第二章 混沌に至る物語
第23話 無能指揮官の末路
「どうしようかねぇ………」
安具楽は考え込む。本来、安具楽たちは子供達の実践訓練の為に里から抜け出している。里に門限などなく、いつ戻ってもいいわけなのだが、こんな状況で里に戻ったとしても目覚めが悪い。
それにヒカリの事もある。同族が粛清隊に捕らえられ、記憶操作されていたというのは気に食わない。もちろん、復讐を止める掟なども存在しないので、これは千堂自身が一人ひとりどう思うかの問題ではあるのだが。
お寺の本堂に集まった千堂たちの様子を見る、どうやら安具楽の発言をみんな黙ってみているようだ。仕方ない。ここは一人ずつ意見を聞いていくしかないだろう。
「それじゃあ、てめぇら。まず里に帰りたい者。手をあげろぉ」
「「「「…………」」」」
そうだよなぁ、と安具楽は思う。もともと実践訓練のつもりで自分たちは来ているのだ。ヒカリと小雪はともかく、状況が複雑化してきたとはいえ、他のメンバーが今更里に帰りたがる筈もない。
「………つまり、てめぇらはこの事態に首を突っ込むってことでいいかぁ?」
その場にいた全員が頷く。ではどう人員を割くか。
「まず粛清隊関係に当たりたい奴ぅ!」
ヒカリと小雪。そして水城が手を上げる。水城が手をあげるとは。安具楽は意外だったがここで安具楽は口を出す。
「夢幻。お前も行ってくれねぇか?」
「………意図理解。了解」
夢幻としては安具楽についていきたかった手前、手を上げなかったのだが、正直どうでもよかったので言われればなんでもよかったのである。ヒカリの記憶操作の件で夢幻はどうせ一緒になるのだろうなと予想していただけに夢幻は逆らわない。
「じゃあ次は百鬼夜行だな。これは俺も行く。他に行きたい奴は?」
他の全員が手を上げた。具体的には小竜・礼二・カイン・紅蓮の四人だ。それもそうだろう。残りの『アヴェンジャー』は人が相手だ。百鬼夜行の方が断然盛り上がるし、楽しそうだからだ。
「……まぁそうなるとは思ったがよぉ。そうだな。別にすべての事件に関わらねぇといけないわけじゃねぇ!この二件だけを千堂が当たる!と思ってたんだがなぁ……」
「「「「?」」」」
全員がその様子の変化に首をかしげる。
「やっぱりどうも怪しいんだよなぁ。この件はよぉ。一気に三つも異常が起きてる。関連性があるかも知んねぇ。だから俺は『アヴェンジャー』の組織について調べてみっからよぉ!」
ええぇーという四人組の子供はブーブー文句を言う。この子供たちにとって安具楽はヒーローみたいなところもあるが、一番に自慢したい相手でもあるのだ。その存在が抜けるとあれば何か言わないと気が済まないのだろう。それをわかったうえで安具楽は嬉しそうに説教をする。
「うっせぇなぁ!てめぇらもうガキじゃねぇ―んだ!そろそろ妖魔の百人斬りくらい目を
安具楽は常に目を黒い帯で視界を覆っている。これは完全に見えないわけでなく、薄暗い環境に慣れておくことで視覚に頼らない戦闘や技術を磨くためにつけているのだ。
だから正確には目を瞑っているわけでもないので子供たちは口々に批判する。
「安具楽さぁぁぁん!そりゃないっすよぉぉぉぉ!」
「安具楽っち、おうぼ―!」
「その帯見えてますよね?」
「しつぼーした」
三者三様ならぬ、四者四様。ちなみに上から千堂礼二(鎌)、千堂紅蓮(槍)、千堂小竜(弓)、千堂カイン(斧)である。
そして水城がもう一人の引率としてこの場をまとめにかかる。
「では私達は独自に動きましょう。ヒカリ、小雪、夢幻。一応連携して動きますか?」
「一応って?」
なんなのだろう。連携しない動き方があるみたいな。
「基本、私達は群れません。今回はツアー感覚だったので集団で動いてましたが、本来は単体行動が基本ですから」
そんな遊園地のアトラクションじゃないんだから……。でも、今回は僕の知人の命がかかっている。お遊びはほどほどにしてもらいたい。よって…
「全員で動きませんか?役割分担した方が早いですし」
「ヒカリはそう言うと思ってました。ではそうしましょう」
水城という人と関わった時間は一日もないのだが。もうすでに僕の事を理解してくれているらしい。流石弓使い。観察眼が半端ない。
「安具楽は単独行動でもいいですが……お前たち、ちゃんと祓い人にあったら一応挨拶だけはしておきなさいね?見捨てても構いませんが」
見捨てないであげてね!?
はぁーい、という元気な声を四人はあげる。大丈夫かなぁー…。同士討ちを避けれればなんでもいいのだろうか……。
「それでは現時刻を持って任務に当たります。定期連絡として二日後のこの時間にこの場所で集まりましょう。安具楽、あなたはこのことを幸宗さんに一応伝えておいてください。そして小竜。今回の百鬼夜行のリーダーはあなたに任せます。今回の任務は簡単なので団体行動を縛りとして設けますからそのつもりで」
「わかった、師匠。
百鬼夜行が簡単で、しかも団体行動が縛りとして認知されているとは。千堂ってバケモンだなぁ……僕もなんだけど。
「では行きましょう。私が先導しますのでついてきてくださいね」
そういうと水城さんを筆頭に僕、夢幻、小雪の順番で山を下り始めた。
途中で思ったんだけどさぁ。弓使いが先頭ってなんかおかしくないかなぁ……
僕は今日、久しぶりの坂を上る。
久しぶりと言ってもそんな日をまたいだわけでもないのだが。思えば仁の里に行くために抜け出したというのに、二、三日で帰ってくることになろうとは。僕の覚悟もなんかその程度だったんだなって思ってしまう。
相変わらずこの隊列の順番は変わらない。というか、坂の下の方になってから『ヒカリがいつも登校していた坂をゆっくり観察したい』なんて水城さんがいうから超スローペースで坂を上っている途中だ。何の意図があるのだろうか?水城さんは僕の彼女かなんかなの?
それでも、二度と帰ってくることはないかもしれないという坂を上れるのはなんだか新鮮に感じる。いつも見ていた風景が別物みたいだ。今日も今日とて天気がいい。こんな日に神父様やシスターと戦闘をするのかもと考えたら萎えてくる。一応、喧嘩別れして飛び出たという風になっている。でもその後、粛清隊の司教クラスを大量に送るのだから、どんな連れ戻し方法だとも思うが。
先頭を歩いている水城さんが呟く。
「いいところですねぇ…こんな場所に教会があるなんて。ぶっ壊したくなります…」
「…………」
「蹂躙。蹂躙。蹂躙」
「…………」
………一応、救出したい人もいるんだけどなぁ。
「どうやらもうすぐ着きそうですね。本来であれば、私はアーチャーですので後衛でバックアップをするのが基本戦術なのですが、ヒカリ。あなたが指揮してみなさい」
「ぼ、僕ぅ?」
「はい。この任務はあなたの大事な人が捕まっているのでしょう?でしたら、あなたが指揮してくれた方が思い残すことはない。あ、でもあなたと夢幻はワンセットなのでその辺はあしからず」
なるほど。悔いを残すな。ということだろう。確かに地形的にも僕が一番この辺は詳しい。戦闘指揮なんて勿論したことはないが真剣にやらなければ。
「………ではまず小雪さんに
「わかったわ」
「僕と夢幻君はその後ろを離れた距離からついていきます。これは背後を取られないためですね」
「意図把握。重々承知」
「そして、水城さん。水城さんには……この辺一帯を
この中で唯一"奇跡"を見たことがないんだよなぁ。能力を知らない以上、
「ええ。もちろんできますよ。というか既に全体の地形は把握しました」
「!?」
はぁ!?まだ現地にすらついてないのに!?坂の上にあるんだから一部ですら見ることができない筈だ!
「まぁそういう配置になりますよね。小雪が斥候。ヒカリと夢幻が中衛。そして私が後衛ですね。基本方針はどうしますか?」
「勿論、人質の救出です。その後、神父さまとシスターを拘束します。それでいいですか?」
「いいえ、ダメです」
!? なんか流れ的にいい感じだったのに……
「イレギュラーを想定していませんね。そもそも相手の人数すらわかっていないし、脱出後の集合場所。罠の可能性。緊急用の合図方法などが全く持ってなってません。これでは机上の空論です」
…………ぐぅの音もでないっ!
「ですが、失敗から学ぶこともあるでしょう。今回は無策同然で行きます。では私は先に配置につくのであなた達は準備ができ次第作戦を開始してください」
言いたいことを言ったからもういいよね?という顔で水城さんは消えた。文字通りに。あの人ぶっ飛んでんなぁ……。
小雪は空を見上げながら言う。
「あの人、かなりやる気になってるわねぇ……」
「ごめん、全然わからないんだけど」
「まぁこれは付き合いの長さがあるからねー。あの人、粛清隊相手だと興が乗るみたいよ」
「? なんで?」
「なんでも相手のその傲慢な顔がジワジワと苦渋に染まる様が見ていて面白いとか。さすがアーチャー。狩りはお手の物ってところかしら」
アーチャーってそんな職業だっけ……
「それに赤嶺善導はちょっとした有名人だしね。戦ってみたいのよ。あの人」
「否定。我。抹殺」
「はいはい、そうね」
……まぁ残虐嗜好があるのは構わないけれどね。この場合は頼もしいから何も言わないけどさ。
「それじゃあ小雪さん。斥候任せるよ」
「ええ、わかったわ。千の道は黒の道。"異端狩りの千堂"。"八の黒"。千堂小雪。任務遂行の為行動を開始します!」
小雪さんは元気そうに敬礼するとタッタカと残りの坂を走り始めた。かわいい。
でもさ、千堂の挨拶って別れのあいさつでしょ?これ普通に死亡フラグじゃない?僕死なないよね?
ヒカリと夢幻は少しして進みだす。
よく考えたら小雪(高校一年)、ヒカリ(高校二年)、夢幻(高校三年)なんだよなー、と思いながら。
小雪さんを見失わないか少し心配だった僕は夢幻君に相談するとこう教えてくれた。
「我。毒付着。小雪。把握」
(僕が小雪さんに毒を付けているからどこにいるのかはわかるよ!!)
ということらしい。あまりにも言葉足らずなので僕は夢幻君の言葉を脳内翻訳することにした。
ここは教会の建物の中。よく考えれば僕は教会に住んでいると
「? 理解不能。何故驚愕?」
(なんで驚いてるの?意味がわかんないんだけどぉ!)
「ああ、僕が住んでるのはこの教会じゃなくて離れの家なんだ。だから、ここには数回しか入ったことないんだよ」
「理解。敵。教会。洗脳。異端」
「そっかぁ。敵は教会だもんね。ヒカリを洗脳してたんだからあいつらの方が異端だよっ!」
………なんだろう。自分でそういう風に解釈してるだけなんだけど、夢幻がかわいい。まるで弟みたいだ。年上なんだけどねー。
「小雪。この先」
(この中に小雪がいるよ!入ろう!)
「ええぇ!この中!?」
教壇のような所に着くと、そこには隠し通路のようなものがあり、そこの扉が開いていることから小雪が見つけ侵入したと思われる。というか、小雪さん、よくこの場所が分かったね……。
「侵入開始」
(潜っていくよ!)
「うん、行こうか」
中は薄暗い階段が続いており、壁にはたいまつが
やけに年期の入っている石畳なので、ずっと昔からあったに違いない。こんなものが古くからあって、二人がここに閉じ込められていて拷問を受けているのだとすれば、教会はかなり悪質なことをしている。断じて許されることではない。
「………到着間近」
(もうすぐ着くからね!)
「おっけー」
どのくらい降りたのだろう。深さが分からないほど進んだ。少しして、小雪さんの姿が見える。
「小雪さん……!! レイン!ジュリー!」
そこは僕が住んでいた離れの家くらいの広さがあった。高い壁、広い空間、そして数多の拷問器具。そこの壁にはレインとジュリーの二人が血だらけになりながら、壁に鎖で吊るされている。手と足に頑丈な手枷がついているから並大抵の力では壊せないだろう。でも小雪さんなら手枷も形状変化で壊せるんじゃ……
「……状況把握。任務開始」
(うーん、大体わかったよ! やっちゃうからね!)
「ええ、やっちゃって」
「?」
夢幻がまたあの時のようなディナーベルを懐から取り出す。そしてチリンチリンと鈴を鳴らした。
小雪が言う。
「この二人、暗示がかけられてるみたい。内容まではわからないけど、おそらくここから抜け出そうとしたり、手枷を壊したら自害する内容だと思うわ」
「だから小雪さんは夢幻君を待ってたんだね」
「ええ。彼がいて助かったわ。まぁ、いなかったらこの二人を帯でグルグル巻きにして持ち帰ればいい話ではあるんだけどね」
そっか。暗示だからこの二人が抜け出せたと思わなければ発動しない。強硬手段を取ろうとすれば何かしら道があるもんだな……
「……解除完了」
(おわったよ!)
「助かったわ。ありがとう、夢幻」
「
(うれしいな!)
小雪はさっそく二人の拘束を解除する。そして、二人を地面に横たわらせた。
「………息は
「可能。時間経過。脱出優先」
(できるけど…。うーん、時間がかかるなぁー。脱出したほうがいいかも!)
「そうね、わかったわ。ヒカリ、二人をお願い」
「う、うん。わかった」
僕はレインを背中に背負い、ジュリーを前から抱える。とりあえずこれで僕は戦えない。でも後は脱出するだけ。急ごう。
ドゴゴゴゴゴゴゴォォぉォ!
不意に地震が起きる。な、なんだ!?
「!! 出口封鎖! 頭上注意!」
(出口が塞がれちゃった! 頭に注意して!)
「やっぱり罠があったみたい!多分私達を生き埋めにするつもりね!」
ドン! ドゴン! ダァァァン!
螺旋階段の上の方からは既にでかい石が降り注いでいる。もうこれでは階段で地上に戻るのは不可能だろう。階段を形成している石畳がボロボロに崩れていく。
「入って!」
小雪が即席のシェルターを作る。僕らはその中に入って落石をやり過ごそうとするが……
「……このままではまずいわね。このシェルターは頑丈だけれど、あの質量の落石が落ちてきたら流石にまずいかも」
「酸素不足。注意」
(生き埋めになったら酸素不足になるかも!)
「ええ、たとえ防げたとしてもこの瓦礫の山を突き進んでいくのは困難だわ。それに多分、こんなことをした連中が上で待機してるだろうから……」
「二段構え。脱出困難」
(悔しい! 抜け出せない!)
クソ! せっかく二人を助けることができたのに……、このままじゃあ僕らはここで……
「だから言ったでしょう?イレギュラーを想定していないと」
それはヤケに安心感のある声だった。普段聞いている分には特に何も感じなかったが、この場でその声が聞けることがもはや神の声のように聞こえてくる。
「そこは教会の地下深く。信仰を語る悪魔の巣窟。よかった。文字通りぶっ壊す口実が出来ました」
その声を聞いた小雪と夢幻は急に青ざめる。なんか嫌な予感がするんだけど!!
「水城さんそれはヤバいって!!」
「ぜ、全力防御要請!」
(全力で守って!)
「わかったわ!!」
『千堂流黒式 修栄直伝 安寧の檻』
それは小雪が隠し持っている『絶対防御』が付与された金属の素材を形状変化させ、檻の一部に使用することで事実上、破壊不可能な檻を形成する最強の防御形態。この素材は昨日、万が一の為に水城から手渡されたものだ。
ドゴォォォォぉォォぉォぉォぉォぉォぉォぉォぉォぉン!
小雪が檻を完全に形成し終えるのと、爆音が響くのは同時だった。一瞬、謎の光も見えたので、完全に終わったと思ったがなんとか間に合った。のだが………
「キャー――――!」
「!!!!!!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕らは衝撃波をもろにうけ、円球上の檻の中でもみくちゃになった。それはまるで洗濯機の中で暴れまわる小石のようになりながら。
これが作戦失敗時における無能な指揮官の末路ということですか………無念。
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