「温度がある」というと、「あたたかさ」をイメージされることが多いかもしれません。
ですが、この物語にはそれだけではない「温度」があります。
抱きしめられるあたたかさも、
やけどするくらいのあつさも、
肌に張り付くような蒸しあつさも、
ぞっとするようなすずしさも、
痛いほどのつめたさも……。
この物語には、確かに、温度があります。
さらに、面白いほど感情が掻き乱されます。
決して嫌なものではないそれは、この物語がどうしようもないほどにきれいだからなのでしょう。
苦しさも辛さも終わりが見えないほどにある中、鋭く光る希望は、たとえるなら、北の空でじっと孤独に光る北極星でしょうか。
ホラージャンルの長編小説は初めて読んだのですが、読む手が止まりませんでした。
「ホラーはちょっと……」と、読まず嫌いしている方も、そうでない方も、ぜひ読んでみてください。
苦しいほどに温度があって、どうしようもないほどにきれいなこの物語を——。
まず何よりも、この二幕構成の妙を讃えたい。前半が終わり後半となり、最初はがらりと話が変わったかのように思える。
けれど、そうではないのだ。読み進めていくごとにパズルのピースがはまっていくようで、そして最後のひとつがかちりとはまった時に、この物語の本当の姿が見える。
ああ、そういうことだったのか。そんな風に思って本を閉じるという瞬間は、何物にも代えがたい。
これはホラーだ。言うなれば、非常に美しい人間のサイコホラーと言おうか。
苦しみを抱え、衝動とも戦い、現実は歪み。そこの、彼女らはいる。
これは、彼女による、彼女たちのための物語なのだ。
さて、では。途方もなく愚かなのは、途方もなく美しいのは。
絶望か、希望か。
この美しいサイコホラーを、最後まで見届けて欲しい。
ぜひ、ご一読ください。
殺害衝動に悩み、普通の人間になりたいと望む、龍ヶ世舞。
それは、社会性のある人間として、両親や同級生の雫莉など親しい人たちと「本心」から接したいという願いの裏返しでもあります。
そんなある時、〈高位の存在〉という生物の命に干渉することができる雪蝶と出会う。
試練を乗り越えさえすれば、自分と同じ〈高位の存在〉になれるという甘美な誘いを受けて、舞は試練に挑んでいきます。
その試練は舞の心を削る内容で、それでも夏野先生や雫莉など親しい人との関係性が崩れる心を慰めていきます。
それすら、絶望へと至る道筋とも知らずに……。
話は変わって、他者からの承認への欲求として、「存在の承認」と「行為の承認」の二種があります。
・「存在の承認」:「あるがままの自分」を受けいれて欲しいという承認
・「行為の承認」:行為の価値を認めて欲しいという承認
両親の愛情や雫莉との親愛の価値を認めている舞にとって、自らの「存在の承認(殺害衝動のある自分の承認)」「行為の承認(殺害行為の承認)」は育まれてきた良心によって否定され、その矛盾の狭間で苦しんでいます。
(あるがままの自分――殺害衝動のある自分を認められず、その行為も肯定的に捉えることができないでいる)
本作品は、前編「Despair」と後編「Hope」に分かれていますが、どちらの物語でも「あるがままの自分」が承認されない姿が表現されています。
あらゆる登場人物――主人公はもちろん、主人公に親しい人物も含め――、「あるがままの自分」を自分自身で肯定できないことが示され、その苦悩が彼女らの喉を締め付けます。
それは社会性ある良心があるこその苦悩であり、その良心は「愛」という美しい蝶のような輝きを持ち、異常性を持つ「あるがままの自分」との狭間で揺れ動きます。
その振り子は救いと絶望、どちらに揺れるのか?
美しい愛に彩られたサイコホラーな物語。是非、ご一読ください。
前編と後編で大きく分かれている本作。
読み終わるとどちらが始まりでどちらが終わりか分からなくなる。
繰り返される永遠の絶望と希望を表しているようで秀逸な構成です。
前半の主人公、殺人衝動を抱えた舞。<高位の存在>である雪蝶の提案で、自らも<高位の存在>になるための試練を受けることになります。
試練の影響でどんどん精神も日常も侵されていく。
ホラージャンルらしく、堕ちていく舞をはらはらしつつ見守ることになります。
舞をそそのかす雪蝶は美しいけれど不気味で不穏。
そんな雪蝶の秘密が明かされる後編。
読み切ると、雪蝶の言葉や行動の裏の意味が分かり、読み返したくなる作品です。
確かに愛しているのにどんどんずれていく。
それにもがき苦しむ登場人物たち。
永遠に終わることのない苦しみに見えますが、繰り返された先に仄暗い光が見えるような。そんな戦慄百合ホラー!
先が読めず毎日はらはらどきどき読んでいました。
ぜひ、ご一読ください!
殺害衝動に悩み、苦しむ龍ヶ世舞。
彼女の前に現れたのは、自分にそっくりな雪蝶と名乗る少女だった。
雪蝶の言葉に乗せられて、舞は<高位の存在>になる道を選ぶ。
しかし、その道はあまりにも残酷だった。
本作は前編「Despair」と後編「Hope」で構成されている。
舞にとっての希望と絶望。
雪蝶にとっての絶望と希望。
ラストに近づけば近づくほどに、タイトルの切ない雰囲気を感じ取れる作品となっている。
それは残酷な設定なのに、彼女たちをどこまでも美しい、と読者に感じさせてくれるからだろう。
是非、この愛してやまない二人の物語を、最後まで読んでほしい。
そしたら、再び最初から読み返したくなるはずです。
主人公の舞は、殺害衝動を抱えています。
してはいけないことだと頭では理解していても、その衝動は身体を突き動かそうとするほど。
代替のものの命を奪うことで何とか止めてはいたものの、舞に瓜二つの少女、雪蝶が現れてから一変します。
〈高位の存在〉
自由に命を奪えてしまう存在であり、試練を乗り越えれば舞もそうなれると提案されたのです。
この提案は、衝動に悩む舞にとって蜘蛛の糸のようだったのでしょう。
けれど、それは絶望への入り口でした。
一つ、また一つと与えられた試練をこなしていくうちに、舞の心は壊れていきます。
やがて、その試練の対象は──。
心理描写がきめ細やかで、舞の葛藤などが痛いほどに伝わってきます。
はたして、どのような最後を迎えるのか。続きがとても楽しみです。
皆様もぜひ、読んでみてください。
誰もが完璧だと賞賛する舞には、秘密がある。
それは本人にもどうしようもない、殺人衝動だった。
自身が異常者であることを理解し、己の本質を隠し続ける舞。
自分の衝動は汚れていると考える舞は、だからこそ綺麗なものが、同じクラスの雫莉が好きだった。
そして舞にとって、特別な人がもう一人いる。
唯一、自分の本性を知る夏野先生だ。
献身的に彼女を受け入れる夏野先生に、安らぎを覚える舞。
そんな狂気と正気の中で、彼女の目に赤黒い蝶が現れた。
舞が追いかけると、そこには、自分とそっくりな女の子がいた。
「雪蝶(ゆきちょう)」と名乗る少女は、自分が「誰のことでも自由に殺すことができる」〈高位の存在〉であるといい、舞にある提案をする……。
「私は、舞を愛しているんです。私はあなたの絶対的な味方ですよ」
人間として生きられないなら、人間を辞めよう。
そう決意する舞だが、雫莉と別れたくないとも思ってしまう。
気が狂いそうなほど相反する気持ちの中で、舞は雪蝶と赤黒い蝶に誘われていく。
そして少しずつ歪んでいく彼女の日常。舞に与えられた愛は、そして舞の愛は、はたしてどこへ向かっていくのか。
序盤からとにかく、「何かすごいことが始まりそう」という雰囲気いっぱいの作品です。
一言で言えば、『オーラがある』と表現するのが正しいでしょう。
主人公である舞。彼女はある抗いがたい『業』を内に秘めていた。
生き物を殺すことが楽しくてならない。その瞬間にだけ心が激しく満たされ、まずいことだと思いつつも激しい衝動に駆られてしまう。そうして時折小さな虫を殺すなどして、どうにか自分自身の衝動に折り合いをつけていた。
そんな彼女の前に、ある時『一人の少女』が姿を現す。雪蝶と名乗る彼女は、無数の赤黒い蝶の群れと共に姿を見せると、舞に対して「これから試験をする」と口にする。
その試験に合格すれば、舞はこの世の理を越えた上位の存在に変われるという。生き物の命を自在に奪ったり戻したりできる雪蝶の力を見て、舞は試験を受けると決める。
そして、その試験とは……。
生き物を殺したいという衝動に抗えない、異端の精神を持つ舞。その彼女に対し、『殺す』ことを義務づけるような試練を課す雪蝶。
この先には、既存の倫理や常識を踏み越えた『更なる異端』の道が待っていることでしょう。
世の理から外れ続け、人ならざる道へと突き進んでいく舞。この先、彼女にはどんな運命が待っているのか。
序盤からの舞の持つ異端な感じが丁寧に描写されているため、そこに秘められているポテンシャルがひしひし伝わってくる作品です。彼女たちは最終的にどこへと導かれ、どんな光景を見せてくれるのか。
強い個性と可能性に満ちた作品です。