヒカリ……」

「助けてと言われましても……」

「ぬぅ……まだ『概念昇華』も使いこなせておらんようじゃしのぅ……無念……」


 そのまま幸宗は後ろへ倒れこんでしまった。


 死んだ!?


「懲りない人ですねぇ。この人もう祓い人引退させた方がいいんちゃいます?」

「まぁまぁ、叔母さん。叔父さんも悪気があってしたことじゃあ……」

「叔母さん?」


 おおっと。今度は巴がターゲットになりそうだ。ここは友人である僕が助けなければ。


「ちょ、ちょうど食事が来たようなのでお話はそれからにした方がいいのでは?」

「あらそうですねぇ。ほら、あなた。しっかりしなさい」

「むぅ。三途の川を渡りかけたわい……」

「!?」


 ムクッと幸宗は何事もなかったかのように起き上がる。副隊長というのは伊達ではないようだ。


 藤野さんを筆頭に巫女姿の女性陣がお膳にのった料理とともに大広間に入ってきた。一通り運び終わると藤野さんたちは何事もなかったのように立ち去ろうとする。


「おお、藤野。お前さんも同席するがええ」

「ですが副隊長。私はまだ三十二番でして、ここに居る権利は……」

「今更じゃろう?ほれ、ヒカリの横に座らんか」

「え、ええ……」


 困惑した様子の藤野さんが僕の隣に座ってくる。テンション上げたり真面目モードになったりと大変そうだ。よく見ると綾子さんが幸宗さんを冷たい目で睨んでいる。この人も懲りないね。


「では改めて。もう硬いことはなしにしようかのう。乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」


 完全に夜中ではあるものの、遅めの食事を摂る。そういえば今日は昼食もパン一個だけだったっけ?思い出したようにお腹がすき始めていた。目の前の豪勢な食事にヒカリは目を輝かせる。


 

 でもここってお寺だよね?肉とか魚とか大丈夫なん?








「それでぇ~、影道様が私の両親を助けてもらったそうなんですよぉ~。ほんっとーーーに感謝してますから!」

「う、うん。そうなんだね……」

「我らが今ここに居るのもすべては影道様のおかげ。千の宮支部が五分の一の被害で済んだのは影道様が助けに来てくださったからなんですよ」

「す、すごいね……」

「そ、それで……今ヒカリさんは彼女さんはいらっしゃいますの……?」

「いないよ……え。これ何の罰ゲーム?」


 食事にありつけたのも少しの間だけだった。初めは会話を楽しむ程度に話していたのだが、熱が入ってきたのか。だんだん熱く語る人が増えていき、ヒカリの周囲に人が集まりだしたのである。それで影道という人の話を聞かされまくった挙句、このように質問攻めへと変わっていってしまった。


 特に藤野さんが酷い。さっきの丁寧な口調もなんのその。完全に素に戻っている。え、その瓶ってお酒入ってんの?見た感じ大学生だけど飲んでいいの?


「藤野さん……ノンアルでそこまで酔えるのはあなただけですよ……」

「もぉ~巴ちゃんは硬いなぁ~。そんなんだからいつまでたっても彼女の一人もできないんですよぉ~?」

「わ、私には祓い人になるための修行がありますから」

「真面目過ぎるからフェイントにすぐ引っかかるんじゃーん!面白いくらいに騙されるんだもん。木の人形を動かすのめっちゃ楽しかったしぃ~!」

「う、それを言われると面目ない……」

「兵衛ちゃんなんて学生時代かなり荒かったんよぉ~?二股して修羅場とか日常茶飯事だったんだから~!」

「あ、てめぇ!そんなこというなよぉ!」

「巴の前では先輩面してるけどねぇ~。昔は私より弱かったんだから。『俺、お前を守れるくらいに強くなりたい……』とか言っちゃっててさぁ~。ピュアだよねぇ~」


 女たらしでピュアなのか?生粋の色情魔って事?


「兵衛さんにそんな過去が……」

「巴。こいつのいう事は聞かなくていい。こいつは今猛烈に酔っている。全部こいつの妄想だ」

「そんなことありませぇ~ん!アルコール入ってないもぉ~ん!」

「顔赤くしてから言うセリフじゃねーだろうが!」


 この三人は仲がいいようだ。そういえば藤野さんっていくつだ?


「ねぇねぇ、巴。藤野さんっていくつなの?」

「確か二十歳ですね。兵衛さんも同い年ですよ」

「そうなんだ。じゃあアルコール……はダメだよね。これじゃあ」

「そうですね。この人にお酒は厳禁です。普段のテンションさえヤバい人なんで……」

「二人とも大学生なの?」

「ええ。千の宮大学に通っていますよ。学生の祓い人は少ないのですがね。高校生の祓い人は私だけですが、大学生の人はまぁまぁいますよ」


 そこでヘロヘロ状態の藤野さんが口を挟んでくる。誰か水持ってきてぇー。


「高校生の祓い人なら他にもいるよぉ~?」

「え?いたんですか?」

「うん。わ・た・しぃ~~!」

「すいません、兵衛さん。この短刀を今使わせていただきます」

「お、落ち着けよ!そんなことの為にやったんじゃねー!」


 元気いいなー。


「だが高校生の祓い人なら確かにいるぜ?ほら、あそこだよ」


 兵衛がその人物の方を見る。そこには綺麗に正座している巫女の女性がいた。その巫女はこちらの視線に気づくととことこと近寄ってくる。


「どうしました?兵衛さん」

「ああ、高校生の祓い人が巴の他にいないのかって話でな。お前今何年だっけ?」

「三年生です。私、ひいらぎ高校ですから。千の宮高校とは縁ないですし」


 柊高校?千の宮高校とちょっと離れてるもんね。それは知らなくてもしょうがない。


「初めまして。来栖くるすレミ。今後もよろしく」


 来栖さんは手を差し伸べてくる。

 

 三年生か。一つ上はちょっと緊張するなー。でも異様に背が低い。小さくてかわいいけど先輩なのがネックだな。


「初めまして。千堂ヒカリです。来栖先輩って呼べばいいですか?」


 それを見た兵衛さんが眉をひそめながら口を挟む。


「あのなぁ来栖。言葉遣いがなってねぇぞぉー?この方は千堂なんだ。少しは愛想よくしやがれ」

「兵衛さんに言われたくありません。あなた十六番でしょう?私は九番です。序列でいえば私が上です」

「第五番隊と第四番隊で序列の順位が決まるかっての! いいぜぇ?ここで白黒決めてもいいかんなぁー!俺はよぉー!」


 こんなはずじゃなかった。どうして自己紹介で喧嘩になるんだ?


「わかった。ではヒカリ様。勝負内容を決めていただけませんか?」


 へ?


「おう、それがいい! 千堂の方に祓い人の実力を見てもらおうじゃないの! ヒカリ様!なんでも言ってください!」


 やめて!私の為に争わないで!


「ヒカリ、諦めてください。この人たちは戦闘狂ですので。話し合いより殴り合いなんですよ」


 藤野に肩を組まれて絡まれている五条は死んだ目をしてヒカリに諭す。

 ああ、巴……見捨てないで……


「じゃ、じゃあ的当てなんかどうです?」

「的当て? ヒカリ様。それはどういうルールですか?」


 来栖が顔を覗きこんで……じゃないな。身長のせいで見上げてるだけだこれ。


「遠くから的に物を当てるんだよ。ほら、力勝負なら男と女だしフェアじゃないでしょ?巫女さんなら弓とか使えるしいいかなって」

「なるほどなぁー!流石ですぜ!ヒカリ様!」

「ええ。まぁ力勝負でも負けませんが」


 兵衛さんの筋肉凄いのに……この自信はどこから来るのだろうか?でも九番って言ってたし案外強い?


「では私が用意してきますね。二人は何を使いますか?」


 巴が二人に聞く。なるほど、藤野さんから離れたいわけだね?でもだったらもっと早く何とかしてほしかった。


「俺はクナイだ」

「私は槍」

「!?」


 巫女なのに槍投げんの?僕のフォローどこ行ったんだよ!!


 巴が広間を出てどこかへ行ってしまった。ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。巫女会に参加したかっただけなのに。








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