大平 遼太郎 10
これは後日談になる。
あれからおよそ半年後、俺は友人の結婚披露宴に呼ばれ
「お前も結婚か」
「俺の方が先だったな」
友人と言うのは
康二とは随分長く音信不通だった割に、話してみれば案外昔のままに話せるもので、あっけないくらい簡単に友達と言う距離感に戻ってしまった。大人になった外見と、今の互いの礼服姿に少々の違和感を覚えるがそれはまあしょうがないだろう。
一通り来客に挨拶を終えた康二は、俺と示し合わせて会場の外に抜け出してきたのだった。
ちなみに会場は山間にある古いホテルだ。そのホテルの庭を俺たちは二人でふらついている。
「本当に抜け出してきて大丈夫だったのか?」
そう聞くと康二は笑って言った。
「大丈夫だって。ちゃんとタイミング見てきたし。今は待ち時間だしな。ちょっと息抜きだ」
「ならいいけどさ」
歩くにはちょうどいい、良く晴れた気持ちのいい日だった。
「スピード婚、なんだろ?」
「まあな」
「……大丈夫か?」
「んん、祝いの席でそんなこと聞くか」
「いいだろ、俺とお前の仲じゃんか」
「良く言うよ」
「あはは、わりい」
「まあ、元々付き合いは長い奴だったからな。お互いに良く知ってるし、そうなっちまったら早かったって言うか。そこんとこは心配してくれなくて大丈夫だよ」
「そっか。同僚、だっけか?」
「ああ、まあな」
「職場結婚か」
「業界じゃ多いらしいぜ」
「業界って、小学校教師界隈を業界って言うか?」
「言わないか」
そんな他愛の無い会話で笑い合う。
「なあ、
「ん?」
「お前、遥のこと、ああ、その、なんて言うか、吹っ切れたのか?」
「ん? んん、ああ、まあな」
「あの祭りの日、何かあったのか?」
「ん、ああ、まあ、秘密だ」
あの祭りの日のことはまだ胸に秘めていたい。
一ノ瀬さんとは結局あの日、祭りの会場を最後に今日まで会うことはなかった。俺にとっては彼女こそが幻のような存在に思えてならない。
そんな彼女のことも、遥のことも、まだ人に話せるほど綺麗に整理ができている訳ではないのだ。けれど、流れる日常の中でゆっくりと整理ができればいいと今は思っている。それに、伝えるのならば康二よりも先に約束している人がいる。
風が庭を抜ける。花の季節を連れてくる暖かい風だ。
「なあ、康二、俺今度この町に戻ってこようかと思っててさ」
「そうか、なんだよ、じゃあまたご近所さんだな」
「そしたら一緒に墓参りでも行こうか。遥の」
話せないことはあるけれど、自分の気持ちをそれとなく伝えることはできる。特に康二に対してはそう言うところはしっかりとしておきたい。
「遼太郎、お前……。そっか、そうだな、あいつ喜ぶぜきっと。だけどな遼太郎、こんな日に墓参りに誘うなよ」
「あはは、そうだな」
建物の方から康二を呼ぶ声が聞こえた。そのあと少し慌てた様子で駆けて来たのは華やかな着物姿の雲川だった。
「あ、いた、何やってるんですか先輩、康二さん連れて!
俺と康二は顔を見合わせた。
「お前な、大丈夫なんじゃなかったのかよ」
「駄目だったみたいだな」
それから康二は彼女に連れられて慌てて駆けて行った。
「先輩も早く来てくださいね!」
彼女の言葉に手を上げて返事をする。
俺は会場に戻る前にもう一度空を見上げた。
ちゃんと分かっている。遥は遠い空の向こうにいることを。そしてきっとこうしている今、彼女もこの町のことを思い出して、笑っているのだと言うことを。
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