雲川 深雪 10

 あれから私と由美ゆみは毎年龍神祭りゅうじんさいの日を一緒に過ごすようになった。もちろん祭りに行くためではない。祭りを忘れるようにバカ騒ぎをするのだ。私が思い出して一人で落ち込んだりしないようにと由美が提案してくれたものだった。


「私たちが龍神祭に行くのは素敵な殿方が現れてからだあ!」


 そんな風にカラオケで叫んでいた由美も、笑って聞いていた私も、いつしか社会人になった。

 仕事を始めてからはお互いに忙しく、龍神祭の日を忘れるような年もあって、特にここ数年は予定が合わず別々にその日を迎えていた。


 だけれど由美は本当は毎年気にしていたのかも知れない。だからああして確認しに来てくれたのだ。


「由美は本当に凄いな」


 店先で新しく着せたキンさんの着物を整えながら零すように呟いた。


 いつも一緒に居てくれた由美のおかげで、私はあの頃に紐づく色々なことを大切に思えるようになった。だから私自身、あの頃のことはもういい思い出になっているものだと思っていた。


 だけどそれは少し違った。


 私は今、自分の胸の奥にある消えない小さな熱の存在を感じていた。

 きっと由美は私より早くその熱に気が付いていたのだ。


 それはほんのさっき、撫子なでしこの着物を買った女性と帰りがけに話していた時だ。

 失礼だと思いつつも彼女に不思議な印象を持っていた私は聞いてしまった。


「龍神祭にはお一人で?」


 それに対して彼女はこう言った。


「約束があるんです。会えるかは分からないのですが、ずっと待たせてしまったかも知れない相手なんです。だからどんな結果になるのだとしても待っていたいんです」


 そんな彼女が見せたどこか寂しそうな表情に、私はまた先輩の影を見てしまった。


 先輩がこの町を出て行って少しして彼が神隠しの事件の当事者であることを知った。もう一人の当事者、宮下遥みやしたはるかさんの失踪宣告に関する新聞の記事からだった。

 私はその記事を見た時、先輩の約束の相手は、撫子の向こうに居た相手は、彼女であったのではないかと小さな疑惑を抱いた。


 記憶の片隅にあったはずのその疑惑が時を越えて今、なぜか確信に変わろうとしているのを感じていた。


「そんなはずないよね」


 だけど、どうしても私にはあの女性が先輩の約束の相手、宮下遥さんであるような気がしてしまうのだった。


 いつも通りの穏やかな日。


 気が付いた胸の奥の熱を感じて、そっと指先で目の前の着物の赤い実をなぞる。実葛さねかずら


 私はもし、先輩に再会することができたら、どうするのだろうか。

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