風祭 今日子 4

 石畳の道に、黒板の塀、下駄の音に振り返れば、淑やかに歩く芸子の後ろ姿。路地を抜ければ大通りに沿って伸びる活気ある商店の数々。冷やかし歩いた先には山腹に沿って広がる温泉宿。

 籠根町かごねまち、古くからの温泉町。開湯したのは奈良時代だとか、平安時代だとか、戦国武将に愛されて有名になったとか、江戸時代には宿場町として発展したとか、なかなか歴史のある町。

 歴史的に言えば他にも色々な出来事があるのだが正直あまり詳しくは知らない。そして歴史はあまり詳しくはないが、一応私の地元。地元だからこそ、歴史的なことよりも、もっと生活に根差した情報ばかりが頭にある。

 例えば、各種食料品が安く買える店とか、日常的に使える衣料品店とか、観光客があまり通らない道とか空いてるコンビニとか、地元民御用達の銭湯とか。

 それでも地元民だからこそ必要十分な外向きの情報もちゃんと持っている。代表的な観光名所や名産品に関するうんちく等々。

 そんな知識を駆使しながら無難に案内していると十香さんはこう言った。


「そうですね、今日子さんならではって所行ってみたいです」


 次はどんな所に行ってみたいですか? そんな風に尋ねた時だった。

 私はなんだか無難に案内しようとしていたのが見透かされた気がして、それと同時に地元民魂に火が付いたのも感じた。

 ならばと思い案内したのがこの店だった。

 そこは観光客が歩く大通りの商店街から外れた住宅街にある精肉店だった。

 大通りと比べると大分落ち着いた雰囲気の街並みだ。古くからこの土地に住む人が多い地域なので大きなお屋敷が並んでいる。庭木に止まる蝉の声がよく響いている。

 店の前には街路を彩るように鉢植えのピンク色の花。花に詳しくはないので花の名前は分からないけれど。


「ね、最高でしょ」


 そんな問い掛けに十香さんは頬を緩ませて頷いた。口の中には私のおすすめが入っている。それは両手に持っているコロッケとソフトクリームだ。

 私たちは精肉店の店先のベンチに座っていた。因みに私の両手にも十香さんと同じコロッケとソフトクリーム。


「ここお肉屋さんなのに暑くなるとソフトクリーム売ってるんですよ。それでこのソフトクリームを、この店のコロッケと一緒に食べるのが最高なんです」


 学生時代から良くやっていた食べ方だった。いつか誰かに教わった食べ方だった気もするがはっきり覚えてはいない。今でも毎年夏になると一回はこの組み合わせで食べている。


「さ、最高ですね!」


 口の中の物を飲み込んだ十香さんは言った。


「でしょ」


 私たちはこの店に来る頃にはすっかり打ち解けていた。私が意外と無遠慮な性格なだけだったのかも知れないが、十香さんの親しみやすい人柄の影響でもあったと思う。


「次どうしましょうか?」


 空を見上げた。太陽は傾いていて日が暮れるのもそう遠くなく感じる。

 この町の夜の訪れは早い。暗くなった頃にはもうどの店も店仕舞いを済ませている。


「そろそろ宿に戻りますか?」


 通常観光客は暗くなるとそれぞれの宿に戻りそこで夜を過ごす。宿泊施設の中であれば遅い時間であっても営業している店がある。


「んー、もうちょっと見て回ってもいいですか?」

「もちろんいいですよ。どこか行きたい所とかあるんですか?」


 おっと。


 話している間も日差しは容赦なくソフトクリームに襲い掛かる。

 私はソフトクリームの溶けて落ちかかった雫を舐め取った。


「行きたい所というか、ちょっと知りたいことがありまして」

「知りたいことですか?」

「はい。今日子さんも仰ってましたが、龍の伝説について」


 龍の伝説、それはこの町に昔から伝わるお話だ。今では店の饅頭のように商品のモチーフにもなっていたりして専ら観光資源として利用されている。


「それなら、珠守神社たまもりじんじゃにでも行きましょうか。ここから遠くないですし、今ならまだ時間も間に合うと思いますし」


 珠守神社はこの町にある中規模な神社だ。龍神を祀っている神社で観光名所の一つにもなっている。


「あ、いえ、実は珠守神社はもう行って来たんです。今日子さんのお店に寄ったあとに」

「あ、そうなんですね」

「はい。それで、神社を一通り見て回って、興味が湧いたと言いますか、この町と龍の伝説についてもう少し知りたいなと思いまして」

「なるほどー……」


 コロッケを口に放り込み考えた。

 横目に十香さんがソフトクリームのコーンを齧っているのが見えた。私の片手にはまだ小山を作っているソフトクリームがあることを考えるとやっぱり食べるのが早い。


「ちょっと観光地って訳ではないんですけど、図書館でも行ってみますか? 確か郷土資料のコーナーがあったはずなんで」

「図書館! いいですね。行きたいです」

「じゃあ行きましょう、図書館。それなら、閉まるの早いから急がないと」


 残りのソフトクリームを急いで片づけた。


「んん、さて、行きますか」


 食べ終わったあと、立ち上がって軽く伸びをした。なんだか気分が良かった。図らずもリフレッシュ出来ているみたいだった。町を案内すると言う普段と違う行動が良かったのだろうか。


「はい」


 十香さんの素直な返事を聞いただけでも口元が緩んでしまう。

 いつの間にか私は十香さんを案内することを楽しんでいたみたいだった。

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