風祭 今日子 9
飲み会の会場は私の部屋だ。それが一番話しやすいし、酔い潰れても大丈夫だからと言う理由だった。
一応、十香さんに宿に戻らなくて大丈夫なのかと確認したのだが、十香さんは、そんな場合じゃありませんと撥ね付けた。
ちなみにそんなことを言っていたけれど、十香さんはあとでちゃんと宿に連絡を入れていた。やっぱり根が真面目な人なのだろう。
コンビニで各種酒類とつまみを調達して、残っていたドラ饅も加えて、部屋に着くなり早速それらを広げて酒盛りの準備を始めた。居間のテーブルを中心に狭い部屋は一気に宴会会場になった。
寝間着に着替えた私たちは、床にペタリと座って止めどなく話した。酒の肴は日頃の愚痴や、十香さんの旅の話、そして私の夢の話。
「それにしても酷くないですか? いきなりポスター描いてくれって。しかも無償ですよ絶対あれ。人の技術をなんだと思ってるんですかね。タイミングも最悪だし」
「本当ですよ。そうですよ」
まあ、色々と勢いありきの会だったので、発言も勢い任せだった。
「店長のくせに」
「そうですよ」
十香さんは時折私に合わせて怒ってくれたがほとんど終始ニコニコしていた。笑い上戸と言うやつかも知れない。ちなみに十香さんはそこまでお酒に強くなさそうだった。一口飲んだあとはもうずっとニコニコしていて、私よりも大分早く酔っぱらっているようだった。
「あー、だけどどうしようポスター、断るのも面倒臭い。変な風に思われたら嫌だし」
「あの! 良かったら描きましょうか? ポスター」
突然の提案だった。
「ええ?」
十香さんは自分の荷物の中から携帯電話を取り出した。
「じゃーん」
効果音付きだ。
「私じゃないんですけど、絵を描ける人に心当たりがあるんです」
「心当たり?」
「弟ですけど」
「弟さん」
十香さんはすぐに電話をかけた。もちろん発信先は弟さんだろう。
「あ、
『え? 頼みごと? いいけど、また何かやってんの?』
「今ね籠根町って言う温泉町に来てるんだけど、そこには龍神様がいて、私龍神様にお願いされちゃって、それでちょっと調べてみたら、龍の卵って言うのがあってね、それが夢を見てたの。それで、色々あるんだけど……」
『温泉町? 龍? 卵? 夢?』
「事件があって、昔のね、神隠しの、その時の男の子と女の子がさ……」
『あー、分かった、分かったよ。話はまた今度聞くから。それで?』
「うん、それで、絵を描いて欲しいんだ」
『絵を描いて欲しい?』
「まあ、詳細はメールで送るから。資料とかも付けとくからさ、お願いするね」
『あ、ちょ、メール? 資料? 待って……』
電話の向こうで弟さんがまだなにかを言っているようだったが十香さんは通話を終了してしまった。
向こうの声は良く聞こえなかったけれど、弟さんとの電話は、かなり雑なもので、ほとんど十香さんだけのペースで進んでいた。しかも十香さんもやっぱりしっかり酔っているようで、なんでか私と龍神様がごっちゃになっているような言い方をしていた。
「これで大丈夫です」
本当に大丈夫だろうか?
弟さん凄く信頼されている。
「でも、いいんですか?」
「いいんです。私今日子さんの力になりたいんです。それに実は私もポスター描いてみたいって思ってたんです」
「ポスターを? なんでですか?」
「ええ、ちょっと野暮用で。ふふ。だからいいんです。私にとっても丁度良かったんです」
「野暮用、ですか」
「だからお願いします! 描かせてください!」
十香さんはコテッと頭を下げた。
なんだか滅茶苦茶だった。どうして今、頭を下げられる側になっているのか良く分からなかった。
「わ、分かりました。じゃあ、お願いします」
良く分からないから私も頭を下げた。
「任せて下さい!」
今度はニッと笑う十香さん。さっき頭を下げていたのに今は胸を張っている。
「すみません、パソコンを起動してもよろしいでしょうか?」
「あ、はい、どうぞ」
十香さんはキャリーバッグからノートパソコンを取り出した。
「すみません、電波をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ど、どうぞ」
なんと言うか変な勢いがあった。やっぱりお酒の力だろうか。それとも初めからこんな感じの人だっただろうか。
一方私は酔ってはいたけれど冷静な自分が顔を出し始めていた。
自分の負い切れないものを人に丸投げしてしまう罪悪感とか、そんな負債から解放された安心感とか、絵を描くと言う自分の無くした矜持に対する想いとかが、ごちゃごちゃ混ざって塊になって心の中にある。それを感じたからだと思う。
「あ、あの、十香さん、一応店長にも確認してからまた連絡しますね」
「分かりました! 良し! 終わり!」
作業速い。
十香さんはそそくさとパソコンをしまうと仕切り直すように言った。
「さ、飲みましょう!」
そんな飲み会の一幕もあったりしたのだが、結局私たちは酔いが回って眠くなるまで、ほとんどの時間をなんてことのない話で盛り上がり、本当に昔からの親友のように笑いあった。
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