第26話 千堂になる


 ウウゥゥゥゥゥゥゥ……  ウウゥゥゥゥゥゥゥ……


 


 ヒカリ、小雪、夢幻、レイン、ジュリーの五人は妖魔の死体だらけの教会の庭で水城さんの到着を待っていた時の事である。突如聞こえたこの音に五人は言い知れぬ悪寒を感じて立ち上がる。

 そう、この音は何も悪いことをしていなくて反応してしまうあの音だ。

 小雪がヒカリに言う。


「し、指揮官?この音はまずいのでは?」


 僕は答える。


「そ、そうだね小雪君。ぼ、僕かぁ何だか非常にまずい気がするよ?」


 ヤバい ヤバい ヤバい ヤバい


 考えてみれば当たり前の事だった。水城さんが教会の屋根をぶち破るぐらいの爆発を起こしてるんだから、いくらこの辺に家が無いとはいえ、坂を下ったとこにある家の住人が気づかない筈がない。つまり、通報されたのである。


 よく考えたら僕殺人を犯したんだよね?しかも戸籍上は家族の。びっくりするほど殺人に抵抗がなかったけれど、社会的に前科が付くのは非常によろしくない。学校に行けないどころか、刑務所に直行する羽目になるかもしれない。


「ど、どうしよう!僕まだ読んでない漫画とか読んだり、終わってないゲームをしなくちゃいけないのに!」

「お、落ち着きなさい、ヒカリ!私達は千堂よ!何とかなるわ!」


 お、おお。流石千堂。何かいい案があるんだね?


「ぐ、ぐ、具体的には何があるんだい?」

「…………」


 黙っちゃったよ。もうこれ逃げるしかなくない?


「我。やる」

「む、夢幻君がやったらみんな死んじゃうじゃないか!」

「…………」


 不服そうな夢幻は頬を膨らませる。かわいい。ってゆーかそんなことしてる場合ちゃうから!


「我に任せろ」

「へ?」


 普通に喋れんじゃん。いや、よく考えたら一人称は普通じゃないけどさ。


 夢幻はパトカーの音がする方へ駆けていく。その三十秒後。サイレンは鳴りやみ、夢幻君だけが戻ってくる。え?なにしたん?


「毒注入」

「え、何の!? そこ大事なとこだから! もうおしまいだぁぁぁぁ!」


「? 何をやっているのです?」


 そこにやっと待ち人が現れる。遅い!遅いよ!何やってたんだよ!

 ああ、殺人だったね。僕と共犯だったわ。


「? 意味不明。何故嘆く?」

「だって、だって僕は殺人を…………」


 落ち込む僕を見て水城さんが納得したように手をポンと叩くとこう言った。


「千堂に殺人とか関係ありませんよ?」

「は?何を言ってるんです?」


 人を殺しても罪が無いだって?千堂はみんな殺しのライセンスでも持ってるって言うの?この人大丈夫?


「基本、千堂は国のルールとか気にしませんから。里が家であり、自分のいるところが居場所です。何をしてもいいし、何もしなくてもいい。そもそも警察に私達が捕まえられますか?」

「あ」


 言われてみればそうだ。只人に僕らが捕まえられる筈もない。でもだからって殺人を気にしないのは違くない?


「まぁ言いたいことはわかりますよ。あなたはまだ学校生活を送りたいように見える。このままでは家もないし、お金もない。そう言いたいんでしょう?」


 水城さんは僕がテンパって考え切れないことを言い当ててくれる。流石アーチャー。人と地形の把握はお手の物か。好き。


「とりあえずヒカリは小雪と同棲どうせいしなさい」

「「は?」」


 僕と小雪さんの声がハモる。


「小雪の家や生活資金は仁の里が提供しています。一緒に住めば里としても助かりますから」

「ひ、ヒカリと同棲!?こ、困るわよ!」

「? ヒカリが嫌いですか?」

「嫌いってわけじゃないど……」


 言いたいことはわかる。僕も同じ気持ちだ。


「はぁ……仕方がありません。はいこれ」

「「?」」


 水城さんのポケットから何かの紙束が出てくる。これってまさか…


「正確には数えてませんが百万円はあります」

「「ひゃ、百万円!?」」


 なんでこの人はそんな大金持ち歩いてんの!?あ、まさか……


「そうですね。昨日、いや、今日もですが、妖魔を腐るほど倒しましたから。そのお金ですよ」

「い、いいんですか?もらっても……」

「構いません。千堂が困っていたら助ける。それは当たり前の事ですし、"一の弓"の称号を持っている者としては当然の義務ともいえます。あ、大切に使ってくださいとかはいいませんから。なくなったらいつでも頼ってください」


 か、神だ!ここに神様がいらっしゃる!ドSだとか性格が歪んでるとか心の中で言いまくってごめんなさい!愛してます!


 横を見ると小雪さんは『ステーキ…ステーキ…』と小さく呟いている。この女…堕ちた!


「小雪。そもそもあなたは別に生活ギリギリの生活をしなくても良かったんですよ?」

「へ?どういう事ですか?」


 水城さんの話ではこういう事だった。


 きっかけはこの町に、はぐれ千堂(千堂の力を持っていながらその力や他の千堂の事を何も知らない千堂。勿論僕の事)がここに居るという安具楽さんの話を聞き、今まで里でしか生活をしてこなかった小雪がその指導に立候補したのだという。

 

 そこで資金的にも余裕のある仁の里の千堂たちが大金を持たせようとしたのだが、『の高校生活が送りたい』と言ったもんだから、普通の高校生は大金を持ち歩かないということで生活ギリギリの資金しか手渡されなかったのだそうだ。

 ちなみに戸籍関係は祓い人が整えてくれたらしい。その時に千武の失敗作を小雪がお寺に持って行っている。


「じゃ、じゃあ私の今までの苦労は何……?」


 小雪さんは地面に倒れこむ。あーあ、口は災いの元っていうけどね。アホすぎだよ、小雪さん。てか、仁の里ってそんな大金あんの?もしかして大富豪?


「戸籍とかは祓い人に頼むとして、二人とも。しばらくは一緒に住んでください」

「きょ、教会はどうするんですか?」


 そうだ。別に家が無いといっても物理的には存在しているわけで……。ここに住むって選択肢も……


「ここは粛清隊の基地ですよ?いずれ誰か代わりの粛清隊が来ますがそれでも住みます?」


 ですよね。わかってました。荷物だけ持っていきます……


「で、これが例の囚われのお姫様たちですか……ヒカリ、どうしますか?」


 水城さんの言い回しがかっこいいが、確かにどうしよう。二人は僕と一緒にいた方がいいのだろうか……


「なんなら仁の里に預けます?」

「へ?いいんですか?千堂以外はダメなんじゃ……」

「? ヒカリの家族なのでしょう?だったら千堂みたいなものです。それに、レインと…ジュリーでしたっけ?あなたは私達に危害を加えるつもりはありますか?」


 ふるふると首を振る。それを満足げに水城さんは見て


「では大丈夫でしょう。全く問題がありません。魔人でしたっけ?そんなの関係ありませんから。うちは」


 軽い。軽いよ。犯罪者に『あなたは犯罪者ですか?』って聞いてるようなもんだよ……いや、この場合は嬉しいんだけどさ。


「レイン、ジュリー。あなた達はヒカリの家族です。であれば私達千堂はあなた方を歓迎します。どうしますか?」


 レインとジュリーは顔を見合わせる。そして頷いてこう言った。


「私達はヒカリと一緒にいたい」

「もう偽物の家族は嫌。本物の家族が……ほしい……」


 その二人を水城さんは近寄って優しく抱きしめる。


「では今からあなた方は千堂です。千堂レインに千堂ジュリー。これからよろしくお願いいたしますね」


 二人はまたしてもわんわん泣き出した。なんだろう。ほっこりするなぁ…。


「み、水城さん。本当にいいんですか?掟とかもあるし、守った方が…」

「掟?家族になるのに掟がいるんですか?」


 ヤバい。チョーかっこいい。


「で、でも水城さんは二人と初対面ですよね?信用できるんですか?」

「勿論。私はアーチャーですよ?私に見通せないものなどありません」


 どうしてこの人が一の弓なのか分かった気がする。安具楽さんとはまた違った魅力があるね。男なのにもう完全に惚れましたわ……






 僕らは教会の離れの家に行き、引っ越しという名の略奪を始めた。手持ちではきついので、近くにあった車(パトカー)を拝借し、荷物をその中に押し込む。車の運転をどうするか悩んでいたところに夢幻君が意外にも手を挙げた。


「我。運転可」

「………ちなみに免許は?」

「? 我。不要」


 不要って何!? 免許不要の人っているの!?


 だが以外にも夢幻君の運転は超上手かった。背が低いけど何とか足を届かせながら運転している様は萌えた。あ、ちなみに警察官は眠らせてあるだけだった。本当に良かった。罪を重ねなくて。(ヒカリの中では殺人以外もう罪という認識はなかった)


 荷物を運び終えた僕らは赤嶺教会の後片づけ(死体処理)を終えると、その場を撤収した。きっと目が覚めた警察官たちは混乱すると思うが、そんなの知ったこっちゃない。僕らは千堂。只人なんてどうでもいいね!


 こうして僕らは無事救出任務を終え、万々歳なのでしたー。パチパチー。





「…………」

「どうしたの?小雪さん」

「ヒカリ、私が言いたいことがわからない?」

「え?なんかあんの?」

「……いえ、わかるわよ?二日後に祓い人のお寺に集合だもの。今日は別のとこに泊まった方がいいのはわかるわ」

「そうだね」

「でもこれはおかしくない?なんでみんな私の家にいるのよ!」


 つまりはそういう事。なんだかんだ色々あったけど、今日は打ち上げをしようとなったのだが、そもそも家があるのが小雪の家だけなのだ。必然的に小雪の家に泊まることになるのは当然ともいえる。


「ヒカリン!ジュースとってー」

「はいよー」

「我。肉所望」

「夢幻は成長期ですからね。たくさん食べてください」

「あー、レインずっるぅーい!ヒカリンの横に私も座りたい―!」

「ジュリーはダメだよ!ヒカリンは私の事が好きなんだから。ねー!」

「はいはい、みんな愛してるよー」


「…………」


 小雪は思う。この部屋一人部屋なんだけど、と。この狭い室内に六人が集まって焼肉を焼いているのは不服だった。夢の一人暮らしの生活がタチの悪い先輩の宿屋に使われた気分でため息を吐く。


「? 小雪。提供。肉」

「はぁ、もういいわよ。ありがとう、夢幻」

「どういたしまして」


 !?


「夢幻も言葉をやっと覚えてきたようですね……一の弓として喜ばしい限りです」


 水城さんがなんか感慨深そうに眼を閉じてる。それ弓とか関係ある?でも、思えば夢幻君のことをよく知らない。


「夢幻君は里から出たことが無いの?」

「肯定。我。これまで里」


 籠の鳥ってわけか。仁の里って教育関係しっかりしてんの?


「ヒカリが心配するのもわかりますがね。基本、里には先生という役割が決まった人はいません。みんなが先生なんです。幼い子には手が空いた人が子供に勉強を教え、大きくなったら自分から先生を探すのです」


 何も言ってないのに水城さんが教えてくれた。


「でも自分から学びにいかない人はどうするんです?」

「? そんな人いるんですか?」


 息しない人とかいる?みたいな答え方だ。里にそういう人はいないのだろう。きっと学ぶことが楽しいんだ。だからみんな先生を頼って自ら学ぶ。ある意味理想の環境ともいえる。

 あれ?でもだったら……


「夢幻君に日本語教えたのは誰?」


 その瞬間、小雪と水城さんの箸が止まる。え?なんか地雷踏んだ?


「………夢幻は千堂小夜という"一の毒"が教えていたんですがね。その……彼女は本に影響されやすいんです」

「本に?それはどういう……」

「夢幻の口調で気づきませんか?」


 ああ、なるほど。そういう系ね。納得だわ。


「じゃあ夢幻君が運転できたのって…」

「はい。小夜が持ってるゲームの影響でしょう。そういう系統の物は小夜は全てコンプリ―トしてますからね。夢幻に薬関係の知識を教えた理由も『誰か一人は回復職が欲しいわね!』って言い出したせいでもあるのです」


 毒使いに回復職させんなよ! 色々助かってるから文句言いづらいけど!


「小雪さんも今まで里から出たことなかったんでしょ?」

「ええそうよ。一の黒である私の師匠は常識人ですもの。私、ちゃんとしっかりした高校生でしょ?」


 確かに。本当に義務教育受けてないの?と思わせられるほどにしっかりしている。たまに抜けてるとこあるけど。


「でもそうかー。ますます僕は里に行きたくなったよ」

「この件が済んだら行きましょう?一応、赤嶺教会は潰したし、他の件が済めば一旦里に帰ってもいいかもね」


 粛清隊が全国的に動き出したといっても、こちらから攻め込むことはないしね。前に言ってたように、馬鹿正直に千堂を襲うとも思えない。やるなら祓い人からだろう。でも千の宮に限って言えば今は僕らがいる。安心してもいいだろう。


「安具楽さんたち今頃なにしてるかなー」


 僕は気になっていた。安具楽さんが言っていたようにこの件には裏があってもおかしくない。なにか厄介ごとに巻き込まれてなければいいのだが。

 水城さんがその不安を払拭させてくれる。


「安具楽なら大丈夫です。他の四人も問題はないでしょう」

「あの四人って強いんですか?僕まだ戦ってる姿見たことないんですけど」

「まぁ強いですよ。一人は私の弟子、千堂小竜がいますから。戦術面ではしっかり鍛えこんであります。他の弟子に勝るとも劣らない期待の新人です。ミスはあっても、死ぬことはないでしょう」


 水城さんがここまで言うくらいなのだからおそらく大丈夫だろう。百鬼夜行というのがどの程度の規模なのかわからないが、無事に制圧して帰ってくるに違いない。

 小雪がそれよりも、と僕に聞いてくる。


「あなた影道さんなんでしょう?だったらなんで高校生なわけ?」

「それは知らないよ……僕だってちんぷんかんぷんなんだ……」

「そうよね……でも、影道さんって右手にしか刻印が無かった筈なのだけど、あなたは今は三つある」


 影道時代は一つだけだった?じゃあ増えてきてんの?どういう理屈?


 水城さんもそういえばと口を出す。


「あの人確か兄弟がいたんですよね」

「兄弟が?」

「はい。実際に見たことがある人はいないんですがね。本人がそう言っていたそうです。まぁその影道さん本人も大人になって里を抜け出してからはほとんど帰ってこなかったらしいですけどね」


 ヒカリは思う。過去の記憶が戻らないとしても、過去を知る人がいるのであれば聞いていけば自分の事がわかるのではないか?と。しかし、それをするというのは今の自分を否定していくような、そんな感じを抱くのもまた事実であった。

 

 それに弟がいるというのも気になる。そんな身近な親類がいるというのに、自分の弟は僕を探そうとっていないのだろうかと。


 まぁ今はするべきことがある。粛清隊、百鬼夜行、アヴェンジャー。まだ終わってない事件ばかりだ。これが終わってから考えても遅くはないだろう。だから……


「今は小雪さんのお風呂の残り湯でも堪能しようかな」

「!? エッチ!」


 ゴチン!


 僕は頭を叩かれた。しまった。口に出ていたか。でもそうか、僕これから小雪さんと同棲生活になるのか。黒の会に知られたら僕、命はないだろうな。




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