紅い騎士の物語

麒麟山

第一章 千堂に至る物語

第1話 何でもない日常


 人のために生きたい。人の役に立ちたい。


 少年は思う。


 それは古い昔の絵本の話。とある騎士が幼馴染の王様を陰で支える物語。どんなに苦しくても、どんなに辛くても、どんなに裏切られても、その騎士は王様に忠義を尽くす。


 孤児院のベッドの上でその少年はその騎士に憧れを抱いていた。こんな自分でも、親のいない自分でも誰かに尽くすことができるのだろうか、と。


 少年は願う。


 これからはある一人の為に生きよう。たった一人の自分だけの王様のために生きよう。


 少年は決意する。


 いずれ出会う王様のために自分を磨き続けようと。



     ■     ■     ■






 ――――――――この町のどこかには魔女の屋敷がある。



 そんな都市伝説のような噂がここ、千の宮町で広がっている。


 一般的な住宅街。所々にあるレジャー施設。町の中心には活気のある商店街で今日も今日とて商売人とお客との間で値段価格の応酬が繰り広げられている。

 ところどころに見かける田園風景がこの町がまだ本格的な都市開発に至っていないことを物語っており、住宅街から離れた場所にある工業区画には鉄骨でつくられたジャングルジムのような工事現場が至る所に広がっており、その高台から眺めると、町の風景が一望できるようになっている。



 それは何の変哲もないある雨上がりの朝。

 

 千堂ヒカリは今日も坂を下る。


 この町の朝は寒い。周囲を山に囲まれたこの町では寒気や暖気は行き場を失った水のようにこの場所にたまる。

 もう春だというのに冬の名残りが著しく残る冷気は冷え性の千堂ヒカリを縮こまらせる。ブルブルと、時折思い出したように体を震わせながら学校までの道を足早に下る。

 

 高校二年生という中途半端な時期は、学校に慣れてマンネリ化した学校生活を送る時期。受験を考えるのにもまだ早すぎる時期。そんな何をすべきか考える時期。つまり、暇を持て余した時期がヒカリの思考を憂鬱にさせる。


 そんな暇を持て余しながらも学校の部活動には所属せず、ただ学校で授業を受け、ただ家まで帰る日々を坦々と過ごしていた。


 学校につく。校門には『千の宮高等学校』と書かれており、錆びれた金属の具合から歴史を感じさせる趣のある看板となっているが、ヒカリにとってそれはただのボロ校舎であること以外何ものでもなかった。


 下駄箱で靴を履き替え校舎の階段を上る。傷ついた地面や上履きの色が残る汚れた廊下。髪の毛やほこりが端と端に掃き忘れられている階段。掃除当番が手を抜いたであろうことがわかる窓の縁の汚れや濁った水滴。これを毎日眺めながら登校するのがヒカリのルーティーンだった。


 教室のドアを開ける。


「おっ!センドーじゃーん!おはよう!」


 黒霧宗太くろぎりそうた。ヒカリのクラスメートでもあり、高校一年の頃からの友人でもある。友人といっても悪友というやつで、こいつの所業は度々先生の癇癪に触れることもあり、生徒指導室に呼ばれることは頻繁にあるのだが、その持ち前の明るさからか、生徒間では愛されるバカとして広く認識されている。


「ああ、おはよう、宗太」

「ええ?なんかテンション低いじゃーん!なんかあった?」


 この会話もいつも行われている恒例行事のようなものになっている。普通に挨拶をしているだけなのに黒霧自身のテンションで比べられるため、普通の挨拶ではテンションが低いと認識されているようなのだ。


「何もない。何もないよ、宗太。いつもどおりだ」

「( ´_ゝ`)フーンそう?」


 この顔が僕はいつ見ても気に食わないのだが、感情をあらわにしても黒霧は明日になったら忘れているため効果がない。相手にするだけ無駄なことなのだ。

 しかし、このいつも通りの会話が今日は少し違った。


「でも俺はあるんだよねー!知ってるか?この町の魔女の噂!」

「ああ、知っているよ」


 登校中や下校時によく噂話や都市伝説が大好きな女子が大声で話しているので嫌でも耳に入ってくるのだ。しかし、こういう噂はいったい誰が広めているのだろうか。きっと自分のような暇人が遊び半分で広めているに違いないと勝手に推測していた。


「なんだー知ってたのかー。じゃあさっ!俺たちで探しに行こうぜ!」

「は?なんで?」

「そりゃあ気になるからじゃーん!どうせお前も暇だろ?なぁーなぁー、行こうぜー!」


 自分で暇人だと認識はしているものの、人にはっきりそう言われるとイラっとしてしまうのはなぜなのだろうか。しかし、いくら暇だとはいえそんなバカげた噂話に付き合う義理はない。断ろうとすると別の友人が口を挟んでくれた。


「そこまでだ、黒霧。ヒカリが嫌がっているだろう?お前はいつも強引すぎるんだ」


 眼鏡をかけたこいつは五条巴ごじょうともえ。自分のヒカリと同じく下の名前が女のような名前であることから密かに親近感を抱いている。学校の風紀委員をしており、二年にして次期風紀委員長は五条になるともっぱらの噂になっている。


「ええー、いいじゃんかよー!どうせ俺たちは部活にも入ってないんだ。犯罪を犯すわけでもないのに止める権利あんのかよー?」

「うぅ、それは…ないが…」

「だったらいいじゃんかよー!あ、だったら巴も行こうぜー?俺たちが悪いことをしないか信用できないっていうんならさー、一緒に来るのが風紀委員のツトメだろー?」

「し、仕方ないか…ならば私も行こう」

 

 普通、決められた委員などになっていたとしてもそんな義務や責任など一切ないのだが、五条は『やるからには責任をもって何事も為す』というのが座右の銘らしく、律義に風紀委員としての務めを果たそうとしてくる。

 そしてタイミングよくキーンコーンと朝のホームルームの鐘がなった。


「じゃあ放課後に行こうなー!間違っても一人で抜け駆けすんじゃねーぞ!」


 そこは逃げるんじゃねーぞの間違いではないかと思ったが口にはしない。そんなことを言っても無駄だからだ。どうせ放課後には忘れているセリフだという事を付き合いのある人なら誰にでもわかる。

 

「はぁ…」


 ヒカリは席に着く。そもそも自分は行くとは一言も言っていないのだが。まぁ、することもないのでそれはそれでいい運動にはなるのかなと考えなくもなかったりしなくもない。

 教室のドアが開き、担任の先生が入ってくる。


「はーい、今日のホームルーム始めるぞぉー!日直、礼は省略するからそのままで構わんからなー。では最近起きている不審者の件で……」


 担任の言葉は既にヒカリの耳には入ってきていなかった。窓の外を眺めると雨上がりの雲の隙間から線を引いたような光が幻想的に町を照らしている。

 ああ、でも本当に魔女というものが実在するというのであれば、こんな毎日も変わることができるのかもなーと退屈な日常の変化を心の中で求めていた。






 放課後、すべての授業が終わり下校の準備をする。椅子から立ち、机の中の教科書やプリントなどを鞄に詰め、顔を上げるとタイミングよく黒霧と五条がヒカリの所にやってきていた。


「すまん、ヒカリ。少し委員会で野暮用があってな。五分で戻ってくるから待っていてくれ」

「俺もトイレに行くからさ!大きい方だからそのくらいかかるかも!ちょっと待っててな!」


 五条は足早に教室を出ていく。黒霧はおっきい方!おっきい方!と口に出しながらトイレに向かっていった。もー品がなーい!という女子の声が黒霧の行った方の廊下から聞こえてきた。

 ため息を吐きながら再度自分の椅子に座る。すると、一人の女子生徒が話しかけてきた。


「ちょっといいかしら?」


 それは長髪を後頭部で束ねたポニーテールで、目鼻立ちがくっきりとした美人の女子生徒だった。僕はこの生徒を知っている。隣のクラスの女子生徒でかなりの男子生徒に告白をされているという噂の女の子だ。名前は確か…い、いち…


一宮いちみやアンリよ。あなたと話すのは初めてね」

「う、うんそうだね」


 僕はいきなり美人の女の子に話しかけられて圧倒されてしまった。気の利くセリフが言えずにいると、向こうはイライラとした口調で話しかけてきた。


「ちょっと?普通名前を言われたらそっちも名前を言うべきじゃないのかしら?」

「あ、ああ。僕は千堂ヒカリ。千は数字の千に堂は堂々の堂だよ。」

「ふーん、ヒカリね。覚えておくわ」


 いきなり下の名前で呼んでくるとは少しびっくりしたが、今はなぜ彼女が僕に話しかけてきたのかがわからない。とりあえずストレートに聞いてみる。


「そ、それで何の用かな?アンリさんは?」

「そうだったわね。用件は単純よ。魔女を探すのはやめておきなさい」

「え、なんで?」

「なんでもかんでもないわ。いい?私は忠告したからね?それじゃあね」


 そう言うと一宮アンリは教室から出て行ってしまった。まだ教室に残っていた数人がこちらをうかがうような目でみている。それはそうだろう。別のクラスの有名人が僕なんかに話しかけてきたのだから。


「悪い、ヒカリ。ちょっと遅れてしまったな」

「ふぅーすっきりしたぜー!およ?なんでこんなに静かなの?」

「よ、よし!三人そろったな!じゃあ今から行こう!」


 僕はこの視線に耐えられず二人を強引に教室から連れ出す。


「ど、どうしたんだ?ヒカリ。そんなに急いで」

「お!ヒカリもやっぱ気になってたんじゃーん!」


 黒霧の言う事に肯定はしたくないが僕はほんの少し興味が出てきたのだ。魔女の噂に別のクラスの女子からの忠告。これはきっと何か面白いものが待っているに違いがないという期待があった。






 そして、その放課後から一時間。成果は出せずにいた。辺りはすっかり赤色に染まり、夕日もあと一時間程で沈むだろうことがなんとなくわかる。

 住宅街や商店街の裏路地など、色々なところを歩き回ったのだがそれらしきものは見つからない。まぁ一時間程度で見つかる噂話など、高が知れているのだが。


「あー見つかんねーな―!こんなに探しても屋敷の屋文字も見つかんねー!」

「まぁ所詮は噂だ。もうあきらめるんだな、黒霧」

「ええー!もうあきらめんのかよー!なぁーヒカリはまだ探すだろー?」

「うーん、でも探すにしてももう探すとこないし、それにもう今日は遅いだろ?」

「そ、そうだけどさー」


 黒霧はまだ諦められないという顔をしている。しかし、高校生が夜遅くまで出歩くことはできないだろう。諦めるべきだ。とそういえばまだ探していない所に心当たりがある。


「でも確か建設途中のあの区画だったら調べてないな…」

「お?そうじゃーん!あの辺工事関係者しかいないからあるならその辺じゃねー?」

「だ、だがあの辺りだと少し時間がかかるぞ?」

「大丈夫だってー!行って帰ってくるだけなんだからさー!ぎりぎり間に合うさ!よし行こう!」


 こうして最後の探検に三人は行くことにした。目的地は工業区画。そんなところにある筈もないよな…とヒカリは自分自身でも思いながらも目的地へ向かう。






 ある筈ない。そう思っていたのに喜ぶべきか、悲しむべきか、それらしきものはあるにはあった。

 それは古い洋館のような造りとなっていて、いかにも魔女が居そうな屋敷だった。

 三階建てで庭付きという広い敷地に、植物がこれでもかと伸びきり三昧ざんまい。広さでいえば僕が今住んでいる教会くらいはある。


「本当にあるとはな…」


 五条は茫然ぼうぜんと立ち尽くしている。


流石さすがヒカリだぜー!ほんとにあるなんていい読みしてるー!」


 閑静かんせいな道路に黒霧のバカっぽい声が響く。


 ここは工業地区の端の端に位置する所。こんなところに家があるなんてことがまず知られる筈もない。確かにあの噂は本当だったようだ。家だけは。


「でも結局魔女の屋敷っぽいってだけの話だろう?魔女が居るなんてことはありえないよ」

「そうだな。じゃあもう目的は果たしたし黒霧、もう帰るぞ」

「えーなんでさー?ちょっとお邪魔してみようぜ?」

 

 流石にそれはまずいだろう。こんな広い屋敷に住んでいる人のイメージがわかないが、魔女の屋敷の噂を確かめに来ましたーなんて言ってきた高校生三人を快く思う筈もない。

 しかし、考え無しの黒霧は有無を言わさず玄関のチャイムを鳴らしてしまった。


「バカっ!何をやっているんだ!」

「え?チャイムを押しただけだけど?」


 五条が止めたがもう遅い。少しして中から三十代くらいの執事服を着た男性がやけに姿勢のいい歩き方でこちらの方へやってきた。


「なにか御用でしょうか?」


 笑顔の執事服の男に黒霧が答える。


「はい!魔女の屋敷の噂を確かめに来ました!」


 馬鹿正直に言うなっ!と五条と僕はそう思ったのだが、以外にも執事服の男は気にもせずこう言った。


「魔女の屋敷?ほう、それは面白いですねぇ。確かにこの家はそのように見えなくもありません。でしたら少し中をご覧になっていかれますか?」

「え?いいんすか?やりー!」

「ちょ、ちょっとそれは流石に失礼だっ!すいませんこのバカが。もう帰りますので」

「いえいえ、どうせなら見ていってください。なんなら泊まっていかれても構いませんよ?この屋敷は部屋だけは無駄に余っておりますので」

「で、ですが…」

「それにもう今日は遅い。あなた方が帰る頃には真っ暗でしょう。心配せずとも親御さんには電話をしておけば安心でしょう?言い訳はそちらに合わせますのでご安心を」


 確かにもう日は暮れ始めており、あと数分で完全に真っ暗になろうかという具合だ。迷惑でなければその方がいいのかもしれない。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて。僕は千堂ヒカリです」

「俺は黒霧宗太!」

「私は五条巴です」

「千堂?」


 執事服の男は僕の名前を聞くと少し怪訝な顔をした。どうしたのだろう?


「どうかしましたか?」

「い、いえ別に。なんでもございませんよ」


 執事服の男は一瞬で元の優しそうな笑顔に戻る。


「ではご案内いたしますね」

「あー楽しみだなー!」

「お前は礼儀というものを知らんのか…」

「………」


 暗くなってから見る屋敷はとても不気味だった。気が付けばどこからやってきたのか、カラスの大群が屋根からこちらを見下ろしている。何か本能的にヤバいものを感じたので明日はすぐにでもこの屋敷を出ようと僕は心の中で誓った。






 洋館にはたくさんの部屋があった。この間まで使っていたかのように家具が揃えられており、椅子や机、タンスやベッドなど、僕たち以外にも何人も泊まれそうなほど設備は充実していた。

 廊下の内装も凄くて、シャンデリアのような照明、長いカーペット。所々には台と花瓶に生けた花が所々にある。いったいどんな人が住んでいるのだろうか。


「まずはお風呂から入ってください。皆様お疲れでしょう」

「わー、いいんすかー?なら遠慮なくー」

「こ、こら!申し訳ありません。何から何までご面倒をおかけして」

「いえいえ、こちらとしましても若い方がいらっしゃるといい刺激になっていいですよ」

「そう言ってくださると助かります」


 五条はとても礼儀正しい。僕もなにか気の利いたセリフが言えればいいのだが、何も思いつかない。

 三人は浴室に入る。


「すっげーー!めちゃくちゃ広いじゃーん!これクラスのみんな全員で入れるレベルだぜー?」

「こらっ!はしゃぐな!お前はヒカリを少しは見習え!」

「いやいや、僕は何もしてないんだけど……」


 黒霧が走りそうになるのを五条は止めていた。しかし、こんな広い屋敷なのに住んでいるのはあの執事の男だけなのだろうか。そんなわけがある筈ない。では一体誰が何のためにこんなところに住んでいる?


「きゃっほーい!一番乗りだぜー!」

「お前は小学生かっ!」


 二人が騒いでいるのを見て僕は考えるのをやめた。大丈夫だよね?一晩泊まるだけだし。それが杞憂きゆうになるように祈りながら僕はとりあえず体を洗いに行った。






 浴室からを上がると案内されたのは大広間だった。そこには長いテーブルがあり、二十人は軽く座れそうなほどの広さがあった。僕たちは着替えがないので制服のままだったのだが、それがさらに僕たちの場違い感を演出しているようで気が引けたが仕方がない。


「それではこちらの方にどうぞ」


 執事服の男が僕たちをそれぞれの席に案内する。テーブルには華やかな装飾と料理が運ばれており、飛び込みで入ったにしては量が多く、この屋敷の厨房はどの程度の大きさなのか気になった。


「主人がいらっしゃいます。しばらくおまちください」


 そういうと執事服の男は壁の方に立ち、黙り切ってしまった。

 僕らは話そうにも執事服の男が気になって仕方がない。少しすると、奥の方から一人の女性がやってきて、テーブルが見渡せそうな位置に座る。


「ようこそおいでくださいました。私がこの洋館の主人、神道美紀じんどうみきと申します。この度は三人も若い方がいらっしゃって本当に嬉しく思いますわ。ゆっくりしていってくださいね」


 その女性はとても美しかった。すらっとした顔に細い首、肌は白く、年齢は三十代に見えるが実際の年齢はわからない。この人が屋敷の主人だと言われてもピンとこなかった。


「本日は本当に申し訳ありませんでした。このような料理まで用意していただいて」


 五条は礼儀正しくお礼を神道さんに言う。


「ええ、この料理は私が作ったのよ」

「そうなんですか?料理人の方などは…」

「私とそこのゼノだけですわ。この屋敷に住んでいるのは」


 どうやらこの執事服の男はゼノというらしい。


「はいはい!質問!この屋敷には魔女が居るって噂なんですけど、おねぇさんがそうですか!」

「ば、バカ!もう本当に勘弁してくれ!」


 しかし、言ってしまった手前もう遅い。しかし、美紀さんはその質問に微笑で返す。


「うふふ、この屋敷に魔女なんていませんわ。ただの富豪崩れの主人と執事が二人で住んでいるだけです。ここには昔はたくさん人がいたのですけどね。今では閑散としていて寂しいのですわ」

「そうだったんですね…」

「ええ、まぁお話はこのくらいにしておきましょう?さぁさぁ、召し上がってください」

「はい、それではいただきます」

「「いただきます」」


 僕たち三人は料理を食べようとした。けれど、僕はその料理の一つにとてつもなく嫌な感じがした。これは…何かのリゾットのようなものだけど、それが気になって仕方がない。

 他の二人は何も気にせずパクパクと食べている。ただの気のせいだろうか?


 とりあえずその料理以外を食べ進めていくと何か違和感がある。なんだ?

 後ろの壁に立っているゼノさん。奥のテーブルに座っている美紀さん。なんだ?何かがおかしい?


「どうですか?私の料理は?」

「ええ、本当においしいです」

「めっちゃうめー!」

「そうですか……それは良かった。


 そうだ!僕たちだけの分しか料理がないんだ!


 それに気づいた時、なにやら鈍い音がした。


 ドンっ!


 突然、五条と黒霧の二人が盛大に頭をテーブルにぶつけていた。


「え?二人とも、どうしたの!?」

「ふぅ、薬は効いてきたようね。ゼノ、二人を運んでおいてね」

「かしこまりました。しかし、そちらのお方はどうしますか?」

「私が相手をするから大丈夫よ」


 すると、ゼノは二人を乱暴に担いで部屋を出て行ってしまった。


「ちょ、ちょっと二人をどこにやったんですか!?」

「それはあなたの知らなくていいことよ。それはともかく本当にあなた千堂?」

「どういう意味だ!」

「千堂と言えばあの"異端狩りの千堂"なのだけど…どうやら人違いのようね。でもなぜあなたはあの料理を口にしなかったのかしら?」

「あの料理って…リゾットみたいなやつのことか?」

「ええ、わかっていたのでしょう?薬が入っていることが。あなた意識的に気づいていたようだし」


 確かに嫌な感じはしたが、まさか薬が盛られていたなんて…。しかし、いまはそんなことはどうでもいい。この女性はヤバい。本能がそうヒカリに警告していた。


「僕をどうするつもりだ!お前は魔女なんだろう?」

「いいえ?本当に魔女ではないわ?」

「嘘を付け!だったらなぜ僕たちを襲う!何かの実験に使うつもりだろう!」

「あんな奴らと一緒にしないでもらえるかしら?まぁもういいかしら。ここまできたら隠すことなんてないし」


 そういうと美紀は立ち上がり、うーん、と伸びをすると段々とその姿を変えていった。


「私は神道美紀。偉大なる吸血鬼の家系にして人を越えた人ならざる存在。安心してね?あなたはじっくりといたぶって殺してあげる」


 背中から大きな翼、口には鋭い二本の犬歯。爪は鋭く伸びていて、それは僕らが知る吸血鬼の姿そのものだった。


「残念だったわね。あなた達の魔女狩りが逆に吸血鬼に狩られることになって。でも大丈夫。あなた達の血肉は私達の中で永遠に生きるから」


 僕は退屈な毎日に変化を求めていたことを後悔した。ああ、なんでこんな噂話に興味を持ってしまったんだろうと。







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