第45話 観察者
ヒカリ、九寺、安城、仁の四人は山を下る。ヒカリは何も言わずに神岡教会を飛び出してきたことを後悔していたが、今は安城の怪我の事や、仁の事。そして、やっぱり元の時代への帰り方がわからないという事で頭がパンクしそうだった。
「ヒカリ君。今はそんなに悩むべきではないと思うよ?」
「仁さん……」
「君のお連れさんはまだ怪我が完治しきってないみたいだし、君が悩んでばかりだと、不安にさせてしまうと思うな。こういう時は何か楽しいことを考えないと」
「楽しい事……ですか?」
楽しいことかぁ……聞きたいことしかないなぁ……
「仁さんはどうやって"奇跡"を手に入れたんですか?」
「おや? 伝わってないのかい?」
「多分……僕、実は千堂の里に行ったことはないんです。でも、なんか千堂の歴史みたいなものは大まかにしか伝わっていないようなんですよ」
「ふーん……そうかい。だったら言うわけにはいかないなぁ」
せ、選択肢を間違えたみたいだ……セーブポイントからやり直したい。
「じ、じゃあ仁さんが山賊だったというのは本当ですか?」
「そうだよ。千堂は確かに山賊の家系だった」
「だった?」
「うん。某はそれが嫌でねぇ……」
仁さんは空を見上げながら悲しそうな顔をして話し始めた。
「某は古くからある山賊の家系で、親もその周りの人たちもみんな山賊だったんだ。物心つくころから山賊だったから、人を襲って金品や食料を奪うのが当たり前だった……」
親が山賊というのはどういう心境だったのだろう。小さい頃から奪うのが当たり前だと教えられてきたら、それが正しいことだと。そうしていかないと生きてはいけないと。自然と考えるだろうし、それ以外の生き方というのが無いように思える。
「ある時、襲った人の中に自分と同じくらいの女の子がいてね。某は一目見て胸が苦しくなったんだよ。それが一目ぼれだという事が当時はわからなくてね。某は本能的にその女の子を庇ったんだ」
「…………」
「そしたらね。某の父と母は絶対に殺す、証拠を残したら厄介だからって言われてしまってね。耐えられなくなって、その女の子を連れて逃げ出したんだ」
「なんかドラマみたいですね」
「ドラマ? まぁそれはわからないけど、某は女の子の救出に成功したんだ。だから、当然、女の子から感謝されるものだと思ってたんだけど……」
「……責められたんですか?」
仁は重々しく頷く。
「うん。『なんで助けたのよ!本当に助けるのなら私の家族全員助けて欲しかった!あんたのしたことはただの偽善よ!』って」
偽善か……。善悪の基準を知ることなく育てられた彼にとって、その言葉はどう響いたのだろうか。善とは、悪とは、正しさと間違いとは。誰も教えてくれなかった環境では学ぶことすらできなかっただろう。
「それで、どうしたんですか?」
「しばらく山奥に籠っていてね。妖魔の集団に襲われて……彼女は死んだよ」
「えっ!仁さんには"奇跡"が……」
「まだ"奇跡"は使えなかったんだ、その時は。だから、某も妖魔に襲われて逃げることに必死だった。某は助かったけど、女の子は死んだ。ただそれだけだよ」
「…………」
助けた筈の女の子に罵倒され、その女の子も妖魔に襲われるなんて。それはつらいという一言では表せない苦悩があったのではないだろうか。とても普通の子供が体験するようなことではない。
「それから某は両親の元へ戻ったんだ」
「え?戻ったんですか?」
「ああ。他に行くところがなくてね。そしたら、『やっと戻ってきやがったか。これでわかっただろう?お前にはもうこう生きるしかねぇんだ』と言われてしまってね。その時、某の中で何か壊れたんだろうな」
「そ、それで……?」
聞きたくないけど聞かずにはいられなかった。
「某は無我夢中で親を、山賊を、仲間を、全員殺したよ。どうやら某はめちゃくちゃ強かったみたいなんだ」
ははは、と快活に笑う。しかし、その目は何かを諦めたような目をしているように僕は見えた。
「で、某は荒れてしまってね。その死体と金品で生活をすることになった」
「!?」
「だって、もったいないでしょ?そのままにしておくなんて。だから、死体は鳥や獣が食べるのを眺めながら某は残った荷物で生計……いや、浪費していたのさ」
確かに、何十人分もの物資があれば小さい子供であろうとも、何か月かは生活できるだろう。でも、いずれは……
「一年は何もしなくても生活できたかな。一年間考えて、考えて考えて考えて……、これ以上ないってくらい悩んだら、某はもう迷うことはなくなったんだ」
「…………」
九寺と安城も黙ってその話に耳を傾ける。千堂ではないにしろ、その話は重く、祓い人である自分達には踏み込めない領域というものが感じられたからだ。
「それから修行をしながら旅を続けて、途中で仲間を作りながら暮らしていって、そこで"奇跡"を獲得して今に至るんだ」
「え? じゃあお仲間さんはどこに?」
「今は別のところにいるよ。ここにはちょっと個人的な用事があったから某だけしかいないんだ」
仲間かぁ……、それが里の創始者たちになるのかな?
「おっと、あれが教会かい?」
「はい、神岡教会っていうらしくて……あ、そういえば粛清隊と仁さんは……」
「粛清隊? 某と彼らがどうかしたのかい?」
「い、いえ、なんでもありません」
この頃は千堂のネームバリューが無い頃だから粛清隊は千堂のことがわからないのかもしれない。仁さんも粛清隊の事を知ってはいるようだけど、何も思っていないっぽい。
神岡教会につく。今の時間は昼前という時間だろうか。太陽の位置でなんとなくしかわからないが、そのくらいだろう。で、あれば当然子供達やマイルストンが起きているのは当たり前ともいえるわけで。
バタン!
「あー!魅音とヒカリいたー!」
「ホントだー!」
「なんか増えてるー!」
ユーリ、ハリウス、べインの三人が勢いよく飛び出してくる。その後ろからは安堵したかのような表情のマイルストンが。
「ああ、よかった……起きたら二人ともいないので何かあったのかと……。おや?そちらの方は……」
「す、すいません。勝手にいなくなっちゃって。僕たちの仲間が山にいたもので……安城さんと、こちらが……」
「某は千堂。千堂仁と言います」
「え……千堂……ですか……?」
マイルストンの反応がおかしい。絶対に知らない人の反応ではない。この時代の千堂と粛清隊には何かあるのだろうか?
「そ、その恰好で千堂とは……もしや、"山賊狩りの千堂"でございますか?」
さ、山賊狩り!? 異端狩りでは無くて!?
「……辺境の粛清隊が某のことを知っているとは驚きだなぁ」
「で、では……」
「うん、某は"山賊狩りの千堂"。千堂仁だ。刻印は……ここだよ」
仁は胸元をはだけさせ、その刻印を見せる。それは紛れもない逆十字の赤の刻印。千堂が千堂足り得る確かな証。
「ま、間違いないようですね……、胸元に逆十字の刻印。あなた様のことは粛清隊でも有名ですよ」
「やっていることは人殺しですがねぇ」
「それはお互い様ではありませんか」
はっはっは、と愉快そうにお互い笑いあう。そうか、粛清隊にとっても山賊という普通の人の生活を脅かす存在を排除してくれるのは助かるわけだ。というか、千堂の起源は確かに山賊だったけど、始祖様が山賊を殺してまわっていたとは……なんとも皮肉な話だ。
「では仁様もヒカリさんもどうぞ中へ。と、あなたは怪我をしているようですね……。すいません、ここに手当てできるようなものは……」
「あ、僕が持っているから大丈夫です。じゃあ、安城さんと……み、魅音は僕と寝室の方へ行こうか」
「!?」
安城さんがものすごい顔で僕と九寺さんを見る。言葉にすると、あ、あんた達付き合ってんの!?、という感じだろうか。でも外れなんです。夫婦なんです。
怪我をして弱っている安城さんを更に放心させてしまった僕と安城さんと九寺さんは本格的な治療のため、寝室へと移動することになった。そういえば、安城さんは今までどうしていたのだろう。
「ここに飛ばされてからは本当に何度も死にかけたわ」
どうやら安城さんは今までずっと一人でいたらしい。九寺さんは友禅が出した本格的な医療道具を使いながら傷の処置をしている。服で隠れていたが、全身にところどころに生傷が深く残っており、自分で縫ったであろう痕も多くあった。
「方向感覚がわからないから、とりあえず動き回らないようにしたの。山を下ろうにも、どこに下っていけばいいのかわからなかったしね。水は川の水を煮沸して飲んで、食べ物は毒見しながら山の植物やイノシシなんかを食べて過ごしていたの」
懸命な判断だと言える。動き回っていれば、僕たちと遭遇する確率は大幅に下がっていただろう。僕なんか迷わず山を下ってたのに……
「火はどうしたの?」
「私の能力は『着火』。武器なんかに火を纏わせる程度の能力しかないから、正直戦闘では使えない。でも、こういう時には役に立つわね。あー、火竜の肉を食べておいてよかったわ」
祓い人の『魔食い』というやつだっただろうか。妖魔なんかの肉を食らうことでその能力を得ると言うやつ。どんな味がするんだろう……
「問題なのは悪霊だったけど」
「あ、悪霊?」
「そう、悪霊。なんでかわからないけど、夜になると霊がたくさん出たわ。本来、霊なんかは人が住まう場所。もしくは、人が多く死んだ場所なんかに出てくるのだけど……。そういえば、ここってやっぱり……」
「うん。過去の時代だよ」
「あの仁って人とヒカリさんとの会話でなんとなくわかってたけどね。だからか。人がたくさん山で……亡くなったのね……」
僕は霊関係のものは一度も見たことはないけど、悪霊とか言ってるからロクなもんでもないのだろう。絶対に関わりたくない。絶対にだ。……絶対だよ?
「朝はサバイバル。夜は悪霊退治。大変だったけど、何とか生き残ることができたわ。この槍、白燕が無ければ死んでいただろうけど。霊にも効くなんて思いもしなかった」
白燕。千武の正規品。世界最高級の伝説級の武器。そういえば、蓮也さんの事を忘れていた。でも、確かあの人に異能的なものは効かないような事言ってたし、過去に飛ばされてすらいないのかも。
「でも、今日の朝はヤバかったわ。木の上で寝ていたら、凄い数の白狼がいたんだろもの。きっと、いろんな動物なんかを狩りすぎたのね」
どんな山であろうとも、そこには秩序というものが存在する。動物や妖魔の食物連鎖。それを乱した自然特有の罰が、彼女を襲ったのだろう。
「まぁ、そういう事。で、あんた達のあの呼び方は何よ?」
ピクっと、九寺さんが分かりやすく反応する。今まで黙っていたのはそのことに触れないようにしていたからだろう。僕も触れたくはないんだけどなぁ……
「じ、実は話せば長くなるんだけど……」
僕はこの時代に来てからの一連の流れを簡潔に説明する。
「九寺……あんたそんなにポンコツだったっけ?」
「う、うぅ……。安城からそんな風に言われる日が来るなんて……。みんなのおねえちゃんポジションなのに……」
ついに安城さんからもポンコツ扱いされてしまっていた。何がきっかけで……あ、千武欲しがったところか?物欲が人格を変えてしまうなんて、千武って恐ろしい……
「ヒカリさん、すいません。このポンコツ九寺がお世話になったようで……。代わりと言ってはなんですが、本当に九寺をもらってくださっても構いません」
「安城!?」
「ほ、ほら、九寺さんは大人で僕はまだ学生だからさ。そういうのは早いんじゃ……。というか僕と九寺さんの気持ちは?」
自由恋愛な現代人に責任で結婚させるとか。いつの時代の話だよ。…………そういえばそういう時代かもなぁ……
「九寺はこう見えて男と一度も付き合ったことが無いので、このままだとヤバいんです」
「あ、安城だって同じでしょ!」
「わ、私はいいのよ!生涯を祓い人として務めるって決めてんだから!」
喧嘩しだしたよ……。やめてぇ! 私の為に争わないでぇ!
「と、ともかく! これからの方針だけど……。安城さんが見つかったことだし、本格的に帰る方法を探さないといけない。安城さんは何かわかったこととかない?」
「そうですね……あ、何か視線のようなものがこの時代に来て感じるんですよ」
「視線?」
安城は頷く。
「はい。周囲を見回しても誰もいないんですけどね。視線だけは常に感じてます」
「誰もいないのに視線か……それは今も?」
「何故か今は視線が途切れてますが、この場所にいることは知られている。そんな感じはしますね」
僕にわからないのに、安城さんには感じる視線。安城さんだけを視線で追っているということか?誰が何のために……。
「失礼するよ? 某も混ぜてはくれないか?」
「仁さん。はい、できれば是非」
始祖様の意見が聞きたい。
「この安城さんっていうんですけど、彼女だけに謎の視線が感じられているそうなんです。何かわかりますか?」
「ほぅ、視線かぁ。視線とは本来、意識を持った生物が観察の為にとる手段の事。自己という内面から他者という外界を知る最も原初的な行為。つまり、内と外の境界だ。だから……」
仁は安城に近づき、その目の上に手を被せる。
「え?な、何を……」
「ごめん、ちょっと黙ってて」
仁は目を閉じる。そして、"奇跡"。『果てに至る境界』を発動させる。
「…………なるほど。いるな、そこに」
「じ、仁さん何かわかったんですか?」
「うん。おそらく君が話してくれた妖魔、リンエイだと思う。それとは別に、リンエイの仲間と思しきものもわかった」
す、凄すぎる! そこまでわかってしまうなんて……
「まず、リンエイが君たちを送った時に言った言葉。それを思い出して欲しい」
『フハハハハハ! 間に合うわけないヨ! さぁさぁ! 君たちには過去最高の悪夢をお届けしよウ!』
『行ってらっしゃい、お前タチ。帰ってこれるかは君達シダイ。魂の強さを僕に見せてヨ』
「過去最高の悪夢。それは君たちが思っている通り、過去に飛ばすという行為そのもの。仲間がいないこの状況は悪夢と言えるものだろうね」
安城、九寺、ヒカリは顔を見合わせる。
「魂の強さ。これは、多分君たちがバラバラに送られたことだと思う。一人になってしまったとき。正しい行動をしなければ出会う事すらできない。お互いの事をしっかり理解していなければ、そのまま終わっているだろうからね」
合流できたのは奇跡みたいなものだけどね。
「そして、『魂の強さを僕に見せてヨ』。見せてよってことはこの時代にリンエイは必ずいて、君たちを観察しているってことだ」
ハッ!っと僕たちは気づく。そんな簡単なことに気づかなかったなんて、自分でも信じられなかった。
「観察できるのは三人のうち一人だけのようだね。敵にも制限は多いようだ。この安城という娘の事だけでは満足できなかったのか、リンエイは手下を使って君たちを観察してるのさ」
「て、手下って誰が……」
仁はため息を一つついて、そして、寝室の小窓の方を見る。そこには何もないが……
「? 仁さん?」
「ヒカリ君たちにはわからないんだね。じゃあ見せてあげよう」
仁は安城から手をどける。そして、立ち上がって小窓に向かっておもむろに話し出した。
「……某の道は果ての道。"山賊狩りの千堂"。千堂仁。もう十分楽しんだんじゃないかな。遊びはここまでだよ」
かっこいい! と、あ、あれ……? ま、まさか、あれは……
太陽の光が差し込む小窓。そこには四つのギョロギョロとした獣の目。
人の見た目でありながら人ではない部分。頭から狼のような白い耳を生やした彼ら。ハリウスとべインの二人がニタニタと、およそ子供が浮かべるべきではない邪悪な笑みで僕らを面白そうに観察していた。
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