湯本 康二 8

 一ノ瀬さんは最後まで丁寧に挨拶をして帰って行った。

 校門まで一ノ瀬さんを見送りに出たあと、職員玄関に戻ると石原が立っていた。


「お腹空いたんだけど」


 本当に待っていたようだ。


「悪い」

「仕事、結構かかったんだけど」


 機嫌は直っていないようだった。


「すまん」

「ポスター、あんたが貼ったとこ雑過ぎてやり直さなくちゃいけなかったんだけど」

「……もう一食奢ります」

「それだけ?」

「……デザートも」

「良し」


 そのあと、俺たちは職員室に行き昼食として出前を注文した。


 出前で済ますのか、回らない寿司屋に連れていけ、満漢全席を注文しろ、石原にはここぞとばかりに散々言われたが、なんとかいつもの蕎麦屋のカツ丼で納めてもらった。


 出前の到着を待っている間、机で業務日誌を記入していると石原が不意に隣の席に座った。

 嫌な予感がして、そちらを見ないで作業を続けていたのだが、もちろんそんなことで逃げられる訳がなく、出し抜けに石原が確信を突いて来た。


「で、さっきの人、何?」

「え? あ、いや、ちょっとな」


 私用と言うことは出来るなら石原にも知られないでおきたい。誤魔化せるなら誤魔化しておきたい。


「ふーん。言わないと私用ってことばらすけど」


 ばれていた。


「……なんで私用ってばれてんだよ」

「やっぱり私用なんだ」

「……」


 俺は手を止め、石原に向かって頭を下げた。


「すまん。話すから私用ってことは報告しないでくれ」

「おーけー。で?」


 それから石原に事の経緯を一から説明した。結果、一ノ瀬さんに語った昔話も改めて話すことになったのだった。



 一通り話したあと。


「それで、その一ノ瀬さんがこれを置いてったと」

「そうです」


 これとは一ノ瀬さんが最後に俺に渡したメモリーカードだ。今は石原の手の中で彼女にしげしげと見つめられている。

 一ノ瀬さん曰く中身は画像データと言うことだった。なんでも龍神祭のポスター用の絵なんだとか。

 そして一ノ瀬さんはこのデータを遼太郎、大平遼太郎おおひらりょうたろうに渡して欲しいと頼んで来たのだった。


「連絡着くの? その、遼太郎君に」

「ん? ああ、まあな。あいつの実家は引っ越してないし、実家経由なら流石にわかるだろ。俺なら、まあ、たぶん普通に連絡先も教えてくれるだろうしな。なんなら同窓会をするとかなんとか言えば教えてくれるだろう」

「そっか」


 問題があるとしたら俺の気持ちの方だろう。なにせ中学以来会っていないのだ。遼太郎とはあの関係のままだ。

 気が付くと、石原が何故か小首を傾げていた。


「んー、遼太郎君かー……」

「あん? なんだよ?」

「いや、ちょっと、まあ、なんでもない」


 追求してみても良かったのだが、下手をして機嫌を悪くされたりしたら厄介だ。どうにも今日は分が悪い。


「ね、中身見てみようよ」


 一転、石原が楽し気な表情を向けて来た。無邪気な悪戯小僧と言う感じだった。


 人の感傷的な気持ちも知らないで……。


「駄目だろ」

「えー、いいじゃん別に。それに一ノ瀬さんだって分かってるでしょ。見るなって言わなかったんでしょ? 遼太郎君に渡す前に中のデータの確認だって必要だって。ほら、もし一ノ瀬さんが悪人でこれがコンピューターウイルスとかだったら大変じゃん」


 だとしたらなおさらここで見るのは不味いだろう。


「お前なあ」

「いいじゃんか」


 とその時、職員玄関のインターフォンが鳴った。出前が届いたようだ。


「ほら出前来たぞ。飯食おうぜ」

「はーい、分かりました。じゃあ取って来て」

「石原、お前……、まあ分かってるよ。まったく」


 今日はとにかく石原には逆らえない。


 まあ、なんでか機嫌は直ったみたいだけどな。


 出前の対応に出るために席を立った俺を見て、石原は楽しそうに笑っていた。

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