第21話 千堂水城


「お待たせしました。千堂水城。ただいまより再度引率として同行させていただきます」

「おう!水城ぃ、一応聞くがちゃんとヤッたのか?」

「はい、まだ死んでませんが」


 それを聞くと安具楽は呆れたような顔をして水城に言う。


「お前、その顔でひでぇなぁ……」

「ふふふ。あなたも似たようなものでしょう?」

「それもそうか。はっはっはっはっは!」


 二人の笑い声が響き渡る。なんて恐ろしい二人組なのだろう……。







 ヒカリたちはとりあえずその場で水城という人が来るまで座って自己紹介をしながら歓談していた。

 まず千堂安具楽せんどうあぐら。緑色の刻印で鎌の使い手。ランクは一。


 千堂夢幻むげん。僕を助けてくれた子供。紫色の刻印で毒使い。ランクは十。


 千堂礼二れいじ。フランクな子供。緑色の刻印で鎌使い。ランクは九。


 千堂カイン。間延びした声をしている子供。黄色の刻印で斧使い。ランクが十二。


 千堂小竜しょうりゅう。普通の礼儀正しい子供。青色の刻印で弓使い。ランクは十五。


 千堂紅蓮ぐれん。チャラい子供。白色の刻印で槍使い。ランクは七。


 わかったのはそれくらいだ。あとはさっきの戦闘の事で大いに盛り上がっていた。僕を除いて。







「じゃあ水城も来たとこだし行きますか!祓い人の寺へ!」


 安具楽が声高らかに叫ぶと、子供たちは歓声を上げる。

 僕は小雪さんにそっと話しかける。


「そういえばあの寺ってなんて名前なの?」

「ないわよ。祓い人だもの」

「!? なんで祓い人だとないのさ!?」

「それは会話から場所がわかっちゃうからじゃない?ほら、粛清隊なんかと敵対してると会話を聞かれたら困ることだってあると思うわ。だからよ」


 つまり、祓い人は顔で覚えろと。なんて面倒な。


「場所はわかるの?」

「ええ。みんな知ってるわ。知らないのはヒカリとあの子供達だけでしょうね。千堂はね。地形把握能力が抜群なのよ。あなたもそうじゃない?」


 そういえば一度行った道は忘れたことが無い気がする。未だに距離感はつかめないものの、道そのものの手順はわかる。


「祓い人はもう死んでるよね……」

「………そうね。私達の所に粛清隊が無傷で来たってことはもうおそらく……」


 思えば粛清隊は僕を追ってここまで来たんだった。その途中に祓い人に会ってついでに殺していったのだろう。つまり僕が……


「あなたのせいじゃないわ。たとえそれであなたが恨まれるようなことがあったとしても、それはお門違いというものよ」

「で、でも……」

「いい?人が人を殺す理由なんて本来どうでもいいのよ。この世の全ての事象は全て理由なんてない。それは、人が勝手に決めて、勝手にそう思い込んでるだけなの」


 僕と小雪さんの会話に水城さんも加わってくる。


「そうですよ。考えたって仕方がありません。殺したいときに殺せばいいんです。人間なんて」


 この人真顔でとんでもないこと言うね!?めっちゃイケメンで声も美声なのに色々と残念だよ!!


「あ、この辺よ」


 そこには刈り取られた後の草むらや木に着いた血痕などが至る所に付着していた。それは歩けば歩くほど生々しく残っており、ついに僕たちはたどり着いた。


「………………」

「……仕方ないわよ、ヒカリ。わかっていたことだとしても」


 それは無惨な死体だった。腕はちぎれ、足はぐちゃぐちゃに曲がり、お腹には大きな穴が空いていた。頭はなんとか原形を保っているものの、逆にそれが痛々しくて忍びない。


「……うん?なんか落ちてる」


 僕はそれを拾い上げる。財布だった。その中の免許証の名前に驚愕する。


「五条勇真………巴のお父さんじゃない?」


 小雪がそれをのぞき込む。それはまさしく巴の父だった。第五番隊隊長の五条勇真。確かにそう言っていた。安具楽が考え込んで言う。


「そいつ男だろう?だったらあのいけすかねぇ女に動きを止められてそのままやられちまったんだと思うぜ?あのクソアマ。もっと痛めつけてやればよかった。なぁ?夢幻」

「後悔。時すでに遅し」


 その場面が目に浮かぶ。僕もやられていただけに悔しい。綺麗なおねぇさんに殺されるなら本望と思っていた以前の自分を殴りたい気持ちだ。あれ?でもそういえば……


「安具楽さんはなんであの女の人の声に誘惑されなかったんです?」

「お?ヒカリあの時意識あったのかぁ?そうだなぁ。あの女は強制的に発情させる力だとお前らは思ったんだろう?だが実際は男にしか効かねぇ。それっておかしくねぇか?」

「どこがです?僕には何が何やら……」

「強制的に発情するってんなら女だって発情するはずだぁ。でも実際は男にしか効かねぇ。それはお前が効いてて、小雪が効いてなかったことから明らかだ」


 なるほど。それを一瞬でこの人は把握したのか。なんという観察眼。


「だから俺は思った。あの女はヤケに男を誘う服装をしてた。つまりそういう事だと。あいつが男が女を襲いたいっていう欲望を増長させる力があるってなぁ」

「そうね。ていうかキーリングがそう言っていたでしょう?」

「だったね。あの人敵に情報教えてくれてたわ」


 なんてアホなのだろう。


「俺は意識的にあの女を敵だと認識した。百パーセントな。だからあいつに対しては一切性欲なんて湧かなかった。敵ならそいつが女だろうが子供だろうが関係ねぇ。ただ殺すだけだ」


 実際にはそれは難しいことだと思う。自分の意識を完全にコントロールするというのは並大抵の努力では得ることができない。それをこの男はしたのだと言い切ったのだ。


「でも逆らわずに済む方法だってあったんだぜぇ?」

「え、どんな手です?」

「実際に襲っちまえばいいんだよ、あんなもん。そしたらあいつだってそれを受け入れるしかなくなる。ははっ!殺してしまうほどの愛ってやつをあいつにぶつけてみたかったなぁ!おいっ!」


 安具楽は楽しそうに笑う。でもそうか、あの時僕は必死に抵抗していたけれど、本気で襲おうと考えていたら、それはそれで面白い展開になっていたかもしれない。抵抗してしまうから呑まれるのだ。思いっきり流されてしまうと勢いで相手をも傷つける刃にもなる。


「じゃあこの遺体を運ぶわね」


 小雪はその遺体の服を形状変化させ、服を風呂敷の形に整える。そして、遺体を包むとそれを苦もなくかるった。


「………不謹慎ふきんしんかもしれないけど嫌じゃない?」

「全然平気よ。軽いもの」


 言いたいことはそうではなかったのだが、小雪は平然とその遺体を背負う。その姿が、僕には何か寂しいもののように感じた。


「じゃあ行くとすっかぁ!いざ祓い人邸へ!」


 安具楽の掛け声で再度進み始める。そのスピードは遅くもなかったけど、早くもなかった。きっと、安具楽さんが僕の気持ちを察して合わせてくれているのだろう。やっぱりなんだかんだで安具楽さんは優しい。男の中の男である。


「このスピードならちょうど夕飯の時間ピッタに着くからなぁ!祓い人の野郎共、めっちゃ慌てるぞぉー!」


 そうでもなかった。この人はただの悪戯好きの戦闘狂だ。













 僕は再度、祓い人の寺に来ていた。時刻は夕方の五時半。本来であれば夕食の時間にはまだ早いのだが、安具楽さんが途中からめんどくさくなったのか、スピードを上げたせいで早くついてしまったのである。


「ど、どうされましたか!? 千堂の方がこんなに大勢で……」


 門番と思われる甲冑の男性二人組は大慌てだ。それを嬉しそうに安具楽はニヤ付き、こう答える。


「幸宗のじいさんいるか?安具楽が来たって伝えてくれぇ!」

「は、はい……呼んできます……」

「駆け足!!」

「は、はいぃぃぃぃ!!」


 一人が全力疾走でお寺の本堂の方へ向かっていく。この人はほんともうなんていうか……


「で、では安具楽様御一行は私が案内させていただきます…」


 残ったもう一人が丁寧に僕らを案内する。でもやっぱり混乱しているようで、どこか挙動不審だった。


「こ、ここが本堂ですので今しばらくお待ちください」

「おうよ」


 安具楽を先頭にずかずかと子供たちは入っていく。この人たちが礼儀正しく真面目?嘘だろ、おい。


「…おうおう!安具楽様ではありませぬか!この度はどのようなご用件で?」


 本堂の奥の方から五条幸宗が出てくる。その後ろからは五条綾子も一歩下がった位置からついてきていた。


「お久しぶりです。安具楽さま。第四番隊隊長としてこの度は……」

「世事はいい。それよりも訃報ふほうだ。心して聞いてもらいてぇ」


 無言で安具楽は小雪に目配せをする。小雪は背負っていた風呂敷を下ろすとその中身を二人に見せるように広げた。


「五条勇真。彼の遺体が山の中で発見されました」

 

「…………ゆ、勇真、た、確かに勇真じゃあ……」

「あ、あなた!勇真が!勇真が!!」


 幸宗と綾子は二人して取り乱す。それを僕たちは黙って聞いていることしかできなかった。


「ゆ、ゆうまぁぁぁぁぁぁ!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


二人の泣き声を聞きつけ、近くにいた祓い人が続々と本堂の方に集まってくる。その中には巴もいた。


「ど、どうしたのですか?叔父さん、叔母さんまで……」


「ゆ、勇真が亡くなった……」

「と、巴、お父さんが亡くなったの……」


 二人は地面に座り込む。他の祓い人も全員、壁を向いたりへたり込んだり、中には飛び出して行ってしまう人もいた。


「と、父さん……」


 巴は力なくその場に倒れこむ。


「と、巴!」

 

 僕は巴の近くによって抱きしめる。巴は震えていた。こんな友人の姿を見たくなかった。でもこれは僕の責務だ。僕が説明しなければならない。たとえ安具楽さんたちが悪くないのだと言っていたとしても。


「全部……話すよ……」


 僕のその言葉で全員が黙って耳を傾ける。視線が痛い、でも逃げることは許されない。安具楽さんや小雪さんも僕を見て頷く。


 そうして僕は話し始めた。仁の里に向けて山を登っていた時の事から……









「……だから僕を責めても僕はそれを受け止めます。このような形になって本当に申し訳ありませんでした……」


「ヒカリよ。お前さんのせいではない。寧ろ仇をとってくれて感謝したい方じゃわ」

「そうですよ。勇真が死んだのは勇真自身の力不足。そして粛清隊がすべての元凶。あなたが悩むことではないです……」

「ひ、ヒカリ……あなたが……悪いわけではない……父さんの仇をとって……くれて…ありがとう…!」


幸宗と綾子、そして巴はヒカリに対して怒るどころか、ありがとうと、お礼を述べる。しかし、ヒカリとしては結局仇をとったのは安具楽さんたちであり、お礼を言われる筋合いなどないのだ。


「仇をとったのは俺たちだけどなぁ!!」


 安具楽さんが声高らかに叫ぶ。

 もうちょっと自重しませんか……?


 すると、水城さんもとんでもないことを言い出す。


「まだ奴らの首謀者は死んでませんけどね」

「「「!?」」」

「今頃は山の中で歯が抜けている頃でしょうか。声も出せず、髪も抜け、全身は矢でグサグサになっており、鋭敏な感覚と激痛が死すらも許さず彼をむしばんでいます」

「「「………」」」


 みんな泣き止んじゃったじゃん。もっと自然に泣き止んでもらいたかったよ、祓い人の人達には!!


「……しかし、カッカッカ!流石安具楽様たちじゃのう!勇真が苦戦した相手を瞬殺とは……伊達ではありませぬなぁ!」

「そうですわね……あの子もあなた方にお礼を言っていると思いますわ……」


 幸宗と綾子は感謝を述べる。安具楽さんと水城さんが余計なこと言わなけりゃあもっと素直に受け取れたんだけどなぁ!!


「今宵は宴じゃ!勇真の仇をとってくれためでたい日でもある!皆の者!用意せよ!」

「さぁさぁ!第四番隊のみなさん!今宵は階級など無用です!各自みんなで宴の用意をするのですよ!」


 二人は立ち上がって祓い人たちに指示する。それを聞いた祓い人たちも顔に表情が戻り、忙しそうに動き始めた。

 小雪さんが僕に話し始める。


「宴をするのが意外?」

「うん。仮にも自分たちのトップが亡くなったんだよ?それでなんで宴なんか…」

「祓い人の一から十番が亡くなるとね、宴をするの。それは亡くなった人達に向けてメッセージを送る為なんだって」

「メッセージ?」

「そう。あなたのような偉大な人を失ったのはつらいですが、私達はそれを乗り越えて歩んでいきますっていうね。亡くなったその瞬間は悲しむけれど、泣き止んだらもう立ち止まってはいけない。進むしかない。その為の宴」


 小雪はどこか希望に満ちた目をしているようにヒカリは見えた。それはつらいことはつらいけれど、その先にある希望を信じて進んでいくというような、そんな目を。


 祓い人が一斉に動くので、お寺の本堂には続々と料理や酒が運ばれてくる。それを僕が手伝おうとしたら夢幻に止められてしまった。


「手伝う。よくない」

「え、でも……」

「祓い人の仕事。我らは歓待を受ける。それが吉」


 それを聞いた安具楽はおうよ!、とヒカリに言う。


「夢幻の言うとおりだぁ!俺たちが動くのはかたき討ちに失敗したときだけ!後ろめたいことなんて何一つもねぇ!ここは黙って好意を受け取っときな?」


 水城も口を出す。


「そうですよ、仮に我らが動いたとしても、彼らは気まずくてしょうがないでしょう。ここは冷静に。冷静にタダ酒を飲み尽くしましょう」

「…………」


 なるほど。千堂が山賊の家系というのは伊達だてではないらしい。


 そんな会話をしていると、もうすっかり本堂には料理が並べられ、祓い人のほとんどがその席に着く。


「では乾杯の音頭を取らせていただきます。今宵は勇真の………」

「しゃらくせぇー!野郎共、飲みやがれぇぇぇぇ!」


 ええええええええええええええぇ!?


 幸宗の乾杯の音頭を邪魔したばかりか、安具楽はめちゃくちゃハイテンションで手に持ったビール瓶を頭上に掲げる。


「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」


 そして、他の祓い人たちもノリノリで安具楽に合わせてビールを頭上に上げる。甲冑の男たちと巫女姿の女性がそんな悪ノリに合わせないで欲しい………


「ねぇねぇ、巴」

「? どうした?ヒカリ」

「なんで男の人はみんな甲冑なの?」


 以前来た時は甲冑なんか着てなかった。


「これは父を偲ぶ会ですからね。武人をしのぶにはやはり武人の恰好でしょう。ほら、安具楽さんだって大鎌を担いでいるでしょう?」


 確かに今までツッコまなかったが終始安具楽さんは大鎌を担いでいる。水城さんなんかも堂々と弓矢を背負ってるし、他の子どもたちも同様だ。普通預けたりしない?


「千堂の人は常時戦闘態勢を心掛けていますからね。こういう場でもし敵に襲われても返り討ちですよ。まったく心強いです。千堂の方がいるだけで僕らは気を緩めてられますから……」


 そういう意図があんのか…? 本当にぃ…?

 見ると安具楽さんはその大鎌でビールの栓を斬って開けていたり、水城さんはその弓で僕が以前やった的当てを余興感覚でしている。絶対ふざけてるでしょう?


「てっへらー☆!藤野ちゃんもさんせぇーーん!!」


 水城さんの的当てに酔った藤野さんが弓を片手に勝負を挑む。


「ほう、巫女風情が私に弓で勝負を挑むとは……いい度胸です。では敗者は勝者のいう事をなんでも聞くというのはどうです?」

「えぇ~、いいのぉ~?負けたら私のお婿さんになってもらうけどいいぃ~?」


 藤野さん、あんた……


「いいですよ。寧ろ一生奴隷でも構いません」

「!! じゃあハンデ頂戴よぉ~。あなたは弓無しね」


 それ矢だけってこと!? それ弓矢って言える!?


「構いません。寧ろ矢が無くてもいいくらいです」


 もうなんでもアリだな!!


 しかし、すでに条件は言い渡され、的の場所も前回より遠い、五十メートル先。本堂におさまりきれずに外に的は設置される。


「じゃあじゃあ~!先行は私ぃ~!三本勝負で的の得点で競うわよ!」

「臨むところです」


 藤野さんは美しいフォームを描きながら弓に矢をつがえる。そして放つ!


 タンっ!


 見事に的の真ん中に当たる。すげぇ!


「なかなかやりますねぇ」

「でっしぉ~?未来の旦那様に言われると嬉しいぃ~!」


 もう藤野は勝つ気でいるようだ。調子に乗りまくりである。そのせいか、二本目と三本目は中心から少し離れた位置に当たってしまった。


「ふぅ、こんなもんかなぁ~。でもでもぉ~!あなたは弓無し!もう勝ちはけってぃ……」

「いいえ、あなたの負けです。何を言われるか震えながら待っていなさい」


 水城は藤野の言葉をさえぎる。そして、矢を弓があたかもそこにあるように手でフォームを作り、そして腕の力だけで矢を放つ。


タン!


それはもう見事な一矢だった。まっすぐに、そして藤野より圧倒的に速い速度で矢は真ん中に当たった。


「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。千の道は弓の道。”異端狩りの千堂”。"一の弓"。千堂水城。あなたの全てを狙い打ちます」


 キャーーー!という巫女たちの黄色い声援と、甲冑の男たちのおおぉーという野太い声が本堂に響く。え、知らなかったの?

 小雪がヒカリに耳打ちする。


「水城さん、前回来た時は全身青の服にフード被ってたらしいから。それに子供の時だから十数年前らしいわよ」


 今の見た目が二十代半ばだから、十歳過ぎに来ただけなのか。それはわからんわ。


 水城は尚も涼しい顔で矢を放つ(投げる)。後の二本とも的のど真ん中に当てていた。ていうか自己紹介したら別れの挨拶になるんじゃないの?


「ま、負けたぁ~!あ~!水城さんめっちゃかっこいいのにぃ~!千堂なのにィ~!」

「私のランクを聞いても勝てると思っていたのですか。この小娘にはお仕置きが必要なようですね」


 巫女さん達はキャーー!という声をまたもあげる。大丈夫?この人マジで言ってるよ?なんでこんな人がモテんの?


「では安具楽。あなたの番ですよ」

「お?じゃあ俺様もいっちょやってみっか!」


 安具楽が立ち上がると大鎌を持ったまま藤野の方へ行く。何で通じてんの?水城さん何も言ってないよねぇ?


 安具楽はビール瓶を水城から受け取ると、藤野をそこに立たせ、両手両足を広げさせ、大の字にさせる。その腕の上や頭、更には股下にも何本かのビール瓶を置く。


「さぁ嬢ちゃん、覚悟は良いかよぉ?えぇー?」

「ふ、藤野バカだからわかんなぁ~い………」


 藤野さんは見るからに動揺していた。そして額にはびっしりと遠くから見えるほどの汗が。あーあ、もう知らねー。

 水城さんが言う。


「この哀れな小娘は私に対し愚かな行動を取りました。皆さんはこんな風にならないように気をつけてくださいね?では安具楽」

「おうさ!」


 安具楽はその大鎌を回転させる。だんだんとその速度は上がっていき、ビュンビュンと大きな音まで出てきた。器用だなー。


「藤野だっけか?」

「は、はい……」


 安具楽は真顔だった顔をニカっと笑わせる。藤野もそれを見て笑いかけ……


「動くなよ?動いたらマジで死ぬから」

「ひょえぇ!」


 短い悲鳴を上げる。そして藤野の周りのビール瓶が割れ始める。


 パリン! パリン! パリン! パリン!


 ビール瓶だけが器用に割れる。こぼれたビールが藤野にかかるが藤野は動けない。動いたら死ぬ。それは紛れもない本音。冗談ではなく千堂がそう言ったのなら、それは本当なのだから。


 最後のビール瓶は藤野の頭の上の一本のみ。藤野は失神寸前だ。白目を剥きかけている。


「一応聞くが水城ぃ、やめるか?」

「まさか、この女はまだ失禁してない。ならまだ大丈夫だ」


 どういう基準!?

 

 安具楽はその大鎌の回転を更に上げる。もはや音がヤバい。キュイーーーンという未知の速度にまで達している。ホント器用ですね!!


「じゃあ死ね」

「!?」


 勇真の弔いの席とは思えない不謹慎な発言が飛び出る。だが果たしてそれは叶った。ビール瓶はわれ、藤野は失禁しながらその場に倒れこんだ。


「ふむ、命に別状なし。しかし、社会的に死にましたか。南無三」


 もう一度巫女さんたちに聞きたい。この男本当にかっこいい?目をハートにするとこちゃうよ……


 しかし、水城さんはもらった雑巾でその後始末をし始めた。女性とはいえ尿を気にせず雑巾で拭くか……確かにイケメンだけどさ。元はと言えばあんたのせいだよ?


「水城さんって後始末もできるのね……」

「安具楽さんは男の中の男って感じでかっこいいわ…」


千堂ならなんでもいいのだろうか、巫女さんは。ちなみに藤野さんは兵衛さんに担がれてどこかに運び出された。哀れな。


「あ、来栖くるすさんだ」


 来栖レミ。高校三年生の巫女の祓い人。前回、的当てで弓矢を使わずに槍を使った怪力少女である。


「また来たのね。ヒカリ」

「うん。こんな形になるなんて思ってもなかったよ…」

「私も今聞いたわ。さっき任務が終わって帰ってきたの」


 そうだ。勇真さんが亡くなったとはいえ、妖魔は待ってくれない。この瞬間にもこの場にいない祓い人は妖魔と戦っている。


「それで?この子供たちは何?」


 それは勿論、安具楽さんたちが連れてきた例の五人の子供だ。その中の夢幻が気に入らないとばかしに来栖に近寄る。


「お前。子供。チビ」

「💢」


 おおっと、わかりやすく怒ってらっしゃる、ちゃんくる。でも相手は千堂ですよー。マジでヤバい方の。


「勝負。決闘。負け。服従」

「いいわ。やるわよ」


 お互い無口なところが微妙に似てる。あれかな?似た物同士というやつかな?


 決闘方法は腕相撲。勿論提案したのは来栖の方。汚ねぇ!自分の得意分野を躊躇ちゅうちょなく選択しやがった!

 そこへ安具楽さんがビール瓶片手に近寄ってくる。


「あーあ、こりゃあマジでヤバいぞぉ?」

「ですよねぇ…夢幻君、大丈夫かなぁ…」

「あ? お前何言ってんの?」


 へ?


「相手はあの夢幻だぜ?毒使いってのはな。毒を使えればなんでも毒使いになんだよ。里の外じゃあバカにするやつは多いけどなぁ」


 そういわれると他の武器よりは派手さに欠けていると言わざるを得ない。それに力も一番ないように見えるし。


「千堂の中でも戦闘における攻撃のレパートリーが多いのが毒使い。少なくとも俺様はそう思ってる。毒ってのはな。使い方を間違えなければ薬にもなんだぜぇ?知ってたかぁ?」

「なんとなくは聞いたことがあります……」

「夢幻はなぁ、小夜が薬方面も教え込んでるからランクこそ低いが実力は本物だ。もしあの五人を戦わせたら、多分、夢幻の一人勝ちだ」


 そこまで強いのか!?見た目じゃわからんもんだなぁ…


「あいつの強さはな、その執念深さだ。勝つためには何でもやる。まぁ見てな?」

「なんかもう今すぐ寝たい気分なんですが……」


 そして、二人の前に腕相撲の台が置かれる。果たして、この決着はいかに!?





 後半へ続く…………

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