第27話 ユドの家
夕方、ユドに案内された彼の自宅は、一言で言うとかなりの豪邸だった。
学校の敷地分くらいありそうな広い屋敷は西洋風なようなそうでないような絶妙な近代具合で、壁一面を赤焼きの煉瓦が覆っている。
窓の様子からして四階建てなのだが中庭へ続く道はぽっかりと穴が空いたようになっており、一行は親分、ゲレ、私とシュカ、ルノイの順にユドに続いて奥へと進んだ。
「ここに来るのは……二年ぶりくらいか」
「そういえばそうだね」
前を歩く親分とユドが懐かしそうに笑う。
玄関のドアを支える使用人に会釈し中に入ると、広々としたホールが出迎えた。
中央機関の建物内と同じ黒いカーペットが敷かれ、電気ではない何かの明かりが天井から馬鹿でかいシャンデリアを照らしている。
シャンデリアといってもよくテレビに出てくるようなアレではない。
大きなガラスの正八面体を中心にいくつもの幾何学立体が吊るされており、この国の文化では恐らく普通なのだろう。
飾りのガラスを天井から吊るすという行為自体は地球のそれと大差ないので、とりあえずはシャンデリアと呼ぶことにする。
「お帰りなさいませ、ユド様。ロレッカ様、お久しぶりにございます。ご友人の方々には初めてお目にかかりますね。本邸の筆頭執事をさせていただいているガーシュと申します。本日は皆様こちらにお泊まりとのことで、お部屋をご用意させていただきました。どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」
初老の執事らしき男が、教室二個分くらいの広さのエントランスの中心で恭しく金髪の頭を下げた。
随分前に高校の友達の一人がイケオジの尊さについて熱弁していたことがある。
恋愛のことはよく分からないが、なるほど確かに造形が整った顔の男の人が年をとると、若々しいイケメンとはまた違った趣がある。
勝手に納得しながら執事を眺めていると、ふと髪に目が行った。
彼の髪色は金で、黒からは程遠い。
とすると私には実年齢より少し若く見えている可能性が高いな。
大体50代といったところだろうか。
男が手を叩くと、奥から数人のメイドが出てきてユドや親分たちの持つ荷物を受け取った。
本物のメイドを初めて見た感動から、思わず感嘆の声が溢れる。
「……すごいね」
「……うん」
私が囁くと、隣のシュカも二文字で同意を示す。
そういえば黒髪はここの人たちにも隠しておいた方がいいのだろうかと思い出し、自己判断で頭上のフードをさらに深く被った。
ついでに麻袋の上でうたた寝するミヤに添える手にも細心の注意を配る。
昨晩ミヤと話した魔法の話は、まだ親分たちにはしていない。
落ち着いてからちゃんと話すべきだと感じたからなのだが、まさか人様のお宅にお世話になるとは思っていなかった。
人も多いし、しばらくこの話をするのはやめておこう。
メイドの一人が私のマントを受け取ろうとこちらに歩み寄るのを、シュカがやんわりと断ってくれた。
今日は助けられてばかりだな。
「……ありがとね、シュカ」
「いや、気にしないで。好きでやってることだから」
「ほんとに気がきくよね。さすがシュカ」
上目遣いに笑うと、シュカは「あー、うん……そうかな」と歯切れ悪く返事をした。耳の先まで真っ赤に染めて軽く頬を掻く。
だからそんなに照れないでくれ。
こっちまで恥ずかしい。
「ハルといると楽しいから」
まさかの不意打ち。
喉の奥がヒュッと鳴るのをなんとか笑って誤魔化し、私は顔が赤くならないように願った。
恋愛偏差値ゼロの私には同い年の男子の照れ顔はハードルが高い。高すぎる。
分かっているのに勘違いしそうになるから本当にやめて欲しい。
そして極めつけは、これがほぼ確実に無自覚だということだ。
日本にいる頃に何かしら役に立つだろうとジャンルを問わず山のような本を読み漁っていたが、少女漫画や恋愛小説は正直かなり難しかった。
理解できないという訳ではない。
どちらかというと、免疫がなさすぎて本の中でさえも満足に恋愛に触れられなかった。
ぐるぐると考える私の目の前で、シュカが「案内してくれるって」と天然全開で必殺スマイルをかます。
毎度のことながら、結構心臓に悪い。
ここは冷静に、営業スマイル。
列になって廊下を何度か曲がり、階段を上り、中庭の見える窓の前を横切り、方向感覚が麻痺し始めたところで客間らしき部屋に親分から順に通された。
一人一室とか……まじか。
後ろ手でドアを閉めると、目の前にはまるでホテルの一室のような清潔な室内が暖色系の光を放ちながら横たわっていた。
私は扉に軽く背を預けると、未だに騒々しく音を立てる心臓のために、盛大に深呼吸をしてやった。
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