第47話 現代に至る

 


 ザァァァァァァァァァァァァァァァ…………



 土砂降りの雨は止む気配すらなく更に勢いを増していく。


 霊峰と言われれば信じそうな見た目の巨大な山。絵本に出てくる鬼ヶ島のような険しい峰。その頂上付近。塔のようにそびえ立つ火山のような山。その平地のような場所。そこに二人の復讐者が対峙していた。


 一人は全身赤の鎧の西洋風の騎士。頭からつま先まで隠れたその装備は全身防具と揶揄されそうなほどしっかりと作りこまれている。騎士の恰好の割には武器が刀という和洋折衷を体現したかのような歪な装備。しかし、そのアンバランスなのかバランスが取れているのかわからない装備でありながらも、威厳のある風格を醸し出しているのは、装備者の滲み出るオーラ故といえるだろう。


 もう一人は神父服を着た若い男。服の装飾である十字架は上と下が逆に縫われており、逆十字の神父服となっていた。そして、特筆すべきはその目だ。目の所には包帯が巻き付けられているのだが、両目とも巻かれているため、絶対に前が見える筈はない。しかし、その神父服の男はまるで周囲の景色が分かっているかのように目の前の赤い騎士を見つめていた。


「もういいだろう? 諦めろよ」


 騎士は神父服の男に問う。


「それはこちらのセリフですよ、兄上」


 神父服の男はそれに答える。


「お前にはお前なりに理由があったんだろう。だが、お前はやり過ぎた。千堂が千堂を殺すとは。弟とはいえ、許されることではない」

「そうですね、兄上。千堂でない者が千堂を語るなどとは。許されることではありませんよ」


 両者の距離はおよそ二十メートル。今から決闘をするような恰好で二人は睨み合う。騎士の男は武装しているが、神父服の男はほぼ無防備と言える程なのだが、どちらも警戒しているような立ち振る舞いをしていた。


「ああ、あの時は知らなかったんだ。これが俺自身の力だと勘違いしていた。そして、お前を結果的に見捨てることになってしまって……後悔はしていたんだ。だが、お前は……」

「教会の粛清隊。本気でやれば潰すのは簡単だろうな。他者を巻き込んでまで潰すのは気が引けた、強くなって助けに行こうと思った。そういう言い分だっかな?だが、何年かかった?俺はもう一人で生きられるようになった。お前はただ……怖かったんだろう?俺に会うのが」


 騎士の男は手で何かを振りほどくような動作をする。


「違う!これは俺の問題だった!だから、強くなってお前の……お前の望む世界を……誰も傷つかない世界を作り上げる手段になろうと……」

「兄上。それは昔の話です。子供の戯言など真に受ける方がおかしい」

「そ、そんな……だが、俺は……約束を……」


 ダン!


 神父服の男は右足で思いっきり地面を叩いた。


「すべては過去の事。終わった事。そういうところが千堂らしくないのですよ。まぁ、あなたは本当に千堂ではありませんが」

「そうだな……では俺も覚悟を……いや、覚悟ならもう済んであるな。もう俺はお前を殺す以外にすることなどないのだから」

「そうですね、兄上。お互いに殺す理由ははっきりとしている。他者から見れば小さいことかもしれませんが、俺たちには憎むべき復讐心がはっきりとある。だから……」


 二人は歩き出し、段々とその速度を上げていく。


 神父と騎士はお互いに右手に力を入れ、そして、こぶし同士で同時に打ち合う。


「『死に至る一撃』!」

「『生を否定する一撃』!」




 ドォぉォぉォぉォぉォぉォぉォぉォぉォぉン!




 最強の”奇跡”と万能の”奇跡”の衝突。


 その日、世界に新たな理が生まれた。














「お、おい! お前ら大丈夫か!!」

「起きろバカ道。起きないと顔に落書きするぞ?」


 蓮也さんと友禅の声が聞こえる。僕は目を覚ます。


 見渡すとそこは過去に飛ばされる前の広大な草原だった。大きな穴が空いたその一軒の平屋はリンエイの住処だと思われる場所。何故人間に擬態し、あのような所に一人でいたのかは未だにわからない。


 横を向くと、僕と同じく横たわっている状態の安城さんと魅音さんがいた。二人とも気を失っており、僕もさっきまではそんな感じだったのだろうと予測がつく。


 僕はゆっくりと、いつもの寝起きのテンションで蓮也さんの方を見る。


「あれから……僕たちが飛ばされてからどのくらい経ちました?」

「ああ、ニ十分くらいだな。詳細は全部この友禅に聞いたぜ。軽くだから完全に把握したわけじゃねぇが、お疲れ、ヒカリ」


 蓮也さんは少し申し訳なさそうな表情をしていた。安城さんを守ると言いながら守れなかったことを悔やんでいるのだろうか。それとも、リンエイの攻撃を阻止できなかったことを嘆いているのだろうか。僕にはその考えがわからなかった。


 そういえば、友禅は仁さんがいた時は極力話さないようにしていたから、一緒にいてもいないような感じになってたな。相変わらずこの相棒は臨機応変に対応してくれるから助かる。


「うう……」

「帰って……来た……?」


 そこでようやく九寺さんと安城さんが起きる。今回の事で九寺さんのポンコツと安城さんのたくましさがはっきりした。以前と打って変わって見方が百八十度変わったように思える。


「き、気が付いたか! よかった……すまねぇなぁ。オレが不甲斐ないばかりに……」


 蓮也さんが慌てている。これは激レアなのではないだろうか。いくら祓い人とはいえ守ると宣言した手前、普段はどうでもいい存在であろうとも気にはなるのだろう。


「れ、蓮也さんはなんで飛ばされなかったんですか……?」

「そうよ……あんた自分だけ助かるなんて……千堂ってばそんななの?」


 安城さんは怪我をしてたから元気がなかったけど、手当てしてもらって蓮也さんを見たら元気が出たようだ。爆発すればいいと思います。


「あ、ああ……すまねぇ……」

「ちょ、あんた落ち込んでるの!? あの傍若無人のあんたが……」

「そ、そんな言い方はねぇだろう! オレだって時には悩むさ!」

「どうだか。千堂最強の槍使いが三大妖魔なんかに後れを取るなんて信じられる?」

「い、痛てぇとこつくじゃねーか……」


 安城さんは蓮也さんにだけは強く当たるんだよなぁ……。僕には敬語なのに。今更か。


「じゃあわかった。お前のいう事をなんでも一つ聞いてやる。それで勘弁しろ」

「え、なんでもいいの?」

「ああ、漢に二言はねぇ」

「えーっと、だったら……私に今後も稽古をつけてよ」

 

 蓮也は素っ頓狂な顔をして安城をマジマジと見る。


「てっきりお金くれとか、千武くれとか、その辺をねだるかと思ってたんだが……」

「はぁ? あんたそう言う風に私を見てたわけ?」


 九寺さんなら間違いなくそう言ってたと思います。


「今回の事でわかったの……。自分の無力さが……。だから、悔しいけどあんたは強いから。稽古をして強くなりたいの。自分の身を守って、誰かを守れるように」


 安城は手に握った白燕を見つめる。蓮也は守れなかったと思っていたが、これが無ければ一日目で死んでいたと思う安城は、やっぱり守られていたのだと実感していたのだ。これが無くても妖魔を討伐できる。そのくらいの自信が無ければこの先祓い人はやっていけないと考えていた。


「そうか……、目先の強さより己の強さを求めるか。漢だな」


 女だよ。


「よし!じゃあ今日からお前はオレの弟子だ!」

「で、弟子?」

「ああ! 基本的に一の位の千堂は後輩の指導をするもんなんだが、それにお前を入れてやる!オレが知る限り祓い人の弟子は初だから感謝しな!」

「ほ、本当にいいの? 同じ千堂から言及されない?」


 それ以前の僕なら言ってただろうなー……。でも、今の僕にはわかる。千堂は……


「千堂は何をしてもいいし、何もしなくてもいい。自由意思がオレらの誇りだぜ?理由を聞かれるかもしれんが、否定はされねぇ。それに、オレは一の槍だ。千堂以外にだって文句は言わせねぇ」


 ……相変わらずかっこいいなぁ。体感的には二日ぶりといったところなのに、久しぶりに会った気がするのは何故なのだろうか。まぁ、そんなことはさておき、九寺さんが「わ、私には何かないの?」的な視線で見ていることも気づいてあげて欲しい。たとえほとんど役に立ってなくても、それなりに苦労はしたのだから。


「貴様がやればよかろう?」

「うっさい」










 ヒカリと蓮也、安城と九寺と友禅は苅田の祓い人の寺へと帰っている途中だった。

 行きとは違い、もう妖魔とかと戦う必要性が無いので気が楽といえば楽だ。速足レベルの速度で帰宅する。


「リンエイは死んだみたいだな。お前らが戻って来てからも反応がないから、向こうで何かあったんだろう」

「「「あ」」」


 リンエイに飛ばされたというのに、その存在をすっかりと忘れていた。過去にいた時、二匹の白狼に気を取られ過ぎていたのかもしれない。結局わからないことだらけの妖魔だったことはわかる。


「しかし、千堂仁に会えるなんてな。きっといい漢だったんだろうなぁ……」

「わかる範囲で話しましょうか?」


 うーん、と蓮也は考え込むと、一息ついて首を振る。


「いや、いいわ。里の創始者で偉大なお方だとわかっていればその他の事は些細なことだしな。里に千堂の文献なんてものがないのはみんな気にならねぇからだし」


 どうやら本当に千堂の歴史が書かれた文献のようなものは無いらしい。過去は振り返らないタイプなのだろうか?それとも今を全力で生きてるだけ?


「観月の野郎は今頃寝てんのかね」


 野郎じゃないよ、女性だよ。そういえば置いていってましたね……。安城さんと九寺さんもハッ!、としてるくらい忘れていたようだ。


「ねぇねぇ、観月さんってどんな能力持ってるの? 安城さん知ってる?」

「そうねぇ……、所謂いわゆる感知タイプの祓い人だから戦闘は得意ではないわね。弓矢しか使えないくらいだし。でも、索敵方面は私達より倍近く広いわ」


 なるほど……、感知タイプといっても千堂を越えるものではないだろうし、今回は敵の居場所を蓮也さんが把握していたから足手まといというのは間違いではなかったのか。連れてきていたら過去で死んでいたかと思うと、蓮也さんの采配は妥当だったと言える。


「ヒカリ……なぜ私に聞かないんです?」

「え、だってポンコツじゃん、魅音は」

「!!」


 九寺さんが分かりやすく不満を顔に出しているが、本当の事だから仕方がない。

 安城さんが呆れたように僕に聞く。


「もう下の名前で呼びあうことはないんじゃないの? その……ユーリとかいう子も死んじゃったし……」

「…………」


 そうだよなぁ……。たとえ過去だろうと、もういないんだよな……


「でも、これに慣れちゃって」

「ヒカリの方が呼びやすいしね」

「あっそ、あんた達がいいならそれでいいんだけどね」


 聞いておきながら興味がないようだ。流石現役女子大生。素っ気ない。


「おっと、小夜から連絡だ……。あー、もう防衛する必要がなくなっちまったな」

「え?どういうことです?」

「この国は一堂に乗っ取られたことは理解してるな? そして次に奴がしたことはアヴェンジャーでのこの国の支配だ。元々立場が偉い奴を殺して自分たちがそのポジションに収まるつもりだったらしい」

「?」

「あー、言いにくいんだがなぁ……」


 要は既存のシステムを利用しつつ新たな部隊を発足したらしい。粛清隊や魔女達の新たなる組織。『異端審問部』。彼らは只人たちの平和を守るという口実で異能を使う事を許された国家公務員となった。アヴェンジャーの中には妖魔の集団もいたようなのだが、この組織が出来上がった瞬間に裏切られて殲滅されたらしい。酷い。


「その異端審問部の奴らが全国に配置される。オレたちが介入すると大事になるから撤収した方がいいとのことだ」

「わ、私達はどうなるんですか!」


 九寺が蓮也に詰め寄ってくる。それを蓮也は言いにくそうにして答えた。


「ああ、祓い人は異端審問部の殲滅対象の一つらしいからな。もう居場所はないと思ってた方がいい」

「そ、そんな……」

「私と九寺と観月の三人でサバイバル……?」


 絶望したような顔の二人。仲間が殺されたあとに居場所を追われるんだ。元家出少年である僕としては共感できることではあるが……


「蓮也さん、彼女たち……どうにかできません?」

「そうなるよな。お前ならそう言うと思って全国の生き残った祓い人の生活区を山奥に作るそうだ。小夜がその総指揮をとってる。オレの親も黒の刻印だから参加すると思うぜ」

「そ、そうですか……よかった……」


 ひとまず命の保証はされるわけだ。それでも二人の顔色が晴れないのは気持ちの問題があるのだろう。そればかりはどうしようもない。


「でだ。問題はこの国だけじゃねぇ。世界規模で似たようなことが起こってんだ。第三次世界大戦が早くも始まりそうだぜ」

「もうですか!?」


 いくらなんでも早すぎないだろうか。戦争ってそんなスムーズにやるもんなの?


「敵は人だけじゃなくなったからな。この国の妖魔の代表格は三大妖魔だったが、世界には世界規模の妖魔がいる。多種多様な生物が殺戮を始めるんだ。話し合い以前の災害みたいなことが起こるさ」

「そ、そういうのが海を渡って来ると?」

「ああ。海を泳ぐ妖魔とか空を飛ぶ妖魔なんか世界じゃザラだぜ?」


 マジか。カオスだよもう。


「世界は僕の知らない所で混沌と化していたんですね……」

「どっちかというと混沌とした世界にヒカリがいるだけなんだがな」


 確かに。


「お、見えてきたなぁー。よし!お前ら!引っ越しの準備を早急に開始する!今日中にはこの場を撤収するから急いで取り掛かるように!以上!」


 寺に着いた僕たちは観月さんを起こして引っ越しの準備を進める。元々、必要最低限のものしか置いてなかったから時間はかからなかった。それに、千堂が作る生活区なんて今よりいい場所に決まってるのだ。余計な物を持っていくと寧ろ邪魔になるだろう。


 荷物は全て友禅に吸収させた。ゴミなんかも友禅に吸わせたのでもはやプロの引っ越し業者みたいだった。嫌じゃないのかなと思ったけど、「別に食べるわけでも無い」と無感情だったので僕は気にせず片っ端からゴミを吸わせたら怒られてしまった。意味わかんない。


 痕跡をなるべく残したくないとの事で、人がいた形跡の物を全て撤収した結果、廃寺のようになってしまった。三人は思い入れがあるので悲しそうな顔をしていたが、少しすると気持ちを入れ替えたのか、明るい口調で千堂の生活区の事を話しあっていた。やはり祓い人だなー、とこういうとこは感心できる。


 日が暮れ始めたところで完全に引っ越しの準備が終わり、生活区へと僕らは向かう。全国の祓い人の生き残りか。一体どのくらいいるんだろう?




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