第30話 千堂狩り
「し、師匠……?なんでここに……」
小竜は驚きが隠せなかった。絶体絶命というこの状況で都合よく自分の師である千堂水城が目の前に現れたのだ。いくら師匠といえどもこんな芸当は容易くできる筈がない。
それに、すぐそこまで来ていた黒い霧でさえその動きを止めている。これはどういうことだ?
「……小竜。軽く状況報告を」
「で、ですが今黒い霧に……」
「それについては心配ありません。今は結界を張っていますから」
小竜が周囲を見渡すと確かに自分たちを中心に四角い結界が張られていた。その四隅には水城が放ったものと思われる矢が地面に刺さっている。流石"一の弓"と呼ばれるだけはある。状況がつかめずとも咄嗟に安全な場所を確保するために矢を放つとは。小竜から見ても千堂水城はバケモノじみていた。
「わ、わかりました。まず……」
小竜は森に入ってからの行動を簡潔に一分ほどで説明する。その間、黒い霧は何もできずに結界の外をウロウロとするばかりで何も手出しができない。仕方がないので結界の外を覆うようにズズズ、と包むことしかできなかった。
「…………そうですか。千堂を殺す千堂。一堂影虎。奇妙ですね……」
「……はい。ではこれからどうします?」
なんでここに水城がいるのか聞きたい気持ちはあるが、今はそんな時間はない。すでに退路は断たれた。結界の効果も永遠ではないため迅速な判断が求められる。
「……そうですね。相手のこの黒い霧は"奇跡"によるものと仮定してもいいでしょう。それに今回に事件に深く千堂が関わっているとしたら面倒です。一度撤退するのが正しいですね」
「わかりました。しかし、どうやって……」
小竜が不安そうな顔をすると、水城はその頭をなでながら優しく言う。
「ここからは師匠の番です。小竜は私についてくるだけでいいですよ。よくこれまで頑張りましたね」
「…………」
泣きそうになるのを小竜はこらえる。ここは戦場。油断するのは禁物だ。情に流されてしまっては冷静な判断はできない。けれど、小竜の目にはうっすらと涙のようなものが少し溢れてしまっていた。
水城はそれを見て苦笑すると、小竜から少し離れ、背中から一本の折りたたみの弓と矢を取り出す。
普段使っている弓は小雪の家に置いてきてしまったが、万が一のための折りたたみの弓は常に背中に取り付けてあるのだ。矢も十本程度ならそこにしまっている。そのなけなしの矢を、展開した弓に
『千堂流水式 我流 天を貫く流星』
それは千堂の力をフルに使った貫通力、破壊力を備えた水城が持ちうる最大の攻撃。見ている者にはただ矢を放っているようにしか見えない攻撃。しかし、小竜は感じ取っていた。師の顔つきがいつもより真剣になっていて、全身に見えないオーラが漂っているような気がしていることを。
ツゥィィィィィィィィィィィィィィィィン!…………
そんな奇妙な音を立てて水城の矢は放たれる。
それはまさに一筋の流星そのもの。輝きを持って放たれた矢は螺旋の風を作り出しながら黒い霧をのみこんでどこか遠くの方へ行ってしまった。
「…………」
流石の小竜もこの光景にはポカンと口を開けることしかできなかった。後に残ったのは地面が大きく削れ、木が立っていたところは何も生えてなかったかのように大きな窪みだけが残されており、黒い霧もその方向だけには何も残ってすらいない。
この力があれば本気で町一つ滅ぼせるんじゃないかと思わせられる一撃だった。
「……ふぅ、久しぶりに全力を出しました。では小竜。私に摑まっていてください」
「? は、はい」
小竜は疑問に思いながらも水城の背中に背負われる。別に小竜は怪我をしているわけでもない。背負われる程移動速度は遅くはない筈なのに……。
背中にしがみついたのを確認した水城はもう一つの技を繰り出す。
『千堂流水式 我流 流星に至る弓矢』
仕組みは単純。水城の"奇跡"は『狙い穿つ一矢』。この能力は『狙う』と『穿つ』の両方の能力がワンセットで一つの"奇跡"となっている最強格の"奇跡"。『狙う』方の能力は自分が見たいもの。見通せないものも見ることができる、千里眼に近い能力を持ち、『穿つ』方の能力は名の通り矢の威力を倍増する効果を持つ。
よって、弓矢自体にこの能力を付随し、それを握りしめることで矢を放った速度で自身も移動するという荒業中の荒業。矢を放つのではなく、矢と一体になって高速移動する無茶苦茶な技なのである。
ツィィィィィィィィィィィィィン!
「………………」
水城と小竜は一瞬でトップスピードに至り、その場を脱出する。小竜はもはや何もいう事ができない。こんなデタラメな技は初めての経験だった。今は線しか見えない周りの景色をただ茫然と見ていることしかできない。水城のおかげで風圧などからは守られてはいるものの、移動による慣性の力で体が驚いてしまっている。
一分ほど時間が過ぎ、二人は森を脱出する。気づけばもうそこは夜の町だった。いくつもの街灯や家から漏れる光。まばらにちりばめられている光源がまるで宝石のように輝きを放っている。それは人の息づく伊吹のような温かさを感じる灯火だった。
「……まぁこの町の光も私は悪くはないと思っているんですよ」
水城が小竜に話しかける。それはいつもの感情が読みにくい落ち着いた声ではなく、一人の男としての発言のように小竜は感じた。
「あなたが昔暮らしていた町で、あなたが最も苦しい時を過ごした町ですから、あまり見せたいものではなかったですがね」
「…………」
小竜にとってこの町は千堂に助けられた町でもあり、住人に苦しめられた町でもある。
親からの虐待。周囲からの侮蔑。助けてくれる人はいなくて、ただ可哀そうなものを見る目で自分を見る。どんなに傷ついていようと、どんなに泣いていようと、周りの人間は気まずそうな目で見てくるのだ。それは、幼い小竜にとって当たり前の現実であったし、救われない毎日だった。いつもどこかで自分の死を考え、自分で自分を殺すことに踏ん切りがつかなくて、だからといって逃げ出すことも、逃げる場所もなくて、ただ大人のストレスの発散に使われる日々。いい思い出などある筈もない。
「あなたを苦しめた親の形をしたバケモノは未だにこの町に居ます。やはり、今でも彼らを憎んでいますか?」
小竜を追い込んだのは親だけではない。小竜にとって町そのものが小竜を苦しめていた。自分に直接暴力を振るう人もいれば、自分に近寄って『ごめんね』と言って離れていく人達。この町のルールが、雰囲気が。小竜にとっては悪そのものだったのだ。
「……確かに僕はこの町が好きではありません」
好きか嫌いかと問われればはっきりと嫌いだと言えるだろう。いいことなんて一つもなかった。思い出は全て暴力で塗りつぶされ、受けた心の傷は今もどこかに残っている。でも……
「……でも、今の私は千堂小竜です。飯島小竜ではありません。千堂はどこまでも自由で、いつまでも千堂です。復讐なんて似合わない。だから、この町で起きたことは僕には関係ない。少なくとも今はそう思います……」
水城は黙ってその想いを聞く。思えば最初の頃はこうして自分の感情すらまともに話すことができていなかったなと。
仁の里から子供四人を引き連れて出たのにはまだ理由があった。それは町で虐待を受けた四人に自分の生まれた町を見てもらうためだ。いくら心が回復したといっても過去は消えない。つらい思い出があったとしても、そこは紛れもない生まれ故郷なのだ。その場所を受け入れるにしろ、訣別するにしろ、四人にはしっかりと事実を受け止めてもらいたい。だから普段は引率という名目では里をでない"一"の位を持つ安具楽と水城が保護者兼、引率として四人を統率していた。
「……そうですか。本当に立派になりましたね……」
水城は小竜の頭を優しく撫でる。小竜は照れ臭そうに下を向いていたが、水城にはその心情がわかってしまい、そっと微笑む。
「今夜はもう小雪の家には帰らないでおきましょうか……」
「……小雪の家にいたんですか?」
「ええ。粛清隊の件はひと段落しましたしね。今から祓い人のお寺に向かうのもなんですから、久しぶりに野宿でもしましょうか」
里を出る前に訓練としてまず行ったのが野宿の訓練だ。どんな時でも油断せず、仮眠をとることができるか。その訓練の際には水城が筆頭になって四人に訓練を施した。
「ここは森ではなく、町ですからね。木ではなく、コンクリートで寝ることにはなりますが……、小竜は私が抱きますから安心して眠っていいですよ」
段々と二人の進むスピードは落ちていく。森から飛び出てからずっと空を飛んでいるのだ。会話している間に落ちなかったのはひとえに水城の"奇跡"のなせる技だろう。
目的地が近づいてくる。場所は今の時間絶対に誰も近寄らず、そしてかなり広い敷地面積を誇る、ヒカリと小雪が毎日といっていいほど通うあの場所の屋上だ。
「……師匠は寝ないんですか?」
「ええ。私には"奇跡"がありますから」
『恒久的な平常』。それは状態異常にならない優れた奇跡。いざとなれば『不眠』という状態異常ですら克服してしまう"奇跡"。これがある限り水城は常に万全のコンディションを整えることができる。
学校の屋上につく。二人はその屋上の出入り口付近に行き、水城が座り、その腕に抱かれるようにして小竜が寄りかかる。
「……詳しい報告はまた明日聞きます。今はゆっくり眠っていなさい。おやすみ、小竜。今夜は私に任せておいてください」
「……ありがとうございます、師匠。では……明日に……」
疲れていたのか、小竜はすぐに穏やかな眠りにつく。水城はそれを確認すると、ポケットから髪とペンを取り出し、カインに宛てた手紙を書くと、矢にくくりつけ。それを弓で射る。
バシュ!
小気味いい音を立ててその矢は祓い人の寺へ向かって飛び立つ。座っていても"一の弓"である水城には矢を放つのは造作もない。カインのビックリする様子を思い浮かべながら水城も眠りはしないが目を閉じる。
思い出すのは昔の四人の子供のこと。大人しくて無口で何もしたがらない子供が、自分や安具楽に懐いてくるまでの、たくさんの出来事や思い出の記憶を……
一堂影虎は森の中に立ちすくむ。両目を閉じ、少しの間考える。
(あの霧から逃げ切るとは……、流石は千堂。油断ならない。しかし、だからと言いて俺の復讐は終わらない。こんな些細なことで終わってたまるものか)
近くにいる灰椿を見る。祓い人相手だと使えるが、千堂相手だと話にならない。処分するのは簡単だが、今は少しでも戦力が欲しい。遺憾だが、このまま生かしておくしかないと結論付ける。
「そ、それでダンナ!アイツラはやったんで?」
一堂の目からでた黒い霧が収まったところで灰椿は始末したと思い、聞いてみる。再び目を閉じた一堂は灰椿に向き直り、不機嫌そうに言う。
「いいや、取り逃がした」
「ほ、ホントですか?あなたほどの人が……ヤハリ千堂は別格か……」
「ああ。しかし、これからは千堂相手に戦争することもある。お前も心してかかれ」
「ハイ!」
返事だけはいいなと一堂が思っていると、不意にポケットのスマホから着信がかかる。それを取り、通話のボタンを押す。
「……どうした、佐藤。お前からの連絡は……」
「た、大変です!仲間が次々と大鎌を持った男に……う、うわぁぁぁぁ!」
ドン!という鈍い音が聞こえる。
「……どうした?佐藤、返事をしろ!」
一堂が声を荒げると、スマホに出たのは佐藤ではない別の若い男が代わりに出た。
「……よぉ!てめぇが『アヴェンジャー』の親玉かぁ?」
「……貴様は誰だ」
一堂が聞くと、その男は間髪入れず、でかい声で話しかける。
「まぁ誰だっていいけどよぉ!こいつらがなにやらコソコソと町でやってっからなぁ。ちょっと『お話』してた只の通行人だぼけぇ!なんにせよもう逃がさねぇからな?歪みのある存在は俺が刈り取ってやっから怯えて待ってろ!」
ブチィ!
そういうと男は乱暴に通話を切る。一堂はしばらくスマホを見つめる。
「だ、ダンナ。今のって……」
灰椿が通話内容から状況を察する。十中八九。この町の『アヴェンジャー』が潰された可能性が高い。
(あのメンバーを集めるのにいくら時間を使ったと思ってる……。おそらく敵は千堂だろう。祓い人がこんな真似をするとは思えない。もはや悠長に構える頃合いでもないか……)
一堂は再び他の誰かに電話をかける。
「…………ああ、私だ。予想外の事態が起きた。少し早いが仕掛けるべきだろう。……ああ、そうだ。ではよろしく頼む」
そう言うと一堂は通話を切り、スマホをポケットに入れる。灰椿は状況がつかめないでいた。
「ど、ドウなったんです?」
「……ああ、一応お前も幹部だったしな。いいだろう。教えてやる」
一堂は両目を閉じたまま、灰椿にその計画の一部をさらっと口にする。
「……今より、敵を全国の祓い人、および、"異端狩りの千堂"に標的を定める。まずはこの町の住人の全てを妖魔どもに襲わせることを第一目標とする」
灰椿は最初言っている意味がわからなかった。町の住人を襲う?妖魔で?なんで?
「……ど、ドウシテ……」
「今のお前に教える義務はない。命令に従え」
こういわれてしまってはもはや何もいう事ができない。『アヴェンジャー』の中で一堂影虎のいう事は絶対であり、逆らうことなどできる筈もない。そのくらいのことは今までの付き合いからわかっている。
「け、決行はイツなんですか……?」
おそるおそる灰椿が聞く。それに対し一堂は空の方を向きながら迷いのない言葉ではっきりと口にする。
「明日だ。明日の昼に一斉に襲撃する。この作戦は『千堂狩り』と命名し、魔女、粛清隊、そして、『アヴェンジャー』の三つの組織の共同で行われる。心してかかれ」
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