宮下 遥 6
俯き眺めるのは石畳の路地を歩く私の足、
それが誰なのかを確かめようと視線を上げると、
「あの、大丈夫ですか? 何か問題ありましたか?」
黒板の塀を背後に、こっそりと私に聞く彼女。
「え、あ、ごめん、大丈夫だよ」
気が付けばまた、幻を見るように記憶を思い出していたみたいだった。
「何かありましたら遠慮なく言ってくださいね」
「うん、ありがとう。でもまだなんとも言えないし、もうちょっとまとまってから相談するよ。今は
分かりました、と微笑み小さく頷いて十香さんが前を向くと、ちょうど今日子さんが振り向いた。
「次はどんな所に行ってみたいですか?」
そんな問い掛けに今度は、んー、と少し考えて十香さんは答えた。
「そうですね、今日子さんならではって所行ってみたいです」
「……なるほどぉ」
すると今日子さんは眉根を寄せ思い入るように目を伏せ、それからすぐに顔を上げた。
「あ、いいとこ知ってますよ、今度はガイドブックには載っていない場所です。そこに行きましょう」
彼女はちょっとだけ鼻息荒くそう言うのだった。
私たちは路地を抜け大通りからはずれた住宅街の方へ歩いてきた。
二人と居るからか、それとも思い出した記憶の欠片がそうさせるのか、私の感覚は良く知っているはずの町をいつもとは違うものに変えていた。それはさっきまで以上に、鼻をくすぐる匂い、耳に届く音、目に入る色に何かを感じてしまうのだった。
そしてたった今も目の前にある鉢植えの
「ね、最高でしょ」
そんな今日子さんの一言が聞こえ、ふと私がそちらを見るとベンチに彼女と十香さんが並んで座っていた。
今日子さんの案内で次にやってきたのは住宅街にある精肉店だった。
彼女たちは今その店先で美味しそうに両手に持っているものを食べていた。
「ここお肉屋さんなのに暑くなるとソフトクリーム売ってるんですよ。それでこのソフトクリームを、この店のコロッケと一緒に食べるのが最高なんです」
その時私はいつの間にかどうしようもない程既視感に包まれていて、今日子さんの言葉も、十香さんの底知れない食欲も、二人の姿も、何か一枚透明な幕を通して見聞きしているかのように感じていた。そしてその幕には二人の姿に重なるように私の記憶が投影されていて、そこに映っているのは私が誰かと二人で、十香さんたちと同じようにベンチに座って話をしている姿だった。
『ここのお肉屋さん、夏場はコロッケが売れないからって、去年からソフトクリームの機械置き始めたんだ』
私はその人が差し出すソフトクリームを受け取って返事をした。
『へー、お肉屋さんなのに珍しいね』
『だろ、しかもこのソフトクリームが美味しくてさ。去年からドラ饅よりもこっちばっかり食べるようになっちゃって』
私はソフトクリームと店頭に並んだコロッケを見て思い付いたようにこう言った。
『ねえ、これ、コロッケと一緒に食べたらもっと美味しいんじゃないかな?』
『コロッケと一緒に?』
『うん、やってみようよ』
私たちはソフトクリームを片手にコロッケを買ってまたベンチに座って、二人で向き合って一緒にそれらを頬張った。
『本当だ! 凄い! 美味しい! 発明だよこれ!』
『えへへ』
素直に驚く姿が嬉しくて、それに褒められたのがなんだか照れくさくて、自然と頬が緩んでいた。
ふと私は、その人が持っているソフトクリームが溶けて落ちかかっていることに気が付いた。あまり何も考えていなかったのだと思う。両手が塞がっていた私は思わずそれに顔を近づけて――。
おっと。
そんな様子で今日子さんがソフトクリームの雫を舐め取った瞬間、幕は上がって私は我に返った。
「行きたい所というか、ちょっと知りたいことがありまして」
「知りたいことですか?」
「はい。今日子さんも仰ってましたが、龍の伝説について」
十香さんと今日子さんが変わらず会話をしている。
私は目の前の現実に戻ってきたものの、今の感覚に片身を浸しているようで、まだぼんやりとしていた。
「ちょっと観光地って訳ではないんですけど、図書館でも行ってみますか? 確か郷土資料のコーナーがあったはずなんで」
「図書館! いいですね。行きたいです」
「じゃあ行きましょう、図書館。それなら、閉まるの早いから急がないと」
そんな中でも二人の話は進み、気が付けば次の目的地が決まっていた。
「んん、さて、行きますか」
歩き出した今日子さんの背を前に振り返った十香さんが小さく声をかけてくれた。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫」
誤魔化したわけではないけれど私は笑って、十香さんが前を向いたあと、二人について行きながらもまた一人記憶の欠片を並べて、そこに失くしたものを探すのだった。
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