湯本 康二 4

 小学生の頃、俺には大平遼太郎おおひらりょうたろうと言う仲のいい友達がいた。遼太郎とは家が近所だったこともあり、本当に小さい頃からの友達で所謂幼馴染であった。夏休みにでもなれば一緒に海に山に出かけ毎日遊び過ごしていた。


「来年の夏休みはどうする?」


 どちらかがそう聞けば、


「来年かー。分かんね。また来年一緒に考えようぜ」


 どちらかがそう答える。

 一緒に居るのが当たり前で、俺は遼太郎とのそんな関係はずっと続くものだと信じて疑わなかった。それはきっと遼太郎も同じだったと思う。

 しかし小学校六年生の年、俺と遼太郎の関係は思いもよらず変化した。原因はその年にやって来た転校生だった。


 宮下遥みやしたはるか。春、進級と同時に転校して来た女の子。

 第一印象は良く覚えていない。女子が可愛いと騒いでいたのをなんとなく覚えているくらいだ。たぶん俺は転校生が、遊び相手になりそうな男子じゃなかったので、あんまり興味を持たなかったのだろうと思う。


 遥の転校初日、その日に行われた席替えで遥は遼太郎の隣の席になり、隣の席と言うことで遼太郎は遥の案内係になった。

 遼太郎が係になったことで、仲が良かった俺も一緒に学校を案内して、俺たち三人はそれがきっかけで良く一緒に行動するようになった。


 遥と遼太郎は相性が良かったのかすぐに打ち解け、まるで幼馴染であるかのように仲良くなっていった。段々と俺を除いた二人でいることも多くなった。

 遼太郎と遥の間にあったそれが恋だと分かったのは随分とあとになってからだった。

 もちろん当時の自分に分かるはずもなく、なんとなく面白くない感覚だけを覚えていた。

 そのせいか俺は別の友達グループと遊ぶことが増え、あんなに仲が良かった遼太郎との距離は自然と離れて行っていた。

 そんな小学校六年生の夏休みのことだ。



 その日、俺は一人家でだらだらと過ごしていた。宿題はあるがやる気は出ない。友達と遊びたくても、最近良く遊んでいる友達は家族旅行に出かけていて地元にいない。家の手伝いをする、そんな殊勝な気持ちが湧くはずもなく、かと言って用もないのに夏の暑さに逆らって外に出るなんて気力も湧かない。テレビも漫画もゲームも飽きてしまった。お手上げだ。

 とまあ、要するに小学生の自分的にやることが無かったのだ。

 エアコンの音だけが響く室内。蝉の声が窓ガラスの向こうから遠くよそよそしく聞こえる。見飽きた天井。天井に潜む変わった模様もコンプリート済みだった。

 寝っ転がったまま誰にともなくポツリと呟いた。


「遼太郎ん家行ってみようかな」


 しかしそう言っては見たものの正直それも億劫だった。去年までは毎日のように遊んでいた遼太郎だったが、今年の夏はまだ一度も遊んでいなかった。一回、商店街で歩いているところを見かけたが、隣に遥がいることに気が付いて声をかけるのを止めてしまった。


「どうせ遥といるんだろ。あーあ、つまんねーな」


 と、その時、階下の店の方から呼ぶ声があった。


「おい、康二! 康二! こっち来てみろよ!」


 兄の声だった。

 またか。

 内心俺は思った。


「なんだよ! 今忙しいんだよ!」


 本当は忙しくない。


「いいから来いって!」

「なんだよ、うるせーな……」


 悪態を吐きつつも結局兄の言葉に従って階下に降りて行った。

 階段を降りて店へと続くドアから土間へ降りる。

 実家は写真屋だった。二階と、一階の半分が自宅、もう半分が写真屋としての店舗。兄はその店舗部分から俺を呼んでいた。

 階下に降りて待っていたのは思った通り店の机に写真を広げている兄だった。


「また写真かよ」


 三歳上の兄は中学生で、親父仕込みの写真小僧だった。一方俺はそんな兄の影響が裏目に出たのか逆に写真に興味を持たなかった。

 兄は自分で撮って現像した写真をこうして見せてくることがあった。しかも小学生の俺がうんざりするくらいには頻繁に。

 大抵それは自慢のようなもので、やれ構図がいいだの味があるだの、散々自画自賛を聞かされた。

 今回もまた同じだろうと辟易としていたのだが、意外にも兄の一言で気持ちが一気に引き込まれた。


「これ見てみろよ。心霊写真だぜ」

「え?!」


 心霊写真、そのワクワクする単語を聞いて日頃の兄への不満は吹き飛び、俺はその写真に食いついた。


「マジ?! どれ? どれ? どれ? 見せて見せて見せて!」


 小学生の頃、やけに流行っていた心霊写真。クラスで心霊写真をまとめた本を回し読みしたり、はたまた誰々が心霊写真を撮った、そうしたら間もなく事故に遭った、そんな噂も散々聞いた。所謂、何処にでもある、誰にでもある、オカルトブーム、その代表のようなものだ。

 そんなものに、平凡な小学生だった俺も例外なく足を突っ込んでいた。自分でもカメラ片手に心霊写真を撮ってやろうと出かけたこともあった。結果は収穫無しだったけれど。

 そんな心霊写真が今目の前にある。興奮せずにはいられなかった。

 俺は兄の指さす机の上の写真を覗き込んだ。


「どれ?」

「これだよこれ」


 複数枚散らばる写真の中にその一枚はあった。それは珠守神社のご神体を撮った風景写真だった。

 夕方だろうか。日が沈んで空が色を変える時間だ。オレンジよりも薄ら赤いピンク色のような空が次第に濃紺へと変わって行く、そんな一瞬が映し出されている。

 その景色の中央に大胆に置かれた大岩。ご神体、龍の卵だ。

 画面手前には空の色にも負けないピンク色の無数の花。確か撫子なでしこの花だ。

 全体的に空が大きく映し出されていて、まるでご神体が花畑の中から空を見上げているかのような構図になっていた。

 俺はまず単純にその写真の上手さに感心してしまった。悔しいがなるほど親父仕込みの写真小僧だ。だけど絶対にそんなことを口に出したりはしなかった。兄を調子に乗らせると面倒臭いのは目に見えているからだ。

 写真自体いい写真ではあったのだが、一見しただけではそれが心霊写真には見えなかった。


「どこがだよ?」

「いや分かるだろ、ちゃんと見ろよ」


 もう一度その写真を見た。良く見るとご神体の上部が発光しているように見えた。光は中央上部に集まるように大きくなっていて、ご神体の上に小さな光の球体が乗っているようにも見えた。


「これ? この光?」

「ああ」


 それまでもっと派手な如何にもな写真を想像していたので若干がっかりした。


「ふーん……」

「ここに光源なんか無かったんだぜ」


 しかし兄は興奮しているようだった。自分がそれを撮ったと言うこともあるのだろう。

 単純なもので、結局俺もそれに釣られるようにして再び興奮が湧き上がって来た。退屈な日常に訪れた一粒の非日常。そんな状況もそれを後押ししていたのかも知れない。


「すげえ、本物なんだ」

「な」

「うん」


 俺と兄はそれからその心霊写真を中心にしばらく盛り上がった。

 一頻り騒いだあと、湧いて来たのはこの写真を誰かに見せたいと言う欲だった。見せて、俺が兄に対してそうであったように、自分自身も誰かに称賛されたかった。所謂、承認欲求と言うやつが湧き上がって来たのだった。


「なあ兄貴、この写真借りてもいいか?」

「ん、ああいいぞ」


 俺の提案に意外にも兄はすんなり了承してくれた。


「俺が撮ったってちゃんと言えよ」


 兄も承認欲求に駆られていたのだ。

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