一ノ瀬 司 3
これから以下は俺がそれを纏めて書いた覚書のようなものだ。
姉は一部始終を見ていた。夕焼けの情景の中での
そしてついに別れの時は訪れ、龍が空へと飛び立った瞬間、姉の意識も龍に引っ張られるように空へ飛んだ。
彗星へ向かう光の中、姉は遥さんに再び出会う。
「
「あれ? 私どうしちゃったんでしょうか? 一緒に龍になっちゃったんですかね」
「あ、ううん。大丈夫。大丈夫みたい。たぶん私とずっといたから感覚だけがまだ繋がってるのかもって龍が」
「ふむ、なるほどです」
「ふふ、十香さん、やっぱり十香さんだな」
「何がですか?」
「ううん、なんでもない。それより十香さん面白い。しっかりバッグ持ってきてる」
「あれ? 本当だ。持ってなかったのに。それに格好も」
姉はいつもの格好でキャリーバッグに座るようにしてその光の中を飛んでいたらしい。
いつもの格好も荷物も姉の深層心理に沁みついているものなのだろう。
それから二人は並んでバッグに座った。
「見て、十香さん、綺麗」
遥さんの指さす先にはまるで彗星が零した粒のようにキラキラと、龍が見てきた幾つもの記憶の欠片が光の中を流れていた。
「凄い、星空の中を飛んでいるみたいです」
「うん」
龍の道は大きな光の川になって彗星へと続いている。
遥さんが呟いた。
「私、ちゃんとお別れできたよ」
「はい」
姉が静かに頷く。
それからしばらく光る流れを見ていた二人だったが、遥さんは堪え切れないと言った様子で姉に話しかけた。
「ねえ十香さん、私、私ね」
「はい」
「私、告白されちゃったんだ!」
「え、おめでとうございます!」
「私ね、嬉しくて、嬉しくて、なんて言うか、もう、キャーって感じだよ!」
「分かります!」
「えへへ……!」
遥さんは涙を拭って強く笑った。
「私、どこまででも行ける! この気持ちがあればきっとどこまでだって!」
「はい!」
「十香さんありがとう! 本当に、ありがとう!」
そう言って抱きつく遥さんを姉は受け止める。
「私の方こそ遥さんと出会えて良かったです。ありがとうございます」
「ねえ、十香さんは、自分の物語を探しているって言ってたよね」
「ええ」
「いつか見つかるといいね」
「はい。そうですね」
「その旅の途中で、また会えるかな」
「ええ、きっと。いえ、必ず」
そうして二人は姉の意識が遥さんから離れて地上に戻ってしまうまでいつまでも並んで輝く光の川を見ていた。
一方、姉が空の上を飛んでいる頃、地上では不思議なことが起こっていたと言う。観測記録にはどこにも残っていない、けれど人々の記憶には残った不思議な現象だ。
彗星を見上げる人の目に、夜空にまるで流星群のように幾つも幾つも星が流れるのが見えたのだ。
しかしそれは全ての人に見えていた訳では無い。
祭りのあと町の人々は夜空を見上げ星を見る。ペンを心に持つ彼女も、カメラを手に寄り添い歩く二人も、今はまだ一人空を見上げる着物姿の女性も、思い出を胸に前を向いた彼も。そしてその中の誰かが、いや、祭りであのポスターを見た町の誰かが、そっと呟いたりしたのかも知れない。
『龍の町に星が降る』
覚書を終え顔を上げると、姉がベッドの上で静かに本を読んでいた。
「なあ、姉ちゃん。なんで俺の部屋にいんのさ」
「弟を愛しているからさ」
そんな一ミリも心の籠ってない言葉はどうでもいいとして、俺はふと気になって姉に尋ねた。
「何読んでるの?」
姉は顔も上げずに答えた。
「こないだ古書店で買った本だよ」
「ふーん、なんてタイトル?」
「もしも熊に出会ったら」
「何それ? 小説?」
「ノンフィクション」
「役に立つの?」
「きっと立つさ」
「そうなの」
「あれ? 熊に出会ったらどうしようとか思わないかな?」
「そんなことそうそうないだろ」
すると姉は本から顔を上げた。
「弟よ。備えあれば憂いなしと言うことを知らないのかな」
そう言って姉は本を閉じベッドの上に置いた。
「良し、今度の旅は一緒に大冒険に出ようか。少なくとも熊が可愛く思えるような猛獣が出る場所へ」
「はあ!? いやいや、勝手に行ってくれよ。俺を巻き込まないでくれ」
「さあ、調べよう、目的地候補を探そう、さあ!」
無理やりパソコンに向かわせ調べ物をさせようとする姉に俺は抵抗する。
その時チラリと姉が置いたベッドの上の本が目に入った。本には栞替わりにプリクラが挟まっている。姉曰く奇跡の一枚。
そこでは、姉と遥さんの二人がドラ饅に齧りつくようなポーズで楽しそうに笑っていた。
龍の町に星が降る てつひろ @nagatetsu
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