湯本 康二 5
写真を持って俺は家を飛び出した。向かう場所は迷うまでもなく遼太郎の家に決まっていた。なんだかんだ言っても結局、遼太郎の家に遊びに行きたかったのだ。ただそのためには何か、億劫な気持ちを越えるだけのきっかけが必要だった。今そのきっかけは手の中にあった。
「あいつ驚くぞ」
この写真を見たらきっと遼太郎は、俺と兄貴がそうであったように、大騒ぎをするだろう。もしかしたら、俺たちも心霊写真を取りに行こう、なんて言い出すかも知れない。そうしたら仕方ないから付き合ってやってもいい。だとしたら兄貴からカメラを借りなければいけない。
そんなことを考えながら喜び勇んで遼太郎の家へ向かった。
しかし遼太郎の家に着いて俺を迎えたのは、思っていたのとは違い、全然楽しくない状況だった。
「康二君!」
遥がいたのだ。
ちょうど席を立っていた遥が玄関から上がった俺と鉢合わせたのだった。
なんでいるんだ?
「久しぶりだね。元気だった? 今ね遼太郎君と宿題やってるんだ。康二君は宿題やった? まだだったら一緒にやろうよ」
「え、あ、ああ」
それから俺は遥に案内され遼太郎の部屋に向かった。
勝手知ったる友達の家が別の場所になってしまったような感じがしていた。
「康二、久しぶりじゃん」
遼太郎は勉強道具を広げたテーブルを前にして座っていた。
「今ちょうど玄関で会ったの、びっくりしちゃった」
二人は嬉しそうに迎え入れてくれた。けれど俺は、押しかけたくせに、少し不機嫌になっていた。どうしてか面白くなかった。
「よう」
気の進まなさを感じながらも部屋に足を踏み入れた。
遥は当然のように遼太郎の隣に座り、俺はテーブルを挟んでそんな二人の向かいに座った。
「夏休みに三人揃うのは初めてだね。なんか変な感じで楽しいね」
遥の何気ない言葉にも遼太郎は微笑んで頷いた。
そんな様子が俺の中にわだかまりのようなものを生んでいた。
遥はいいやつだ。明るくて活発で女子にも男子にも人気がある。それは俺も分かっている。だからこの感情は俺の一方的なもので決していいものじゃない。でもそれがなんなのかは分からない。
その当時、理解できなかった感情。それは、嫉妬だったのだと思う。俺は遥に遼太郎と言う親友を取られてしまったと嫉妬を覚えていたのだ。
「康二君夏休み何処か行った?」
「いや、何処も」
「そっか、私たちも、ね」
「うん」
私たち?
言葉一つにやけに引っ掛かる。
イライラとした気持ちが膨らんでいく。
「それでどうしたんだよ急に。何かあったのか?」
遼太郎の言葉でやっとここに来た目的を思い出した。
「あ、ああ、そうだ、これだよこれ、これ見てくれよ」
俺は持って来た写真を二人がやっていたテキストの上に置いた。
「写真だ。これ何が写ってるの?」
遥には被写体が何かが分からないようだった。
「ご神体じゃん」
遼太郎はこの町出身なのですぐにそれがご神体だと気が付いた。
「ご神体って?」
「珠守神社って言う神社があってそこの大岩のことだよ。龍の卵って言う。ほらお饅頭の」
「あー、ドラ饅の?」
そう言って遥は写真を覗き込んだ。
二人の会話の中に自分の知らない経験のようなものを感じたが、考えないようにした。今は写真のことから話題を逸らしたくなかった。
俺と同じで二人はすぐには気が付かず、しばらく普通の写真としてそれを眺めていた。
そろそろいいか。
十分に二人が注目したなと思った俺は満を持して言った。
「これ心霊写真だぜ」
「え?」
「心霊写真?」
遼太郎と遥は改めて写真を覗き込んだ。
「兄貴が撮ったんだけど、ほら、ここ、ご神体の上に光があるだろ」
指さした先に二人の注目が集まる。
さあ、驚け。
「本当だ」
「へー」
「な、すげえだろ!」
「うん」
「凄いね」
目の前で二人が頷き合った。
それだけだった。
あれ?
それは、期待していた反応と違っていた。
なんか、もっと、こう、なんかあるだろ?
「心霊写真なんて凄いね、康二君」
「あ、ああ……」
凄いと言われた。
しかしそれ以上二人から写真に関しての反応は得られなかった。
「写真を見せに来てくれたのか?」
遼太郎がなんでもないような顔で聞いてきた。
「え、ああ、まあ、兄貴が見せて来いって言うからさ……」
俺も咄嗟になんでもない風を装って兄のせいにした。
「そっか、わざわざ悪いな、ありがとう」
「ありがとうね」
遥も遼太郎に続いてそう言った。
別に礼なんか言われたい訳ではなかった。
その時俺は、心霊写真なんて物に、はしゃいでいた自分が無性に恥ずかしくなった。
「そう言えば康二君は宿題終わったんだっけ?」
「いや、まだ、だけど……」
「そっか。じゃあ良かったら宿題持って来なよ。一緒にやろう」
「そうそう康二も持って来いって、一緒にやろうぜ」
「あー、まあ、そうだな」
それから俺は、宿題を持って来ると言って二人の前をあとにした。だけどそのまま遼太郎の家には戻らなかった。
思えばそれが遼太郎と遥、そして俺との、三人での最後の記憶であった。
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