第13話 覚悟

二年生の教室のカーテンの裏に隠れた上川と近藤は息を潜めながら周囲の音を聴き逃すまいと耳をすませる。


「なんだったの……あれ……」

「さぁね、でも鬼だったわね」


 二人は保健室の窓から飛び出した後、分け目もふらず校門へと走り出したのだが、見えない壁のようなものに阻まれて学校の外へ脱出できなかったのである。

 仕方がないので校内へと戻ってきた二人は再度鬼に追いかけられて今現在に至るわけだ。


「最初に見た時はなんの冗談かと思ったけど…」

「うん……雰囲気が……本物……?ぽかった……?」

「そうね、本能レベルでヤバかったわね」


 外は完全に真っ暗闇であり、窓の外から見える町の光がかすかに光っているのがわかるが、見えない壁があると思うとそれが逆に悔しくてならなかった。

 あの鬼がなんなのかはさておき、今はどう逃げるか。逃げきれない場合はどうやって脱出すべきなのか考えなければならない。


「いつまでもここにいるわけにはいかないわね…」

「どうして……?ここなら……見つからないかもよ……?」

「そうかもね。でもね、何時間逃げ切ったら脱出できるとか、隠れていればこのまま元に戻るとか、そんな確証はないでしょう?相手はもしかしたら私たちの居場所がわかるかもしれないし、脱出口を見つけないと永遠に逃げられないかもしれない。どちらにせよ動ける時に動いていた方がいいわ」


 近藤は素直に感心した。こんな状況になっても冷静に考えられるというのはなかなか出来ることではない。


「凄いね……優奈ちゃん……」

「何がよ」

「冷静……だから……」

「あなたもでしょう?あの保健室の時よく足が動いたわね。あなたの事だから足がすくんで動けないかと思ったわ」

「優菜ちゃんが……いたから……」

「私がいたから何よ」

「友達が……いたから……頑張れた……」

「……ふん」

 

 上川は予想外の答えをされて顔を背けながらも顔は赤くなっていた。それを見た近藤は嬉しくなって口元が緩む。危ない状況だというのにぽわぽわした雰囲気になる。


「で、どこに行こうかしら」

「待って。声が……聞こえる?」

「声?」


 耳をさらに澄ませる。確かに誰かが話しているような声が聞こえる。少なくとも二人。


「この声なんか聞いたことあるわね……」

「私……も……」


 その声はだんだんと近づいてきて二人のいる教室に入ってきた。


 ガララララ!


「「!?」」


 ドアを開ける音に二人はびっくりして身体が震えあがる。その拍子にカーテンが動いてしまった。


「………あそこに誰かいるね」

「そうですね。絶対に今動きましたね」


 二人はその声を聞いて思い出す。今日聞いたばかりの二人の声を。


「それじゃあ倒すね」

「ええ……。って私の修行は?」

「ごめん、巴。はやく帰りたいんだ」


 倒す?私達を?


 そう思った二人は慌ててカーテンから飛び出す。


「ちょ、ちょっと待ってーーーー!」

「うわぁぁぁお!びっくりしたー!あれ?上川さんと近藤さん?」


 目の前には千堂ヒカリと例の風紀委員がいた。風紀委員の手には何やら物騒なものが。


「なんで……いるの……?」

「ほんとによ。それとそれは何?」

「これですか?たいまつです」

「は?そんなわけ……」

「たいまつです」


 あくまでたいまつと言い切る風紀委員に上川は何も言えなくなってしまった。


「二人は何でここに? 夜の学校は危ないよ?」

「それはお互い様でしょ。何でここにいんのよ?」

「僕が教室にスマホを忘れたからなんだ。あ、ここだここだ」


 そういうとヒカリは近くの机の中からスマホを取り出して何やら操作をし始めた。


「うん、これで良し。さぁて、これで今日はもう帰らなくていいぞ」

「なんて送ったんですか?」

「『友達の家に泊まります。明日帰ります』って」

「結局泊まるんですね……」

「ダメかい?」

「構いませんよ。千堂が来ればうちの人も喜ぶ筈ですから」


 この二人は本当にスマホを取りに来ただけのようだ。しかし、二人はそれどころではない。


「とにかく二人とも!ここは今鬼が出るんですよ!」

「うん、知ってるよ」

「信じられないかもしれませんが……え?知ってる?」


 この人たちは何故こんなにも冷静なのだろう。もしかしてからかわれてる?


「ついでに鬼退治に来た。巴。別に言ってもいいでしょ?」

「そうですね。私達より先に遭遇してしまったのなら仕方がありませんね」

「え……鬼退治……?倒せるの……?」

「わかんない。でもついでだから」


 会話にならない。


「混乱するのもわかるけどさ。今は何も聞かずに僕たちについてきてよ」


 逆に心配されてしまった。


「でもこの学校から逃げ出せないんですよ?」

「結界ですかね。聞いたことがありますけど……どんな感じの?」

「見えない壁……この学校を……囲んでた……」


 うーんと風紀委員は考え込む。


「たぶん物理的に囲むタイプですね。この場合、この学校に鬼が来たのではなく、鬼の棲む学校に僕たちが来た感じでしょうか。だから僕たち以外誰もいないわけなんですね」

「結界?なにそれ、どこの漫画の世界?」

「上川さん、信じられないかもしれませんが受け入れてください。さもないと死にます。冗談抜きで」


 なんなのだろう。説得するはずが逆に説得されるこの感じは。


「それにしても意外だね。上川さんと近藤さんが一緒なんて」

「べ、別にいいでしょ!」

「友達に……なってくれた……」

「ほんとに?よかったねー!いやぁ一件落着だね、巴」

「そうですね。本当によかった」

「い、今はそんなことどうでもいいでしょ!」


 顔を赤くしながら上川が叫ぶがそれを見たヒカリと五条はニヤニヤし始める。


「つ、つーか私まだあんたらの事よく知らないんだけど!」

「え?そうだったね。僕は千堂ヒカリ。二年生。でこっちが」

「五条巴です。よろしく」

「よろしくしないわよ。上川優菜よ」

「近藤……美咲……です……」

「なんか合コンみたいだね」

「どこがよ!」


 緊張感のないヒカリに対し上川がツッコむ。それを面白そうに近藤と五条は見守っていた。


「まぁとりあえず二人はここから出なよ。巴、出れるんだよね?」

「はい、出れますよ」

「じゃあ出口に行こうか」

「出口?そんなものはありませんよ?」


 は?


「え……じゃあどうやって出るってのさ」

「鬼を倒します」

「………マジ?」

「マジ」


 どういう事?出口ないの?


「結界を破る方法はありますが私には使えません」

「そっか……まだ一人前じゃないから?」

「ええ。結界の破り方は知りません。ただ、この場合は元凶を倒せば元に戻りますから」

「ごめん、二人とも。鬼退治に付き合ってよ」


 どうやらあの鬼を倒さなければここからは出られないらしい。しかしどうしてこの二人は鬼を倒せると思っているのだろうか?普通に怖くないの?


「で、最後に見たのはどこなんです?」

「一階の昇降口よ。ちょうどあんたらが来る十分前だったわ。てかよく遭遇しなかったわね?」

「それはおかしいですね。ここに来るまで全く出会わなかった」

「ねぇねぇ、鬼ってどんな風だったの?」

「二メートルくらいのでかい鬼だったわ。金棒も持ってたし」

「桃太郎の……鬼みたい……だった……」

「ふーん。そんな感じかー」


 このヒカリという人は軽すぎないだろうか?まぁ見たことがない感じだから今はそんなものだろう。


「…………」

「? どうしたの?巴」

「さっきも言いましたがここは正確には私達の知ってる学校ではなく、鬼の棲む学校です。鬼が来たのではなく、鬼に誘われて私達がいるのです」

「うん、なんか嫌な予感がするけど続けて?」

「つまりですね。鬼は知っているのですよ。この学校に四人いるということを。鬼としては四人がバラバラに散らばられるよりはまとまってもらった方が殺しやすい。だから……」


 ドスン…  ドスン…  ドスン…


 突如、廊下の方から何かが歩く音が聞こえる。それはもうこの状況では明らかであろう。


「合流するのを待ってたんでしょう。一度に殺すために」

「や、ヤバいじゃない!早く逃げないと!」

「逃げる?何故?」

「だって鬼が……」

「倒さないと出られませんよ?向こうから来てくれるのです。僥倖ではありませんか」

「どうやって倒すのよ!」


 ドスン… ドスン… ドスン…


 音は更に近づいてくる。もう幾ばくかの時間もない。接敵まであと数十秒。


「この小刀で」

「やっぱりたいまつじゃないじゃない!」

「当たり前でしょう?あなたはバカなんですか?」


 このクソ眼鏡が!


 ドスドスドスドス!


「「「「!?」」」」


 急に足音の種類が変わったことに対し四人はびっくりして教室のドアの方を見る。そしてその音の正体と、盛大な勘違いをしていることにその時になって知ったのである。


 ドアの向こう、ガラス窓の外にはいくつもの目 目 目。たくさんの小鬼と、馬鹿でかい鬼がギョロギョロとした目でこちらを見つめていたのである。


「………すいません、二人とも。確かに鬼を倒しに来ましたが予想外の事が起きました」

「なん……なの……?」


 聞きたくないけど聞かざるをえないと言った風に今度は五条に話しかける。


「この数は想定外です」

「逃げるわよぉぉぉぉぉ!」


 上川の合図で四人は一斉に反対側のドアに向かって走り出す。それはもう、一心不乱に。



「これがほんとの鬼ごっこだね」

「やかましいわ!!」







 廊下を突き進んでいく四人はもう後ろを見る余裕すらなかった。どうやら鬼たちは走るスピードは速くないらしく、女子二人の全力疾走でも逃げ切れるレベルのようだ。しかし、後ろからの圧倒的なまでの走る音が怖すぎて後ろを見ることができない。


「はぁ……はぁ……はぁ……。なんで! あんた達は! 余裕なのよ!」


 近藤と上川は既にバテバテだというのにヒカリと五条は汗の一つもかいていない。顔も涼しいままである。


「私は鍛えてますからね。でもヒカリは……」

「本番に強いタイプみたいだから」

「本番に強いって何が!?」


 意味が分からない!


 尚も四人は廊下を走り続ける。すると、その先にも複数の小鬼とでかい鬼が二匹待ち構えているのが見えた。


「あのでかい鬼も複数いるみたいだね。どうしよう……」

「ヒカリ、一応聞きますが倒せますか?」

「多分…できると思う。でも、僕一人ならね。巴の訓練なら少し心配になるくらいだけど、この二人がいたら守り切る自信が今はない」

「とんだ邪魔者ですね」

「悪かった! はぁ……はぁ…… わねっ! はぁ……はぁ……」

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」


 上川はまだ少しは頑張れそうだが、近藤はもう限界という感じだった。どちらにせよ、覚悟を決めなければならない。


「どこか一旦教室に入ろうか。そして二人を机のバリケードに居てもらって二人で鬼を倒そう」

「そうですね、それが一番いいですかね」


方針は決まった。そして、手短にすぐ近くの教室に入ろうとドアを開けたのだが……


 ガララララ!


「ニガサン」

「すいません、間違えました」


 ガララララ!


 ドアの目の前には小鬼たちがそれはもうこれでもかというくらいにびっしりと詰まっていたのだ。


「くっ!もうここまで囲まれているとは!」

「とりあえず階段の方へ向かおう!この階はもうだめだ!」


 四人は少し先の階段の方まで向かう。


「じゃあ上に!」

「じゃあ下へ!」

「「へ?」」


 ヒカリは上へ上がる階段を、五条は下へ降りる階段へ進んでいた。


「ちょ、どっちに行くのよー!」

「あ……鬼が……!」


 すぐ近くにもう鬼の気配が近づいてくる。それはもう絶望的なまでの足音と共に。決断しなければこのまま追いつかれて共倒れだ。


「とにかく!二人とも早く行くよ!」


 ヒカリが近藤と上川に声をかける。言い合っている暇はない。今はどちらでもいいから急ぐべきだ。ヒカリはもう階段の上の方まで来ているし、五条も下の方まで降りきっているいるためコミュニケーションがうまく取れない。


「う、うん……!」


 近藤はヒカリの方へ向かう。それを見た上川は五条の方へ向かい始めた。


「……仕方ないわねぇ!」


 上川が降りてくるのを見た五条は慌てだした。


「なんでこっちに来るんですか!」

「一人じゃ寂しいかと思って……」

「向こうが一番安全ですし、こっちはまだ実戦経験がないんですよ!」


 五条が声を荒げるが、もう鬼は目と目が合う距離に来ていた。


「もう遅いか……。ほら、背中に乗って!」

「自分で走れるっつーの!」

「遅いんですよ!あなた方は!」


 遅いと言われてムカッと来た上川だったが、このままではいずれ追いつくのは事実。言い返したい気持ちは一旦忘れ、すぐさま五条の背中に飛びつく。


「掴まっててくださいね!」

「わかったわよ……」


 その直後、五条は凄まじい速さで走り出す。それは鬼が二人に手を伸ばしたのと同時の出来事であった。






 一方そのころ、ヒカリはもう走れそうもない近藤の事を五条と同じくおぶって走っていた。屋上へと向かうつもりではあったのだが、それでは五条たちと合流できない。とりあえず一つ上の階の廊下を爆走する。


「足……速いんですね……」

「いざという時しか力が出ないみたいだけどね」


 息を切らさずに人をおぶったまま走り続けるのは今までのヒカリには考えられないことではあったが、千堂の事を事前に知らされていたヒカリはこういう事もできるのかと、自分の事ながら感心していた。


 普通、人間は自分よりでかい動物を見たら恐怖から体が動かなくなったり、冷静な判断が出来なくなるものではあるが、千堂の力はたとえ実戦経験がなくともそれなりのパフォーマンスを発揮することができる。電気のついてない暗闇の学校の中でもそれは関係ない。山賊の血筋ゆえか、夜だろうが足場の不安定な山道であろうがどんな状況にも適応できる。それが最強の一族と言われる所以でもある。


「でもあの二人大丈夫かなぁ」

「私達も……大丈夫じゃ……ないよ……?」

「あっちよりはまだ安全だと思うけどね」

「? 武器とか……ないのに……?」

「この手が武器なんだ」

「??」


 不思議に思っていると、目の前には三体のでかい鬼がこちらに向かってくるのが見えた。その異様な姿は何度に見ても恐ろしいものだ。特に手に持っている金棒がその存在感を一層際立たせている。


「加速するから掴まってて」

「ひゃい?」


 全力疾走だと思っていた近藤にとってこれ以上速くなるということがまだ信じられなかった。しかし、ガクンと姿勢を縮めたヒカリは言葉通りに急加速をする。それはもう人間の出せる速さを余裕で越えていた。


「…………!」


 近藤は鬼に対し全力で向かっていることに恐怖を感じつつも、もはやどうしようもない。せめて目を開けてはいようとしたのだが、ものすごいスピードで走っているため、気づけば三体の鬼を一瞬で通り抜けてしまっていた。


「…………!?」


 鬼もものすごい速さで突進してくる二人組に対し反応できなかったのか、最後まで棒立ちで立ち尽くしているだけだった。近藤は通り抜けた後に後ろを振り返ると、三体の鬼は三体ともうつ伏せに倒れこんでいた。


「何を……したの……?」

「触っただけだよ、軽く手で」

「そんな……事で……倒せるの……?」

「うん。僕は触れた物を壊す力を持っているんだ。でも初めてだよ」

「? 何……が……?」

「生き物に使ったことが無いからさ」

「!? 今まで……こんな怪物と……戦ったことが……あるんじゃないの……?」

「いいや?初めてだよ。こんな経験は」


 信じられなかった。冷静でいて戦う力は持っているものの、初戦でこんなに動けるものなのかと。


「凄いね……ヒカリさんは……」

「凄いのは千堂であって僕じゃないんだけどね」

「? ヒカリさんは千堂でしょ?」

「そういわれるとそうなんだけどさ」

「??」


 ますます近藤はヒカリに対して謎が深まった。とにかく、この人といれば安全だということがわかると途端に体の力が抜けていくのを感じた。


「ごめんなさい……ちょっと寝てて……いい……?」

「いいよ。近藤さんって案外肝が据わってるよね」


 この後輩の方がよっぽど精神的に常人離れしていると思うヒカリであった。







 ヒカリよりもめちゃくちゃ危ない状況に陥っている五条は心中穏やかではなかった。自分一人でも危険だというのに、守らなければならない人ができただけでその負担は計り知れない。もう脳内には修行の二文字は片隅にも残っていなかった。


「ヒカリのそばが一番安全だったというのに」

「何?あの人強いの?」

「ええ、私と同じ実戦は初めてですが」

「はぁ?実戦経験なかったら強くてもそんな上手くはいかないもんじゃないの?」


 サバイバルとか、戦闘とか詳しくない上川でもそのくらいのことはわかる。練習と本番はかなり違うということに。練習で上手くいっていても本番では上手くいかないなんてことはこの世の中多々あるのだ。それが命のやり取りといえば尚更の事。


「それでも強いんですよ。私は修行をしてきましたが、実戦では半人前です。しかし、千堂は修行をしてなくても実戦経験が無くてもそれなりの実力が出せるんですよ」

「なんでそんなことがわかるのよ」

「千堂だからです」

「答えになってないじゃない!」


 階段を降りた五条たちは囲まれたら詰んでしまうため、靴も履き替えずに屋外にでる。幸い、これまでの道中鬼とは遭遇しなかった。


「これからどうするのよ」

「ヒカリと合流します。しかし、私達が向かうとそれはそれで危険です。ですから合図を送ります」

「合図?」

「ええ。ヒカリたちもおそらく私達と合流すべくこちらへやってくるでしょう。それが素直に階段を降りてくるか窓を突き破って降りるか、屋上から降りるかわかりませんが」

「屋上から飛び降りたら流石に死ぬでしょ」


 いくら強いといっても近藤を抱きかかえてジャンプするとは正気の沙汰ではない。しかし、五条は冗談ではないとばかしに真顔で答える。


「できますよ、千堂なら」

「千堂って何者なのよ!」

「詳しくは知りませんが起源は山賊だと言われています。だから夜目もきくし、高いところから降りたり登ったりするのは得意な筈です。今だって私のこの小刀の光が無くては何も見えないでしょうが、千堂なら昼間のように細部まで見えている筈です」


 いくら起源が山賊だといってもそれはないと思うが、五条ができると自信をもって言っているので深くは聞かない。質問なら山ほどあるが聞いたところでキリが無いからだ。


「脱線しましたが続けます。要はヒカリたちがこちらの場所を知ることが出来たらすぐに来れる筈なんですよ。だからわかりやすく合図を出すんです」

「だからどうやって?その小刀を振り回すとか?」

「それでもいいですがもっとわかりやすくいきましょう。鬼をこちらに集めます」

「あんたバカでしょう?」


 それはもう賭けに近かった。いつ来るともしれない助けを敵と戦いながら待つなんて。


「今はそれしか方法がありません。学校内から見える位置に移動しましょう」

「だったらグラウンドね。もういいわ。それしかないというならそうしましょう。何もできない私に拒否権なんかないわ」

「…………」

「何よ、急に黙っちゃって」

「いえ、今までいじめていた人にしてはマトモな事言うなと。私今日実家を潰されかけたくらいなのに」

「そのことは……ごめんなさい。まだ謝ってなかったわね。あんたがいなかったら私、どうなっているかわからなかった」

「……そうですね、近藤さんとも仲良くなれたみたいですし、案外素直なとこあるじゃないですか」


 五条は近藤を担ぎながらグラウンドに向かう。屋内に鬼はたくさんいたが、外にはまだ一匹もきていないようだった。


「あんたの実家がお寺だってことはたまたま知っていたの。お父様が五条の話をよくしていたから」

「上川グループと五条は仕事でよく関わりますからね」

「それはこういう事をしているから?」

「ええ。妖怪絡みや霊的なものでよく仕事の依頼が来るのです。でも私はまだ半人前にさえいっていません。落ちこぼれなんですよ。私は」

「だとしたら私もだわ。親の権力を使って今まで好き放題していたんだもの。親は私を可愛がてくれたけど、他の大人なんかは私をよく思ってなかった。上川の面汚しとか、金食い虫なんか言われてね。言われて当然の事をしていたのだけれど」


 五条は何も言わない。黙って上川の話に耳を傾ける。


「私は何もできない。ただ他者を利用するだけ。自分で手に入れたものなんか今まで一度もなかった。なのにお金で人を従えて、権力で人を見下してきた。近藤さんだけじゃない。色んな人を不幸にしてきたの。何の力もないただの私が」

「…………」

「同じなんて言ったら失礼だったわね。あなたは人の為に頑張ろうとしているんだから。私とは違う」

「そんなことありませんよ」

「え?」

「私は実戦経験がありません。それはまだ誰も救っていないということです。修行だけしてきた私にとって、それはその辺の人と何ら変わらないのです」

「でもあなたは人に迷惑をかけてないでしょう?」

「いいえ、かけています。先輩たちが指導をしてくれる時間は本来先輩が町を見回る時間なのです。私の修行を手伝うということはそれだけ町が脅かされることに他なりません」

「でもそれはみんな辿る道じゃない」

「そうですね。でも、私がいつまでたっても半人前にさえならないのでそれはもうかなりの迷惑となっているのです」


 上川は思う。人の為に頑張ろうとするこの人であっても、実力が伴わなければこんな風に悩んでしまうのかと。なりないものになれない。それはとてもつらいことだ。


「自分の身を守れるようになって半人前。人を守れるようになって一人前。私はまだ自分の命さえ守れない未熟者です」

「そんなことない」


 え?と五条は聞き返す。


「あんたがここに来なければ私は今生きているかわからない。あんたが私の命を救ったの」

「でも私が来なければ別の人が来たわけであって……」

「それでもよ。あんたはダメなことをダメって言ってくれた。人を傷つけた私を本気で叱ってくれた。そしてあんたのおかげで友達ができた。たとえここで私が死んでも、あんたを憎んだりしないわ」

「上川さん……」

「だからそんな悩まないでよ。じゃないと私の立場がないじゃない」


 二人はグラウンドの真ん中に着いていた。ここならたとえ校内に居ようが見えやすくなるだろう。


「じゃあ私達は似た物同士ですね」

「話を聞いてた?あんたは……」

「いいえ、お互いまだ何も成していません。あなたは間違いを認め、反省し、そして友達を作ることが出来ました。それはなかなかできる事ではありません。それはあなたにとっての第一歩。しかし、私はスタート地点にすら立っていません。だから、今度は私の番です。今ので覚悟が出来ました」


 そう言うと五条は上川を背中から下ろす。そして小刀を両手で握りしめ、手に力を込める。


「本当は怖かったんです。妖魔と戦うことが。誰かを守れないんじゃないかと考えることが。死ぬということが」


 刀身が赤から青に。小刀から太刀に変わる。それは叔父から譲り受けた『変化する炎刀』。本来一部の者しか持つことができない伝説級の武器。


「もう逃げません。ここが私の始まりです」



 ドスン… ドスン… ドスン…



 学校のいたるところから鬼の影がやってくる。大小さまざまな大きさの鬼の中に、一際馬鹿でかい鬼の姿がそこにはあった


「おかしいとは思ったんです。あのくらいのサイズの鬼が結界なんて張れるはずがない。だとしたら鬼は別のどこかにひそんでいる筈。結界を張れる鬼ならばかなりの大物。それが今までどこにも見当たらなかった」

「や、ヤバいんだけど……」


 夏の夜の虫のように、刀の光に向かって鬼は一直線に向かってくる。もう逃げ場のないくらいに。


 それは三十メートルはある鬼だった。頭から二本の角を生やし、両手には木を丸ごと持ってきたかのような大きな金棒が二本。肩には『風鬼』と書かれた鉄のワッペンが肌に直接縫い付けられていた。


「奇遇ですね。私も風紀委員なんですよ。でもこの学校の風紀は私が守ります。この学校に鬼の風紀委員なんていりません」


 その言葉に反応したのか、風鬼と書かれた鬼は絶叫とも呼べる馬鹿でかい咆哮を上げる。


「ガアァァァァァァァァァァァァァ!」

「キャァァァァ!」


 その声に上川は女性らしい叫び声を上げる。五条は刀を鬼たちに向けたまま上川の前に一歩踏み出す。


「下がっていてください、上川さん。後ろにいる限りあなたは安全です」

「でも……」

「払い人 第五番隊 妖魔殲滅部所属  五条巴 いざ参る」


 開戦は五条のそんな一言で始まった。鬼たちは五条に向かって走り出す。それはもう大地が揺れんばかりの音を立てながら。





「鬼にもなれば仏にもなる。ってね」




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