風祭 今日子 5

 図書館は町役場の敷地内にある。かねてから老朽化の進んでいたその建物は、最近町長が変わった折に新しく建て替えられた。図書館の建て替えは町長の公約でもあったため、新造された建物は少々田舎町には立派過ぎるきらいがあった。

 図書館は空いていた。新しくなったとはいえ、所詮は田舎町の図書館だ。そこまで利用者が多い訳でもない。チラホラと学生と、仕事を引退されたであろうご年配の方、それと係員がいるくらいだ。

 私たちは早速郷土資料のコーナーに向かった。


「ここですね」

「はい」


 心なしか十香さんの目が輝いて見えた。

 道中、十香さんは言っていた。


「甘味も好きなんですが、その土地の歴史とか生活、そう言うのを見るのも好きなんです」

「それって民俗学とかそう言うやつですか?」

「いえ、そんな立派なものじゃないんです。ただ、そうですね、民話というか、昔話とか御伽噺とか、そう言うのに興味があって、あくまで趣味なんですけど」


 なるほど、本当に好きなんだな。


 ここで十香さんを見てそう思った。

 十香さんの本棚を見る顔が、ケーキの並んだショーケースを覗く子供みたいに見えたのだ。

 郷土資料のコーナーには郷土史を始め、民話、民芸、火山や温泉についての本等があった。

 私たちはその中から郷土史と民話についての本を数冊取って席に着いた。

 ページを捲る十香さんの横で私は尋ねた。


「龍について何か書かれてますか?」

「んー、あ、ありましたよ」


 記述はすぐに見つかった。

 本に書かれていたのは概ねこうだ。

 籠根町かごねまちは古くから龍神を祀っている。この地での龍神とは、火山を神格化したものとも言われており、人々に恐れ敬われてきた。それは一般に各地に伝わる自然信仰の形に近いものである。

 信仰の中心は珠守神社たまもりじんじゃであり、そこにある巨石がご神体として祀られている。なお巨石は火山が噴火した際に遠く飛来したものである。

 籠根町の龍神信仰の特異な点は、その巨石を龍神として祀っているのではなく、龍の卵として祀っている点だ。龍は卵の中で眠り、やがて卵から孵って空へ昇り火山へと返って行くのだ。つまり珠守神社は卵守りであり、籠根町は卵の揺り籠なのだ。


「龍の卵」

「そうそう、十香さん神社に行った時見なかった?」

「あ、見ました。すごく大きな岩で、確かに卵のように丸い形をしていました」

「あ、ほらここにも書いてある」


 私は別の本のページを十香さんに見せた。

 龍の卵は夢を見る。

 それは民話について書かれている本だった。


「夢、ですか……」


 いつか聞いた話を思い出した。


「そうです、そう、私も聞いたことありますよ」


 それはこの町で生まれ育った人間なら一度は聞いたことのある話だ。

 龍の卵は夢を見る。龍が夢の中で人間になって町の中を遊び歩くのだ。

 本にはこう書かれていた。

 人間になった龍の話は様々あるが、その姿は大抵は子供の姿で、子供の頃に出会うイマジナリーフレンドのように描かれる。怪談じみた話もあるのだが、好意的な話が多く、この町における龍と言う存在が大切に扱われていることが分かる。


「あれ?」


 本のページに引っ掛かる部分を見つけた。


「どうしたんですか?」

「あ、いえ、ここに男の子って書いてあるじゃないですか」


 それは文章に添えられた挿絵の部分だった。描かれた小さな男の子の下に、龍の男の子、と書かれている。


「私が聞いた話は女の子の話だったような気がして」

「女の子?」


 一瞬、十香さんの目の色が変わったような気がした。


「え、あ、でもあれは民話って言うか噂話だったからかな。女の子同士の噂だったし」

「どんな話なんですか?」

「どんなだったかなあ。確か、放課後に皆で遊んでいるといつの間にか一人増えてて、あとで考えてみると誰もその子のことを知らないとか。あ、そうそう、好きな人の話をしてるといつの間にか近くにいて、その子に尋ねると恥ずかしそうにしていなくなっちゃうとか、そんな話だったなあ。女の子同士で話してたから、だから私なんとなく女の子だと思ってたのかも知れない」


 懐かしい。


 話していて胸の中に懐かしさが込み上げて来た。

 そうだ、私も龍の夢の話好きだったっけ。少し不思議で、どこか切なくて。


「思い出した。友達と新しい話を考えたりもしたっけ。龍の子が冒険したり、恋したり、あ、でもやっぱり怖い話とかも多かったなあ。ほら小学生とかってそう言う話好きじゃないですか。色んな話考えたっけ。通学路で話したり、ノートに書いたりして……」


 そうだ、それで、それで私はお話を作るのが好きになって……。


「今日子さん?」

「へ? あ、すみません」


 意識が遠くに行きそうになっていた。気が付くと十香さんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「でも本当に親しまれているお話なんですね」

「そうですね。この町で生まれた人なら皆知ってるんじゃないかなと思います。色々名物になってるくらいだし。お祭りとかもあるんですよ。龍神祭りゅうじんさいって言う」

「お祭り!」

「はい。だから子供たちもみんな知ってて、あ、そうそう、龍神祭って秋のお祭りなんですけど、小学校の夏休みの宿題で、お祭りのポスターを描く宿題とかあったりして……」

 

 その時、自分の言葉で思い出してしまった。


「あ、ポスター……」


 一転して暗い顔になったであろう私。気持ち的には急に自分の周りだけ重力が大きくなったかのような気さえする。


「え、あれ、今日子さん大丈夫ですか? どうしたんですか?」


 心配してくれる十香さん。

 すみません。

 これじゃまるっきり情緒不安定だ。


「あ、いや、なんて言うか、すみません、大丈夫です。その、岩に躓いたというか、ぶち当たったと言うか、あの、ちょっと、トイレ行ってきますね」


 私は自分自身に対していたたまれない気持ちになって席を立った。ちょっと十香さんの方は振り返れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る