第33話 助っ人登場

 すらりと伸びた長い手足に、黒い癖毛。

 丸みを帯びた目は端だけ少し吊り上がり、黒檀のような瞳を湛えている。

 薄い唇は柔く結ばれ、私を見ると微笑んだ。


「……お会いできて光栄です、マニセラン辺境伯。ハルの伴侶となる予定の、ユウ・マツダと申します」


 低い声が静かに響く。

 驚きに目を見張るマニセラン親子は息を飲み、私と黒髪の青年を見比べた。


 よし、うまい具合に気を引けた。


 後ろからシュカの「えっ」という小さい声が聞こえたが、前方の二人に聞こえていないことを祈る。



 取引とは、基本的に主導権を握る側にとって有利に進むものである。

 要するに、勝つために必要なのは、注目を集め、相手の予想外の行動を起こし、その上で相手にとってよりよい条件を持ちかけること。

 そうすることによって、相手には差し出された条件がより魅力的に見えるようになる。

 心理学的なあれだ。


 今現在の手持ちカードはかなり少ないが、土壇場になって本領を発揮する私の性格は異世界に来ても変わらなかったようで、敵だけでなく味方も呆然としていた。

 ルノイだけが、相変わらず周囲を窺い続けている。



 ちなみにこの青年だが、正体は勿論変身したミヤだ。

 モデルは私の同い年の幼馴染、松田 由宇。

 腐れ縁なのかクラスでは隣の席で、私が最も忠実に思い出すことができる顔のいい男子といえば、彼しかいなかった。


 何かあった時のためにと、昨晩ミヤと変身の特訓をしておいてよかった。

 私が想像した通りのものにミヤが姿を変えるという連携プレーで、麻袋やシュカがくれたチッタ、最終的には私の家族とついでに由宇についての記憶を共有し、その全員の姿を再現するというものだ。

 物語を書くことが趣味だったからか、私の観察眼はかなり詳細にまで及んでいたらしい。

 おかげで言動の癖や喜怒哀楽の表情、よく着ていた服まで細かく真似ることができ、その結果として目の前の由宇は学ラン姿である。



 ミヤは由宇の声で言った。


「訳あって出自は申し上げられませんが、どうぞお許しを」


 いいぞいいぞ。

 身元を誤魔化したのはナイスな判断だ。


 異国の式服に見える学ランはちゃんとした生地でちゃんと作られているため、遠目から見ても間違いなくそれっぽい。

 ここで「自分のことをあまり言えない」と伝えることにより、相手は由宇をどこかの国の王子様か、はたまた各地で名を馳せる魔術師だと勘違いしてくれるはずだ。

 それこそ、喧嘩を売ってはいけないような人物なのではないか……と。


 極めつけはこの顔と髪だ。

 長い首の上に取り付けられた純和風の色白の細面の中で、黒々と輝く目は鋭く、同じ色の髪は緩い天パのおかげで高貴さを醸し出している。


 学年でもトップクラスのモテ男だったし、まあなんとか通用するだろう。

 使えるものは、幼馴染の顔形であっても遠慮なく使わせてもらう。



 やっと我に返ったらしいボルボ・マニセラン辺境伯は、由宇を凝視したまま口を開いた。


「……我輩が差し出した条件ではそちらに利がないということは分かった。しかしだな、ハルの後見人となるというだけの契約なら、我輩にも利がない。これでは飲むことができないのは、分かってもらえるだろう?」

「ええ。ですからこちらから二つ、ご提案させていただきたいことがあるのです」


 私が笑顔で答えると、ボルボはずいっと身を乗り出した。


 よっしゃ、食いついたぞ。

 あともう少しだ。


「まず、魔鉱石100ウルを無償でお譲りいたします」


 その場の全員が、隠すことなく動揺した。勿論ルノイは除く。



 魔鉱石とは、地下を流れる魔力の脈が部分的に固まった、魔力を秘めた鉱石のことである。

 詳しいことは分からないが、大体マニセリルの街で取引される魔鉱石の年間輸入量はおよそ500ウルなのだそうだ。

 この5分の1がタダ同然で手に入るなら、相手方にも相当な利益が生まれるはずだ。


 昨日の夕食後の話し合いの場で、確かユドが「魔鉱石100ウルくらいを差し出せば一発なんだろうけど、いかんせん在庫がないからね……」と冗談交じりに言っていた。

 つまりその程度の量であれば港街の貿易事情に支障をきたすことはないと考えられる。

 よって即興で、このアイデアを勝手に利用させてもらった。



 さて、膨大な量の魔鉱石をどこから仕入れるか?


 簡単だ。ないなら作ってしまえばいい。


 変身の練習と同時に、私とミヤは情報共有を並行させた。

 一通りの魔法が使えるというミヤに夕食後の会議の内容について尋ねると、ミヤは欠伸をしながら「魔鉱石は作れる」と答えた。

 一体どう作るのかというと、適当な魔脈に人工的に魔力を流し、その地層を圧縮して掘り返せばいい、というなんとも大雑把な説明をしてくれた。


 ペースは1日で最大1ウル。

 ここから計算して、ざっとひと月につき10ウルが妥当だろう。


「ユウ・マツダはこう見えて、商いに長けたお方でして。彼が100ウル全て、出資してくださることになっております。さすがに今すぐにという訳にはいきませんので、この場では『ひと月毎に10ウルを十月とつき、計100ウルを贈呈する』というものにさせていただきたく存じます」


 口から出まかせを吐きながら背後の面々に視線を送り、自信を滲ませて笑った。

 少しずつ話の流れを掴めてきたのか、ユドと親分が頷き、ゲレは鼻を軽く指で擦り、シュカは呆気にとられたまま成り行きを見守っている。

 ルノイは目すら合わなかった。

 今更気づいたけどこの人、眉目秀麗な見た目に反してかなりの天然だ。


「なんとも魅力的な提案だな。して、もう一つは?」


 既にこれでも好条件なのに、更に美味しい話があるのか、とボルボは前にのめった。

 商魂逞しい貿易都市の領主としては、素晴らしい反応だ。


「はい、もう一つは、私に夫人を診させていただきたいのです」

「ネスカをか?」

「そうでございます。ジャルガ様の母君であらせられるネスカ様は、現在病を患っていらっしゃるとのこと。確実に回復するとお約束はできかねますが、私は異国の地の者でございます。何らかの解決策を見つけられるやも知れません」


 ユドによると、ネスカ・マニセランはここ一年ほど病床に伏している。

 ここでギーナが『古代魔術』と呼んだ、私の唯一の魔法が役に立てば、私個人としても信用してくれるに違いない。

 ミヤにも「僕の時とおんなじようにやればまた使えるんじゃないかな」とのお墨付きを得た。


 それしかカードがないと信頼に足りないので、一応魔鉱石譲渡の条件もつけてある。

 根っからの商売人が、これを断るとは考えにくい。



 巨躯を椅子に収めた領主は静かに目を瞑り、思いを巡らせた。


 横に立つ息子や段の下の私たち一行が、その動きを固唾を飲んで待つ。




 しばらくして、悪人顔の口角がほんの少しだけ上がり、謁見の間の沈黙を破った。


「……いいだろう。契約成立だ」


 空気が揺れ、心の底から安堵が湧き上がる。


「ありがとうございます!!」と満面の笑みを浮かべると、私たちは契約の詳細確認に移った。

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