宮下 遥 13
「ここはもしかして
「うん、私の記憶の中」
「それでは龍は?」
「答えてくれた」
だからこうして今私たちは記憶の中に居る。
記憶の中と言ってもここは龍が私の記憶を元に再現したものなのだろう。だから客観的な視点で過去の自分たちを見ている。
その自分たちは十香さんとの短いやりとりの間も変わらず並んで歩いてこちらに近付いてきていた。
そうだ、あの夏、私と
歩きながら見た石畳のイメージが脳裏に浮かぶ。
客観的な映像を見せられるのと同時に私の頭に主観的な記憶の画が蘇り混ざる。
主観的な記憶の中、目にしていた石畳から視線を隣に移すと、視点は客観的に戻り、そこには遼太郎君と私の横顔があった。
ちょうど今、歩く過去の私たちがすぐ隣を通り過ぎたのだ。
慌てた私は二人を追うように振り返った。
しかし二人の姿を捉えることはできなかった。私の行動に合わせるようにして目の前の景色は一変して、
「また……、この場所は……?」
十香さんが驚き困惑した声を小さく漏らす。
明り取りの窓を光源に見るその場所はさっきよりも薄暗く四方が壁に囲まれている。足元は石畳ではなく板張りの床。
もちろん私には見覚えがある。
「遼太郎君の家」
二階の彼の部屋へと続く廊下。
その証拠に開いた手近なドアから部屋の中を覗けばそこに私と遼太郎君の姿があった。
座卓の片側に二人並んで座って話をしている。テーブルの上にはノートやテキスト。
「じゃあ、ポスター取材の日程はこれで決定と」
「うん、楽しみだな、私まだ
「そうだね。でもまずは他の宿題片付けちゃおう」
彼らの声と共に蘇る自分の記憶。
あの夏休み私と遼太郎君はある計画を立てていた。宿題のポスターについての計画だ。
ポスターにはいくつかテーマがあって、その中から好きな一つを選んで描くと言うものだった。
私は春にこの町に引っ越してきたばかりだったので
それを遼太郎君に伝えると、実際に珠守神社に取材に行ってみようかと言う話になって、彼の部屋で宿題をする傍ら計画を立てることにもなったのだった。
「
「よう」
突然、部屋の入り口にもう一人男の子が現れた。過去の私も遼太郎君の隣ではなく今きた男の子の前に立って居た。どうやら場面の時間が少し飛んだようだった。
すぐにもう一人の男の子の名前を思い出した。
そうだこうして康二君があの写真を持ってきたのだ。
彼が心霊写真だと言っていたあの写真。
今になって思えば写真に写っていたものは龍だったのかも知れない。
だけどその時の私たちはそんなこと分かるはずもなく、しかもそれが心霊写真であるかよりも、どちらかと言えば被写体がご神体と言うことに興味をひかれてしまった。
「ご神体って?」
「珠守神社って言う神社があってそこの大岩のことだよ。龍の卵って言う。ほらお饅頭の」
「あー、ドラ饅の?」
随分と白々しい言い方をしたものだ。直前まで取材の話をしていたから気恥ずかしく感じたのかも知れない。そのあともなぜかそこから話題を逸らしたくて私たちは写真のことはそこそこに話を変えてしまった。
今思うと康二君には申し訳ないことをした。きっと彼は単純に写真の話をもっとしたかったのだと思うから。
そして結局、康二君はそのまま写真を忘れて先に帰ってしまったのだった。
康二君が帰ったあと私たちは再び相談をした。
「ご神体の写真手に入っちゃったな。どうする? 取材やめてこれを題材にする?」
「え? 行く。取材行きたい。他の場所も見てみたいし、それに写真だけじゃ分からないもん。ご神体だって実際に見てみたいし」
どうしてそんな風に言ったのか、私はどうしても取材に行きたかったのだ。
「そっか。じゃあ計画通り行くことにしよう」
「うん。でもこの写真面白いね。この構図、ポスターの参考にしようかな」
「いいね。今度康二に会ったら使っていいか聞いてみるよ」
「うん、ありがとう」
そうして私たちは改めて二人で写真を覗き込んだ。
ご神体を写した綺麗な風景写真。夕焼け色の中、
ポスターにするなら大岩の上に人を乗せてしまうのはどうだろう。例えばそう、私と遼太郎君が一緒に星を見上げているような。
すぐ横の彼を見ようと写真から顔を上げると周囲の景色がまた変わっていた。
今度は図書館だ。
度重なる場面転換と主観と客観が入り乱れる状況に、不意に十香さんが心配になり彼女を仰ぎ見た。
「大丈夫ですよ」
そう頷いてくれた。
安心して私も頷いてまた目の前の状況に意識を戻した。
木造の古い学校の教室のような室内。この頃の図書館はまだ建て替えられていない。
大きな机の片隅、私と遼太郎君が並んで一緒に本を見ている。取材の下調べとして図書館にきていたのだ。
私たちは十香さんたちとそうしたように町や龍神伝説についての資料を探した。
調べた資料の中で遼太郎君が感心していたのは、龍神伝説はもしかしたらこの町の起源よりも古いのかも知れないと言う記述についてだった。
そもそもご神体があり、そこに神社ができてまわりに人々が集まり町になったと言う話だ。
「ご神体って凄いな」
彼はそう声を漏らしていた。
机の上には資料の一つとして持ってきたあの写真もあった。
思えば写真を見たのはこの時が最後だったような気がする。
他に図書館の場面で覚えているのは、エアコンが故障していて蒸し暑かったこと。それと少し変わった係のおばさん、
彼女と出会った時、遼太郎君が挨拶のついでに康二君のお母さんだと教えてくれた。
湯本さんは本を両手にあちこちと動き回っていて私たちの前を何回か横切った。
そんな何回目かの時、湯本さんの持っている本の間から何かが落ちたのだった。
それはレシートで彼女に渡すと確かこんな風に言っていた。
「あらありがとう。私なんでも本に挟んじゃうのよね」
ふと彼女の持っている本のタイトルに目がとまった。
「もしも熊に出会ったら、だって。ねえ、この辺りって熊出るの?」
「山の奥の方ならいるけど、あんまりこっちには出てこないよ」
「じゃあ、大丈夫だね」
「うん」
それから少しして湯本さんが窓を大きく開けて突然部屋に風が吹き込んだ。
机の上に置いてあった本が一斉に羽ばたくようにバタバタと音を立てた。
慌てた湯本さんもバタバタ走り回っていた。
それで可笑しな人だなと思って印象に残ったのだった。
過去の私たちが再び本に視線を落とした。
それを見ている今の私たちの前で湯本さんがしゃがみ、風に飛ばされたのか、床に落ちていた写真を拾って少しだけ首を捻って持っていた本に挟みパタンと閉じた。
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