第9話 進展
「そもそもさぁ、剣の修行をする意味がわからないのだけど」
黒い服を着た女の子は剣で素振りをする僕に向かって問いかける。
ここはどこかの武道場のような所で、広さは三十人ほどが一斉に稽古をしても余りあるくらいの立派な建物だ。床はフローリングになっており、室内の高さも棒を振り回しても当たらないくらいに高く、この国の伝統深さを思わせるほどの
「いいじゃんか、別に。僕の刻印は赤なんだから基本は刀剣でしょ?だったら修練は剣でなくっちゃ」
そう、僕は誇りある千堂の一族。その中でも特に優秀といわれている『赤』の刻印が両手の手のひらに刻み込まれている。『赤』は刀剣に部類する"奇跡"が使える筈なのだが、僕は少し特殊なようで……
「赤だけど別にこだわりがないでしょう?あなたのその力は武器を選ばない。なんだっていいんだから」
「確かにね。でもそれを言ったら安具楽さんだって鎌である必要はないよ?」
そうなのだ。元々千堂の"奇跡"は特定の武器を使わなければならないというわけではない。勿論、その"奇跡"の特性にあった武器を使うのが一番なのだが、中には僕や安具楽さんみたいになんでも合うような"奇跡"を持っている場合はその刻印の色の武器に合わせることが多い。つまり、特性からその武器を使うのではなく、刻印の色から武器を選ぶ。
「うーん、言われてみればそうね。私も刻印が『黒』だから自然と黒い服を着ることが多いし…」
「それはちょっと違うんじゃないかな……」
「なによ!私の時だけ否定するの!」
「いやいや、単純に違うと思ったからだから」
「………そう?まぁいいわ。私が黒色が好きなのは変わらないんだし」
黒服の女の子はそういうと道場の隅で体操座りをする。それを見た僕は手に持っていた剣で再度素振りを続ける。
「………つまんない。もっとさぁ、素振りよりすることがあるんじゃない?あなたの場合だったら遠距離系の練習の方が合っていると思うのだけれど」
もっともなことを指摘される。しかし、そんなことはわかっている。わかってはいるが……
「なんだって基本が大事でしょ?近接戦闘がしっかりしてないと遠距離攻撃を極めたところでいずれ限界が来るって師匠に言われたし」
「あなたの今の師匠は誰よ」
「英治さん」
「あー……あの人はそういうでしょうね。無駄に意識が高いんだから……」
「なんだよ、師匠に文句でもあるの?」
「ないわよ。千堂最強と呼ばれてるくらいだもの。でもさー、あなたの方が強いでしょ?戦ったら」
そういわれるとそうかもしれない。『概念昇華』が使えなくても僕の"奇跡"は元から強い。師匠と戦ったら勝てはしないけれど負けることはないだろう。でも……
「別に千堂同士で戦うわけじゃないんだから。ランク付けはあくまでも指標で、強さにこだわることはないだろう?」
「……そうね。家族で戦うことなんてないだろうし…。英治さんはあなたに期待しているのかもね。自分の後釜にしたいんじゃない?」
「そうだといいなぁ。いや、きっとそうだね」
「うぬぼれるんじゃないわよ」
黒服の女の子はポケットからナイフを取り出し僕に投げ付けてくる。けれど、僕は何も抵抗しない。意識はナイフに向けるがそれだけだ。
シャン!
奇怪な音を立てながらも、ナイフが僕に当たると同時に粉々に砕け散る。
「危ないじゃないか」
「あら?危なかったかしら?」
「……いいや、そんなことはないけど」
「だったらいいでしょ?」
傷つかなければナイフを投げていいと思っているのだろうか、この女の子は。でもまぁいいかと僕は思う。彼女がこんな風に砕けた話し方や態度をとってくれるのは僕だけなのだから。
「それよりもさ、あなたそろそろ専用の武器と防具を作ってもらいなさいよ」
「えー……。まだいいよ、そんなの」
「なんでよ。普通、みんなそこから揃えていくってのに」
できることなら僕だって今すぐ欲しい。でも僕は…
「いいんだよ。僕にはまだ」
「変わってるわねー。あ、もしかして私に作って欲しいの?」
ギクッ、とわかりやすく反応してしまった。これはまずい。
「え………、ほんとに? ヤダもー!! あなた本当に私の事が好きなのねー!」
「ち、違うって!そんなんじゃないから!」
「顔も赤くなってるわよ? ふーん、本当なんだぁ……。だったら」
黒服の女の子は立ち上がり、両手を後ろに組んではにかみながらも僕に向かって言う。
「師匠の許可がでたら私が作ってあげる。サイッコーーーにかっこいいの!全身赤の防具!西洋の騎士甲冑みたいなのなんてどう?」
「………いいの?」
「ええ、モチのロンよ。ただし、いつでもいいから今度私の方にも付き合ってよね!」
「えー、それはちょっと……」
「は?なんか言った?」
「……なんでもないです。付き合います。付き合わせてください」
「よろしい!ではそういうことで~~♪」
僕は何に付き合わされるのかわからない恐怖を抱きつつも、目の前の女の子が嬉しそうにしているのを見ているとどうでもよくなってきた。
そうだ、本当にこの時は楽しかったのだ。これから起こることを考えたら……
これから?
自分で思ったことではあるものの、僕は意味が分からなかった。なんでこれからなんてことが言えるんだ?
急に視界が歪んでくる。手に持った剣が動かせない。
目の前の女の子が何か言っているが聞き取れずにいる。僕はそのまま意識を失ってしまった………
「はっ!」
目が覚めると、僕はベッドの上にいた。
なんだ、夢だったのか……。それにしても夢とはいえ鮮明だったな、この夢……
あたりを見回す。いつも通りの僕の部屋。何も変わらない。変わっていない。でもどこか僕の居場所ではないような錯覚に陥る。
「……夢のせいかな。はは、我ながらおかしな夢を見たものだ…」
そう言いつつも僕は自分の手のひらを見る。そこにはうっすらと赤の逆十字が傷跡のように浮かび上がっていた。
「こんなものがあるから変な夢を見るんだよ……」
ごしごしと手のひらをこすり合わせる。そんなことをしても消える筈もないが、気持ち的には大分楽になった。
「さて、今日も学校に行きますか」
ベッドから降りてうーっと伸びをする。そろそろ夏の季節だ。夏休みが待ち遠しい。
窓から入り込む風はもうすっかり温かくなっている。夏の訪れを感じさせる、太陽に照らせれた植物の匂いが僕の
僕は千堂ヒカリ。高校二年生だ。
僕にはちょっと人に言えない特殊能力が備わっている。それは僕が傷つけたいと思った物に触れるとその物を壊すことができる力だ。
この力の事を僕は『万物破壊の手』と呼んでいる。
厨二臭い? いいじゃないか、まだ学生なんだから。それに誰に言うわけでもないしね。
この力の事を知っているのは教会の神父様とシスターだけだ。初めてこの力を見せた時、かなり二人は焦っていたけれどそれもそうだろう。教会に住んでいる者が人を傷つける力を持っているなんて矛盾しているようなものなのだから。
まぁこんな力を使う事なんか日常生活ではないんだけどねー。
夏の日差しがまぶしい。
教会からの坂を下りながらもヒカリは陽気に歩き出す。そういえば最近。いや、三か月くらい前からレインとジュリーの様子がおかしいのだ。前から僕に対しては優しかったのだが更に優しくなったというか、親密さが上がったというか、そんな感じなのだ。
あれかな? 僕に気があるのかな? 二人とも思春期真っただ中って感じだからなー。
でもよく考えれば二人がどこの学校に通っているのかとか何歳なのかとか知らない。出会った当初は二人とも殺伐とした雰囲気を
そんなことを考えていると道路の端から一匹の蛇が出てくる。いるんだよねー、たまに。教会ってすぐそばに森があるから虫やら動物が意外といるんだよ。
素通りしようとしたらどこからか声が聞こえてくる。
「また消されるとはな。だが少しずつ戻ってきているようだ」
その声は不思議な声だった。男のようでもあり、女の声のようでもある。年齢もわからない。でもなんだか聞き覚えがある。そんな声。
周囲を見渡すが誰もいない。蛇が道路を渡っているだけだ。
「………?」
ヒカリは不思議に思ったが気にしないことにした。誰がなんと言おうとその人の自由だ。独り言くらい誰でも言うさ。
僕は気にせずにまた歩き出す。そうさ、僕は自由だ。普通の家に住んでいて、普通に家族がいて、普通に友達と楽しく生活する高校生。ちょっと危ない能力もあるけど、使いどころがないし使いたいとも思わないから問題ないでしょ。
ヒカリはスキップしながら学校に向かう。早く学校のみんなに会いたい。
「あら、ヒカリじゃない」
昼休み。それは学校生活におけるひと時のオアシス。僕は購買で買ったメロンパンを片手に屋上へ向かっていた。そしたら踊り場の所で一つ下の後輩にバッタリ会ってしまったのだ。
「小雪さん」
ひょんなことでたまに会うこの人は千堂小雪さん。ちょっと前に"品評会"で自分の盗撮写真を百人の変態と鑑賞する羽目になった哀れな一年生だ。僕と同じ苗字でもあるから彼女のことは少し興味がある。それにかわいいしね。
「どこに行くの?」
「ああ、屋上だよ」
「…………」
「え?何?顔が怖いんだけど……」
「また"品評会"みたいなことを企んでいるのかしら?」
「そ、そんなわけないじゃん!普通に昼食だよ!それに今は一人でしょ?黒霧はいないって」
「ほんとにぃ……?」
小雪さんが近寄ってくる。僕はたまらず顔を背ける。
「怪しいわね……」
「ほんとだって!」
うう、そんなに顔を近づけられたら顔を背けちゃうって……
この子は自分のかわいさを自覚した方がいい。
「………それじゃあいいわ。私も屋上で昼食を摂るから。お弁当を持ってくるから先に行ってて!」
「ああ!ちょっと!」
返事を待たずして小雪さんは早歩きで一年生の教室の方へ向かう。屋上で一人で昼食を摂るのが最近のマイブームだったのに……
ま、かわいい後輩と摂る昼食ならいいかと気を取り直して屋上の階段を上る。このことがバレたら黒霧になんて言われるだろうと思いながら。
屋上に来て三分後。
太陽に照らされて温かくなった屋上の地面に座りながらメロンパンをかじっていると千堂小雪がドアの向こうから出てくる。
「あー!なんで先に食べてるのよー!」
「え?だって一緒に食べ始めなくてもいいでしょ?」
「これだから先輩モテないんですよ」
余計なお世話だ。ていうか先輩呼びしておきながら呼び捨てっておかしくない?
「いいんだよ、僕は。イケメンでもなければ頭もいいわけでもないしね」
「えー?私は好きですよ?先輩の事」
「え?」
「あ、赤くなった!先輩たんじゅーーん!」
おのれ……男の純情をもてあそぶとは……だから女の子は嫌なんだ。
「べ、別に動揺してねぇし!」
「男のツンデレは流行りませんよ?」
「ほっとけ!」
「年下に動揺するってどうよう?」
「ダジャレをかましてくるんじゃない!」
意外にもそういうのが好きなのだろうか?ヒカリの中で小雪に対する好感度が一上がった。
「それはともかく。私、今悩みがあるんです。聞いてもらえます?」
「悩み?黒霧に対する制裁はもう済んだでしょ?」
例の"品評会"の数日後。懲りずに陰から盗撮していた黒霧や写真部の面々は現場を本人に見られ、その場で小雪にボコボコにされるという哀れなオチ作っていた。その時にもう盗撮はしませんという誓約書を書かされた連中は大人しく自然の風景を撮る健全な写真部の活動を続けていたのであった。
しかし、その期間は一時のもので、その後もあの手この手で盗撮を続けており、夏休みに『夏休み特別企画!夏といったら海にプールに盗撮写真!』という黒の会主催の変態合宿が裏で計画されているのを僕は知っている。勿論僕に参加の意思はないが、黒霧のことだ。行かないとなれば教会の方まで来かねない。
早く何とかしなければ。あの変態を。
「まあそうね。あの時の制裁は終わったのだけれど、なんかまだしている感があるのよね。特に体育の時間とか」
この後輩パネェ。黒霧たちは確かに体育の時間盗撮をしている。でも、それは屋上に仕掛けた遠距離用のカメラで撮ってるから普通はわからない。黒霧たちのいかがわしい視線が問題なのか、後輩の危険察知スキルが上なのか、どちらにせよ酷くアホらしい話だ。
当然、黒霧たちはその時間の授業は出ていない。サボタージュというやつである。
「そ、そっか。気のせいでしょ?じゃあ悩みって何なの?」
「うーん、単刀直入に言うといじめがあると思うの。一年生で」
おっとこれはヘビーな話題ですね。冗談が言えない感じだ。
「小雪さんのクラスで?」
「違うわ。隣のクラスよ。私の友達が教えてくれたのだけれど、その女の子、四人くらいのヤンキーっぽい女の子に暴力を振るわれているらしいって」
女子のイジメは男子より陰湿っていうからなー。きっとうまく周囲に隠してるに違いないね、そのいじめっ子たち。
「どんなふうに?」
「私が直接見たわけじゃないのだけれど、結構露骨らしいわ。壁に頭をぶつけたり、机に落書きされていたり、下駄箱に画びょうを入れられていたり」
…………は? それどこの不良高校だよ。
「先輩たちにはそんないじめとかないんですか?」
「ないね。皆無だよ。見た目いかつい人なら意外といるけど、中身はムッツリの変態だから」
ほぼ全員黒の会のメンバーだよ。悲しいかな。これって現実なのよね。
「そうですか……。黒の会のメンバーに……。きっと日々のストレスとかがそっち系にいってるんですね。ある意味それが救いになってたりするんですかねぇ……」
なるほど。男子は黒の会で溢れる情動を発散させ、女子は女子で黒の会に対し敵対するから共通の敵ができる。黒の会はいじめの抑止力だった………?
「ま、普通に盗撮は犯罪だけどね」
「ですよね。すいません、失言でした」
「それはともかく、先生たちは何か対応してないの?」
「なんかそのいじめの主犯格の人の家族が町の権力者らしくて先生たちも強く言えないらしいです。いじめの現場を見れば流石に対応できるでしょうけどそこまでバカではないらしいので」
所詮先生も公僕か。きっとスキャンダルになるのを恐れてる面もあるのだろう。いくら日頃倫理的なことを言おうとも、いざとなったら権力に負ける。嘘つき集団よ、あいつらは。
「だから先輩に相談してるんです。今までいじめとかないところにいましたので」
「そっか……。でも、僕にもどうしていいかわかんないな。現場を見たわけでもないし、今のままでは何とも言えない」
「お願いです。何とかしてもらえませんか?」
そんな目で見つめられても……かわいいけどさ……。仕方ない。こういう時は頼れる友達にすがるしかない。どうせあいつもこの子に対し動く責務があるのだから。
「……餅は餅屋っていうし、しかるべき人に聞いてみるよ」
「本当ですか?ありがとうございます!先輩!」
こういうときだけ調子いいよなー、この子。
僕は最近買ってもらったスマホを取り出す。これがあれば大抵のことができるから本当に便利だ。どうして今まで持ってなかったのか不思議なくらいに。
早速電話帳から奴の名前を検索する。そこには当然『巴』の文字が。
「……あれ?先輩その手……」
「うん?どうかした?」
小雪さんは僕の手のひらをジィッと見てる。何なのだろう?
「痣が……ありますよね?」
「これ?そうだね、あるね」
「あなたやっぱり……」
「あ、ごめん。今話してるから」
僕は電話に集中する。どうやら五条は今会議中らしい。なんでこの人電話でてんの?
「放課後なら空いてるって。そろそろ昼休み終わるからまたね!」
「あ、ちょっと!」
僕は返事を待たずに立ち上がり、足早に教室へ向かう。ここから一年の教室は近いけど二年は別棟にあるのだ。それに次の時間は鬼の古典。遅れたら廊下で正座という昔ながらの頭の固い先生の授業。絶対に遅れるわけにはいかない。
「ごめん!急いでるんだ!また放課後に屋上で!」
そういうと僕は階段を二段飛ばしで下りる。かわいい後輩と待ち合わせなんて青春そのものだなーとバカな考えに至りながら。
「で、風紀委員である私を頼ろうと?」
「そうだね、巴。あのことをバラされたくなければいう事を聞いてくれない?」
放課後、小雪より早く着いた僕は五条にさっきのいきさつを説明していた。
「あの事?」
「"品評会"だよ。あの場にいたでしょ?」
「な、なぜそれを!!」
そりゃあねぇ。毎回後ろから観察していれば嫌でもわかるって。
「これはその小雪さんからの依頼だよ?断ると宗太が
「風紀委員としてこの学校の治安を守る義務が私にはある。勿論なんとかするさ」
お前が言うな感はあるがこの手の手のひらクルックルは僕は好きだ。
「と、言いたいところだがな。
「え?どういうこと?」
「実は昼休みの議題にその話が出たんだがな。風紀委員の先生がこの件に関してはあまり関わるなとおっしゃってな」
「は?なんで?」
「なんでも確証がないのだとか。現場を見たわけでもないし、本人たちに問い詰めたところそんな事実はないと」
そんなわけないだろ!だって実際身体的ないじめもあるんだから……
「ああ、言いたいことはわかる。怪我のことだろ?でも、本人が転んで怪我したと主張している手前何もできんそうだ」
「そんなことって……」
「………あまり言いたくはないのだがな。風紀委員の先生は
「なんだよそれ! なんでそんな奴が風紀委員の先生なんかしてるんだよ!」
「ヒカリ、先生ってのはな。風紀に厳しい先生が風紀委員の先生になるわけではない。生活指導の先生だって陰ではタバコを吸っている。そういうもんなんだ」
………お前がそんなことを言うのかよ……、確かにお前は黒の会に所属してるけどさ。それでも学校の風紀を守ろうと陰で色々と頑張っているじゃないか……。そんなお前が……
「わかってくれ。
「納得いかないわね、それ」
どこから聞いていたのか。屋上のドアから小雪が出てくる。いやほんとマジでどこから聞いてた?"品評会"の下りを聞かれてたらまずいんだけど。
「君が千堂小雪さんだね?」
「ええ、初めましてにしておいた方がいいのかしら。風紀委員さん?」
「? ああ、そうだと思うが。五条巴だ。よろしく」
「よろしく、巴。それでさっきの発言。それはどういう意味?」
「え?」
「先生が学校を作っているですって?そんなわけないでしょう!先生が生徒を導き、生徒は先生を敬う!それが教える側と教えられる側の立場ってものでしょう!なんで風紀委員のあんたがそんなこと言うのよ!」
意外だった。この後輩も胸の中には熱いものがあるらしい。ちょっと惚れた。
「だが現実は……」
「なに
うぅと五条は下を向く。それはもう小雪の主張を認めたのと同義。五条にだって立場というものがあるだろう。それはきっとこの社会に生きる全ての者が抱える上下関係の問題。下の者は上の者の意見に逆らってはならない。もし逆らったら上の人間からの嫌がらせや最悪居場所を追われることになる。そんな悪習がこの国にはある。だから五条の言い分もわからないわけではない。
でも、それでもと。この自分より一個下の女の子は気づいた者が正すべきだと。そう言うのだ。かわいいだけの女の子ではない。この女の子は将来きっといい女になる。
「そうだ……君の言うとおりだよ。小雪……」
「小雪さんでしょう?」
「あ、はい」
違った。この子はきっと男を尻に敷く女王になる。勘弁してくれよ。女王は一宮さんだけで十分だ。
「で、これからどうするの?」
「……とりあえず現場を見てみないことにはどうしようもない。今その彼女はどこに?」
「教室にいると思うわ。話ではみんなが帰った後に四人がその子をリンチしているそうよ。先生はその時間職員室でのんきにコーヒーを飲んでるらしいし」
好きだよねー、先生ってコーヒー。でも先生だって事務作業があるから仕事をさぼってるわけじゃないと思うよ?
「じゃあ行くわよ、二人とも」
「「は、はい」」
こうして後輩の。それも女の子に指示される情けない男の二人組という構図が出来上がった。本当に恥ずかしい。けれど僕は彼女の後ろ姿を見ながらボソッと呟く。
「でもやっぱりかわいいんだよなー…」
「……わかる」
「なんか言った?」
「「いいえ、何も」」
もう僕たちはダメかもしれない。色々と。
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