第38話 自由意思


「……そこから?」


 小夜が気になってその続きを促す。その他の千堂も次の言葉を聞き逃さないようにと耳を澄ます。


「おう! 覚えてねぇ!」

「はい?」

「これっぽっちも覚えてねぇ! 気づいたら海に浮かんでた! いやぁ参った参ったぁ! 見渡す限りの地平線! 自分がどこにいるのかすらわからねぇ! 困ったもんだぁ!」

「あっくん……それはないよぉ~」


 小夜は残念な人を見る目で安具楽を見る。当の本人ははっはっは!と愉快そうに笑う。


「ふむ、しかし安具楽が一方的にやられるとはな……。最果てに至っているのは間違いないようだ。どうするべきか……」

「そうですね。現在では影道さんくらいしか最果てには至っていませんし、その本人も今ではこれですから……」

 

 水城さんが僕を見る。サーセン……。


「? その子供はヒカリではないのか?」

「事情は分かりませんが、彼は影道さんらしいですよ。粛清隊に記憶操作されていました。見た目が若いのは未だに原因不明ですが」


「お、お前小っちゃくなったんか!?」


 英治さんが僕を見る。そういえば僕の師匠でしたね。いや、今は知らんけど。


「そうみたいですね……ははは」


 僕が能天気そうに笑うと、英治さんはその大剣を構えると僕に向かって突進し、振り下ろす。


「な、なんなんです!?」


 けれど、勿論僕にそんな攻撃が効くはずもなく、体に触れた瞬間に大剣は粉々になってしまった。


「……これは確かに『弱点に至る一撃』……。本当に影道か……」

「確かめるなら前もってなんか言ってくれませんかね!? それに剣が壊れちゃってますよ!!」

「それなら問題ない」

「え?」


 英治は粉々になった大剣の破片の中から何かを取り出す。それは二振りの刀。それを腰に装着すると何事もなかったかのように元の場所に戻る。


「ふぅ……やっぱり大剣はガラじゃねぇわい」

「(;゚Д゚)」


 じゃあなんで大剣なんかに仕込んでんのさ! そして誰もツッコまないし、さっきも助ける気配すらない。僕は壊し屋じゃないんだよ!?


「とりあえず、お前が影道であることは分かった。だが、昔のお前でもないこともわかった」

「…………」

「最果てに至ったお前なら俺の攻撃など躱すこともできたし、反撃することもできた。たとえ丸腰でもな。今のお前はヒカリなんだろう? ではもう何も言うまい」


 納得したように英治さんはうんうんと頷いて腕を組む。勝手に納得されてもなぁ……


「ゴホン、まぁ彼がヒカリだと名乗るのならそれでも良い。問題は一堂にどう対処するのかと、この国を守るのかという点だが……どうだ?」

「おう!俺は一堂は殺すべきだと思うぜぇ! どっちにしろ奴らは俺たち千堂を殺すことを目標としてるんだぁ! 何もしなくても来るならこっちから出向いてやったほうがいいだろうぅ!」

「安具楽はそう思うか。では他の者は?」


 全員頷く。


「では一堂に対しては殺害という方針でいく。誰が当たるかだが……」

「俺は勿論行くぜぇ! 腕の借りがある!」

「片腕で大丈夫か?」

「修栄ぃ! 義手作れるか?」

「あなたがそれを望むなら。一度里に帰る必要がありますが、一日もあればできます。腕が無くなってよかったと思えるほどの義手を作りましょう」


 修栄は自信満々にそう答える。


「ふむ。安具楽が行ってくれるか。しかし、一人では今回の事もある。最低でももう一人は必要だが……」

「では自分が」


 ハンクさんが名乗りを上げる。この人、安具楽さんと対照的だけど大丈夫かな……。かなりいかついけど……


「あぁん? ハンクも来んのかぁ?」

「ああ。お前に死なれたら誰が自分と手合わせをするのだ?」


 この二人仲がいいのか? いや、仲が悪い千堂を見たことはないんだけどさ。


「そうか、ハンクも行くのであればそうしてもらおう。しかし、索敵が出来そうな者も一人欲しい……水城。お前はどうだ?」

「そうですね。私も行った方がいいのでしょうが、本来、私と安具楽は夢幻・小竜・礼二・紅蓮・カインの五人の引率で来てますからね。安具楽がそちらにまわるのであれば私は残った方がいいでしょう。ですので代わりの弟子を行かせましょう。睡蓮すいれんはどうです?」


 睡蓮? また新キャラ?


 わからない僕に小夜さんが小声で教えてくれる。


「睡蓮はみっちゃんの弟よ~。二の弓だから強さにおいては申し分ないかもねぇ~」

「そうなんですね」


 水城さん弟いたのか。どんな人なんだろう。


「睡蓮か。それなら戦力として申し分ないが……行ってくれるのか?」

「はい、今連絡を取りましたが行ける。寧ろ行かせてくれとのことです」


 どうやって連絡とったの!? 水城さん何もしてないのに!?


「そうか。では一堂殺害は安具楽・ハンク・睡蓮に任せる。一応、リーダーは安具楽で補佐がハンクと睡蓮で構わんな?」

「おうよ!」

「任された」


 なんだか大事になってきたなぁ……。


「次はこの国全体のアヴェンジャーに対することだが……どうするべきか」

「そうねぇ~。ぶっちゃけここまでやられてる状況じゃ助けようにもこっちは手札が少ないし、完全に排除は難しいんじゃないかしらぁ~」


 小夜さんは黒い板を操作しながら口調を正して説明する。


「現在進行形でも陥落している都市は増え続けているわ。全国の四分の一は既に陥落してる。今から全国に千堂が散らばったところで手遅れになるのは目に見えてるから、救助に向かえる場所は限られてくるわね」

「全国一斉襲撃だからか……。千堂自体の数もそういう意味では少ないからな。もはや国自体を救うのは無理ということだな」

「そうね。だから、正直何もしないのが一番ともいえるわ」


 !? 何も……しない……?


「聞いた限りではアヴェンジャーの目的ってそれぞれが違うように思えるわ。一堂率いる千堂を殺す千堂はその名の通り千堂を殺す事が目的。その他の只人はこの国そのものに対する復讐。そして、その後の統治。利害が一致しているのかはわからないけど、手を組んでいるのは間違いないわね」

「復讐という動機は同じなだけなのか。うーん。正直我らは国が無くなろうが千堂が安泰であれば問題ないのだがな」


 そんな……だったら祓い人とかは見捨てるのか……?


「とりあえず、この町。千の宮の防衛は成功しています。今現在も弟子の小竜と他三名が町の防衛に当たっていますが、全て返り討ちにしていますので」


 そういえば水城さんは町の防衛に行ったんだったな。問題なく対処したようだ。


「祓い人の中でも千の宮の祓い人とは特に協力関係を結んでいる。では、千の宮だけは防衛するという事でいいかな?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 このままでは他の祓い人が全て陥落する恐れがある。それはなんか……嫌だ!


「なにかな? ヒカリ」

「僕らは強いんですよね? 最強なんですよね? だったらできる範囲で助けた方がいいんじゃないですか? そんな自分達さえよければいいなんて……」

「? 構わない。国が無くなろうと土地が無くなるわけではないしな」

「で、でも……!」

「それに、案外アヴェンジャーは国をいい方に変えてくれるかもしれんぞ? 不当な者扱いを受けた者たちが治める国に変わるのならむしろ我らが反抗すること自体が間違っている可能性もあるしな」

「だ、だったら祓い人たちはどうするんです! 彼らとは協力関係を結んでいるんですよね?」

「ああ」

「それなら助けるのが筋なんじゃないですか!」

「助けておるだろ?」


 え……?


「この町の祓い人は助けておる。それで十分だ」

「ほ、他の祓い人はどうするんですか!」

「関与しない。あのな、ヒカリ。確かに今からでも助けられる祓い人はおろうが、それでももう手遅れな地域ばかりなんだぞ? であるならばこの町を助けただけでも十分だろう」


 そんな……


「な、なんで力がある人が困っている人を助けようとしないんですか!」


 ヒカリは激高する。全国規模のテロともいえる行動に対してまで静観を決め込むことがどうしようもなく許せなかった。


「関係ないからだ。家族以外はどうなろうが基本無視だ」

「……!! もういい! 僕だけでも救える地域は救いに行きます! 止めても無駄ですよ!」

「構わんよ」

「え?」

「誰か。ヒカリと一緒に行く者はおらんのか?」


 老人がそう言うと槍を持った千堂。千堂蓮也と千堂夢幻、そして、千堂小雪が手を挙げる。


「い、いいんですか……?」

「? ヒカリは助けに行きたいんだろう?」

「はい」

「だったら行けばいい。一人で行くのが厳しいならば行きたい者を集えばよかろう」

「止めないん……ですか……?」


 老人はくっくっくと笑うと面白そうな者を見る目でヒカリを見る。


「この会議はな。全体的な方針を決めるだけであって、別に絶対守らなければならないというものでもない。それぞれの自由意思の尊重が我らの誇り。それにな、ワシは議長なんぞしとるが別に偉いわけではないんだぞ?」


 え、どういう事?


「議長は千堂の里にいる隠居したただのおじいちゃんってことよぉ~」

「おう!正宗さんはただのじじぃだぜぇ!」

「安具楽よ。言葉は選べ」


「里で一番偉い人……じゃないんですか?」


 ヒカリがそう言うと、その場にいた全員が吹き出す。


「ふふふ……ヒカリは面白いですね」

「……笑止」

「ヒカリ……あなた私が言ったことを覚えてる……?」


 そ、そんなにおかしな事言ったかなぁ……


「ワシはただ暇じゃったからこの場にいるだけの老いぼれよ。何の権力もありはせん。ただ会議で決まったことを里に伝えるのがワシの役目。ただそれだけのこと。そもそもワシはランク外だ」

「そうなんですか!?」


 雰囲気的に最強の千堂とかじゃないの?


「昔の最高ランクは"四の剣"だがな。隠居したので返上したからランク外。それに、ランクが全てではない。ランクは指標。権力になりえん。命令権もなければ偉くもない。ヒカリはその辺がまだわかってないみたいだな」


 そういえばそんなことを小雪さんが言っていたような……


「この場にいる千堂以外でも助けが欲しいのならそうするが、どうする?」

「お、お願いします!」

「ではそうしよう。だが勘違いするなよ?里の者にも自由意思はある。要請はするが強制ではない。いいな?」

「は、はい!」

「では決まったな。では安具楽たちは一堂殺害に向け行動するがよい。祓い人救助チームの指揮者は……」

「私がするーっ☆」

「さっきは手を挙げてなかったがいいのか?」

「ええ。夢幻が行くのなら私も行くわよー」

「ではお主に任せた。ではこれにて千堂会議を終了する。はぁ~、疲れた。帰ったら畑の水やりをしないとな」


 ほ、ホントにその辺のおじいちゃんって感じだ!!


 おじいちゃん、安具楽、ハンク、修栄の四人は里へ向けて飛び立ってしまった。水城はカイン、紅蓮、礼二、小竜の元へと向かい、残されたのは小夜、小雪、蓮也、夢幻、そして僕だけになってしまった。


「行っちゃった……」

「ヒカリ、私が言ったことわかってなかったみたいね」


 ご機嫌斜めな小雪はヒカリに詰め寄る。


「ご、ごめんって……なんか場の雰囲気とかあるじゃん?」

「はぁ……まぁ只人たちの世界では組織の命令は絶対みたいなとこあるしね。仕方ないか」

「……哀れな」

 

 夢幻君までそんな目を……


「それよりヒカリ! オレは見直したぜ!」

「蓮也さん……でいいんですよね?」

「ああ! いやぁ、只人の世界で生活しながらあんな物言いができるのはすげぇことだとオレは思うぜ?」

「は、はぁ……」


 距離が近いなぁ。出会ってそんな経ってないよ?


「その漢気に惚れてうっかり手を挙げちまったぜ! いやぁ、本当は只人とか祓い人なんかどうでもいいんだがな! うははははは!」


 マジかよ。


「はいはいー。雑談はそこまでよー。応援の千堂がどのくらい来るのかわからないけど、私達はやれることをやるわよ。まずは隣町の苅田かんだ町から行くわ」

「はい!」


 そうだ、時間が惜しい。今この時でさえ他の祓い人や只人は襲われているのだ。もたもたしている時間なんてない。救える命は一人でも多い方がいいのだから。















「とは言ったものの……」

「どうした?ヒカリ」

「蓮也さん……この装備……というかコスプレは何なんです?」


 隣町である苅田町の山のふもとに僕と蓮也さんは来ていた。小雪さんと夢幻君は町の方で只人たちの救助。小夜さんは離れたところで全体の指示を出す役割についている。それは別に問題ない。ないのだが……


「なんです? この赤い鎧は」

「ヒカリの装備だ」

「こんなのコスプレですよ! 恥ずかしくて死んじゃいますって!」

「影道はそれ着てたぜ」

「!? 本当ですか?」

「マジのマジ。大マジよ。まぁ、モノホンは概念付与された最高級の千武だけどな。それは硬いだけの千武。失敗作みたいなもんだ」


 会議の後、小雪さんが僕に対して罰を下すというので、どんなものかと思っていたら赤い西洋風の甲冑を作りだし、それを着ろというのだ。つま先から頭の先まで鎧で覆われているため傍から見たら誰なのかわからないだろう。

 それに武器も酷い。この恰好なら両刃の剣と鞘に決まっているのに刀って。なんか投擲用の細長い針もたくさん渡してくるし剣士というよりはアサシンだよ。


「何やってんのさ昔の僕……」

「影道の装備は葵っていう千堂が作ったんだがよ。三の黒だったが実質一のクラスにも引けを取らない能力者だったな……」

「へぇー。葵さんは里にいるんですか?」


 ピタ、と蓮也は動きを止める。え、なんか地雷だった?


「葵の姉御はなぁ……。多分死んだよ」

「多分? どういう事です?」

「影道がいなくなった日。姉御は影道と遠出してたんだ。最後に影道が里に顔を出した時に、影道は『葵が死んだ……俺のせいだ……』つってまたどこかに行っちまったんだよ。それから二人とは音信不通。二人を探しにいった千堂も何人かいたがそれっきり。その時も千堂会議したみたいだけどな」


 遠い目をしながら蓮也は語る。さっきまでかなり元気がよかったのだが、今は声のトーンが低くなっていた。


「……葵さんと僕ってどんな関係だったんですか?」

「確か幼馴染みたいなもんだったな、ありゃ。付き合っているのかはわからんが、仲が良かったのは間違いねぇ」

「そうですか……」

「まぁ、オレは嬉しいぜ? 変わっちまったとはいえお前が生きてるなんてよ!」


 蓮也はヒカリの肩を掴んでニカっと笑う。その清々しい笑顔にヒカリは複雑な気持ちになる。


「僕は何も知りませんけどね……。それよりも、この山の上に苅田町の祓い人がいるんですか?」

「ああ、小夜の言う通りならな」

「じゃあ行きましょうか……あ、それと蓮也さんの"奇跡"って何なんです?」

「ヒカリ……いい漢の条件って何か知ってっか?」

「? 知りませんけど……」


 高身長、高学歴、高収入のどれかかな?


「それはな。秘密のある男だ。つまり今のオレ! 最っ高にかっこいいだろぉ?」

「いや、戦略面でも味方の能力は……」

「うし! 気合い入れていくぞぉ!」

「え? うそん、この人も人の話をよく聞かない系じゃん」


 山へ向けて道なき道を僕らは進む。最初はこの甲冑はかなり動きづらそうだと思ったけど、ガチャガチャ音が鳴らないし、ピッタリに作ってもらったから案外着心地がいい。いい仕事してますねぇ~。



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