第5話 繰り返す日常 Ⅱ
「ようこそおいでくださいました!俺が今回の"品評会"を取り仕切るミスターKだっ!よろしくなぁー!」
(黒霧じゃん) (黒霧以外いねぇーだろ) (お前しか司会いねぇーから)
みんなの心の中が後ろから見ていても聞こえてくる。もう声とセリフでバレバレだった。逆に気づかない方がおかしい。
しかし、壮観な眺めではある。最後列に座っているため後ろ姿しか見えないのだが、百人近くの生徒がフードと仮面を被って司会に注目していると何かの宗教団体のようでかなり異様だ。それに、みんながみんな熱心にスクリーンの前の黒霧に注目しているとあらば、学校の先生たちがこのことを知ったら嘆くのではないだろうか。
「今日集まってもらったのは他でもねー!なんでもこの学校の一年にかわいい女子が転入してきたらしい!名前は
「あいつに親友とかいたか?」
「知らねーなぁ」
「千堂?そんな奴いたか?」
心の中の声であってほしかったが、ばっちり声に出している奴らがいる。てか鈴木の声が聞こえたぞ?貴様は後で処刑だ。
「どうやら今日が初登校日だったらしくてなー!あまり数はないんだがよく見ていって欲しい。では一枚目から!」
すると、部屋の中の照明がパッと落ち、スクリーンに画像が映し出される。そこには可愛らしい女の子が校門を通る姿が映し出された。
途端、おおぉーーという歓声が黒ずくめの連中から漏れ出る。
「こ、これほどのものとは……素晴らしい……」
「くそっ!こんなかわいい子の存在を知らなかったとは!一生の不覚!」
「…………いい」
口々に賞賛の嵐が巻き起こる。ムッツリも極めればこんなに気持ち悪くなるもんだと再認識したヒカリだった。
「お次はこれだー!」
画像が切り替わり、今度は体操着姿の女の子の写真が浮かび上がる。え?今日初めて登校したんだよね?早くない?てか撮ったやつ絶対一年じゃん。
「け、けしからん!」
「えっち!変態!」
「…………いい」
さっきよりも露出が増えたことで変態たちは更に盛り上がる。すると突然、隣に座っていた生徒から話しかけられた。
「ねぇ?これは盗撮というやつじゃないの?」
「うーん、どうかなー。あくまで写真部が撮ったものだし、倫理的にはアウトだろうけど犯罪かって言われたら法律に詳しくないからわかんないなー」
「そう……」
やけに女っぽい喋り方をする人で服装も黒いコートに黒い仮面という異様なものだった。まぁこれはあるあるな部類ではある。大体の初参加者は制服以外にもこうやってがっちりと身バレ防止の対策をして参加することが多い。きっと恥ずかしがり屋で女っぽい男なんだなとヒカリは自分で自分を納得させた。
「あなたは何で参加しているの?ここの人とは違って消極的そうに見えるけど?」
確かにそうみられてもおかしくないなー、と自分でも思う。普通の授業であれば後ろの席の方は人気が高く、前の方は外れだと言われがちだが、今はその逆、前の方に詰まりに詰まっており、後ろの方に座っているのは僕と彼だけなのだ。
「あの前で司会をしているのが僕の友達でね。無理やり参加させられているんだよ」
「!! あなたが千堂?」
「うん?そうだよ。千堂ヒカリ。君が誰かはわからないけど内緒にしててね。こんな会に参加しているのは正直嫌だからさ」
「…………」
隣の彼は千堂のその言葉を聞くと仮面の上からでもわかるようにジィッーと千堂を見つめてきた。
「え?なに?どした?」
「………なんでもないわ」
なんなのだろう。まさか陰で僕は有名なのだろうか?でも絶対いい意味じゃないだろーなー。
「さてさて、お次で最後だぁ!これが終わればその後に点数をつけていってもらうぜぇー?机の中にある白い紙に気に入った番号を書いて入れておいてくれよなー!」
隣の子と話し込んでいるうちに最後になってしまったらしい。まぁ、別にそんなに興味もないから惜しい気持ちもないのだが。同じ千堂ってだけなのがちょっと気を引いただけだし。
「ではではー、最優秀候補をどうぞ!」
ミスターK(黒霧)がそういうと、画像は更衣室で着替えている女の子の様子が浮かび上がってきた。
「なっ!!」
「ど、どうしたの?急に」
画像が出るのと隣の彼が立ち上がるのはほぼ同時だった。そんなに気にいったのだろうか。やっぱり後ろに座っていてもムッツリなのは変わらないんだな。
「うひぉーー!」
「て、天使だ!一宮を越えるぞ!」
「…………いい」
さっきまでとは違い犯罪チックな写真を見せられた変態どもは色めき立つ。さっきからいいしか言ってない奴。これ鈴木の声だな……
「こ、これは流石に犯罪でしょう!?」
「そうだねー。犯罪だねー。みんな、変態で犯罪だねー」
なんだ、感極まって立ち上がったわけじゃないのか。それなら僕たちは友達になれるかもしれない。こっちも名前を名乗ったんだからそっちも名乗るべきだろう。
「ところで君名前は?」
「…………小雪」
「はい?」
「千堂小雪」
「奇遇だねー。僕も千堂だし…………え?千堂小雪?」
千堂小雪?じゃあ今スクリーンに映し出されている女の子と同姓同名?
「ちょ、ちょっとやめて!」
「…………なんでここにいんのさ」
色々とびっくりとした僕は逆に落ち着いてしまった。人間、パニックになると一周まわって冷静になるんですねー。
「こ、このことは学校に連絡させていただきます!」
「それはあまりいい手だとは言えないかな」
「ど、どうしてよ!」
「あのね、捕まえるにしても証拠がないでしょ?こんな人数を一網打尽にできるならいいんだけどさ。百人を一斉検挙ってなるとそれこそ、この町の警察官を総動員しないと無理なんだよ」
「そ、そんな……」
小雪さんはかなり絶望の色を顔に浮かべていた。それはそうだろう。自分の恥ずかしい写真が百人の変態集団に見られた挙句捕まえられないのだから。そして、僕は更に絶望的なことを彼女に告げる。
「実はね、この会は何度も潰されそうになっているんだ。生徒会の奴らや風紀委員からね」
「え?委員会が動いているのならある程度は抑えられるんじゃないの?」
「そうでもないのさ。お、ちょうどいいタイミングだね。見ててよ」
「?」
黒ずくめの集団の中から一人の男がスマホを操作しているのが見えた。その男はどこに忍ばせてあったのか、突然赤の蛍光灯を頭上にブンブンと振り回す。
「!! お集まりの皆様。途中ではございますが緊急事態です。"特売日は終了"です。どうかお帰りは速やかに、怪我の無きようお願いしたします。ではさらば!!」
ミスターK(黒霧)はそう言い放つと、パッと室内に光が灯り、部屋のあちこちから白い煙がもくもくと立ち込め、一面真っ白に染まってしまった。
「ケホっ!ケホっ!な、なんなのよ!」
「君はここにいてもいいだろうね。そのまま座ってなよ。あ、もうそのコートとかは着なくていいから」
「?」
しばらくすると、白い煙は誰が開けたのかわからないが窓から逃げていき、そこには僕たち二人以外いない閑散とした空間になっていた。
「……………嘘でしょ?」
「凄いでしょ?自衛隊並みの集団行動さ」
小雪さんは絶句していた。わずか三十秒ほどで百人が煙と共に消えたのだ。どこかのビックリマジックショーを見せられた気分だろう。
すると、突然後ろのドアが開き、二十人ほどの女子生徒が入ってきた。腕には「風紀委員」と書かれた帯が巻かれている。
「そこまでよ!今日という今日は……あれ?二人だけ?」
そう言い放った女子生徒は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「ど、どうしたのですか?」
「え、ええ。ここに黒づくめの変態集団がいるっているタレコミを受けてきたんだけど……あなたは千堂小雪さんね?一年生の。なんでここにいるの?」
「そ、それは……」
言えないよねー。百人の変態と自分の盗撮写真を見てましたなんて。すかさず僕はフォローに入る。
「僕が小雪さんを案内していたんですよ。今日が初登校らしいので」
「そう……で、あなたは誰?」
なるほど。転入初日の女の子の名前はわかっていても、二年生の男子生徒の名前は知らないってやつね。この世はイケメンと美少女以外が名前を憶えてもらうには変態になる以外ないらしい。仕方ない。もう用はないし立ち去るとしましょうか。
「ただの親切なお兄さんですよ。じゃあ小雪さん、他の場所を案内しますよ?行きましょうか」
「え、ええ……」
僕たちは堂々と視聴覚室を後にする。黒いコートや懐に忍ばせた仮面とともに……
「で、どうしてあの場にいたの?」
二人は学校の廊下を並んで歩きながらさっきのことについて話し合う。
「昼休みに男子たちが今日は特売日だからって教室を出ていくのが見えたのよ…。だから気になって後をつけていたらこんなことになっていたってわけ」
なるほど、クラスの男子がスーパーの特売日のネタを掴んでいると思って後をつけたら"品評会"に行きあたったのか。転校初日からついてないな、この子。
「でも特売日に反応するってことはもしかして一人暮らし?」
「ええ、この町には最近引っ越してきたの。だからわからないことだらけなのよ」
「そっか。高校生で一人暮らしは珍しいけどね。僕が知っている限りじゃ黒霧くらいしか一人暮らしの奴はいないな」
「黒霧?」
「ああ、あの司会をしていた奴だよ」
「あいつか、今度会ったら殺すわ」
物騒な子だなー。でもその気持ちはわからなくもない。
「ところでヒカリ。あなたの手を少し見せてくれないかしら?」
「? いいけど」
右手の手の甲を小雪さんに見せる。
「そっちじゃないわ。手のひら。両手の」
「ああ、ごめん」
なんなのだろうか?まぁ見られて困ることなど一切ないのだけれど。
「嘘…………ないじゃない!あなた本当に千堂ヒカリ?"異端狩りの千堂"じゃないの?」
「え、なんなのそれ?知らないよ、そんなの」
「安具楽は!昨日、安具楽に会ったでしょう?」
「あぐら?それ人の名前?」
信じられないといった表情で小雪は僕を見つめる。そんな顔をされても僕はどうしようもないのだが……
「な、なんでもないわ。今言ったことは忘れてもらえるかしら」
「別にいいけど……そっちは大丈夫?」
「ええ、大丈夫ではないけど問題は無いわ。ほんっとあのバカはどうしようもないわね!あんたの方が歪んでいるじゃない!」
小雪さんは何が気に入らないのか、廊下の壁をドンドンと蹴りまくる。えぇー…こんな感じの子だったの?最近の若者系の人?
「はぁ…、はぁ…、はぁ…。とりあえずありがとう。もうここで大丈夫よ」
「え?いいの?結局案内せずに
「本当は一度下見はしていたの。だから大体の場所は把握しているわ」
「そう……、じゃあもうここでいいね。また何かあったら相談に乗るよ」
「その時はお言葉に甘えさえてもらうわ。またね、ヒカリ」
そういうと小雪さんは一年生の教室のほうへ走り去っていった。何故なのだろうか。一応僕の方が年上の筈なのに彼女の前では僕が年下のような雰囲気になってしまうのは。
「おや?ヒカリ、何をしているのですか?」
ボーっとしていると五条から声をかけられてしまった。
「巴」
「こんなところで何をしているんだ?」
「いや、別に?さっきそこで千堂小雪さんと会ってね。学校の案内をしていたんだよ」
「ほぉ…ヒカリが一年の女子とまともに話せるなんてな。少し意外だな」
「まぁね、僕だってやるときにはやる男だからさ」
「言うじゃないか。ヒカリもかわいい女子が相手となれば流石に動かざるをえないか」
「はは、そんなんじゃないけどね」
「まぁ何もなければ問題はない。私は委員会に呼ばれたからここで失礼するよ」
「ああ、いってらっしゃい」
そういうと五条は足早に廊下を歩いていく。こっちの方こそ意外だよ。お前がムッツリだったなんてな。
歩き去る五条の後ろ姿には制服の中に忍ばせているであろう赤の蛍光灯の先端が少しはみ出していた。
「そりゃ、捕まるわけないよな。風紀委員の中に裏切り者がいるんだから」
ヒカリは大きくため息をつくとすることもないので二年の教室に向かって歩き始める。どうせ、教室にはあとちょっとで投票までこぎつけたと悔しがってる黒霧が男子たちとワイワイ騒いでるんだろうなーと予想を立てながら。
「でさー、昨日の事だけどよー」
「うん?昨日ってなんかあったっけ?」
「ヒカリ、あれだ。魔女の屋敷のことだ」
千堂と黒霧と五条は放課後、特にすることもないので家までの帰り道が同じところまで一緒に帰ることにしたのだ。
そして、今は教室で少し駄弁っているところ。
「ごめん、宗太。僕あんまり覚えてないんだよね」
「お?お前も?魔女の屋敷を探しに行ったところまでは覚えてるんだけどなー」
「私もそうですね」
どうやら三人とも昨日の事はよく覚えていないようだ。
「もしかして魔女の屋敷にたどり着いていてさー。薬か何か盛られたとかー?」
「なんだよ、宗太。そんあことあるわけないじゃん。でも確かに変だよね。三人共覚えてないなんて」
「そうですね、昨日は気づいたら家に帰ってましたし……疲れていたのでしょうか?」
ヒカリたちが不思議に思っていると不意にヒカリを呼ぶ声がどこからか聞こえてくる。
「千堂ヒカリ、千堂ヒカリはいるかしら?」
「うん?一宮さん?」
どういうわけか。昨日に引き続き千堂を呼ぶ隣のクラスの"千の宮の女王"。一体何事だろうと、ヒカリは話の途中であるにも関わらず一宮のところに駆け寄る。
「ど、どうしたの?一宮さん。また何か用?」
「何か用?じゃないわよっ!なんで魔女探しなんかしたのよ!」
「え………それはごめん。うん?でもなんで探していたことを知ってるの?」
「そ、それは……あなたが昨日工業区に向かっていったところを偶然見かけたからよ」
「へぇ……でもなんでそれが魔女探しをしてるってなるの?おかしくない?」
「あんなとこに行く人なんて工事現場で働く人以外いないからよ。それとも何?あなたの家は鉄骨だけの家なの?」
「それは違うけどさぁ…、でもなんで魔女探しをやめさせようとするの?一宮さんに関係はないよね?」
「…………約束だから」
「はい?」
「も、もう別にいいでしょう!とにかく、バカなことはやめなさいよね!あなたに死なれたら色々と困るの!じゃあね!」
「あ、ちょっと!」
言いたいことを言ったといった感じの一宮アンリはそのままスタスタと廊下の奥に消えていってしまった。死ぬ?魔女を探したら?どういうことだ?
「ありゃ一体なんだ?センドー、一宮さんとなんかあったの?」
「いや、それが僕にもわからないんだ。昨日も声をかけられてさ。魔女を探すなって」
「はぁー?なんだよそれー。てか言えよー、そんな大事なことはよー」
「ごめん宗太、わざわざ言う事じゃないかなって」
「まぁなんにせよ終わったことです。帰りましょうか」
「そだね。じゃあ行こうか」
そうして千堂たちは他愛もない話をしながらも鞄に荷物を詰め、教室を出る。そのまま校門のところまで行った時の事。少し離れた道路の向こう側に一人の執事服の男が立っていた。それはあまりにも場違いな
執事服の男と千堂の目線が合う。すると、執事服の男は探し人が見つかったような、ほっとした表情でこっちに近づいてきた。
え、僕に用?
「お待ちしていました、ヒカリ。行きましょうか」
「は、はい?どちら様でしょうか?」
ヒカリは一瞬でパニックに陥ってしまった。知らない執事服の男から親しげに自分の名前を呼ばれたのだ。身に覚えが無さ過ぎて声が上ずってしまった。
「!? ま、まさか私の事を忘れたのですか?」
「忘れたも何もあなたに会ったことはないと思うのですが…」
「そ、そんなバカな!昨日のうちに記憶操作されたのか……?」
執事服の男はかなり焦っている様子だ。ヒカリもわけもわからずあたふたしていると、後ろの方からさっき聞いたような女子生徒の声が聞こえてきた。
「あら、ゼノじゃない。こんなところに何の……ってええ!! やっぱりあんた達昨日会っちゃったの!?」
わが校の”千の宮の女王”。一宮アンリだった。直前まで色々と話していた手前なんだか居心地が悪い。
「ああ、アンリ……。すみません。あなたにまで迷惑をかけるつもりではなかったのですが…」
「あー、もういいわ。とりあえず私と話し合いましょう。というわけだからヒカリ、この男に用があったかもしれないけどここでお別れよ。じゃあまた明日ー」
「え?う、うん……」
ヒカリは意味のわからないままとりあえず頷く。
一体なんなのだろうか?何を言うべきか迷っていたところに、矢継ぎ早に話しを終わらせられたのでどうしようもない。まさに"女王"という感じの態度そのものだった。そして、執事服の男と一宮アンリはあっけなくどこかへ行ってしまった。
「なんだったんだー?あれー。センドー。本当にあの執事野郎と面識ないのー?」
「ないよ、まったくない。何度も思い返してるけど何にもない……でもなんか初めてあった気がしないっていうか…」
「私もです。なんか最近あった気がするんですが何も思い出せません…」
「どうせたいした事じゃないんじゃねー?もう帰ろうぜー」
「そうだね」
よくわからない感情のまま三人は再度駄弁りながらそれぞれの家に帰っていく。
ヒカリは何か今日はいろいろとあったような気もするなー、と違和感が多々ある一日ではあったものの、こんな日もあるかー、と楽観的に考えながら帰路についた。
「でも絶対昨日なんかあったよね………」
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