第46話 この世の果て


「うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ひ、ヒカリ君!?」


 ヒカリの絶叫に仁はどうしていいのか戸惑う。安城と九寺はヒカリの錯乱で気づく。ああ、この人こういうの苦手なのかと。


「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」

「ひ、ヒカリ君…………」


 だってヤバいでしょ! 真昼なのにあんな怖い目で見てくるんだよ! しかもまさかの子供! 純粋無垢そうな子供だったのに! 絶対に訴えてやる!


 まさか叫びだすとは思っていなかったのか。ハリウスとべインは戸惑いながらも少し中の様子を眺めた後、外のどこかへ行ってしまった。


「はぁ……はぁ……はぁ……。あー怖かった……」

「ヒカリさん……ああいうの怖かったんですね。意外です」

「ヒカリ……千堂なのに……」


 安城さんと九寺さんの冷ややかな視線が僕に突き刺さる。二人は祓い人だから経験あるかもだけどさ! 僕には耐性ないの!


「うーん。某はあの二人の反応はわかるのですが……。あの二人、もう死んでますね」

「え?」


 死んでる……? ハリウスとべインが? そもそも人だったの? それとも白狼が化けてた?


「おそらく、あの二人は何らかの理由で死に、それをあの白狼の妖魔が体を乗っ取ったのでしょう。某の感知に引っ掛からなかったのは死体の中に別の魂と融合して別の魂となっていたので、今まで気づきませんでしたが」


 な、なるほど……変化とかそういうのなら始祖様の千堂の感知に引っ掛かるもんな……


「問題なのは、それに気づいていないマイルストンとユーリでしょう。某たちが説明しても信じてくれるかどうかわかりませんし、証明する方法がありません」


 確かに……、あの二人がリンエイの部下だということは帰る手がかりに繋がる筈。普通に聞いても口を割るわけなので、捕まえて脅すぐらいはしないといけないのだが……


「そう言えば聞いていませんでしたね。ヒカリ君の"奇跡"はなんなのですか?」

「ああ、そういえば言ってなかったっけ。『弱点に至る一撃』というもので、僕の攻撃は全て相手にとっての弱点になり、相手の攻撃は僕に触れると弱点になるので一切効きません」

「なるほど……最強の"奇跡"ですね。道理であの時死なないと豪語していただけはあります……」


 安城さんと九寺さんは口を開けてポカーンとしている。いや、何さ。


「ひ、ヒカリはそんなに強いのにランクないの!?」

「ヒカリは"赤い死"だったんですか!?」

「いや、僕はだから……昔はそうだったんだけど、原因不明の若返りでこうなってるのさ。深くは聞かないで欲しい。僕もわからないんだから」

「「…………」」


 黙っちゃったよ。


「……あー、なんか悪いんだけどさぁ……、某の感知能力が間違ってなければなんだけど……、ここに武装した人たちがたくさん来てる」

「「「え!?」」」

「その周囲には数えきれないほどの白狼がいるね……。おそらく、さっきの二人が隣村の村人をそそのかしてこの教会を襲わせるつもりだろう。そのあとに、白狼が残り物をいただくと……ははは、なかなかやるなぁ」


 仁は朗らかに笑うが、三人は気が気でなかった。


「では行こうか」

「どこへ……とは聞いても無駄ですよね。選択肢は一つしかないですし」

「ああ。それと知ってる? 某はね、山賊狩りの異名の他にもう一つ異名があるんだ」


 得意げな顔をしながら仁は歩き始める。


「異端狩りの千堂ってね」











「子供を食い荒らす教会の人間を許すなー!」

「子供を守れー!」

「よそ者は殺せー!」


 あの二人がどういう説明をしたのか、なんとなくわかった。絶対に許さん。


 教会の外に出ると、そこには農具や武具で武装した村人たちが何十人もこちらの方へと向かってきていた。マイルストンやユーリもそこにいたのだが、何が起こっているのか理解できないでいるようだ。


「な、何故村の人たちが私めの教会を……」

「こ、怖いよぉ……」


 マイルストンは村人を殺すことができない。でも、あちらはこっちを妄信的に殺すことができる。僕らもそうだし、どうしよう……


 よく見ると、村人の先頭に立っているのはハリウスとべインの二人。ニタニタと気色悪い笑みを浮かべながらこちらへ向かってくる。それに気づいたマイルストンとユーリは青ざめてしまった。


「ま、マイルストンさん。あの二人はもう……妖魔に操られているんです」

「え!? そんな……」

「もう二人は死んでいます。妖魔が体を乗っ取っているんですよ」

「で、ですが、私めに二人を殺すことなんて……」


 マイルストンは十字架を握りしめながら呼吸を荒くしていた。いくら相手が妖魔と言えども、子供の容姿をされては倒しにくいだろう。それに、ヒカリたちが知らない思い出というものがある筈なのだから。


「じ、仁さん……」

「某は結界を張ることしかできない……。あの村人たちは異能で操られているわけではないからね。解除するようなものではないんだよ。あの白狼、こうなる可能性を考えて用意周到に村人と縁を作っていたらしい」


 こうしている間にも武装集団は近づいてくる。村人と聞くと戦闘能力はなさそうだが、実際は違う。彼らは日々肉体労働をしており、持久力において現代人より遥かに高い能力を備えている。しかも、この世は乱世。いつ戦争の災禍がこの地に訪れるのかわからない。よって、心構えと武装する装備は常に備えているのだ。


「結界で動きを止めたり、無力化することは……」

「できるよ。でも、それは一時的なものだからね。まぁ、ちょっとやってみるか」


 そういうと仁は歩みを進め、武装集団の方を一睨みする。すると、村人たちは足が強制的に止まり、動けなくなってしまった。


「某の結界で足を固定したよ。でも、あの白狼には避けられるなぁ」


 ハリウスとべインはちょこまかと何かから避けるように動き回る。仁の結界は無色透明。よって、傍からみれば二人は激しく踊っているようにも見えた。


「……勘がいいようだ。某の結界からここまで避けるとは。大きく囲めば捕まえられるんだけど……、どうする?ヒカリ君」

「僕ですか?」

「ああ。君達はあの白狼の親玉に飛ばされてここにいるんだ。だったらこれは君達が対処するべきだよ。某は力を貸すけど、その使い方は君達に任せるよ」


 そうだ。僕は絶対に未来に、元の時代に戻らないといけない。ここでの生活も悪くはなかったし、仁さんと暮らしていくのも楽しそうだけど、やっぱり僕の居場所は……ここじゃない。だから……


「あの二人を……白狼を倒す」


「!? ま、待ってください! 私めは……それを許すわけにはいかないのです!」

「そ、そうよ! 二人は……二人はまだ助かるわ! だから……」


マイルストンとユーリが止めに入る。たとえ中身が違っていても、外見は二人が知るハリウスとべインの二人。簡単に割り切れるものではないのだろう。でも……


「……ごめん、マイルストンさん、ユーリ。僕たちは……あの二人を殺さないといけない」


「そ、そんな……」

「い、嫌よ! 二人は私の……親友なんだから!」


 ユーリはそう言うとハリウスとべインのもとへ走り出す。止めようとしたが、間に合わなかった。


「ゆ、ユーリ!」

「ユーリちゃん!」


 僕と九寺さんが叫ぶが、ユーリは一心不乱に走る。


「仁さん! ユーリを!」

「そうなんだけどさぁ……。マイルストン。何で某に殺気を向けるんだい?」

「え?」


 見ると、マイルストンは仁の方を向きながら十字架を構えている。その表情には悲しそうな、苦しそうな、そんな苦痛に満ちた表情をしていた。


「ハリウス……べイン……ユーリ……。私めの……かわいい……子供……」

「マイルストン。邪魔をするなら君を倒さないといけない」

「三人は……私めの……」


 もはや目に焦点が合っていなかった。僕たちはマイルストンから距離を取る。


「子を思う親というのは素晴らしいけどね。いつだって戦場は理不尽だ。正気に戻らないのなら某もそれなりの対応をするよ。と、あーあ、もう遅かったか」

「え?」


 仁がユーリの方を見る。遂にハリウスとべインの元へたどり着いたのだ。


「ハリウス!べイン!二人とも逃げて!」


 ユーリは二人に話しかける。しかし、ハリウスとべインはくっくっくと笑い出し、ユーリの方を向いてこう言った。


「俺もう我慢できねーよ!もう食っていいよなぁ?」

「ダメだよ、僕が食べるんだから」

「え?」


 ユーリは二人の発言が信じられなかった。自分を食べる?なんで?


「だったら俺がを食べるからさ。お前がを食べろよ」

「うーん、それがいいか。じゃあそれで」

「え? え? なんで? どうしちゃったの?」


 ユーリは少しずつ後ずさる。それと同時に、ハリウスとべインの二人の姿が徐々に変化していく。 

 ブクブクと体の体積が大きくなり、頭は伸びて獣のように。手は細長く鋭い爪が。お尻からは人にある筈のない尻尾がずんずんと生えてきだして、全長二十メートルほどの白狼の姿に変化した。


「あ、あわわわわわわわ……」

「じゃあまずは俺から!」


「や、やめろぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

僕は必死になってユーリに駆け寄る。しかし、それは間に合わず、ユーリの上半身はその鋭い牙と牙の間に挟まれ、とんでもない量の血が噴き出した。


 ブシャァァァァァァァァァァァァ!


「な、なんで……」


「兄さん、次は僕も」

「ああ、お前も食え」


 もう一頭も白狼がユーリの下半身も丸ごと平らげる。それを僕らはただ見ていることしかできなかった。

 仁がマイルストンに言う。


「マイルストン……。君が招いた罪だ。諦めて……」

「い、いいや……私めは……私めが悪いのではない……あなた方が……あなた方がここに来たから……だから!」

「『全身拘束』」


 マイルストンが動き出したところで、ピタッと動きが止まる。


「ふぅ。厄介だったな。マイルストンの"祝福"は対象一人を行動不能にさせるものだったか。まぁ、自分も動けなくなる制限があるらしいけど」

 

 仁はヒカリに向き直る。


「で、どうするんだい?」

「ユーリが……食べられた……」

「ひ、ヒカリさん……」

「ヒカリ……」


 九寺と安城が倒れそうになるヒカリを慌てて抱える。


「ヒカリ君。さっきも言ったがここは戦場だ。判断は早くね」

「で、でも……」

「君が責任を負うことはない。全ての命は等しく不条理に扱われるものなんだから。君だって、今まで色んな命を殺してきた。違うかい?」

「…………」

「子供が死んだからって、そんなの関係ないのさ。彼女は敵だと知りつつもあちらへ行った。マイルストンは子供を思い過ぎて冷静な判断が出来なくなった。君はどうなるのかな?」

「ぼ、僕は……」


 そうだ。僕は帰るんだ。絶対に。その目的の為ならば……


「あの妖魔を……倒して……情報を……」

「ああ、いいよ。子孫の頼みなら快く引き受けよう」


 二匹の妖魔はこちらの様子を伺っていたが、ついにしびれを切らして突進してくる。


「俺は右から行くからライは左から行け!」

「おーけー、レイ!」


 どうやらハリウスはレイでべインはライという名前だったらしい。白狼は二手に分かれ、二手から同時に強襲をかける。


「大きくなったのはいいけどね。それだと的がでかすぎだよ」

「「!!」」


 ライとレイは急にその動きを止める。音も色もないその無色透明な結界は果たして妖魔を完全に拘束した。


「く、くそぉ! お前らもやっちまえ!」


 レイがそう叫ぶと、周囲のいたるところから白狼が飛び出してくる。まるで白い波が一斉に押し寄せてくるような、そんな光景だった。よくぞここまで集められたものだと賞賛したくなる。


「へぇ、こんなにも君達には手下がいるんだねぇ……」


 それを聞いたライとレイは相手が怖気ついたと思い、調子に乗り始める。


「いくらお前が強かろうとこの数では一たまりもないだろ!」

「僕たちは最強の妖魔の一角なんだぞ!」


 二匹の白狼は醜悪に笑うが、仁はそれを冷ややかに見つめ、行動を開始する。

 まず、教会の周囲に物理的な結界を張る。そして、空中に手を伸ばすと、何もなかったのに手には四本の刀が出てきた。そして、その二本をヒカリに渡す。


「こ、これは……?」

「このままただ結界で殺すのもなんだからね。ヒカリ君も怒っているようだし、体を動かそうか」

「刀で……ですか……?」

「ああ、だって某もヒカリ君も赤の刻印だ。だったら刀で勝負を決めようじゃないか」


 ヒカリは刀を握りしめる。この数は確かに脅威だ。だが、僕と仁さんには"奇跡"があるから何とかなる。いや、そういう事じゃないな。これはただの八つ当たりなんだ。敵には……絶望して死んでもらわなければならない。だったら……


「はい、千の道は剣の道。"異端狩りの千堂"。千堂ヒカリ。敵は殺す」

「某の道は果ての道。"山賊狩りの千堂"。千堂仁。ははは。某の子孫との共闘ってのはなんだか面白いなぁ」


 僕らは刀を鞘から抜き、その刀身を輝かせる。それはどういうわけか、赤い刀身だった。でも、今の僕にはそれが最高に似合っているようにも思える。赤い刻印に赤い刀身。そして、どうせ今から僕の全身は、赤い血で染まっていってしまうのだから。










「お、お、お前らなんでそんなに強いんだ!」

「僕らだけでなく、この数の仲間が全滅だなんて……」


 白狼二匹は仁の"奇跡"により動けないまま仲間が蹂躙されているのを見ていることしかできなかった。本来であれば、こちらが蹂躙する側だったのだが、二人の人間は思いの他、いや、圧倒的に強かった。


 一人は刀を縦横無尽に振るいまくり、踊るように敵を蹴散らしていった。驚くべきはその返り血が一滴もついていない事。普通、刀で敵を斬ればどうしても返り血がついてしまう。しかし、その男は流れるように白狼を斬りまくっていった。


 もう一人は返り血も浴びているし、所々で白狼の牙や爪で攻撃されていたにも関わらず、逆に白狼が傷ついていくという矛盾した結果に、もはや呆れることしかできない。攻撃する側がどんどん傷ついていく様は、もう逃げた方が賢明だと言わざるをえないが、仲間がどんどんやられているので、頭に血が昇ったのか、更に勢いを増して特攻していった。


 結局、一時間足らずで白狼は全滅してしまった。最後の方なんかは二人が逃げ惑う白狼を追いかけるという情けない結末を迎えたのである。


「ふぅ、いい汗かきましたね、ヒカリ君」

「いやいや……仁さん返り血一つついてないじゃないですか……。それに、一撃も食らわずに全滅させるなんて……」


 ヒカリは格の違いを見せつけられて少し落ち込んだ。


「ははは、まぁ修行あるのみですよ。で、お前たち。死にたくなかったらヒカリ君たちを時代に返す方法を教えなさい」


「はぁ? バカ正直に教えるかっての」

「お前たちなんか一生ここにいろよ」


 拘束されているというのに挑発をする二匹の妖魔を仁はしばらく眺め、そして、白狼の足を…………潰した。


 ブシャァァァァ!


「うがぁぁぁぁぁ!」

「いぎぃぃぃぃぃ!」


「教えなさいと言ったんですけど……まだガキなんでわかりませんでしたか。では次は内臓を」


 バン! バン!


「ご、ごばぁぁぁ!」

「ぐはぁぁぁぁぁ!」


「目に見えなくても、その場所が分かれば結界は作れます。さぁ、次はどうしましょうかね」


「わ、わかった……頼む……もう……」

「ぼ、僕たちの負けです……だから……」


 仁は無表情で二匹の妖魔を見る。


「教えなさいと言ったのです。勝ち負けの話はしていません。では耳を」


 ドン! ドン!


「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「十秒以内で答えなければあなた方を殺します。はい、じゅーう。きゅーう。…………」


 耳を潰されたのに、音が聞こえる筈もなく、妖魔は悲鳴しか上げることができなかった。


「はい、時間切れです。大丈夫、もう君達の口から聞き出すのはめんどくさいから、その頭に直接聞くよ」


 仁は手を妖魔の頭にのせる。


「自分と他人。自己と他者。内界と外界。世界は自分とそれ以外で構築されている。某は結界を張る能力しかないけど、結界内の事は理解できるんだ。だから、君達を結界で囲ってしまえば……。ふぅん、なるほど」


 仁は納得したように頷き、ヒカリと安城、九寺の三人の方を向いて説明する。


「帰る方法が分かったよ」

「わ、わかったんですか!」

「わ、私達帰れるのね……」

「やっと……戻れる……」


 僕たちはその言葉を聞いて安堵したが、マイルストンはそれを見て更に混乱していた。


「あ、あなた方は何者なんですか……?」

「マトモに話せるくらいには落ち着いたね。某は違うけど、この三人は未来から来た未来人なんだよ。妖魔に飛ばされてこの時代に来たみたいなんだ。悪いけど、邪魔しないでね」

「こ、子供たちを殺しておいて……自分たちはのうのうと元の時代に帰るのですか?そんな虫のいい話は……!」


 それを聞いた仁は心底あきれたようにマイルストンに詰め寄って


「某たちのやることにケチをつけるようであれば……殺すよ?」

「!!」


 仁からただならぬオーラが溢れ始める。元から不思議なオーラを纏っていたが、こういうオーラも出せるのかとヒカリたちはその変わりように息をのむ。


「……マイルストン。もういいだろう? 君は子供の為にこの教会にいたようだし、君は君で粛清隊としての使命を果たせばいい」

「き、貴様……!」

「もう拘束は解いてある。好きに生きればいい」

「わ、私めは……私めは絶対に貴様をいつか殺す!たとえこの身が滅びようとも!私の意思は必ず……!」

「はいはい」


 悔しそうな顔をしながらマイルストンはものすごい速さでどこかへと行ってしまった。


「すまないね、ヒカリ君。本当は殺した方がいいんだけど、なんかかわいくって……」

「い、いえ。僕としても無駄な殺生はしない主義なので……」


 え、というか今かわいいって言った? 幻聴かなぁ……


「じゃあこの妖魔には用が無いから殺そうかぁ。ヒカリ君、君がやるといい」

「僕が……?」

「うん。君たちが帰る方法。それは、リンエイの手下を倒すか、神成山のどこかにある祠の中を通るかすればいいようだ。一人がやれば三人共元の時代に帰れるから安心して殺していいよ」


 安心して殺すというパワーワードよ。でも、そうかようやくこれで帰れるのか。


 僕は今だに喚いている妖魔に近づいて手を触れる。発動する"奇跡"は『死に至る一撃』。僕は触れるという最も優しい攻撃で妖魔を殺す。


 シャン!


 奇怪な音が鳴り、妖魔は死に至る。すると、僕と安城さんと九寺さんは体が輝き始めた。体の中から包み込むような心地いい感覚を味わいながら、僕は仁さんに最後のお別れを言う。


「短い間だったけど……本当にお世話になりました!」

「いいよ、後輩を、子孫を助けるのは某としても誇り高いからね。もう時間がないだろうけど、もう一つ聞きたいことがあれば聞いてもいいよ」

「聞きたいこと……、あ、刻印が僕には三つあるんですが、何かわかります?」


 仁は首を少し傾げたが、あ、と思いついたように答える。


「刻印ってね、自覚が出れば浮き上がるものだと思うんだ」

「自覚?」

「うん。自分が自分であるという事。某たちの意思を継ぐ準備。それができた時に初めて刻印は浮かび上がる。浮かび上がる場所はその人が最もその場所に意識を向けた場所になる。例えば、足に出たら足が速くなりたいとか、足を怪我したくない。もしくは、足で人を蹴りたいとかね」


 最後のはどうかと思う。


「まぁ、これは正直意味ないよ。そんなに価値のある情報でもないし、役立てるものでもないしね」

「? だったら僕に刻印が三つあるのは……」

「君の中には三つの意識がある」

「!?」

「魂は一つでも、三つの自己があるんだろうね。君のことはよくわからないけれど、記憶が関係しているんじゃないかな」


 ああ、そういうことか。記憶を無くす前の僕と、無くしてからの僕。そして、二つの意識が混じりあってできたもう一つの僕。みんな僕であって、違う僕だ。普通の千堂が一つで、僕だけが三つあるというのはそういうことだったのか。


「これでいいかい?」

「はい!すっきりしました!」

「そうかい。よかったよ、最後に何か残せたのなら」


 仁は安心したような、ほっとしたような、そんな満面の笑みを浮かべて未来に生きる三人を見送る。


「バイバイ、未来人たち。君達の生きる未来が、華やかでありますように」


「始祖様に会えて光栄でした!」

「仁さん、ありがとう!」

「少ししか一緒に居られなかったけど……感謝してるわ!」


 シャララララララララララ…………


 三人は光の粒子になって消えてしまった。後に残されたのは仁と遠くの方で呆けている村人たち。足が動かなくなったと思ったら突然白狼が教会を襲い、そして、仁とヒカリがまとめて殺したので怯えることしかできないでいたのだ。恐ろしくなった彼らは一目散に村へと帰る。


「も、物の怪じゃぁぁぁぁ!」

「妖怪の仕業じゃあぁぁぁ!」


「誰が妖怪だよ。某が守ってあげたというのに……、薄情な村人だなぁ」


 ポリポリと頭を掻いた仁は空を見上げる。そこには大きな太陽がまぶしく光り輝いていた。


「そこにいるのはわかってるんだよ?」


 仁からどす黒いオーラがあふれ出す。それは、マイルストンに放ったものとは違って、目に見えるほどの殺意の塊だった。黒い霧のようなものが仁の体を包み込む。


「ナ! ボクの事が見えるノカ!?」

「ああ、もう見える。君がそこにいるという事がわかればね」


 太陽の中に潜むもの。光り輝く白い狼はその下にいる黒い男を見下ろす。三人が現代に帰ったことは仕方がない。リンエイの過去に送る能力は制限が多い。自身が直接送った者たちに危害を加えられないとか、送る時代や場所も決まっていることとか、そういう制限が過去送りにはある。だから、手を出そうにも出すことができなかったのだ。


 そして、送ったものが現代に帰った場合、自動的にリンエイも過去に帰るようになっているのだが……。未だに帰れないのはこの男のせいなのか?と思い始めていた。


「な、何者なんダ!ボクに干渉できるなんてそんなことは……」

「出来ているんだから認めてよ。それと某は久しぶりに本気で怒っているんだ。君のせいで多くの人が悲しい思いをしたんだから。そんな異端は……絶対に殺す」

「ひ、ひぃぃ!」


 睨めつけられたリンエイは動くことが出来ないでいた。能力ではなく、殺気という単純で強力な攻撃によって。


「某の道は果ての……、いや、道。君にはこの世の果てを見せてあげるよ」


 空間が歪む。世界が変わる。宇宙の果てのそのまた果て。人が知り得ぬこの世の果てにリンエイを飛ばす。時間と距離の概念。無と有の狭間。最果てに至った仁は最後にこう言って締めくくる。


「この世の果てには何がある?」








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