第11話 ミヤ
ふと、両の手が確かに熱を帯びているような気がして、私は瞼を上げた。
「……なに、これ……!?」
そこには、私が布を当てているところから黒くなっていく白猫がいた。
白銀に輝いていた毛並みはじわじわと墨に塗られたように黒く染まっていく。
慌てて手を離した時には既に遅く、白猫は完全に黒猫になっていた。
私は愕然とした。
一体、何が起きたというのだろう。
信じられない光景にしばらく何もできず、自分の両の手のひらと黒猫を交互に見ていると、黒猫の尻尾がピクリと動いた。
「……え」
次の瞬間、黒猫はゆっくりと目を開けた。
沈黙を守り続ける森が、やけに意識に入り込む。
私は息を飲んだ。
「さっきまで、あんなに弱ってたのに…?」
黒猫は徐々に体を動かし始め、遂にはその場に四肢で立った。
思わず目を疑う。
立ち上がった時に落ちた布の奥には、傷口なんてどこにもなかったのである。
黒猫は座り込んで血の海に浸っていた前脚を少し舐めると、顔を上げた。
「ありがと、助けてくれて」
零れ落ちたのは、まだ声変わりのしていない、少年のような声だった。
私はその声の主と思われる黒猫を見つめた。
朝日はいつの間にか上り、黒く染まった毛並みを照らす。
宝石を埋め込んだとしか思えない瞳は、蒼くきらめきながらじっとこちらを見上げている。
時折ヒョコヒョコと小さく跳ねる髭以外、まるで人形のように微動だにしない。
しばらくして、私はなんとか口を開いた。
「……傷は、大丈夫……?」
「うん」
黒猫はコロンと横たわり、怪我をしていた部分を見せてくれた。
私が触ると、猫は尻尾を得意げに振ってみせる。
「ね、もう大丈夫でしょ」
嬉しそうな、弾んだ声。
やっぱり喋ってるのはこの猫なんだと確信し、優しく猫の体を撫でた。
「よかった、生きてて……」
「うん。だから、ありがとう」
「いや、私じゃないよ? 気づいたら傷、塞がってたんだもの」
慌てて首を横に振ると、黒猫は座り直して片方の前脚を出して見せた。
「ううん、君が助けてくれたんだ。現にほら、白かった体が黒くなってる。それに、僕と話ができているのが、確たる証拠だよ」
訳が分からない。
「……………どういうこと?」
「簡単に言うとさ、君は僕を助けるために、魔法を使ったんだよ」
「でも私、魔法は使えないよ」
「君に使えないのはきっと体の中の魔力だけで、逆に生命力は使えたんだ。僕を助ける時、どうやったのかは分からないけど、君は僕に直接生命力を送った。今、僕の中には君の生命力が込められている。だから僕は君と同じ『黒』になったし、同じ生命力を持っているから会話だって成り立っているんじゃないかな」
あくまで推測だけど、と黒猫は付け足して髭をピンと張る。
骨髄移植みたいなものだろうかと首をひねると、黒猫は再び口を開いた。
「……なるほど、君は魔力がないんだね」
「え、そうなの」
「大体気配で魔力保有量とか魔力量とかは分かるよ。君は魔力保有量はすごく多いみたいだけど、その全てが生命力として備わってるんだ。だからきっとさっき僕に、自分は魔法を使えないって言ったんだね」
「すごい……よく分かるね」
私が微笑むと、黒猫はピクッと耳を立て、そろそろと私の腕に額を擦り付けた。
耳の後ろの辺りを撫でてやると、気持ちよさそうに体を伏せて、猫は言った。
「ねぇ、君のところに行ってもいいかな。僕、帰るところがないんだ」
私は少し考えてから、柔く笑んだ。
「私もあなたと同じように、ひとりぼっちだったのを助けてもらったんだ。だから、今度は私が誰かを助ける番」
立ち上がって黒猫と目を合わせる。
「私は晴。あなたの名前は?」
「そうだな、ミヤって呼んでよ」
私はミヤの体を抱き上げて言った。
「一緒に行こう、ミヤ」
1人と1匹のその出会いは、山小屋への帰り道の中で、眩しい朝日に包まれた。
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